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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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コルネリア大公国 4

津波の描写があります。


次話の前書きに今話のあらすじをざっくり書きますので、読むのが無理な方は今話を読まないように自衛されてください。

 


 最初は眩暈かと、病に無縁の筈の小夜子は驚いた。

 突然前触れも無く、気付けばゆっくりとした横揺れの地震が始まっていた。

 ハッとして小夜子は立ち上がる。

 女神からの予言は何もなかった。これは聖ハイデンの攻撃なのか、この他にこれから何か起こるのかと小夜子の緊張は高まったのだが、小夜子に隣に座るご婦人がのんびりと声を掛けてきた。

「お嬢さん、いつもの地震よ。怖がらなくても大丈夫」

 ゆらゆらと温泉のお湯が揺れ、浴槽の縁に腰かける観光客や現地の人々もゆらゆらと揺れているが取り乱している者は居ない。

「コルネリアは国内に火山が2つもあるからね。地震は日常茶飯事なんだよ」

 イーサンの隣の年配男性がのんびり足湯を楽しみながら横揺れに身を任せている。絶妙にバランスが取れているのは、男性が言う通り地震に慣れているからなのだろう。

「・・・・長いわね」

 しかし地震の横揺れは思った以上に長かった。

 前世の体感で言ったら、震度2から3に届くかと言った所だろうか。ゆっくりとした横揺れなので、子供達も落ち着いて揺れが収まるのを待ってはいるが、それにしても長い。

 2、3分も揺れ続けただろうか。やっと地震は収まったが、まだ体が左右に揺れているような感覚が続いている。子供達は切り替えが早く、揺れが収まればまたすぐにプールで遊び始めた。

「こういう時は津波が来る時があるなあ」

「ええっ?!」

 イーサンの傍に腰を降ろす爺が恐ろしい事を言い始めた。小夜子が思わず声を上げたが、地元民らしい爺は笑いながらのんびりと話す。

「なーに津波と言っても、足が隠れる位の波がさーっと海から陸に上がってくるくらいさ。浜辺で屋台をやってる連中は今頃大急ぎで店じまいしているだろうがな。ほんの数センチの津波だが、砂の上の物は全部海に持っていかれるからなあ」

 杞憂ならいい。

 心配し過ぎだと笑われて終わるならそれでいいが。

「イーサン。ライアンとミシェル達を連れて避難して。とりあえず、すぐ後ろのホテルの屋上まで」

「わかった」

「お嬢ちゃん、そんなに怖がらんでもいいさ。津波が来た所でせいぜい高くて膝下位だからな。建物の中に入れば危ない事は無い」

「うん。私の怖がり過ぎだったら笑ってくれていいわ」

 言うなり小夜子は上空に飛び上がった。

 小夜子と話していた爺が驚いてひっくり返りそうになるのをイーサンが支える。

「サヨコ!」

 フロートの上でライアンが何事かと小夜子を見上げている。

「ライアン!みんなを連れて後ろのホテルの屋上に避難して!」

 ライアンは小夜子を見上げながらしっかりと頷いた。

 温泉に浮かばせたフロートの上に居たライアンには商会員たちが向かっている。ミシェルは護衛達が抱き抱えてプールから上がる所だった。シンシアはフロートをプールサイドへ押しながら、プールの利用客へ声掛けをしている。

 その他の温泉やプールの利用客達は、上空に飛び上がった小夜子に驚いて小夜子を見上げている。しかし大半がその場に留まったままだった。

 小夜子は海岸へと急ぎ飛んだ。

 コルネリア大国国には美しい広大な砂浜があり、こちらも海水浴客でにぎわっていた。しかし、地元民の爺が言っていた通り海辺の屋台は大急ぎで撤収作業が行われている。その屋台の様子に幸い海水浴客達はただ事ではないと陸へ上がり、内地へと移動を開始していた。

 小夜子はしばらく上空で待機しながら海の様子を観察していた。

 今回の地震は、いつもの地震に比べて長い時間揺れがあったと地元民達が言っていた。年寄りの経験則は侮れない。今日の様なゆったりとした横揺れが続く地震の際、過去に何度か津波がコルネリアに到達した事があったのだろう。

 小夜子が上空で待機する中、5分、10分と時間がゆっくり過ぎていく。30分も過ぎた頃だろうか。小夜子がふと気が付けば、海岸線全体が1メートル以上後退しているのに気付いた。美しく白い砂浜が1㎞以上も続く海岸に、1、2メートルほどの幅で水に湿ったグレーの砂のラインが縁取りの様に連なっている。その縁取りは小夜子が見つめている内に3メートルほどの幅に広がった。

 明らかに沖に向かって海岸線が後退していた。

「津波が来るぞ!建物の上に逃げろ!!」

 小夜子が叫ぶと、ポカンと海岸線を眺めていた海水浴客達は慌てて内地に向かって逃げ始めた。

「温泉の傍のホテルの屋上に逃げろ!」

 小夜子の声掛けに、右往左往していた人々もホテルに向かって避難を始めた。

 首都コルネリアには高台が殆ど無く、海沿いで一番高い建物は温泉隣接の5階建てのホテルだけだった。海辺の住民達、観光客全員がホテルに避難する事は出来ないだろう。

 そうこうしている内に、ゆっくりと潮が引くように下がっていた海岸線は、今や目に見えてスピードを速め下がっていく。

 海底がどんどん露になり、すでに通常の海岸線より10メートル以上も下がり、その勢いは止まる様子も無い。規模がどの程度か予想もつかないが、確実に高波、もしくは津波が来るだろう。

 小夜子は頭をフル回転させて対策を考える。

 海を沖合まで凍らせてしまおうか。小夜子の能力であれば無限の魔力で力押しする事で可能ではあるだろう。しかしコルネリアでは海沿いで漁業を生業にしている国民もいる。海水を全て凍らせてしまっては、津波の被害は防げるだろうが生態系に大きなダメージを与えてしまうだろう。

 小夜子はすっかり剥き出しになった海底の砂と土、岩を使って海岸線全体に及ぶ長大な壁を作り出した。小夜子の土魔法により、通常の海岸線から20メートルは下がった地点に突如として1㎞以上に渡る防波堤が出現した。そしてその防波堤は上空にどんどんと伸び高さを増していく。

その黒々とした巨大な防波堤の姿は、ホテルの屋上に避難したイーサン達にも目視で確認できる程の高さだった。更に天高く聳え立っていく土壁によって、ホテルの屋上に居てさえも、海を見る事すら出来なくなった。

「ライアン様、ミシェル。教会まで避難します。教会本部はこの屋上よりも標高が高かったはずです」

 カルビナ山の麓の傾斜の上にコルネリア大聖堂は建てられており、首都を見下ろす形になっているのだった。

「イーサン君、本当に津波が来るのかい?サヨコがここまでする位のものが?」

「来なければ良いと思いますが、残念ながらサヨコの危機察知能力は百発百中です」

「よし、逃げよう。ミシェル君、あとシンシア。それと侍従の子達。まずは子供達から避難させるよ。足に自信のある者達は、いったんホテルを出て、逃げ遅れた人達に声をかけながら大聖堂を目指しなさい。さあ、更に避難開始だ!」

 ライアンは即座に逃げる方向に頭を切り替える。

 ライアンが両手を打ち鳴らすと同時に、比較的体力に自信のあるホテルの従業員達から行動を始め、屋上から階下へと走り始めた。子供達や年配の者達は不安そうな顔をしながらライアンとイーサンの元へと集まって来る。

「俺はイーサン・バトラー。Sランク冒険者です。今から順番に皆さんを転移魔法で大聖堂へ運びます。皆さんを必ず避難させるので、落ち着いて自分の順番を待ってください」 

 イーサンの穏やかな声掛けに、不安そうにしながらも人々は頷いた。

 避難第1陣のミシェルとシンシア、侍従の子供達3人がイーサンの手や腕にしがみ付く。1度イーサン達は姿を消したが、すぐさまイーサン1人がホテルの屋上へと姿を現した。

「では次の方達。君達は兄弟かな?お父さんかお母さんは?後はそちらのご夫婦も一緒にどうぞ」

 イーサンは家族単位で避難順を決めていき、第2陣の避難もすぐさま終えて再びホテル屋上へと戻る。冷静に次から次へと人々を避難させていくイーサンに、屋上に残された人々は落ち着きを取り戻した。その後は皆順番にイーサンによって更に安全地帯へと運ばれていった。

 ホテルの屋上から人々を全員避難させ終え、イーサンは温泉の周囲の逃げ遅れた人々を更に拾っては教会へと運ぶ。見渡す限り人影が無くなった所で、イーサンは小夜子の元へと飛んだ。

 小夜子は20メートルほどの高さにまで到達した防波堤の上に立ち、沖合いを睨んでいた。

 幅1㎞以上、高さ20メートルを超える防波堤を作った後は、防波堤の素材に使った海底の砂、土、岩が全て消失し、防波堤の前に深い穴がこれまた長大な規模で出来上がってしまった。その深い穴と高さ20メートルの防波堤を使ってどこまで津波の勢いを削げるかといった所だ。

「サヨコ、見える範囲では避難が終わったよ」

「ありがとう。イーサン、見てよ。この有様よ」

「う、うわあ・・・」

 さすがのイーサンも言葉を失った。

 美しい砂浜が評判の海岸は海水が干上がってしまったかのように海岸線が20メートル以上も後退し、海底が剥き出しになってしまっていた。引き潮の勢いはだいぶ衰えたが、まだじりじりと海岸線は下がっている。そして、常ならばくっきりとした青が日光に反射してキラキラと美しい水平線が、今は濃い緑色になっている。更にじりじりと引く海水は、この状況が決壊する前の溜めの様にしか最早見えない。

「あの水平線の緑の部分。きっと高波が出来上がってる。もうじきこの海岸に津波が到達するわ」

「サヨコ、他に何か手伝える?」

「・・・・スチュアート商会関係者と、コルネリア大公家、あと大公国の要職の人達、希望する人をオーレイまで避難させて」

「サヨコはどうするの」

「大丈夫!命を掛けたりなんかしないわよ。でももう少し何か出来ないか考えてみる」

「わかった。俺も救える範囲で頑張るよ」

 小夜子とイーサンは性急に口付けを交わすと、それぞれに分かれて防波堤の上から飛び立った。

 小夜子は前世の知識の引出しを片っ端から開けていく。

 それほど勤勉でもなかった小夜子はテレビのニュース程度の、一般常識程度の知識しかない。しかしたまたま、某国営放送で津波のメカニズムの特別番組をこの世界に来る前に見ていたのだ。

 津波は海面から海底まで同時に海水が動くので、膝上程度の津波でも足を掬われ危険だという。この津波の大きな力を、海底近くで真逆の海流を生み出す事によって相殺できるという理論と実験データの紹介が番組ではされていた。その研究のための機械装置の動きを小夜子は思い出す。効果があるのか分からないが、防波堤と大穴だけでは心もとないような気がするのだ。

 小夜子は沖合いに飛んだ。

 引き潮はもう限界まで引き切った状態のようだ。普通の引き潮なら、潮が引く間にも波が寄せたり返ったりするものだが、今は波が引いて行く一方で、これだけでもゾッとするような異様な光景だ。引く波と押す波が拮抗しているかのように、海岸線から30メートルも離れた地点で海水が一塊になって生き物のように蠢いている。そして小夜子の目の前で海水の塊はとうとう決壊した。

 小夜子は波が海岸へ向かうと同時に、全力の水魔法で海底付近の海水を沖へと押し戻して動かした。小夜子が水魔法を行使しても波は小夜子が空中に浮かぶラインを軽く突破し、海岸線へと勢いよく押し寄せていく。小夜子は効果があると信じて、海底付近の海水を沖へ押し戻す様に水魔法を全力で行使し続ける。イメージとしてはコルネリア大公国の海岸に接している国境線全面の海域への干渉だ。コルネリアに押し寄せる津波の下半分を思い浮かべ、小夜子は沖合へ向かってひたすら押し戻す。波の相殺を思い描きながら小夜子は海流を動かし続けた。

 小夜子の後方へと通り過ぎた高波は、防波堤に到達する直前に高さは防波堤の半分ほどにまで下がっていた。高波は一度大穴に落ち、防波堤にぶつかると高々と上空へ水しぶきを上げた。大量の水しぶきは防波堤を乗り越えて白浜に落ち、その後水流を形成して勢い良く市街地へ押し寄せていく。

 高波は一度では済まず、2度、3度と防波堤にぶつかり、防波堤を乗り越えた海水は更に市街地へと流れ込んでいった。しかし、4度目の波は防波堤にぶつかるも堤防を乗り越える事は無く、5度目の波も同じく。6度目の波が到達した際には上空に水しぶきすら上がらなかった。

 小夜子が防波堤の上から市街地方面を確認すると、海水が流れ込んでいったようだが建物の倒壊などは目視では確認できなかった。市街地に流れ込んだ海水は、市街地を広範囲で水浸しにしながらも消滅したようだ。結果として津波は教会まで到達しなかったのだが、小夜子が波の力の相殺を思いつかなかったらどうなっていたかは分からない。

 今回の津波が、聖ハイデンが小夜子を狙って引き起こした災害だったとしたら、もう手段も選ばず小夜子を消す方向に聖ハイデンは動き出したのかもしれない。小夜子への攻撃の為ならば、聖ハイデン教の総本山、コルネリア大公国を信徒もろとも消滅させてもいいという事なのだ。

 小夜子は防波堤をしばらくそのままにしておくことにした。津波の心配がないと確信できた時点で防波堤は取り壊し、海水浴場も元の姿に戻す方がいいだろう。

 小夜子は海岸沿いを見て回り、波に足を取られて転んだ等のケガ人を助けて回った。

 こういう非常事態の際は教会の聖女が救護所を設置し無償で人々を治療をするというので、小夜子はケガ人を拾っては教会に届けた。幸い命に関わるような重傷者はおらず、負傷者は地元民、観光客合せて30名ほどで済んだ。

 擦り傷、切り傷などのケガ人は聖女たちに任せたが、転倒して骨折した年配のご婦人だけは小夜子が治癒魔法をかける。小夜子の魔法を見てから聖女達が必死に小夜子を救護所に引き留めたが、小夜子は自分の仕事をしろと笑顔で聖女達を振り切って今度はスチュアート商会に向かった。

「サヨコ様!」

 商会にはフランクや先ほどまで温泉で一緒に居た商会員達が殆ど残っていた。

「フランク!避難しなかったの?」

「父とシンシアはイーサン様にガルダン王国へ送って頂くようお願いしました。大公家の皆様もご一緒です。我々商会は、これから災害支援に動きます。国も避難所の開設に動いているようです」

 普段から備えがあるのだろう。商会員たちはトラックの荷台に木箱をどんどんと積んでいる。

「フランク、立派だわ」

 利益を追求するばかりではなく、災害時に商会が人道的支援を行うという考えはこの世界においてはまだ珍しいものだと思う。

 小夜子はフランクに、大公国の高官への顔つなぎを頼んだ。波を未だせき止めている防波堤の説明をする必要があるからだ。

 災害支援の陣頭指揮は他の商会員に任せ、フランクは小夜子をコルネリア大公国の政務庁舎へと案内した。

 政務庁舎では特に混乱も無く、市街地の高波被害への対応について各部署が動き始めていた。

 小夜子は港を含めた海岸保安担当部署と話をし、様子を見ながらにはなるが1週間後に防波堤を取り壊す事となった。コルネリアの港に関しては、地形的に入り組んだ湾内にあることもあり、幸い今回の津波の被害はなかったそうだ。

 後は大公国が組織立って被害の調査と対応に動いて行くだろう。

 小夜子はフランクと別れ、今度はオーレイに転移した。


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― 新着の感想 ―
おかっぱ少女も悪っぽいけど、ハイデンさんも大概ですね。怪獣大戦争みたいになってきちゃった
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