小夜子の里帰り出産 4
それぞれの思惑はともかく、表面上は穏やかにオーレイでの日々は過ぎていった。
「サヨコちゃん!今日のおやつだよ!」
コンテナハウスにはオーレイの住人達が小夜子に差し入れを入れ替わり立ち替わり持ってきてくれる。
今年の冬支度もいよいよ本番を迎えて、爺婆達も宿の従業員達もいよいよ忙しく日々働いている。小夜子は今まで定期的にオーレイを訪れては生活の支援、テコ入れをしてきたのだが、今年の冬支度では小夜子の手伝いは要らないという。小夜子の手助け無しにしっかりと一年を通して生活が回る体制をオーレイはとうとう確立したのだった。
そしてこれまでの恩返しとばかりに、最近は秋の味覚が多くコンテナハウスに届けられている。
今日もコンテナハウスに元気に飛び込んできたのはサリーのひ孫のアンと、ココの妹のルルだ。オリビアと仲良くなった2人は気安くコンテナハウスにも遊びに来る。
アンの父親はオーレイに来たばかりの小夜子がいの一番にぶん殴ったジャックである。ジャックはポート町に一度働きに出たのだが、その後ポート町で出会った妻子を連れてオーレイに出戻った経緯がある。その時の連れ子がアンだった。
ジャックの妻は昨年の春に子供を産んでおり、母親のつわりが重かった時期に小夜子も色々と手助けをした。つわりで食欲が落ちた母親でも食べられる物をと、小夜子は宿の厨房で色々な料理や甘味を作った。その時の事をアンは良く覚えており、こうして毎日、妊娠中の小夜子に甘味を届けに来るのだ。
今日アンとルルが持って来たのは、果樹園で取れた初物の栗だった。宿の厨房で作ってくれた渋皮を取り除いた甘露煮と渋皮煮の2種類がある。
「美味しそうー!」
「オーレイの果樹園の栗ってビックリする位大きいよね」
今日のお茶請けは栗という事で女性陣はもちろんイーサンやジムまでも進んでお茶やコーヒーの準備を始める。田舎であれば栗など珍しくも無く、山に行けば手に入るお手軽甘味だが、帝都育ちの4人には大栗の甘露煮など贅沢で高級な菓子だった。
子供達にはサーシャがホットミルクを用意してくれて、食堂でゆったりと午後のお茶の時間が始まった。
「・・・動いた」
「赤ちゃん動いた?!」
小夜子の呟きにアンが椅子から飛び降りると、ピッタリと小夜子の腹部に顔をくっつけた。ルルもアンの真似をして反対側に顔を寄せた。
小夜子はもう臨月に差し掛かり、腹部もだいぶ張り出している。オリビアの見立てでは、自然分娩に問題なく臨める胎児の体位だという。
「わあ!」
「わあー」
小夜子の腹部は子供達の顔が押されて動くほどに形を変えている。非常に胎動が激しい。
子供達はこの胎動が目当てでコンテナハウスに日参している節もある。激しい胎動、人体の神秘を感じる事に子供達は夢中なようだった。
「アン、あなたの弟もこれ位動いてたでしょ?」
「ううん。サヨコちゃんの赤ちゃんの方がすごく動いてて、すごい!」
「私の方が凄いのかあ」
小夜子はまだ臨月ではないのだが、腹部は既にパンパンだ。そして胎動が始まると小夜子の動きが阻害されるほどに衝撃があるのだ。
「ふうー」
「サヨコ、大丈夫?」
隣のイーサンが小夜子の腰をさすってくれる。
「イーサン、ありがとう」
礼を言いながらも小夜子はフウと息を吐き出す。
赤子が元気一杯なのは間違いない。もう十分に大きくなっているのではと思う。
父親のアレクシスは大柄な体格が多い帝国男性の中でも更に長身の方で、小夜子が隣に立つと真上を見上げる位に大きいのだ。きっと胎児の大きさも相当な物なのではと思う。
「アレクが大きいから赤ちゃんもこんなに大きいのよね。もうさっさと出てきて欲しいかも」
「ふふふ、予定日はまだ1月先でございますよ」
たおやかに笑いながらオリビアが渋皮煮を口に運ぶ。
「待ち遠しいですわねえ」
「皇子様か、皇女様か。どっちかなあー」
「どちらでも可愛いだろうね。楽しみだなあ」
小夜子の腹部から顔を放そうとしない子供達を皆で眺めながら、穏やかな時間は過ぎていく。
小夜子もイーサンも、帝国サイドの同行者達も、のんびりと過ごせたのはこの頃までだった。
それから丁度1月後。
小夜子は元気な女の子を産んだ。
母子ともに健康で、何のトラブルもない安産だった。安産だったのだが、小柄な小夜子から4000gに迫る大柄な赤子が誕生した。頑丈な小夜子でなければ母体の負担はかなり大きかっただろう。
その赤子は小夜子とアレクシスの色を見事に受け継いでいた。漆黒の豊かな巻き毛がふわりと頭部を覆っており、瞳はアレクシスと同じ黒曜石の中に光の加減で黄金の光彩が見られた。顔立ちは小夜子寄りだが、目鼻立ちがよりはっきりしており将来の美貌が約束されているような美しい赤子だった。
そしてその赤子は力強い生命力に溢れていた。
出産時の赤子の産声は分娩室を飛び越えてコンテナハウス内に響き渡り、産気づいた小夜子を心配してコンテナハウスの周囲をウロウロしていた爺婆達の耳にまで届いた程だった。
「皇女様が泣いてる!」
「そろそろ授乳の時間ですわね」
赤子の名前はまだ無く、暫定的に皇女と呼ばれている。
帝国では皇族の子供は帝位継承権に関係なく、等しく皇子、皇女と呼ばれる。アレクシスは今後臣籍に下る予定なのだが、現時点では皇女と呼ぶことに決まったのだった。
その皇女が泣く度に周囲の者達は総立ちになり、皇女を囲んで右往左往している。皇女の世話はサーシャとオリビアが主となり行っているのだが、カリンも意味なくウロウロとサーシャについて回り、ジムですら皇女が泣けば思わず皇女の様子を見に行く。
皇女が産まれたその日から、コンテナハウスは完全に皇女中心の生活になっている。
一方小夜子はというと、2時間置きの授乳をするだけで睡眠が足りない体では精一杯だった。健康優良な小夜子だが、十分な食事と睡眠を取っていればこそなのだ。
小夜子と皇女の寝室は別にされていたが、2時間ほどうつらうつらとすれば皇女が空腹を訴えるので夢うつつの小夜子の元に皇女が運ばれてくる。出産後10日間は赤子の免疫力を高めるためにも母乳のみの授乳をオリビアに言い渡されているのだ。皇女を小夜子の元へ運ぶメンバーは、日中のイーサンを含めて帝国サイド総出で行っている。
2時間おきに泣き出す皇女の対応をしながら、皇女の産着も日に3、4回洗濯する。乾燥機付き洗濯機と紙おむつのお陰でどうにかシッターチームも睡眠を交代で取っている状況だ。
皇女は母乳を吸う力も強く、母乳以上の物も吸い尽くされているのではという勢いで小夜子に吸い付いてくる。
「はあ、吸われたわー・・・・」
「サヨコ様。お疲れ様でございます。次の授乳までしばらくお休みくださいませ」
オリビアが満ち足りた表情の皇女を小夜子から受け取る。
「サヨコ、食事だよ。食べたら少しでも寝てね」
「ありがとう、イーサン」
授乳が終わればイーサンがバランスの取れた食事をベッドまで運んで来てくれる。とにかく今の小夜子の仕事は出産後の体を休める事と、体重が減らないように食べる事だった。眠れないだけでも体重はがくんと落ちてしまうのだ。
治癒魔法の行使はオリビアに止められている。母体が自然に元の状態に回復するための動きを阻害する可能性があると指摘されたのだ。出産後間もない小夜子の体は、妊娠中に体に起きた変化をゆっくりと元に戻そうとしている。子宮が元の大きさに収縮していく鈍痛が不定期に小夜子を苛む。
「ううー・・・」
授乳中なので鎮痛剤も飲めない。じっと耐える小夜子の肩をイーサンが抱く。
「辛いよね。代わってあげられたらいいのに」
「男は出産の痛みには耐えられないって聞くわよ」
「体が大きくて頑丈なんだろうから、父親の方が子供を産めば良かったんだよ」
「ふっ、イーサン、笑わせないで・・・いたた」
「ごめんごめん」
前屈みになる小夜子の背中から腰を、温める様にイーサンがゆっくり撫でおろす。
雑談を交わしている内に痛みが和らぎ、睡眠不足の小夜子はスッとイーサンの腕の中で眠りに落ちる。イーサンがそっと小夜子をベッドに横たえると、オリビアが小夜子にふわりと羽根布団を掛ける。
「あと数日で後陣痛も落ち着かれるでしょう。腹部の痛みが無くなるだけでもだいぶ楽になると思うのです。でも今は睡眠不足からくる頭痛もまだまだお辛いと思いますわ」
「そっか。オリビアも今のうちに仮眠を取って。俺とサーシャでしばらく皇女は見るから」
「イーサン様、ありがとうございます。お言葉に甘えて休ませていただきますわ」
まさにサポートチーム総力戦といった所だった。
しかし、赤子1人の世話に母親を含めた大人6人が振り回されているのだ。庶民では考えられない程の世話の手厚さだった。
オーレイの出産経験のある女性陣は小夜子のサポートメンバーの奮闘を微笑ましく思いながら、料理などをコンテナハウスに差し入れてやっている。
どうにか小夜子と皇女の生活を1日1日回し続けてやっと2週間が過ぎた。
皇女は変わらず2時間おきに授乳をせがむので、小夜子の負担軽減の為にも今は母乳と混合ミルクを交互に与えている。混合ミルクも嫌がらずにグイグイ飲んでくれるので非常に助かっている。夜間もサーシャとオリビアが交代で起きてくれていて、2人の目の下のクマも大変なことになっている。この新生児期に4時間連続の睡眠が取れ、昼寝もどうにか出来るのだから小夜子としては非常にありがたかった。
2時間の細切れ睡眠しかとれなかった小夜子が、少し纏まった睡眠を取れるようになり、小夜子の体調はだいぶ回復した。腹部の鈍痛も無くなり、慢性頭痛もだいぶ改善された。
「そろそろよろしいですよ」
「本当?!」
オリビアから小夜子に帝国へ転移の許可が出た。
アレクシスへの出産の報告の為に小夜子は1度帝国に戻る事の相談をオリビアと重ねていたのだった。
そしてアレクシスも報告を待ちわびているだろうという事で、まだ体は本調子ではないのだが1度だけの帝国行きが許されたのだった。
「夜間の2度目の授乳が終わりましたら行ってらっしゃいませ。ですが、お胸が辛くなりましたらお戻りを。乳腺炎になっては大変ですからね。お体に障りが無いようでしたら、どうぞゆっくりされてくださいませ」
小夜子は皇女の吸引力により、だいぶ母乳の出が良くなってしまっている。それでも間に一回ミルク授乳を入れて6時間は皇女から離れられるだろうという計算だ。
「サヨコ、皇女は皆で見ているよ」
「ありがとう、イーサン」
皇女は産まれたてで、当然まだ首も座っていない。帝国に行くのは首がしっかり座ってからという事になっている。アレクシスは皇女と早く対面したいだろうが、今回は小夜子のみがアレクシスに会いに行くこととなった。
日付が変わる前に普段通りに授乳が終わり、小夜子は1人帝国へと転移した。
アレクシスの寝室ではなく執務室に飛べば、案の定アレクシスはまだ仕事をしていた。
ふわりと音も無く執務机の前に転移で現れた小夜子を見て、アレクシスは咄嗟に言葉も出ず瞠目している。
「相変わらず仕事中毒の皇弟殿下ねえ」
「サヨコ」
アレクシスは素早く執務机を回り込んで、サヨコを抱き上げた。抱き上げた小夜子にアレクシスは何度も口付ける。
「このような薄着で。体を冷やしてしまう」
アレクシスは執務室の続きのドアを開け、隣室へ小夜子を運んでいく。そこは皇弟の仮眠室で、シンプルな寝台が置かれただけの小部屋だった。
小夜子は着心地の良いルームウェアのままアレクに会いにきてしまったが、冬を迎えた帝国に行くには心許ない恰好だった。
アレクシスは寝台の毛布と羽根布団で小夜子を包み、小夜子と一緒に寝台に横になった。
「アレク、顔を見せて」
間接照明が柔らかく室内を照らす中、小夜子は久しぶりに会うアレクシスの顔を、寝台の上で向かい合わせでジッと見つめる。心なしか顔の輪郭が少しシャープになったような気がする。小夜子はアレクシスの頬を撫で、髪に手櫛を入れて豪奢な黒髪を梳く。髪を梳かれるアレクシスが気持ちよさそうに目を細める様は、まるで大型の猛獣が自分にだけ懐いてくれたかのような嬉しさと愛おしさを感じさせる。小夜子は自分の気が済むまでアレクシスを愛で、アレクシスもしばらく小夜子の好きにさせた。
「まだ体が本調子じゃなくて。来るのが遅くなってごめんね」
「転移などして、大丈夫なのか」
「オリビアが往復一回だけなら良いって」
「そうか」
アレクシスは小夜子と額を合わせ、口付けを交わしては存在を確かめるように小夜子を抱きしめなおす。小夜子の顔も見たいが、口付けも交わしたい。一度に全てを出来ない事がもどかしかった。
「元気な女の子よ。真っ黒な可愛い巻き毛で、瞳はアレクとそっくり同じ。何だかアレクが産んだみたいだわね」
「そうか」
小夜子の出産報告を受けたアレクシスだが、正直目の前の小夜子を見ることに忙しく返事もやや上の空だった。
アレクシスは話が耳に入っているのかも怪しい有り様で、そんなアレクシスに思わず小夜子も笑ってしまった。しかし、それほど自分を待ちわびてくれていたのかと、アレクシスを愛おしいと思う気持ちが小夜子にも改めて沸き起こってくる。
「アレク、これを見て」
アレクシスの腕の中で小夜子がもぞもぞと身動ぎをする。小夜子は小さな黒い板のような物を取り出した。
「これは携帯通信機なの。アレクが持っていてね。指先で軽く叩けば操作できるのよ」
小夜子はアレクに通信機の画面を見せながら操作していく。画面にはぱちりと目を見開いた皇女の写真が現れた。小夜子が皇女を抱きかかえての自撮り写真だった。
「あなたの娘よ。可愛いでしょ」
「あ、ああ。なんと、これは・・・」
アレクシスは通信機に映し出された小夜子と皇女に目がくぎ付けになっている。
「なんと、美しい娘だろう。サヨコ、心から感謝する。私の娘を産んでくれて、ありがとう」
「うん。私も絶対に産みたかったから。この子は私の命よ」
「私の命でもある」
「ふふふ、そうね。私達の宝物に相応しい名前は何かない?アレクに決めてもらいたいの」
「アレクサンドラ」
アレクシスは迷うことなく答えた。
アレクシスは皇子と皇女、2人の名前を考えていたのだという。
「素敵。いい名前ね。愛称は何になるの?」
「アレックス」
アレクシスの返事に小夜子は再び笑ってしまう。父親と同じ愛称では紛らわしいではないか。
「それか、サンドラ。もしくはアリー」
「アリーがいいわ。アリー、私の命。この身に代えてもあなたを守るからね」
通信機に映る娘をじっと見つめる小夜子の頬にアレクシスは口付ける。
2人は娘の写真をしばらくの間、並んで眺めていた。
それから小夜子はアレクシスに通信機の操作方法を説明した。携帯方法に関してはネックストラップもショルダーポーチも絶望的に似合わないので、アレクシス用に手帳タイプの通信機カバーを作った。濃紺の革の手帳カバーを被せた携帯通信機はアレクシスが持つに相応しい物になったと思う。
オーレイに行ってからの小夜子の生活について。帝国でのアレクシスの生活について。話題は尽きる事が無い。2人は寝台の上で夜通し語り合い、アレクシスは小夜子の写真を寝台の上で撮りまくった。
「ちょっと!スッピンだし、パジャマだし!」
「いつも通りの可愛らしい私のサヨコだ。私しか見ないのだから許してくれ」
「アレク!」
この時ばかりは小夜子の抗議を完全に無視し、アレクシスは心行くまで小夜子の呆れ顔と笑顔の写真を撮った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
気付けば窓の向こうはうっすらと空が白み始めていた。もうすぐ夜が明ける。
「うーん、アレク。もう限界かも」
「痛むのか」
胸を抑える小夜子を心配そうにアレクシスが覗き込む。
「痛くはないけど、かなり張ってる。アリーの授乳の時間だわ。アリーは物凄く飲むのよ。体の中身が全部吸い出されるんじゃないかって位、吸引力がすごいの。きっともうお腹が空いて起きているわね」
「そうか、サヨコにはしばらく負担を掛けてしまうな。出来る事なら私が代わってやりたいくらいだ」
「あはは!アレク、笑わせないで」
思わずアレクシスの授乳シーンを想像してしまった小夜子だった。
アレクシスの珍妙な発言のおかげで2人は笑顔で別れる事が出来た。
「アレク、いつでも連絡してね。私からも連絡する。あともう少しよ。アリーの首が座ったら、みんなで帝国に戻って来るからね」
「わかった。向こうに戻ったら無理をせず体を労わってくれ。会いに来てくれて嬉しかった」
「私もアレクに会えて嬉しかった。またね」
「ああ、お前達の帰りを待っている」
最後に2人はもう一度口付けて、笑顔の小夜子は寝台の上から姿を消した。
アレクシスには通信機だけが残された。
通信機の中には愛しい小夜子と娘の写真が膨大に納められている。しかし、本物には敵うはずもない。本物の小夜子に触れることが出来て、もちろん喜びも大きかった。しかし再び目の前から小夜子は消えてしまい、ますます小夜子への渇望も増してしまった。
娘の首が座るまでの数カ月を、更に一日千秋の想いで過ごしていくアレクシスだった。
「ただいま!」
小夜子が自分のベッドの上に転移で戻ると、ベッドの脇ではサーシャがアリーを抱っこしてスタンバイしていた。アリーは目をパッチリ開いている。
「ああ、サヨコ様、よろしゅうございました。皇女様も待っておりましたよ」
小夜子はすぐにアリーへ授乳を始める。
小夜子の帰還に気付いたオリビアもそっと小夜子の寝室に入って来る。
「サヨコ様、お加減はいかがでしょうか」
「大丈夫よ。特に体に違和感はないし。でも大事を取ってしばらく安静にするから」
「そのようにお願いいたします」
アリーは力強く小夜子に吸い付いている。一度に飲む量が新生児の量ではないと、オリビアも驚いているのだが、吐き戻しなども無いので赤子が欲しがる分飲ませるようにしている。
「アレク、喜んでたわ。この子の名前はアレクサンドラ。アリーよ。よろしくね」
「まあ、まあ!素晴らしいお名前ですわ!殿下もさぞお喜びでしたでしょう」
「うん。首が座ったらみんなで帝国に戻るって伝えて来たわ」
「アリー皇女様にも、サヨコ様にもご負担の無いように、帰還の計画も立てていきましょうね」
サーシャとオリビアの顔に笑みが浮かぶ。
小夜子の心にはしっかりとアレクシスが居る。小夜子の様子からそう感じられたからだ。
それからしばらくして、両方の胸を吸い尽くされた小夜子は徹夜をした事もありすぐに眠りに落ちた。アリーも満足してサーシャの腕の中で眠りについている。
食欲旺盛のアリーの為に次に用意するのは混合ミルクとなる。
サーシャとオリビアが小夜子の寝室を出て食堂に足を運ぶと、いつもより早い時間に既にイーサンがコンテナハウスに訪れていた。
「おはよう。サヨコは無事に戻ったようだね」
「おはようございます。今授乳が終わりまして、サヨコ様もアリー皇女様もお休みになられましたわ」
「アリー?」
「アレクサンドラ皇女様にございます。皇弟殿下がお名前をお決めになりました」
「そうか。良い名前だ。サーシャもオリビアも寝てないでしょ。アリーは俺が預かるから2人とも寝てきたらいいよ。次はミルクで良いんだよね」
「・・・ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
サーシャからイーサンはアリーを危なげなく受け取る。
「飲んだらすぐ寝る良い子だねえ」
イーサンはすやすやと眠るアリーをベビールームとなった元分娩室へと連れて行く。小夜子はもちろんサーシャもオリビアも、皇女の世話役の一員にイーサンが加わる事を自然と受け入れていた。イーサンが小夜子と皇女に絶対敵対しないというゆるぎない信頼があるからだ。
今回小夜子がアレクシスに会いに一度帝国に行くと決まった時、イーサンはアリーの世話の段取りの確認をしただけだった。小夜子に行くなとは言わなかった。今も普段通りの穏やかな様子でアリーの世話を引き受けている。
小夜子とイーサンの関係は傍から見ていても不思議なものだった。
「アリー皇女様も問題なくお過ごしですね。春を迎える頃には首も座るでしょう」
「帝国に戻るにも丁度良い頃合いですねえ。誕生祭には間に合うでしょうか」
イーサンは小夜子が帝国に戻る際に同行を希望している。
後回しにしている問題はその時に決着がつくのだろう。
イーサンがアリー皇女を見てくれている間、サーシャとオリビアはありがたく仮眠をとる為に私室に戻った。




