なんとかやってるポート町 2
ノエルが小夜子に紹介した宿兼食堂は「森の小鳥亭」という、冒険者達が集まる宿にしては可愛らしい名前の場所だった。そこは可愛らしい名前に反して、むさ苦しい男共の巣窟となっていた。
小夜子とノエルが食堂に一歩足を踏み入れると、途端に小夜子とノエルに何本もの視線が絡んでくる。小夜子もノエルもその視線には構わず、涼しい顔をして空いている席に着く。視線の割に絡まれないのは、ノエルのこの町での立ち位置の所為かと小夜子は分析する。
ノエルは慣れた様子で二人分の食事と飲み物を店員に頼む。メニューは無く、日替わりの食事とつまみ数種が食堂任せで出てくるスタイルだった。少しして、小夜子とノエルの前にドン!と料理と木のジョッキが2つ置かれる。料理と飲み物を運んできた零れそうな程に胸を寄せて上げた赤髪の女は、ノエルには微笑み、小夜子には一睨みしてから腰を揺らしてテーブルを離れていく。異世界あるある展開に小夜子は既に愉快になっていた。
「ここは値段もそこそこ、酒も料理も美味い。あんたの口に合えばいいが」
小夜子は勧められるまま肉団子の煮込みを一口食べ、すぐさま店主が仕込んだというエールを飲む。
「うっま!」
小夜子は目を見張った。肉団子は謎肉ではあるが、噛めば肉汁が溢れる。処理が丁寧なのか臭みも全くない。エールはコクがあり、フルーティで、銀色のビールが至高と思っていた小夜子の考えを覆すものだった。甘味が強く、どっしりとした味、物凄くおいしい。アルコールも低めで水のように永遠に飲めてしまいそうだ。
「ノエル、ここ、すごい美味しいじゃない!料理もエールも最高よ。ここの店主は天才なんじゃないの?」
澄ましているととっつきにくそうな印象が一転、小夜子は目を輝かせて子供のように肉団子を頬張り、エールを勢いよく飲んでいる。その落差にノエルは思わず笑ってしまった。
「ははは!口に合ったなら何よりだ。ロッド!この店の料理もエールも最高だとよ!」
ノエルが厨房に向かって声を張ると、厨房の入り口に大男が顔を出して上腕二頭筋に力を入れコブを作る。それからまた無言で厨房の中に戻っていった。その店主の様子を見て、店内の男達も笑い声をあげた。様子見をしていたのか、それを皮切りに店内の男達がかわるがわる小夜子に声をかけてくる。
「姉ちゃん、分かってるじゃねえか。これも食べな」
「この店はエールが二種類あるんだぜ。こっちも試してみな」
「ありがとう!」
気の良い男達に小夜子も笑顔を見せる。小夜子の前には焼き串や腸詰めがどんどん積まれていった。
「サヨコ、すごい人気だな」
「この店に女が私1人だからでしょ。食べきれないから手伝って」
ノエルと小夜子が手分けして料理に取り掛かろうとしていると、小夜子とノエルのテーブル席に断りも無く二人の若い男達が座ってきた。男の一人が小夜子に話しかけてくる。
「よう。初めて見る顔だな」
「・・・・」
男達の無遠慮な様子に、小夜子の笑顔は瞬く間に消えた。
「こんな冴えないおっさんと飲むより俺らと飲もうぜ」
「この町でCランク冒険者は俺達だけなんだぜ。Dランクのパッとしないおっさん達と飲むよりも、俺達と飲んだ方が楽しいだろ?」
馴れ馴れしく肩に回してきた男の手を、小夜子は小気味良い音をさせて払った。
「断るわ」
断られる事など思いもしなかったのか、男達の顔色が変わる。
「おいおい。俺達がせっかく声を掛けてやってるのに、その態度は何だよ?」
「あんた達、なんなの?喧嘩なら買うわよ」
「おい、お前ら!その辺にしとけ!」
小夜子が獰猛な笑みを浮かべる。ノエルは慌てて男達を止めるが、男達にはノエルの焦りが伝わらない。
「お情けでギルドに拾ってもらったおっさんは引っ込んでろよ」
「女がいい気になるなよ。どうしたって力では男に勝てないんだからな。黙って俺らのいう事聞けよ」
「あんた達、男の風上にも置けないわね!」
小夜子は肩に手を回そうとした男の頬を軽く撫でてやる。
パン!と店内に破裂音が響くと同時に、小夜子の隣にいた男が椅子ごと吹っ飛び、店の壁に激突して床に落ちた。木の椅子はバラバラに砕けている。男は方頬を真っ赤に腫らして、白目を剥いて床に崩れ落ちていた。歯も折れたらしく、3本ほどが血まみれで床に転がっている。
店内はシンと静まり返った。
「私の態度がなんだって?」
もう一人残った男に小夜子が向き合うと、男はサッと顔色を青くした。
「あっ・・・、いや・・俺は」
「せっかくの料理と酒がまずくなるわ。今すぐ消えて」
残された男は慌てて立ち上がり、店のドアから外に転がるように飛び出して行った。
「あら。お友達を置いて行ってしまったわ」
小夜子は床で気絶している男に軽く治癒魔法をかけてやる。打撲はまあいずれ治るだろうが、永久歯が抜けたらこの世界では一生歯抜けだろう。武士の情けで抜けた歯は元に戻してやった。
「う、うう・・・」
呻きながら床で蠢く男に構わず、男が激突した周りの破損部分を修復していく。椅子は新品同様となり、周囲の飴色のテーブルと椅子からは少し浮いてしまった。
「みんな、騒いで悪かったわね!ロッド、私の奢りでおっさん達に美味しいエールを樽ごと出してあげて!」
騒ぎを聞きつけ店内にまで出てきていたロッドは、小夜子に一つ頷くと厨房に戻っていく。
驚異の力を見せつけた小夜子に、恐る恐るではあるが親父達は話しかけてくる。
「あ、あんた。色々すげえな。驚いたぜ」
「ほんと、悪かったな。こいつらにはキツク言っとくわ」
「まあ不快だったけど、水に流すわ。挫折を知らない傲慢な若者にはよくある事よね」
「お、おう。すまねえな」
お前も若者だろうと小夜子に突っ込む猛者は、その場には誰も居なかった。
立ち上がれずに床に蹲っていた若い男は、店内の親父達の内の一人が家に連れ帰ってくれることになった。
「お前ら、絶対にサヨコを見た目で判断するなよ。怪我じゃ済まないからな」
ノエルの忠告に、店内の親父達は真剣に頷いた。
「そんなに怖がらないでよ。お行儀良くしてくれれば、私だって何もしないわよ」
エールを片手に笑う小夜子に、ノエルと店内の親父達は更に真剣に頷いた。
「さて、乾杯するか!森の小鳥亭の素晴らしいエールと、美味しい料理と、気の良いおっさん達との出会いに乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
小夜子が乾杯すると言えば、しなければなるまい。小夜子が気分よく突き上げるジョッキに、鬼気迫る様子の親父達のジョッキも追随した。
「ノエル、最初に言っておくわ」
「なんだよ。ザルだってのか?この町は流通事情があんまり良くないんだ。酒も大事に飲んでくれよ」
「それなら心配ないわ。私、わりと酒に弱いの。突然寝るみたいだから、寝落ちしたら部屋まで連れて帰って」
「はあ?!」
既に大ジョッキ4杯目に口をつけている小夜子は、瞼が半分落ちている。
「お、おい!待て、お前らやめろ!もう飲ませるな!」
「まだ、大丈夫だいじょぶー。酔ってないからあ」
「もう出来上がってるじゃねえか!」
「ははは!姉ちゃん面白いな!飲め飲め!」
責任の無い親父達が面白がって小夜子のジョッキにエールを継ぎ足す。
そう時間もかからずに、小夜子は宣言通り酔い潰れたのだった。
ノエルは小夜子を担いで、ギルド裏手の空き地にある小夜子が出した不可思議な建物までやって来た。恐る恐る部屋のドアを開ければ、部屋の奥にベッドがあったのでその上に小夜子をドサリと降ろす。
その箱型の部屋は、室内に足を踏み入れれば自然と部屋の中が明るくなり、見た事もないような内装、物で溢れている。
「全く、無防備すぎるだろうが。とっくに枯れてる俺だから良いものを・・・」
ベッドの上で小夜子は軽く体を丸め、すやすやと眠り込んでいる。
こうしてみると小夜子は普通の若い娘にしか見えないが、どうにも肝が据わりすぎている。食堂の男共との渡り合い方も貫禄がありすぎた。二十歳そこそこにしか見えない娘が、親子ほどに年の離れた男達に酒を振舞うか?そのような世慣れた態度を見せながら、一方で初対面のノエルに自分の身を任せる危うい部分もある。自身の強大な能力に裏打ちされた危機感の無さなのか。小夜子の能力、言動の全てがノエルの理解を超えていた。
「おっかねーなあ・・・」
その辺の男が迂闊に手を出せる相手じゃない。食堂で痛い目を見た小僧共は、自分が相手にはなれない高嶺の存在が居る事を知る良い機会になっただろう。
ノエルは長居せず、早々に小夜子の部屋から退散する事にした。
翌朝。
小夜子は朝早くスッキリと目覚めた。
「はー。飲むと良く眠れるわ」
小夜子は思い切り伸びをする。この世界にやってきてからとにかく体調は良い。朝起きた瞬間から疲れていた以前とは真逆の、疲労と不調とは無縁の生活を小夜子は送っている。
昨夜の途中から意識が無いが、多分寝落ちた所を人の良いノエルがここまで運んでくれたのだろう。小夜子はザっとシャワーを浴び、コーヒーを飲みながら今日の予定を考える。子供達との約束は明日の朝なので、今日一日予定が空いてしまうのだ。
そういえば、金を稼ぐ手段を考えていたんだったなと小夜子は思い出す。丁度冒険者について色々と教えてくれそうな人の良い男がいるではないか。
思い立ってすぐ、小夜子は冒険者ギルドにやって来た。早朝の早い時間で、依頼の掲示板には10人ほどの男達が集まっている。年齢層は高めで、昨夜の飲み屋と同じ雰囲気の親父達が殆どだった。男達は小夜子に気付いても、すぐに興味を失い掲示板に目線を戻す。受付嬢もカウンターで爪を弄りながらやる気無さそうにしている。落ち着いたというよりも活気のない雰囲気で、昨夜の若い男二人のような血気盛んな冒険者は見当たらなかった。男達の真ん中で、掲示板にメモ紙を順に貼り付けているのはノエルだった。
「おはよう、ノエル。昨日はありがとう」
「おう」
小夜子は人の良い男を、タイミングよくギルドで捕まえる事が出来た。
「ノエル、ちょっと時間ある?冒険者登録について聞きたいんだけど」
「・・・お前、これから冒険者登録するつもりか?」
「話を聞いてから考えようかと思って。もし冒険者登録したら、ノエルから色々教えて貰えるのかしら?私の討伐訓練をしてくれたり?」
「勘弁してくれ。そういう事ならこっちに来い。ちょうど昨日の報告をギルマスにする所だったんだ」
ノエルに案内されて小夜子は2階のギルドマスターの部屋に通された。
「・・・ノエル。このお嬢さんはいったいなんだ」
部屋の執務机には眉間に皺を寄せた神経質そうな男が座っていた。
「サヨコ、ギルドマスターのジェフだ。ジェフ、昨日ラガン平原にコモドドラゴンが2匹出た。俺と討伐訓練中の子供達を助けてくれたのが、このサヨコだ」
「正確には2匹じゃなくて、合計8匹ね。ノエル達に会う前に6匹倒したわ」
小夜子の言葉にジェフだけでなくノエルも目を剥く。
「・・・証拠は」
「昨日倒した8匹を見せたらいい?」
小首を傾げる小夜子に、ギルドマスターは無言で頷いた。
話の流れで、小夜子達3人は解体用倉庫の前までやって来た。
ギルドマスターがやって来たことで何事かと、倉庫の奥からエディも顔を出す。
「エディ、おはよう。今からちょっとコモドドラゴン7匹出すんだけど、そいつ等の血とか内臓とかは要るかしら?」
「薬になる」
「分かった」
血も内臓も捨ててはいけない。アンコウの吊るし切りをするみたいにコモドドラゴンをフックで上部に引っ掛けたら良いだろうか。それを横一列に7つ。小夜子は適当なイメージでコモドドラゴン吊るし切り用の設備を創造していく。フックの下には直径と高さ1メートルほどの深めの金盥をセットする。続いて小夜子は収納ボックスからコドモドラゴン1匹取り出しては高さ2メートルほどに付けられたフックに切断面を下にするようにザックリと刺していく。大の男3、4人でようやく持ち上げられるかというコモドドラゴンを、小夜子は軽々と一人で持ち上げながら次々とフックにぶっ刺していく。
ふとギャラリーをみると、ジェフを筆頭にみんな静まり返っていた。倉庫の中で作業していた職員までが外に出てきて、小夜子を見物している。小夜子は制止がかからないので、サクサクと作業を続ける。胴体の真ん中で切断したコモドドラゴンが2匹いたので更に2つのフックを追加して、7匹分のコモドドラゴンを小夜子は吊るし終わった。
「どう?丁度7匹分と、エディに昨日解体をお願いした分を合わせて8匹よ」
「・・・コモドドラゴンが8匹出たというのは分かった。お前がこれを倒したのか?お前が倒したという証拠は?」
「この内の2匹はノエルの前で倒したけど・・・。ノエル、この男面倒くさいわ」
「まっ、待て!サヨコ、ジェフは仕事に真面目なだけで、悪気は無いんだ!」
目が据わる小夜子の前でノエルは一人慌てる。
「ジェフ!サヨコの空間魔法の馬鹿げた容量と、信じがたい創造の魔法をみれば只者じゃないとわかるだろう!サヨコは規格外だ!普通の魔術士や冒険者と同じ枠に入れようとすれば酷い目に遭うぞ!」
「何よ。別に特別扱いしろなんて言ってないわよ。ルールがあるなら従うし。でも気分悪いルールなら、ここからすぐに出ていくわ」
「・・・悪かった。うちのギルド職員と冒険者達を救ってくれたこと、感謝する」
やや空気が悪くなりかかったが、ギルドマスターから矛を収めたので、ここは小夜子も一時休戦をして話の続きを聞くことにする。
「何が起きているか調査をする必要があるな。ポートギルドから冒険者達にラガン平原の調査依頼を出す事にしよう。サヨコと言ったな。協力を頼めるだろうか」
「私、冒険者じゃないけど?」
小夜子の言葉にジェフは再び目を剥く。
ノエルは大きなため息をついた。