小夜子の里帰り出産 3
初日の怒涛の展開が過ぎ去り、その後の小夜子と帝国からの客人達の生活は打って変わって非常に穏やかだった。
小夜子がオーレイの住人とイーサンの手料理を食べるようになり、小夜子の食生活も劇的に改善された。これにはオリビアも安堵した。炭水化物過多の食事が妊娠直後から続いていて、手料理の無理強いなども出来ずにオリビアは長らく心配していたのだ。
日課として、毎朝鍋1つをもってジムが集合住宅に朝食の麦粥を貰いに行く。1日置きに昼食時には温泉宿から料理を一品と朝に焼いたパンを分けてもらう。朝昼と鍋や籠を持って食事を貰いに来るジムやカリン、サーシャとオーレイの住民達は日々のやり取りの中で自然と交流を深めていった。
もちろん料理に対しては代金を支払っている。小夜子は毎月ざっくり金貨2枚をトーリと温泉宿に支払う事にした。最初はトーリも宿側も料金の受け取りを固辞したが、4人分の食事の代金を踏み倒せないと小夜子も譲らず、結局最後は小夜子が押し勝ったのだった。
更にほぼ毎晩のように、イーサンが小夜子を含めたコンテナハウスの面々に手料理を振る舞いにやって来る。
しかしイーサンにだけは代金を受け取ってもらえなかった。
イーサンは領主となった今も冒険者稼業は続けているという。数年前から大型魔獣の被害が王国内で相次ぐようになり、Sランカーのイーサンへの指名依頼が絶えないのだそうだ。
日中に魔獣の討伐依頼をこなしては夜にコンテナハウスに顔を出す日々はなかなかに激務だと思うが、夜にサヨコに会えるのが励みなのだとイーサンは朗らかに笑っている。
「食事の献立を考えていると討伐のスピードも上がるんだよねえ。サヨコには前にずいぶん稼がせてもらったから、ここは俺にご馳走させてよ」
そう言って笑うイーサンに対してこれ以上の押し問答も無粋だろうと、小夜子はイーサンの好意に甘える事にした。
小夜子の経過は順調だった。日々の健康チェックを済ませれば手が空くオリビアは、豊かなオーレイのそこここに生えている薬草に目を付けた。驚くべきことに、帝国では図鑑でしか見る事のない薬効の高い貴重な薬草が、ガルダン王国ではその辺の道端で手軽に採取出来るのだ。
ガルダン王国は医療も帝国に比べて大きく遅れている。王国では、庶民の間では体の不調はその辺の薬草を用いて対処する民間療法がまだまだ主流だった。大都市でやっと貴族御用達の医師が見られるかといった所だった。
庶民の薬草の使い方と言えば、傷口にはそのまま生の薬草を貼ったり擦り込む。体の中の不調には生の薬草か乾燥させた薬草を煎じて飲む程度だ。生と乾燥した薬草の薬効の違いすら分からないまま、庶民は気休め程度に昔から伝えられている方法で薬草を使っている状況だ。
「サヨコ様、オーレイは宝の山ですわ。手の空いた時間で薬草の研究をさせていただいてよろしいでしょうか」
常に冷静な態度を崩さないオリビアが少し頬を上気させて小夜子に伺いを立ててきたので、小夜子は快く了解した。
それからは小夜子がジムやカリンを伴って集落内を散歩していると、オリビアが色々な所でしゃがみこんでいるのを見かけるようになった。そのオリビアにいつしか温泉宿の従業員の子供達がまとわりつくようになっていた。今日は子供達の内女児2人がオリビアの傍にいる。
「この葉っぱと同じ物を探しているのです」
「オリビア先生、その葉っぱ、畑の横に沢山あるよ!」
「こっち」
オリビアが子供に相談すれば、子供達は張り切ってオリビアの手を引いて薬草の場所へ案内する。その様子は非常に微笑ましく、住民達も宿の利用客も笑顔でオリビアと子供達を眺めている。
子供達がオリビアを先生と呼ぶので、オーレイの住民や宿の利用客も自然と集落内で行き会えば気さくにオリビア先生と声を掛けていく。そしてオリビアとすれ違う冒険者の親父共は頬を赤らめながらオリビアに丁寧に会釈している。そんな様子を小夜子はカリンと一緒に興味深く眺めていた。
オリビアはトーリと同年代だが、凛とした佇まいが美しい、すらりと背筋が伸びた美魔女だった。ガルダン王国の女性は年を重ねるとどんどんと小さく可愛らしい婆になっていくのだが、その王国において、老いてなお異性の胸を高鳴らせるほどの美しさを備えるオリビアは非常に目立つ存在だった。
「オリビア、モテモテだわ」
「ほんとにー」
他人事のように感心しているカリンも、王国では目を引くスラリとした高身長の見栄えのする美女であるのだが、美しすぎて周囲の男共からは遠巻きにされている現状だった。いわゆる高嶺の花だ。
「ひょっとしたらチャンスがあるかもって親父達は勘違いしてるっぽいわ。オリビアは皆に等しく優しいのにねえ」
「なるほどー。オリビア先生は仕事以外に興味なさそうだけどね」
オリビアは所作が美しく言葉も柔らかい。湯治に来ている利用客、冒険者達の相談に親切に対応するオリビアにグラリとくる冒険者は多いらしい。
50代半ばのオリビアだが、40代から50代の広い年代の冒険者達の心を鷲掴みにしているようだった。
このように、さまざまにオーレイに変化をもたらしながら小夜子達は集落に馴染んでいった。
集落を散歩する際にはイーサンから小夜子に事前に話があった。
それはイーサンがオーレイ地方の領主に立つ切っ掛けになった事件についてだった。
温泉宿が流行ると同時に一時オーレイの治安が不安定になり、温泉宿の送迎バギーが強奪されそうになる事件が起こったのだ。その後ノエルから相談を受けオーレイに常駐していたイーサンが、賊共を返り討ちにし、その親玉まで成敗したという話を小夜子は聞かされた。
「村の中では小夜子が知らない顔も沢山見かけるよね?以前ののんびりしたオーレイとは残念だけど変わってしまったんだ。サヨコもコンテナハウスから出る時は必ず護衛をつけて、十分注意をして欲しい」
「わかったわ。これから村の中でも気を付ける事にする。でも問題が起きたんならトーリも私に連絡をくれたら良かったのに」
「あー・・・、あのねサヨコ」
イーサンはガルダン王国の通信事情を小夜子に説明した。そして小夜子の誤解と思い込みが訂正される事になった。ガルダン王国の連絡手段は人手を介しての非常に時間がかかる物で、冒険者ギルドから他ギルドへ個人を指名して手紙を送る事も出来るのだが、その時間は国内ならともかく外国へは数年以上はかかる。しかも必ず届く保証もない不確かな手段だったのだ。
「何てこと!ノエルはギルマス間の特別な連絡手段があるって言ってたのよ」
ポート町のギルド職員をしていたノエルは一昨年ギルドマスターに昇進していた。ギルマスに昇進したノエルと話をした際に、王都から速達が届くとノエルが言っていたのだ。
「うん、それは国内で馬を何頭も乗り潰して手紙を運ぶ速達だね。冒険者ギルドが料金を負担するギルマスだけの連絡手段なんだよ。トーリも遠くに連絡を取る機会なんてこれまで無かったからそんな事情は知らなくて、いざ小夜子に連絡を取ろうとして困ったんだって」
「そうだったのね・・・。でも、ほら、魔法とかで通信しないの?」
「そんな便利な魔法、あったらいいよねえ」
「・・・・・」
これは小夜子の前世の知識による弊害だ。
魔法が使える国ならば、何らかの通信手段もあるのだろうと思い込んでいた。ゲーム脳、ラノベ脳を引きずっていたのだ。そういえばギルドのランクアップ時の判断基準は冒険者タグの裏に刻まれた任務クリア数であり、非常にアナログな情報共有だった。便利に遠く離れたギルド間で情報共有する手段など存在しなかったのだ。
しかし、無いのなら作ればいいのだ。異世界で好き放題やる為に女神からもぎ取ったチートスキルなのだから。
小夜子は瞬く間に手の中に厚さ一センチ、縦横8×20センチの黒い板を3つ作り出した。
「サヨコ、それ何?」
「ちょっと待っててね」
小夜子はその黒い板の表面を指でタップした。
黒い板の全面が発光し始めてイーサンは目を丸くした。
「これはね、携帯通信機よ」
前世で言う所のスマホだ。
機能はカメラ通信、音声通信、写真撮影と写真データの送受信に絞る。
「これはイーサンの分だからね」
「俺の?」
会話を続けながらも小夜子は設定を進めていく。同じようにもう1つの通信機の設定もする。イーサンと一緒に同席していたカリンも興味深そうに小夜子の手元を眺めている。
「じゃ、通信を繋げてみるわね」
「わっ」
小夜子が通信機の画面をタップすると、イーサンが持っている方の通信機が小鳥の鳴き声を上げはじめた。
「ここね、着信応答ボタン。この光ってる所を指でスライドさせるの」
「こう?」
するとイーサンの手の中の板に小夜子の顔が映った。さらに板の中の小夜子は笑顔でイーサンに手を振っている。
「おお!」
すぐ横を見れば小夜子が自分で持った板に向かって手を振っているのだ。
「じゃあ、そのまま持っててね。試しに隣の部屋に行ってみるから」
板にくぎ付けになっているイーサンとカリンを食堂に残して小夜子は1度自分の私室に引っ込んだ。ドアをしっかり閉めてから小夜子はイーサンに話しかける。
「イーサン聞こえる?」
『・・・これは、すごいね。サヨコ、聞こえるよ』
小夜子の通信機には笑顔のイーサンとその後ろのまだ目を丸くしたままのカリンが見える。小夜子はもう一度食堂に戻り、通信機の基本の操作をイーサンに教えていく。
ガルダン王国には電話どころか電報すらまだないのだが、イーサンはすんなりと機械の操作を飲み込んでいく。
「な、なにこれ。こんなの、聞いた事も見た事もない!」
逆に科学技術が進んでいる帝国民のカリンの方が混乱していた。
イーサンは知識が無いからこそ、この世界ではあり得ない技術もかえってすんなりと受け入れているのかと思ったが。
「だって、サヨコじゃない。何でもありでしょ」
イーサンは問答無用で小夜子の全てを受け入れているだけの事だったようだ。
通信機を身に付けるにはストラップが良いか、ショルダーポーチが良いかリクエストを聞けば、イーサンはジャケットの内ポケットにそのまましまうという。
早速トーリを呼び出し、目を白黒しているトーリにも通信機の使い方を教える。自信がなさそうだったので、更にレインも呼び出して通信機の使い方を教え込む。結局はトーリ用に作った通信機はレインが主に持ち歩く事となった。レインはショルダーポーチを希望した。
「レイン可愛い」
「似合ってるわよー」
ベージュの皮のショルダーポーチに通信機を収め、装着しながら様々なポーズを取る笑顔満面のレインは非常に可愛らしかった。イーサンと同様にレインも問題なく通信機の操作方法をマスターした。レインは早速小夜子とイーサン、トーリと爺婆達の写真を撮りまくっていた。ガルダン王国では写真もまだまだ一般的な物ではない。画家など都市圏にしかおらず、一庶民が家族の肖像画など残す文化もない。そんな訳でレインは顔を輝かせて更に住民達の写真を撮りまくっていた。通信機の容量に関しては特に厳密に設定していない。小夜子の魔力に紐づけられた魔道具なので、小夜子の存命中は容量無制限で使えるだろう。
しかし、トーリから直接小夜子に連絡できる手段も欲しい。
小夜子は集合住宅の食堂に移動して、作業を開始した。
トーリはつるりとした通信機の凹凸もない表面の操作に戸惑っていた。ならばボタン操作の簡単な通信機なら良いだろう。
「これならわかる。電話だわ」
小夜子が作り上げた通信機を見てカリンが言った。
通信機の形は小夜子の前世で言えばいわゆるアンティーク電話と呼ばれる華奢な装飾性の高い固定電話タイプの物にした。これは完全に小夜子の趣味だ。
小夜子の他に誰と連絡を取れたらいいかをトーリに聞けばイーサンだけで良いと言うので、小夜子は1番、イーサンは2番のボタンを2つ付ける。携帯通信機と固定通信機で番号を1番から順に振り分けていき、番号を選択すれば相互に受信できるように単純な設定にする。
「王国ではこの固定通信機でも完全なオーバーテクノロジーだな。帝国ですら小夜子の提供技術を必死に解明している途中だと言うのに」
いつの間にかジムも通信機の設置を見物していた。
「私の魔力に紐づけされている魔道具だし、帝国でこの携帯通信機はまだ再現出来ないでしょ。私の身内だけで使う分には好きにさせてもらうわ」
何度か通信の送受信の練習をし、固定通信機であればトーリも爺婆達もどうにか応対が出来るようになった。受信はただ受話器を取るだけでいい。送信は受話器を取ってからボタンを1か2を選んで押すだけだ。
「サヨコ。それ、ノエルとジェフも必要だと思うよ」
「あー、そうよね」
それから小夜子は思いつく限り必要な台数の携帯通信機を用意した。
「ノエルでしょ。ジェフでしょ。ジェイムズでしょ。ライアンは絶対欲しがるわ」
指折り数えながら小夜子は追加の通信機を作っていく。
ガルダン王国内であればイーサンに届けてもらう事が出来るが、帝国やコルネリアにいる相手に渡すには出産後の話になる。出産前の転移移動は、オーレイに帰省する1度だけとオリビアと約束しているのだ。帝国には出産を終えるまで行くことは無い。
「サ、サヨコちゃん、殿下にもお願い」
「もちろん!アレクにも持ってもらわないとね」
さも当然と頷く小夜子を見て、カリンは胸を撫でおろした。
しかしジェフとノエルにはスマホタイプではなく、新たにガラケータイプの通信機が渡される事になる。
「サヨコ悪いが、これは俺とジェフには手に余るわ」
つるりとした凹凸の無い画面操作にトーリと同じく戸惑ったノエルが、通信機を持って直接小夜子を訪ねて来たからだ。
ノエルとも王国を飛び出す前に会ったきり、久しぶりの再会であった。
「ノエル、久しぶり!元気そうね」
「おう、お前は・・・。何だか、雰囲気が落ち着いたか?」
「そうかな?」
そう言いながらお互いに首を捻る2人を見てイーサンは笑っている。
小夜子は帝国に行く前は定期的にオーレイを訪れ、その都度ポート町のノエルとジェフとも会っていた。1度イーサンも小夜子に同行してオーレイに立ち寄った事があり、その時小夜子はポート町でイーサンをノエルに紹介した。それからイーサンはノエルともこれまで付き合いを深めてきた。
「しかしお前が母親かあ。飲んだくれてポート町で暴れていたお前がなあ」
「ノエルだって父親じゃない。娘は可愛い?」
「おう。なんだ、小さすぎてまだ触るのもおっかないが、可愛いもんだな」
「へええー」
小夜子がニヤ付く前で、ノエルは照れた顔を隠すように顎を撫でている。
ノエルは昨年町の女性と結婚したそうなのだ。その相手は小夜子も知る相手で、森の小鳥亭で店員をしていた赤髪のシャロンだ。更に今年の春には第一子となる娘も誕生した。面倒見の良いノエルは良い父親をしているのだろう。幸せそうで何よりだった。
「で、お前、産んだ後はどうすんだ。ここで育てるのか?」
「それは無理だと思うわ。この子は、男の子だったら皇位継承権を持つもの。どう育てるかは父親と相談しないとね」
雑談の範囲を超えた話の内容にノエルはしばらく黙り込んだ。しかしすぐに小夜子の言葉通りに受け止める事にする。
「・・・うん、そうか。小夜子だもんな。で、なんで帝国に居られなくなったんだ。誰か帝国のお偉いさんをぶん殴ったのか?」
「失礼ね!帝国では誰も殴ってないわよ!ねえ?」
話しながらジムとカリンを見れば、ジムは黙り込んだまま、カリンは考える様に目線を上に向けている。
たしか帝国で攻撃を振るったのは巨大海洋生物に対してだけだった筈だ。ガルダン王国の男達ように小夜子を性的な目で見て舐めてかかる男達は帝国には居らず、小柄な小夜子は小さい子供の用に愛でられる事が多かったように思う。
そう考えると何がどうなってアレクシスは小夜子に好意を持ってくれたのか、今更ながら不思議に思う小夜子だった。
帝国の王宮で起こった事をノエルに話して聞かせれば、ノエルも険しい表情になった。
「お前、あっちに戻って大丈夫なのか。ずっとオーレイで暮らせばいいじゃねえか。お前がぶん殴った司教も啖呵切ったガルダン王も、今はもう居ないんだぜ?」
これには小夜子も驚いたのだが、昨年の夏に小夜子の知る先王から現王に代替わりしたのだそうだ。小夜子がガルダン王国を飛び出すきっかけになった王城の騒動で、冒険者ギルドからガルダン王国へ警告が発せられた。それが元でギルドの査問会が王都で開かれ、先王の退位と国政組織の刷新が行われたのだそうだ。
小夜子としては自業自得因果応報、ざまあ!としか感想はない。
つまり小夜子はガルダン王国内を、大手を振って歩けるようになったのだった。
しかし子供がどこで暮らすかは、小夜子の一存では決められない。
「ノエル、心配してくれてありがとう。でもアレクと、父親と約束したの。必ず子供と会わせるって。皇帝も頑張って不穏分子を炙り出して大掃除するって言ってたしね。まずは1度、子供の首が座った頃にでも帝国に行ってみようかと思ってる」
「その時は、俺は小夜子に同行するからね」
突然、帝国に戻る際に同行するとイーサンが言い出した。
「イーサン、一緒に来るの?」
思いもよらなかったと、小夜子はキョトンとしている。
「是非、一緒に行きたいな。護衛替わりにでも連れて行ってよ。向こうで話をしたい相手もいるし」
「帝国に知り合いがいるの?」
小夜子はピンと来ていないようだが、傍に控えているジムとカリンは顔を強張らせてイーサンの話を聞いている。
小夜子とイーサンの距離感は傍から見ていても何とも微妙だ。友達以上の親しさを見せているが、男女間の触れ合いがあからさまにある訳でもない。時折イーサンからの軽いハグや額などへの口づけを小夜子も受け入れているが、家族、非常に親しい友人間のスキンシップと言えないことも無い。ジムとカリンはそう思い込みたい。
そしてアレクシスへの小夜子の想いが変わったようにも思えない。話の端々で、アレクシスの事も小夜子は話題に上げる。帝国に戻る事についても良く話している。その事だけがジムとカリンには救いだった。
オリビアとサーシャは達観して見守る姿勢でいるのだが、カリンはもちろんジムとしても2人を見ていると気が気ではないのだ。
「まあ構わない、かしら?」
小夜子は一応、イーサンの帝国行きについてジムに確認を取る。
「支障の無いようにする」
密入国を見逃してもらった身としては、イーサンの帝国への入国を拒否する事も出来ない。
とにかく小夜子の出産を無事に終える事が最優先だ。その他の事は置いておく。後回しの問題が増えた事に、更にカリンとジムの気は重くなる。
しかしジムとカリンのストレスなど、小夜子の機嫌を保つ事と比べれば取るに足らない事なのだ。
「イーサンと帝国に行けるなんて、楽しみ!」
無邪気に笑う小夜子を前に、ジムは無表情に徹し、カリンはどうにか笑顔らしき表情を作っている。
「お前ら・・・・。まあ、イーサン。頑張れよ」
「いたっ、ノエル!結構、痛い! 」
「あなた達、知らない内に随分仲が良くなったのねえ」
ノエルは隣に座るイーサンの背中を結構な強さでバシバシと叩き、3回に1度はイーサンもノエルにやり返している。
2人のじゃれ合いを小夜子はニコニコと眺めている。
「産前産後は出産と育児に集中するために、特に女性の判断力は低下する物なのですよ。無事にご出産を成し遂げるためにも、サヨコ様はこの位で丁度良いのです」
「ああ、私にも覚えがありますわ。妊娠中は面倒な事の一切合切、考える事を放棄してのんびり過ごしておりました」
オリビアとサーシャはなる様にしかならぬと、食堂に集まる者達の群像劇を静かに見守っていた。




