小夜子の里帰り出産 6
ポート町の冒険者ギルド兼役場では明かりが煌々と灯されていた。
小夜子とイーサンが広場の噴水前に降り立つと同時にギルドから勢いよくノエルと数人の冒険者達が飛び出してきた。
「サヨコ?!イーサン!」
「ノエル!地震は大丈夫だった?」
小夜子とイーサンにノエルは駆け寄る。
「イーサン、丁度良かった!手を貸してくれ!今ラガン平原で子供達が野営訓練をしてるんだ!前にもこれ位の揺れで地面がデカく裂けたんだ!」
「ノエル、大丈夫。冒険者と子供達、全員無事に保護して連れて来たよ」
「はあっ?!」
ノエルはもちろん、その後ろに続く冒険者達も愕然とする中、小夜子は広場にドンとバギーを出した。バギーには台車に折り重なっている子供達8人、運転席と助手席に冒険者が2人乗っていて、驚いて周囲を見回している。
「・・・全員、揃ってる。助かった・・・。サヨコ、イーサン、恩に着る」
ノエルは脱力して大きく息を吐く。冒険者達は無事を喜び合いながら、泣き出す子供達の面倒を見ている。
「ノエル、町の被害は大丈夫かしら?」
「ああ、今ジェフが職員達と見回りに出ている。結構揺れたからケガ人も何人か出てるかもしれないな。俺達もこれから見回りに出る。しかし、お前・・・」
どうして子供達を助けられたんだ。
そう聞こうとしてノエルは口を噤んだ。
以前も同じような事があった。城塞都市グレーデンに迫るヒクイドリの暴走を小夜子は知っていたのだ。何事も無ければそれでも良いと思い小夜子に同行したノエルは、実際に小夜子の言う通りの事が起こって度肝を抜かれた。
もうその時から、小夜子は自分の常識では測れない存在なのだとノエルは割り切って考えている。小夜子は常識外れの力を持っているが、悪人ではない。むしろお人好しが過ぎる程だ。なら何も問題はないではないか。
小夜子とイーサンはよほど急いでいたのだろう、着の身着のままの寝巻の姿だ。小夜子にノエルは自分の上着を着せかけてやる。
「まあいいさ。サヨコだもんな」
「うん?まあね」
ノエルは小夜子の小さな頭にポンと手を置く。
ノエルの内心を知ってか知らずか月明かりの下、小夜子はからりとした笑顔を見せていた。
「私達、オーレイに1度戻るわ。あと日が昇ったら、冒険者でチームを組んでラガン平原の安全確認に行くわよ。大ムカデが何匹も地中から湧いて出たから」
「はああ?!」
「じゃあ、朝食後にギルドに集合よ。冒険者を集めておいてね」
「ノエル、また来るよ」
再び驚きの声を上げるノエルをそのままに、小夜子とイーサンはオーレイに転移で戻った。
オーレイでは畜光石のお陰で夜間でも建物の内外が常に明るく照らされている。その明るく照らされた屋外を宿に宿泊中だった冒険者達が数人で 出歩いている。その温泉宿からジムとオリビアが揃って出て来た。
「サヨコ様、お疲れ様でございます」
「ジム、オリビア。見回りしてくれていたの?」
これからイーサンと手分けしてオーレイの宿の客と住民達の安否確認をしようと思っていた所だったが、宿の冒険者達と一緒にジムとオリビアも集落の見回りをしていてくれた。
「集合住宅の皆は無事だった。多少棚から物が落ちた位だ」
「宿の方は宿泊中のご婦人が1人転んで膝を痛めたそうで、湿布を貼って手当をいたしました。他に怪我をされた方はおりませんわ」
「ジム、オリビア、ありがとう」
小夜子はホッと息をつく。
最優先は大ムカデの駆除だったが、震源地にほど近いポート町とオーレイも心配だったのだ。
「サヨコ様、お疲れの所大変申し訳ありませんが、あと1時間もせずにアリー皇女様の授乳のお時間です」
「あー、了解」
小夜子とイーサンは顔を見合わせて笑ってしまった。
雨が降ろうが槍が降ろうが直下型地震が起ころうが、アリーの日々のルーティンは崩れる事はない。
「アリーは泣かなかった?地震に驚いたんじゃない?」
「ふふ、お変わりございませんでしたよ。アリー皇女様は地震でお目覚めになりました。驚かれたご様子でしたが、揺れがおさまってからミルクをいつも通りにお召し上がりになりました」
「あはは、さすがサヨコの娘だ。でも明日の朝も早いけど、サヨコ大丈夫?俺に任せてくれてもいいんだけど」
明日はムカデが完全に殲滅できているかラガン平原を調査しなければならない。あのサイズはイーサンか小夜子以外には対処できないだろう。
「いや、行く。授乳したら仮眠を取るわ。みんなも住民や宿の客の安否確認が済んだら後は休んでちょうだい。もう地震は起こらないから」
「了解した」
「わかった」
イーサンもジムも、何故分かるとは小夜子に問わない。
小夜子の今夜の行動は、この地震を明らかに予期した上での物だった。
イーサンは更に小夜子がラガン平原でムカデを待ち構えて討伐する所も一部始終見ている。子供達がラガン平原で野営をしている事も知っていた。ポート町とオーレイを守るために問答無用でイーサンを引っ張り出し、小夜子は起こると知っていた被害を全て未然に防いだのだ。
「無理はして欲しくないんだけど、サヨコは自分で確認に行きたいんだね。なら時間になったら迎えに行くよ。ギリギリまでゆっくり休んで」
「ありがとう、イーサン」
小夜子は一度イーサンと別れてコンテナハウスに戻った。
それから夢うつつにサーシャの手を借りどうにか授乳を済ませ、4時間の睡眠を取り、出掛けにまた授乳を済ませると、小夜子はイーサンとポート町に飛んだ。
バギー2台にポート町の冒険者達を詰めこんで、一気に転移で昨日の現場に小夜子達は飛んだ。
大ムカデが湧いたという現場には確かにムカデの残骸が多数あった。しかしそれ以外の異変としては、直径20メートルほどの円形に草原が禿げているだけだった。
その日は夕方まで調査チーム総出で捜索に当たったが、ムカデの討ち漏らしは幸い見つからなかった。
ムカデの残骸から素材を回収後、ラガン平原の調査は無事終了した。
地震があった日以降、小夜子のホンワカ母親然とした産後の雰囲気はなりを潜めた。
元の小夜子に戻った訳なのだが、雰囲気としてはイーサンが出会ったばかりの頃の、またはジムとカリンがスリッケルで出会った頃の、ソロの冒険者の小夜子だ。
小夜子は我が子の成長に目を細めながらも硬い表情で考えこむ時間が増えた。
季節は本格的な春を迎え、アリーの首はすっかり座っている。アリーはサーシャに縦抱っこされ、ご機嫌で鳴り物の玩具を振り回しており、非常に食堂は賑やかだ。
「そろそろ帝国に行くわ」
小夜子はある日、とうとう帝国行きを決断した。
「アリー皇女様も首がしっかり座られました。よろしいかと思いますわ」
オリビアからも許可が下り、帝国へ戻る準備が始まった。
穏やかな春の陽気の中、しっかりと首の座ったアリーはやっとオーレイでのお披露目となった。お披露目と同時に残念だが別れの挨拶となる。
「みんな、私の娘のアレクサンドラよ。今の身分は帝国皇弟の皇女よ。よろしくね」
「「はあー・・・」」
オーレイの集落、その広場に集まった宿の従業員達、利用客達はポカンと口を開けている。
自国の王族ですら縁遠く、自分達の生活に関わらずに一生を終える者が殆どだ。ましてや、行ったことも無い隣国の皇女様と言われてもどれほどの事なのか、この場に集まった者の殆どが理解出来なかった。
集合住宅の爺婆、トーリとレインは日々の生活の中でちょいちょいアリーの顔を見ているので、今は余裕の表情で人の輪から外れて人だかりを遠巻きに見ている。
「可愛い。サヨコちゃんにそっくりだけど、なんだか凛々しいわ。この辺りは父親似なのかしらね」
「可愛いねえ。奇麗な顔にたっぷりの黒い巻き毛。絶対将来は美人になるねえ」
物怖じしない宿の従業員の女性陣以外、冒険者の親父達などは赤子への接し方など分かる筈もない。可愛いな、などと言いつつも遠巻きに眺めている。湯治に来ていた年配の宿客の中には、有難いと何故かアリーを拝む者もいた。
「長い間皆には世話になったわね。私達、そろそろ帝国に戻るわ」
小夜子の言葉にオーレイの住民達は一抹の寂しさを感じながらも、帝国へ戻る小夜子達へ笑顔を向ける。帝国から来た4人は小夜子達母子の護衛、サポートをガッチリこなしながらもそれぞれにオーレイの住民達とも交流を深めてきた。それぞれが住民達と最後の別れを交わしていく。
アレクシスやジェイムズに大量に持たされた食材は、余った分を住民達へ置いていく事にした。クラッカーや乾燥パスタ、シチューやパスタソース等の各種缶詰は、忙しい宿の従業員達のまかないに使えると宿の厨房女性陣に非常に喜ばれた。
「サヨコちゃん、行っちゃうの」
「サヨコちゃん」
出産前には毎日のようにコンテナハウスに遊びに来ていたアンとルルが、小夜子の腰にしがみ付く。
小夜子は腰を落として、アンとルルにアリーの顔を見せた。
「アリーよ。この子が私のお腹に入っていたのよ。アンもルルも、生まれるまで毎日おやつを届けてくれてありがとう」
「かわいい!」
「かわいい」
小夜子を挟んで両隣に付いたアンとルルは、小夜子の腕の中で大人しくしているアリーをじっと見つめる。ココとレインも傍にやってきて、オーレイの子供達全員がアリーを囲む形になった。
「この子のお父さんがね、帝国で待っているの。アンもルルもお父さんとお母さんの傍に居たいでしょ?この子も同じなの。だから、帝国に行ってくるわ」
「・・・わかった!」
「わかった」
「2人とも、いい子ね。また会いに来るわ。みんな、それまで元気でね」
子供達とも挨拶を済ませた。そろそろコンテナハウスに戻ろうかという時だった。
「サヨコ様。それでは私はこれにて、お役目を降ろさせていただきたく存じます」
「オリビア?」
「私は宮廷医を辞して、オーレイに残りたいと思います」
オリビアの発言には帝国サイドの者達もオーレイの住民達も驚いた。
「オリビア、本気なの?」
「元々は昨年の春、私は王宮からお暇をいただき故郷に戻る予定でございました。ですが、生まれ故郷には既に身寄りも無く、故郷に戻る理由は特に無かったのです。オーレイは自然豊かで、住民の皆様も気持ちの良い方ばかり。私はここで過ごす内に、オーレイがすっかり好きになってしまったのです。この実り豊かなオーレイで薬草の研究をしながら、非才の身ではございますが皆様の生活の手助けを出来ればと考えております。イーサン様、私の我儘をお許しいただけますか?」
「許すも何も、こちらからお願いしたいよ!この辺境のオーレイに帝国の宮廷医が常駐するなんて、凄い事だ。だけど、あなたの雇い主は了解するのかな?」
「サヨコ様のご出産が無事に成された暁には好きな褒美を取らすと、陛下からはお約束を頂いております。私はオーレイへの移住を望みますわ」
オリビアの突然の移住宣言にオーレイの住民からも、宿の利用客、冒険者達からも歓声が上がった。
「私の宮廷医としての最後の大仕事でございました。サヨコ様と殿下の御子様のご出産に立ち会えた事、まことに光栄にございました」
「オリビア、あなたが傍に居てくれて本当に心強かったわ。これからオーレイの事よろしくね」
新天地での生活を前にオリビアの表情は輝いていた。そのオリビアに冒険者の親父達はぼーっと見とれている。爺婆達や、宿の従業員達も集落に医師が常駐する事に興奮が冷めやらないでいる。
ポート町にすら無い医師常駐の診療所が、この小さな集落で開かれる事になったのだった。
ひとまず帝都の住まいを整理し、移住の準備もしっかりしてからオーレイに再び戻る事をオリビアはオーレイの住民達と約束していた。住民達との普段の交流の中でちょっとした相談や、軽いケガなどの処置をする内に、オリビアは住民達から既に大きな信頼を寄せられていた。
オリビアはオーレイに移住後、オーレイとポート町の医療を支える診療所を開設した。そして長年辺境の医療を支え、更にはガルダン王国の医療の発展にも貢献する事となる。
オリビアのオーレイへの移住が決まるなど予想外の出来事もあったが、後はアレクシスと帰還の日程の相談をするばかりとなった。
イーサンも含め皆が一堂に食堂に集まる中、アリーを抱いた小夜子は通信機をアレクシスへ繋げた。
「アレク」
『サヨコ』
通信が繋がると、通信画面の中でアレクシスは小夜子に向かって微笑んだ。アレクシスの通信画面にはアリーを抱いた小夜子が映っているだろう。
「帰る日の相談をしたかったの。今話せる?」
『ああ、問題ない』
アレクシスは執務室で仕事をしていたようだが、画面の向こうでサヨコとじっくり話をする態勢をとる。
「今食堂で話しているの。周りにみんなも居るわ。アレクの都合のいい日はある?いつなら帰っていいかな」
『いつでも構わない。屋敷はすぐにでも生活できるように整えている。まだ皇弟の身分は降りられないのだが、住居を先に移す事は構わないだろう』
「そうなの?みんなはいつがいい?」
小夜子は周囲の者達に確認を取る。コンテナハウス自体は全てが小夜子の持ち物なので、整理する荷物も何もない。帝国からの同行者達も私物の整理は既に済んでいるとの事だ。
であれば、特に帰還を長引かせる理由もない。
「イーサンは?」
小夜子は隣にいるイーサンにも都合を確認した。
アレクシスの通信機の画面の中で、サヨコは真横を向きイーサンなる人物に話しかけている。初めて聞く名前にアレクシスは眉をひそめた。
「サヨコ達の都合に合わせるよ。俺は優秀な代官達に支えられたお気楽な領主だから、特に手持ちの仕事は無いんだよ。通信機ももらったから、何かあればすぐにトーリとジェフから連絡をもらえるしね」
ゆったりと小夜子の質問に答えていたイーサンは、おもむろに小夜子が手に持っていた通信機をするりと引き抜いた。そしてそのまま画面を裏返す。
「やあ、お初にお目にかかる。俺はオーレイ地方領主にしてガルダン王国のSランク冒険者、イーサン・バトラーだ。大国ヴァンデール帝国皇弟にお目通り叶い、とっても恐悦至極だよ」
周りがあっけに取られている内に、イーサンは通信機越しにヴァンデール帝国皇弟、アレクシスと初対面を果たした。
『・・・アレクシス・レイラ・ヴァンデール。ヴァンデール帝国皇弟であり、サヨコの夫だ』
「夫?まだ結婚してないだろ」
突然アレクシスとイーサンの会話が始まり、小夜子ですらあっけに取られていた。
問題を先送りにしていたアレクシスの臣下一同は、身動ぎも出来ずに凍り付いてしまっている。
アレクシスの声音が一段下がる。
『イーサン・バトラー。お前はサヨコとどういう関係だ』
「サヨコとは冒険者仲間で、まあ家族のようなものだよ。ねえ、サヨコ」
「アレク、そうなの。イーサンは私の親友で家族みたいなものよ。オーレイではずっと私達を支えてくれたの。アリーのお世話も手伝ってくれて本当に助かったわ」
小夜子は通信機の画面を見ようと、イーサンに距離を詰める。その距離はイーサンと頬が触れ合う程に近かった。
『ほう・・・、そうだったのか』
アレクシスの声音が更に一段と低くなった。
仲良く通信機を覗き込む小夜子とイーサンの姿が、アレクシスの通信機の画面にも映っている筈だ。2人の姿を見ているであろうアレクシスを想像して、皇弟の臣下一同は呼吸音すら押さえて気配を消している。幸い小夜子は言うだけ言うと、すぐイーサンから離れた。
「さて、皇弟に俺からお願いがあるんだけど。サヨコ達がそっち行く時、俺も帝国に付いて行っていいかな。皇弟の臣下達の不法入国には目を瞑ったんだから、それ位の便宜は図ってくれるだろう?」
『それはそれは。断りもなく我が臣下達を王国へ送り込む事になり、そちらには迷惑を掛けたな。私のサヨコが心配な余り思い至らぬ所であった。その謝罪と私のサヨコが世話になった礼だ。イーサン・バトラー、喜んでお前を我が帝国へ招待しよう』
「ははは、俺のサヨコの為に俺が勝手にした事だし。別に皇弟からの礼はいらないけどね。それじゃあ、喜んで皇弟の招待を受けるよ」
アレクシスとイーサンの応酬に、ジムの胃はキリキリと痛み出していた。
イーサンの帝国への入国については、アレクシスに報告をする前に自分の手で穏便に手配を済ませたいと考えていたのだ。だが、帝国へ行く前から主とイーサンの対決が始まってしまった。
イーサン・バトラーについての報告は、オーレイに滞在中に何としてでもアレクシスに済ませておくべきだった。オーレイに転移直後の通信手段も無かった頃の状況ならともかく、小夜子が携帯通信機を新たに作り出した時、アレクシスに報告を上げるために小夜子から通信機を借り受ける事も出来ただろう。大らかな小夜子なら、ジムが私室でアレクシスと話す事も許してくれたはずだ。
問題を先送りにしたいという無意識のバイアスがかかっていた、明らかにジムの判断ミス、職務怠慢であった。カリンなどジムの隣で、ストレスの余り吐き気を催していた。
ジムとカリンの胃へ著しくダメージを与えたアレクシスとイーサンの応酬は、イーサンの帝国行きにアレクシスが許可を下した所で終了した。
イーサンもここでいったん矛を収める事にしたようで、あっさりと通信機を小夜子へ返す。
それからはアレクシスも小夜子と穏やかに具体的な帰還についての打ち合わせをして通信を終えた。アレクシスが一日も早い小夜子達の帰還を望んだので、帝国への帰還は翌日に決まった。
転移のポイントは、アレクシスの離宮の中庭となった。そこで同行者達は荷物を整理して、離宮で解散となる。
こうなれば事態は止まる事無く進んでいく。
あっという間に翌日の朝となり、小夜子達は朝食終了後に合流したイーサンと帝国へと転移した。
オーレイに戻った時と同様に、小夜子以外はコンテナハウスで待機してもらい、小夜子だけが身一つでアレクシスの離宮に降り立った。
「サヨコ!」
アレクシスは中庭で小夜子の帰還を今か今かと待っていた。
「アレク」
小夜子は笑顔でアレクシスの抱擁と口づけを受ける。
「お待たせ。みんなと戻って来たわよ。いよいよアリーとご対面ね」
「ああ、楽しみで眠れなかった」
徹夜をしたというが、元々睡眠時間が短いアレクシスなので、その様子は普段と変わりない。
小夜子は早速コンテナハウスを収納ボックスから出した。
そしてコンテナハウスのドアを開ければ、食堂にはジムとカリン、オリビアとサーシャが揃っていて、サーシャの腕の中には機嫌のよいアリーが収まっている。サーシャは軽く腰を落とし、他の3人はアレクシスへ臣下の礼を取る。
「みな、良く戻った。報告は後でいい、まずはゆっくり休んでくれ」
アレクシスはしばらくアリーを眺めた後、礼を取り続ける4人から隣に視線をずらす。
コンテナハウスの中にはアレクシスの臣下達の他にもう一人、輝く銀髪を緩く結い上げた優美な男がアレクシスをひたと見つめて立っていた。
「この度は帝国へ招待いただき感謝する。他国辺境の小領主でしかない俺に離宮への立ち入りを許してくれるとは、皇弟の寛大さには痛み入るよ」
「よく来たな、イーサン・バトラー。小領主などと謙遜をするな。世界にたった4名しか居ない、世界の守護者たるSランク冒険者だ。貴殿の訪問を帝国は歓迎しよう」
アレクシスもイーサンも、非常に良い笑顔を見せている。
「アレク、改めて紹介するわ。私の親友のイーサンよ」
そして小夜子も満面の笑顔だ。
笑顔のアレクシスと小夜子、イーサンの三つ巴を前にジムとカリンは頭を下げたまま息を殺している。
「サヨコ、私の離宮は閉鎖したのだ。あのような忌まわしい事が起こった場所にサヨコも、我が娘も立ち入らせたくない。貴族街に屋敷は用意しているのだが、家族団らんの時を過ごすのはもう少し後にしよう」
アレクシスは小夜子を抱き寄せ頭頂に1つ口づけを落とすと、冷徹な主の顔に戻りジムとカリンに命じた。
「ロズウェル、ハリソン。我が娘を命に代えても守れ。陛下の宮の一室を一時的に借り受けている。そこでしばし待機しろ」
「「御意」」
ジムとカリンは速やかにサーシャとオリビアを伴い、コンテナハウスを後にした。
人払いがなされ、コンテナハウス内には小夜子とアレクシス、イーサンの3人が残された。
「娘と初めて会えたんだ。抱き上げてやったら良かったのに」
「今日から一緒に暮らすのだ。これからいくらでも触れ合えよう。さて、イーサン・バトラー。ゆっくりと話をしようか」
「お忙しいだろう皇弟に時間をいただき、恐縮だねえ」
この頃にはさすがに小夜子も2人の雰囲気に首を捻っている。
アレクシスもイーサンも目が全く笑っていないのだ。
人払いがされたコンテナハウスの食堂にて、小夜子を巡るアレクシスとイーサンの舌戦がとうとう開かれた。




