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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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神々と小夜子による答え合わせ 1

「失礼したな、使徒サヨコよ。人の理から外れ随分経つゆえ、このような気遣いなど思いつきもせなんだ」

「こんな願いは初めてされたね」

「しばらくぶりに笑いました。心が揺らぐのは楽しいものですね」

 とうとう聖ハイデン本人から使徒呼ばわりされた小夜子だが、どうやら聖ハイデンは小夜子に新しい体を与え、その上加護までサービスしてくれたのだ。こうなってしまっては、小夜子も観念して聖ハイデンの使徒たる立場を受け入れるしかあるまい。

 小夜子の訴えにより、小夜子と神々の対話の場は瞬く間に整えられた。

 黒と銀と金の男達は、茶会の準備が整えられたテーブルにゆったりと腰を落ち着けている。そのテーブルにはもちろん小夜子の席もある。小夜子の前には琥珀色の紅茶と、美味しそうな何種類もの焼き菓子が置かれている。

「これ、本物?」

 テーブルに整えられた紅茶と茶菓子を疑いの目で見る小夜子に、聖イヴァンは更に銀盆に並べられたチョコレートを差し出す。

「偽物と思えば偽物だし、本物と思えば本物だ。でも、きっと美味しいよ?」

 屈託なく笑いかけて来る聖イヴァンから、小夜子はチョコレートを受け取り口に含む。甘い。

 コルネリアの地下遺跡でティティエと対決してからどれくらい時間が経ったのか。

 身体はともかく、精神的には非常に疲れた。

 小夜子は味がすると分かると、遠慮なく茶菓子を口に放り込み、香り高い紅茶をグイと飲んだ。小夜子の飲食の様子を、神々はまるで幼子を見守るかのように眺めている。

 そして神々の前で遠慮なく飲み食いしながら、小夜子は小夜子でジッと目の前の男達を見返した。

「どうかしたか、サヨコよ」

「どうかしたかと言えば、この状況全てがどうかしてるけどね。どうして私は聖ハイデンを前に平然としているのかしら。ティティエの話だと、人間なら神を前にしたら恐怖に囚われてパニックを起こすのが普通らしいけど」

「そなたは心配せずとも全ての感情を不足なく備えている。欠けている物などない。そなたが囚われたのは恐怖ではなく、そなたが前世で常に抱えていた恨みと悲しみと恐れの残滓よ。そなたが二度と味わいたくないと思っていた負の感情だ。それを身の内に捻じ込まれた衝撃も大きかったのだろう。今は私の神力の前にその残滓も消え失せてしまったゆえ安心せよ」

 聖ハイデンの言葉から小夜子に何が起こったか推測すると、前世味わった負の感情からトラウマが蘇っての強烈なPTSDが発症してしまったのかもしれない。つまり、女神への恐怖で行動不能に陥ったわけでは無かったという事だ。

「・・・じゃあ、なんで私は、この世界に来てすぐに魔獣の討伐とか思い切り出来たの?」

「それはサヨコの元々の物怖じしない性格だろうね。前の世界で抑圧され続けた反動で、この世界で爆発したせいもあったかもしれないけど」

 聖イヴァンに元々の性格だと言われてしまった。

 前世を思い返してみれば、死ぬ間際の数年間はクズに捕まってボロボロになった小夜子だったが、死ぬ直前にはクズ男を部屋から追い出し、新生活を思い描いて希望に胸を膨らませていたのだ。クズ男の洗脳を自力で跳ね除けて、自分で道を切り開く強さが小夜子には確かにあった。

 久しぶりに前世の事を思い返してしまった小夜子だったが、前世の記憶はクズ男とのやり取りを具体的に思い浮かべてみても膜3枚ほども隔てた様に小夜子からは遠い。その当時の苦しみ、恨み、怒り、悲しみと言った感情はもはや一切呼び起されなかった。

 この世界に新しい体で生まれ変わった直後、しばらく小夜子の中で渦巻いていたのは前世の理不尽に対しての怒りだったように思う。その怒りは新しい人生を突き進む原動力にもなったが、もう今の小夜子には必要が無い物だ。

 今、小夜子の周囲には小夜子を虐げ、粗末に扱う者は居ない。小夜子は周囲の人々を想い、人々も小夜子に想いを返してくれる。そこに利害は関係なく、あるのはお互いを大切に思う家族への、友人への、隣人への愛情だけだ。

 小夜子が自分の尊厳を守るために怒り、戦い続ける必要はもう無いのだ。

「サヨコよ。マレーナが済まなかったな。だいぶ痛い思いをしただろう」

「誰よ、それ」

 小夜子が一通り茶菓子に手を付け満足した所で、聖ハイデンが話し始めた。

「コルネリア大聖堂の地下墓所で、天に登る事も出来ず閉じ込められていた私の妻だ」

「ひょっとして、あの骨の事?」

 聖ハイデンが穏やかな表情で頷く。聖職者たちの居住区などと言われていたが、あの遺跡は火山灰に閉じ込められる以前からの地下墓所だったらしい。

「マレーナは強い力を持つ聖女だった。私が亡くなった後も随分長く生き、人々の救いとなった。しかしマレーナが亡くなった後、私の門徒達がマレーナの遺骨に願いを込めた。教会の信徒たちを、教会の信仰を、未来永劫守って欲しいと。その願いはマレーナの魂を地上に縛り付け、マレーナの魂に寄せられる信徒達の願いは長い年月の間に変質し、想いは呪いへ、聖遺骸は呪物に成り果てた」

 あの真っ黒な骨は人々の想いの受け皿であり、念の込められた呪物であったのだという。そう言われれば、あのえげつない攻撃性の高さも頷ける。だが同時に、聖ハイデンへの想いも確かに残っていた。攻撃を受けながらも、小夜子はその想いも確かに受け取ったのだ。

「マレーナはハイデンを守りたかったのね」

「いや、他の呪物に刺激を受け、惹きつけられたゆえ、今までにない程マレーナの動きは活発になったのだ。どうやら新たに生まれた強力な呪物とマレーナは同化するつもりだったようだ。サヨコよ、そなたはこの世界で強力な呪物となっていたのだ」

「・・・はあ?」

 ちょっと、聖ハイデンが何を言っているのか分からない。

「禍つ神ティティエへの信仰と古い呪詛の受け皿となったそなたは、ティティエの加護が大きくなるほどに禍を呼び込む強力な呪物となっていった。もはや存在するだけで周囲を滅しかねない程であったな」

「ちょ、ちょっと待って!」

 聞いている話と随分違うではないか。

 しかし聞いた相手があの性悪女神である。女神が小夜子に対し、本当の事を言っていたとは限らないのだと小夜子は思い直す。

「確認だけど。私がこれまで大型魔獣や、大型海洋生物に襲われたり、ダムが崩壊したり、地震や津波に遭遇したのは、ハイデンが私に攻撃していたからよね?」

「マレーナはそなたを下すべくそなたに攻撃をしたが、私はそなたに攻撃など1度もした事はないぞ。私はそなたがその身に蓄積していく呪詛を薄めるべく、私の子孫と引き合わせもしたというのに」

「子孫って・・・・」

 男らしい顔立ち。そして堂々たる体躯を持つ聖ハイデンを小夜子はまじまじと見る。

「実直で情も深く男振りも申し分ない。私に似た良き男であろう?」

 自分で言うなよとツッコミたい所だが、小夜子は聖ハイデンの話を整理する事で精一杯だ。

「俺の子孫も俺に似て良い男だったでしょ。恰好が良くて女人にマメで愛情深い所がほんとに俺そっくり」

 聖ハイデンと聖イヴァンの子孫と言われて、小夜子の脳裏には2人の夫の顔が浮かんでいた。髪と目の色も、何なら容姿までも引き継いでいるようにそれぞれが似通った見た目だ。

 2人の夫との出会いは、神に仕組まれた事だったのかと小夜子は血の気が引く。

「・・・まさか、あんた達は、イーサンとアレクを操って・・・」

「そのような事はせぬよ。我々はそなた達の運命を交差させただけだ。そなたの夫達は自らの意思でそなたを愛し、そなたを選んだのだ」

 それを聞いてホッとした小夜子だった。

「私の子孫は、サヨコと引き合わせるには少々若すぎましたね。でもとても可愛らしい、美しい子でしょう?」

「・・・ミシェルの事?」

 配色から小夜子が推測すれば、マティアスは微笑みながら頷いた。

「今はまだ子供ですが、あと10年もすれば私と同じく輝くような美しい青年になるでしょう。その時はどうぞあなたの傍に置いてやってくださいね」

 まったくこの神々はどいつもこいつも、どれだけ自己肯定感が高いのか。

 しかし目の前の3人が見目よい男達であることは小夜子も否定しない。そしてこの男達の面影を引き継いだ小夜子の夫達も文句なく見た目も中身も良い男達だ。ミシェルに関しては現時点では可愛い子供としか思えないし、10年先の事など持ち出されても困るので考えない事にする。

「サヨコよ。そなたが我々の子孫の内、どの者かと夫婦になり、何処かで腰を落ち着けて暮らすだけで平穏な人生を送る事が出来た。そなたが我々の子孫と共にある限り、子孫が継ぐ我々の血と加護をもって禍つ神ティティエを退けられたのだから」

 今思い返せば、思い当たる事がある。

 イーサンと旅をしていた間。

 アレクシスと共に過ごしていた間。

 女神ティティエは小夜子の前に一切姿を現さなかった。

 アリーを身ごもっていた間は、アレクシスの血を継いだアリーが小夜子と一心同体で共にいた。しかし出産後、ティティエは小夜子への干渉を再開したのだ。

「でも、どうしてティティエはアリーに加護の付与ができたの?アリーはハイデンの子孫になるでしょ?それにオーレイではイーサンとずっと一緒に居たのに、ティティエは夢に出て来たわよ?」

「君の子への干渉については、この世界に生まれ落ちた直後を狙われた。生命が一番弱く無防備になる瞬間だからね。それから、小夜子へのティティエからの干渉だけど、その頃のサヨコは我が子孫と日々の契りを交わしていなかったからねえ。深く口を吸い合い、我が子孫の精をサヨコが体の奥に受けていれば禍つ神を退けられただろうけど。しかし今回は俺達の子孫2人掛かりで君と契りを交わしていたというのに、禍つ神は実体を顕現させてまで強引に君へ干渉してきた。そしてそれが禍つ神の命取りになった」

「ちょ!2人掛かりって変なこと言わないでよ!っていうか!してたかどうか何で知ってるの!今までずっと見てたの?全部?!」

 聖イヴァンの話に小夜子は赤面して思わず立ち上がった。小夜子の椅子が後ろに勢いよく倒れたが、聖マティアスがそっと椅子を起こす。

「覗き見なんてしませんよ。ただ、あなたと我々の子孫の魂が深く混じり合い、お互いを交歓しあい、仲睦まじくしている様子は我々に伝わってくるのです」

「ううう、止めて。夫の祖先にそんな事が伝わってるなんて滅茶苦茶恥ずかしい」

 羞恥に1人悶える小夜子だったが、神々は涼しい顔のまま平然としている。

「我々も出来る限りで禍つ神が招く災禍を押さえようとしたのだ。この世界が荒れる事は避けたいからな」

「なのにサヨコときたら、行く先々で邪神像を修復して回り、古代の人間達の真っ黒い残留思念をどんどん集めていくんだから。禍つ神の加護も最大となった時には、サヨコはこの世界の怨嗟災厄の全てを引き寄せ始めてしまっていたよ」

「ちょっと、待って。やめて。もう、言わないで」

 知りたくない。数年がかりで各地を放浪して、努力を重ねてきたというのに。

「コルネリアに来た頃には、我々の子孫をもってしてもサヨコの内なる呪詛を中和しきれなくなっていましたね。イヴァンと私の子孫の2人がかりでも禍つ神からあなたの夢への干渉を断つ事がせいぜいで、とうとう禍を招いてしまいました」

「まあ、マレーナと小夜子は共鳴してしまったからね。サヨコはより強力な呪物になってしまった。場所が悪かったせいもあるよ」

 マレーナと共鳴していたと言われても、全くもって小夜子の意識の外の話だ。

 コルネリアとオーレイでイーサンと別れてから、マレーナにチクチク攻撃され始めたのは、マレーナが呪物且つ禍つ神にもなりかけていたからだそうだ。聖人の子孫たるイーサンが側に居る限りマレーナは小夜子に手出しは出来なかったが、それでも小夜子がコルネリアに留まる限り、津波以外にも次々と災いがコルネリアに降りかかっただろうという神々の見立てだった。

「つまり、私が一生懸命女神像を修復して回っていたのは、全て逆効果だったって事?私は何もしないで、何も考えないで、とっととイーサンかアレクと結婚していれば、何も起こらず苦労せずに平和に暮らしていけたって事?」

 小夜子の目の前の神々たちは気の毒そうな顔で小夜子に頷いたのだった。

「ああーーーっ!!!」

 叫ばずにはいられない小夜子だった。


辺境の拙作にお立ち寄りくださり、ありがとうございます。

閑話含めて最後まで書きあげましたので、毎日アップしていこうと思います。

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禍ツ神ティティエさんだったんだ。知らず呪物になってた小夜子、アレクとイーサン。衝撃すぎて語彙がなくなっちゃった。はー、すっご
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