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修羅狩り刃  作者: 辻 信二朗
第二章 間尺に合わねど是非もなし

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第十話 異能

 刃の応急処置により、腕を飛ばされた鷲見兵は一命を取り留めた。

 刃は常に医療道具を携帯している。懐から取り出した巾着の中には解毒剤や包帯などが入っており、刃は普段からやり過ぎた敵方に対して治療を行っているのだ。


 解毒剤によって生気を取り戻した鷲見兵は、刃の強さを目の当たりにして言葉が出なかった。景吉も同様に、そのことわりから外れた力が信じられない様子だ。


「刃様、実力を疑っていたわけではありませんが……流石は修羅狩り様ですね。こんなに小さな身体なのに、ここまでお強いとは……」


 刃は鷲見兵の手当てをしながら、視線を向けることなく景吉の讃辞に応えた。


「造作もない。修羅狩りが戦いに於いて後れを取るわけにはいかぬ。危うげな姿を見せては契約も取れぬからのう。……それと〝小さい〟は余計だ」


 謙遜することなく告げると、刃は周囲から好奇の目で見られていることに気が付いた。鷲見兵の視線が気になった刃は、治療の手を止めて辺りを見回した。


 ひそひそと耳語が聞こえてくる。修羅狩りが興味を引く存在であることは承知しているが、じろじろと見られるのはあまり気持ちの良いものではない。


「刃様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。先ほどの戦いで、刃様の身体から黒い渦のようなものが見えたのですが……あれは一体……」


 少しずつ大きくなる密語を抑えて、景吉が鷲見を代表して刃に尋ねた。


「あぁ、あれか……」


 視線を集めていた理由を知り、刃は納得したように立ち上がった。

 刃が掌を差し出すと、はっきりと視認できる黒い霧が刃を包み込んでいく。


 恐怖を与えてしまうかと危惧していた刃だったが、周囲の反応は意外なものだった。気味が悪いと怯えることなく、鷲見兵は歓声を上げて喜んでいたのだ。


「これが、目に見えぬ瘴気を切り裂いた力ですか!」

「まぁ、そういうことだ」

「どうやったら使えるようになるのですか!?」

「そ、それは……」


 鷲見兵から投げ掛けられた質問に対して、刃はすんなりと答えることができなかった。実のところ、刃にもその正体がよくわかっていなかったのだ。


 生まれた時から、刃は念じればこの力を出すことができる。

 気体、液体、固体。対象の形状を問わず、如何なるものでも断つことができる異能。持ち前の剣術に加えて、この能力を以てして刃は生き残ってきたのだ。


 この力の解説を求められ、刃は知り得る知識を動員して説明を試みた。


「これは、清い心と信念があれば体得できるものだ。……というのは冗談で、これは《妖術》という代物らしい。対峙した殺し屋が、そのように呼んでおるのだ」


 刃の奇天烈きてれつな説明に、鷲見兵から懐疑の目が向けられている。


「え……? 刃様は妖怪か何かですか……!?」

「ち、違うわい! わしの両親はれっきとした人間だ! まったく……失敬な……」


 機嫌を損ねた刃は、景吉によってなだめられた。


 殺し屋を退けたことで場が緩み、和やかな空気が流れている。襲撃を受けてしまったが、こうして犠牲者を出すことなく無事でいられるのは刃の存在があってのことだ。皆がそれぞれ刃に感謝を伝え、修羅狩りの絶大な力を再認識するのだった。


    


 刃は一通りの応急処置を終え、脇差の刀身に付着した血を布切れで拭き始める。


 刃が脇差を手入れする様子を見て、景吉の興味はその得物へと移っていた。


「刃様、その脇差……刀身が錆だらけですね。腕の良い研ぎ師を紹介しましょうか? 我が軍専属の者が城下におりますので」

「無用だ。これは敢えて研いでおらぬ。間違っても他人を殺してしまわぬようにのう。わしにはこの錆々具合が丁度良いのだ」


 刃は景吉の気遣いをきっぱりと断った。


 刃は普段、汚れを拭き取る程度で脇差の手入れを終えている。愛用の脇差は一切研がれておらず、刀身をグッと握り締めようともが皮膚に食い込むことはない。


 刃の斬撃は迅雷の如き剣速を以て完成する。刃物の切れ味に頼ることなく、力加減で敵に与える手傷を調整しているのだ。天禰への斬撃も刃毀はこぼれを考えての一撃であり、刃がその気になれば人体を断ち切ることなど至極容易いことである。


 そもそも脇差とは、刀身の短さ故に真剣勝負には不向きな武器だ。ましてや大太刀を相手に立ち回れるような代物ではない。


 だがそんな脇差も、実を言うと護衛に於いては無類の強さを発揮するのだ。

 多勢が相手であろうとも、敵方の太刀筋を読むことができれば取り回しの良さが活きてくる。こちらの斬撃が弾かれようとも、すぐに復帰して二の太刀への防御を間に合わせることができる強みは短刀特有の長所であるといえよう。


 詩音や雫玖が小太刀を愛用している理由もこれであり、携帯性や取り回しの良さを重視した結果である。小柄な少女達の戦型は剣客というより忍に近く、武器の長さなど彼女達のような達人にとっては大した差ではないのだ。


 実は刃が脇差を扱う理由は少し異なっており、このめいも知らぬ脇差は亡き兄の形見なのだ。元から古刃ふるみであり、この錆びた見た目が刃は気に入っている。


 刃が愛刀を眺めていると、景吉から再び質問が投げ掛けられた。


「あの毒使いにも手当てをしていたのは、どうしてですか?」


 刃は、対峙した殺し屋の処置も念入りに行っていた。気絶して動かない天禰には、かいこまゆのように包帯がグルグルと巻かれている。


「失血死されては敵わぬからのう。勝手に野垂死ぬのは構わぬが、わしとの戦いが死因となってはならぬ。相手が誰であろうとな」

「正当防衛といえども、絶対に殺しはしないのですね」

「うむ。わしの信条だ。粋だろう?」

「ええ、感服しました。それから、他国への侵攻なんて突飛な行動を反省します。いたずらに二十の兵を失うところでした。本当に申し訳ございません」

「わかればよい。もう戻ろう。わしは腹が減った」

「はい! 帰りましょう!」


 そうして各人の手当てが終わり、一行は自国へと帰ることにした。

 道中は往路とは異なり、皆が安心しきったように和やかな空気が流れている。世界中がこのように不安なく、笑顔で生きられたらいいなと刃は強く心から願った。


    ◇


 日輪には古くから、数多くの妖怪が生息している。天狗や河童などから、幽霊や人魂のような実体を持たない者まで、実は人間に近しい数が存在しているという。


 妖怪は幕府の時代に迫害を受けており、日中は表も歩けない日陰者であった。

 しかし倒幕以降はかせが外され、彼らは自由に領外を闊歩かっぽしている。戦闘能力に長けた種が多く存在し、殺し屋の一大勢力としての地位を確立させている一派もあるという。更には土地を支配し、妖怪の国を造った例まで存在しているのだ。


 古文書によると、《妖力》とは妖怪特有の異能であり、あらゆる超常現象を引き起こすことができるものである。妖力の通った御業を《妖術》と呼び、発せられた妖力の高まりを《妖気》と呼ぶ。


 日輪には妖力をその身に宿す人間が存在する。刃もまた、その一人である。

 妖術とは鍛錬で身に付けられるものではない。妖怪の血が人間に混じることで発現するという説もあるが、刃の家系に妖怪に連なる者はいない。

 どうして刃に妖力が宿ったのか、その実態は未だ謎に包まれている。

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