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なんとかやってるポート町 1

 小夜子はトーリ達と別れ、四輪バギーが走るに任せ隣町を目指し移動をしている。人の足で踏み固められた街道は道が悪くはあったが、大きなタイヤが柔軟に凹凸を受け止めながらバギーは調子よく走り続けている。

 夕方早い時間には次の町につくだろうと、代わり映えしない風景をのんびり小夜子は眺めていたが、進行方向に索敵スキルで初めて見る赤いアイコンを確認した。一本道の街道の果てに土埃のようなものが見え始める。バタバタとした足音は少しずつ大きくなっていく。

 小夜子は前方に鑑定魔法を放った。


『コモドドラゴン 6匹 弱点:火 肉が美味』


 地球のコモドドラゴンと言えば、体長が成体で2メートルほどの大きなトカゲのようなものだったか。

 小夜子はバギーの速度を緩めない。必然的にコモドドラゴン達との距離は急激に縮まっていく。街道一杯に広がりながらコモドドラゴンはこちらに迫ってくる。体高は2メートルを優に超え、大きさは地球の物よりかなり大きい。

「肉が美味。火は無しね」

 イメージは指先から出るウォーターカッター。バギーに体当たりしてくるかと思ったコモドドラゴン達は、バギーの3メートルほど手前で何と空中に飛び上がった。小夜子の予想にない動きをコモドドラゴンはしてきたが、小夜子には好都合だった。バギーの上に落下してくるコモドドラゴンの首を、小夜子は次々とウォーターカッターで切断していった。バギーの上に半円に展開していた守護結界のおかげで、コモドドラゴンの血飛沫を浴びる羽目にはならなかった。バギーの上の結界をすべるようにして、頭と胴体が離れたコモドドラゴン達がズルズルと街道に落ちる。結界の上の血飛沫を水でざっと落としてから、小夜子は守護結界を解いた。

 街道には血まみれのコモドドラゴンが6体、事切れて転がっていた。

「次の町で買い取ってくれるかしら」

 小夜子は一応頭部も含め、コモドドラゴンを全て収納ボックスにしまう。これで赤いアイコンは片付いたのだが、気になるのは遥か前方にある黄色いアイコン2つ。このまま小夜子が街道を進めば、必ずエンカウントするだろう。

「まあ、避ける理由もないわね」

 気になるなら直接確かめるまで。

 小夜子はバギーをフルスピードで直進させた。

 しばらく進むと街道から少し逸れた草原で、コモドドラゴン2匹が人間数人と対峙している。

小夜子は街道脇にバギーを止めると、コモドドラゴンと対峙する人間達を見る。コモドドラゴンを前に長剣を構えているのはガタイの良い1人の男だった。そしてその後ろには10代前半位の少年少女達が怯え切った様子で固まっている。長剣を構えた男は右太ももに裂傷が見られ、傷口から下が真っ赤に染まり動きも悪い。コモドドラゴンを牽制するのが精一杯で、相手を倒すまでの余力はなさそうだった。

「助けは要る?!」

「頼む!」

 小夜子の問いに、すぐさま男からの答えが返った。

 小夜子は土魔法で石礫を作り、風魔法に乗せて鋭く2匹のコモドドラゴンに当てた。2匹が後ろを振り返り、のんびりと街道に立つ小夜子の姿を認める。2匹のコモドドラゴンのアイコンは黄色から一瞬で赤色に変化した。最初に1匹が動いた。小夜子に狙いを定め走り寄ったコモドドラゴンは小夜子の2メートル手前でパッと小夜子目掛けて飛び上がった。そこを小夜子はウォーターカッターで胴体を真っ二つに切断する。コモドドラゴンの体は上下に分かれてドサドサと街道に落ちた。残るもう1匹のコモドドラゴンも小夜子に襲い掛かるが、先の1匹と同じ運命を辿った。この間、1分もかからなかった。

 事切れたコモドドラゴン2匹を収納ボックスにサクッと片付け、小夜子は男と子供達に近づく。男は右足の大怪我。子供達も膝に擦り傷、顔に擦り傷と言った様子で全員が満身創痍だった。小夜子は断りもせず、全員に治癒魔法を一息にかけた。

「なっ・・・?!」

「「えっ!ええっ!!」」

 突然怪我が治ったことに男も子供達も驚き騒然となった。

小夜子は騒ぎが収まるのをしばらく待つ。やはり治癒魔法は珍しいのだなと再認識しながら。

「あなた達、他に困りごとは無い?」

「あっ、ああ!大丈夫だ。本当に助かった。感謝する」

「この辺、あんなデカい魔獣が出るなら子連れは危ないわ。早く帰った方がいいわよ」

「そうだな・・・。俺はこの先の町のギルド職員でノエルという。今日はFランク冒険者達の討伐訓練で引率をしていたんだ。この街道でコモドドラゴンが出るなんて聞いたことも無い。普通は山奥にいて、奴らは自分から人前に出る事なんてないんだが・・・」

「ふーん・・・」

 それは滅多にない不運だ。

 その普通ではない不運に、小夜子は非常に心当たりがあった。今回は小夜子の力業で人死にが出ないで済んだ。幼女が言っていたのはこういう事か。

「ねえ、もう帰るなら私も一緒に町まで行ってあげるわ。またあんなオオトカゲが出たら大変でしょ?」

「それは正直助かる。あんたが付き合ってくれるなら今夜の野営も心強い」

「野営?今日の夕方には町に入るわよ?」

 小夜子はバギーに物凄い勢いで魔改造を施し始めた。バギーを2シートにし、後ろには子供3人と荷物を余裕で乗せられる位の台車を付ける。バギーと同様に台車のタイヤも衝撃を吸収するようにゴムの柔軟性とサスペンションもよく効かせる。台車の半分には子供達が座れるように低反発のクッションを敷く。小夜子がバギーを改造する様を、ノエルと子供達は呆然と眺めていた。小夜子は自分がこの世界では規格外だと自覚しているので、周囲が驚いていても構わず基本スルーしている。

「よし、いいわよ。みんな乗って!ひとまず町まで行きましょう」

 小夜子が運転席に乗り込むと、ノエルがおっかなびっくり隣のシートに乗り込んできた。子供達もノエルにならって台車に乗り込む。

 子供達は少年2人と少女1人の3人編成で、皆一様にぼんやりとした表情をしている。大型魔獣を前に命の危険にさらされていた所に、小夜子がひょいと表れて魔獣を瞬殺し、更に一瞬で皆の怪我を治し、何をどうしたのか5人が乗り込める乗り物をあっという間に作ってしまった。子供達は情報を処理しきれず、思考停止している状態だ。

 そんな子供達に小夜子はドロップスの缶を渡す。

「これ、あげる。色んな味があるのよ。ゆっくり口の中で溶かして食べなさい。飲み込まないように気を付けて。この透明じゃない白い奴は薄荷味だから、嫌いならこのオジサンにあげればいいわ」

「いや、俺も薄荷飴は苦手なんだが・・・」

 遠慮がちに子供達はドロップを一粒ずつ口に含んだが、その甘さにふにゃりと表情を緩めた。

「じゃあ出発するわよ。走行中は立ち上がらないようにね」

 動力が小夜子の魔力である四輪バギーは無音で走り出す。

 馬車よりもよほど早いバギーのスピードに再び緊張するノエルと子供達だったが、馬車とは違い振動も少なく滑らかな走行に、徐々に景色を眺めたり話をする余裕が出てきた。

「改めて礼を言う。あんたが来てくれなかったら、俺達は助からなかっただろう。良ければ名前を教えてくれないか」

「小夜子よ。困った時はお互い様。気にしなくていいわ」

 本当に気にしないでほしい。多分、小夜子の移動と共に不運の影響も移動しているのだ。

「ところで私、小さなおかっぱ頭の石像を探しているの。たしか「ティティエさん」とか言ったかしら。誰か知ってる?」

「知ってる!うちの近所にひとつあるよ!」

 後部から少年が一人、元気よく答える。

「そう。しばらくあなた達の町にいる予定だから、落ち着いたら案内してくれる?」

「いいよ!」

「町の外れにも二つあるよ!」

 子供達が口々に言い募るのが微笑ましく、思わず小夜子の口元にも笑みが浮かぶ。

「・・・なあ、サヨコ。あんたは何が目的で俺達の町へ?」

「旅の途中に寄るだけよ。用が済めば次の町に向かうわ」

「そうか」

 小夜子に聞きたい事は山ほどあったが、ノエルはひとまず質問を飲み込む。

コモドドラゴン2匹を瞬殺する力。その大型魔獣2匹を余裕で収納する空間魔法。4人全員を一気に回復させる治癒魔法。見たこともない乗り物を瞬く間に作り上げる力。小夜子の力は実際に目にしなければ信じられないような能力ばかりだ。

特に治癒魔法と、物を思うまま創造する力は、一介の魔術士が持ち得る力ではない。治癒魔法の使い手は聖協会が基本独占しており、ガルダン王国では王都の教会で聖女を治癒魔法の使い手として擁していたはず。物を作り出す力に至っては、ノエルは生まれてこのかた聞いたことも無い。今日の出来事をギルドで説明しても誰も本気にしないだろう。

 見返りも求めずに自分達を助けてくれた事と、子供達に親切な事を考えれば悪い人間ではない様に思う。だが小夜子と関わる事が吉と出るか凶と出るか、ノエルは今の段階では判断がつかなかった。


 小夜子達は日が暮れる前に目的地のポート町に着いた。

 要らぬ騒ぎを起こしたくないというノエルの頼みで、町に入る前にバギーと台車は収納ボックスに片付けた。ギルド職員のノエルが同行していたので、小夜子もすんなりとポート町に入ることが出来た。

 ポート町にあるギルドは冒険者ギルドのみで、ノエルと子供達は討伐訓練の終了の報告に行くというので小夜子も一緒に付いて行くことにする。ポート町の冒険者ギルドはささやかな2階建ての木造建築で、1階部分には飲み屋が併設されている事もなく、小夜子が無頼の輩に絡まれることもなく、子供達とノエルは受付で訓練終了の報告を済ませる。

子供達とは2日後の朝にギルドで待ち合わせの約束をして別れた。

「ギルドでコモドドラゴンを買い取ってもらえるかしら」

「売ってくれるならありがたい。あの肉は滅多に食べられない高級品だからな。買取と解体は裏の倉庫でやってる」

 ノエルの案内で、小夜子はギルドの裏手にある大きな倉庫にやって来た。

「エディ、大物だ!頼む!」

 ノエルが倉庫の外から声を掛けると、開け放たれた倉庫の中で作業をしていた男がゆっくりと外へ出てきた。エディと呼ばれた男は黒革の大判エプロンを肉厚の体に纏い、片手に血濡れの大鉈を握っている。禿頭で顔も体もいかつい大男だった。

「コモドドラゴン2匹だ。頼めるか」

「3日だ」

 言葉少なにエディは答える。

「何処に出したらいい?」

 小夜子が口を挟んだことで、エディは初めてノエルの後ろに居た小夜子を認識したようだった。エディは無言で小夜子を見つめる。

「倉庫の中でいいか?取り合えず1匹だけ出してみるか」

 ノエルの言葉にエディは頷き、倉庫に引き返していく。

「愛想はないが悪い奴じゃないんだ」

 ノエルのフォローに小夜子は鷹揚に頷く。

「問題ないわ。しっかり仕事してくれるなら、愛想なんて要らないじゃない」

 コモドドラゴンを一人で倒す凄腕の小夜子がエディの風体を怖がる筈もないが、エディの素っ気無さも気にしない小夜子の大らかさにノエルは内心ホッとした。エディの後を小夜子が頓着せず付いていくのを見て、ノエルもその後に続く。

 倉庫の中では入口脇の作業台で子供が2人、小さな魔獣の解体をしている。エディが倉庫の奥の一際大きな作業台を片手で小夜子に示す。

「ここに出したらいい?」

 エディが一つ頷くので、小夜子は長さ3メートルほどの作業台に1匹のコモドドラゴンを出す。小夜子が仕留めた魔獣は全て首や胴体が切断されており、作業台に出すのと同時に作業台の上に切断面から血が溢れ出す。作業台は少し傾斜が出来ていて、流れ出した血は角に集まり作業台下の盥に集まる仕組みになっていた。

 エディは頷きながらコモドドラゴンの体表を触っている。

「もう1匹出していい?」

 これにはエディは首を振る。

「大きい。これ1匹で2日だ。明々後日、午前中に代金を取りに来い」

「分かったわ。よろしくね」

 小夜子にエディは無言で頷く。

 コモドドラゴンをエディに預け、小夜子は倉庫を後にした。

「驚いた。初対面でエディと会話が成り立つ奴を初めて見たぜ」

 ノエルが小夜子を追いかけてきた。

「なんで?普通のおっさんじゃない」

「はは!本当にあんたは、剛毅だな」

 強面のエディは町の冒険者達からは一目も二目も置かれる人物で、初対面ではその威圧感に荒くれ者の冒険者でも緊張を覚える相手だ。そんな事情を知らない小夜子は、面白がるノエルに首を傾げるだけだった。

「ねえ、この町一番の高級宿を紹介して欲しいんだけど」

 解体依頼を済ませた小夜子は、ノエルにこの町の宿の事情を尋ねた。

「ううーん、高級宿なあ・・・。この町は冒険者用の安宿しかないぜ?」

 安宿という事は、食事はともかく部屋の設備、寝具の質なども期待できないだろう。

小夜子は早々にこの町の宿に泊まることは諦めた。

「じゃあ、とりあえず美味しい食事とお酒を楽しめる所を紹介して。あと、この解体所の隣の空き地貸してくれない?この町にいる間はここに泊まるわ」

「食事をする場所は教えるが、ここで野営をするのか?」

「いいえ」

 小夜子はオーレイ村で作ったコンテナハウスを空き地にドンと出した。

「これ、私の部屋。この場所借りていい?」

「・・・・」

 ノエルはあっけに取られて言葉が出ない。コモドドラゴン2匹の他に、家一軒をまるごと空間魔法で収納していたとは・・・。小夜子に対して驚く事はもう無いだろうと思っていたが、本当に常識から外れた人物だ。

「エディ!この場所貸してくれない?」

 ハッと我に返りノエルが振り向くと、解体用倉庫の入口までエディが出てきていて、小夜子とコンテナハウスを見てから無言で頷き、また倉庫の奥に戻っていった。コモドドラゴンが空中から出てきた時点で小夜子は普通ではないという認識に至ったのか、エディはコンテナハウスに驚きもしなかった。

「良かった。これで泊まる場所は確保したわ。じゃあ食事に行きましょうか!」

「・・・喜んで、案内させてもらおう」

 まだ小夜子という人間を掴み切れていないノエルは、小夜子の機嫌を損ねる危険も踏めず小夜子のいいなりなるしかなかった。



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