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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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離宮の小夜子 3

 帝都の冬の寒さはそれほど厳しくない。積雪の多い山間の集落に比べれば非常に過ごしやすいだろう。雪が降るほどでもないが帝都の一番の冷え込む時期が過ぎて、日中はだいぶ日差しの暖かさを感じるようになってきた。

 春はもうすぐそこまで来ていた。

しかし、朝晩はまだまだ冷える。皇弟の離宮は早朝から暖炉に火が入れられ、寝起きの悪い小夜子の目覚めを穏やかに促すように温められていた。宮廷ではガス式のヒーターが全棟完備されているが、皇族の住まう宮は未だ暖炉が現役で使われている。暖炉の火が揺れる様を夜にのんびり眺めていると、基本ストレスフリーの生活をしている小夜子ですら心身が心地よく緩んでいくのを感じる。皇族達が近代的なヒーターを居間や寝室に導入しない理由も良く分かるというものだ。金も人手もかかり贅沢な事だが、有り難く小夜子も多くの使用人達の働きに支えられながら離宮での暮らしを続けている。

 その日も小夜子が目覚めるとアレクシスは既に仕事に出かけていた。

 小夜子は目覚めると身支度を整えて寝室の隣の居間へと移動する。そこにはアンドリューかジム、もしくはカリンが必ず小夜子を待っていてくれる。

「おはよう、カリン」

「サヨコちゃん、おはよう!朝ご飯の準備をするわね」

 今朝はカリンが小夜子の目覚めを待っていてくれ、すぐに朝食の手配に動いてくれる。

 アンドリューは元から皇弟の離宮の管理をしていたが、ジムとカリンは職務中のアレクシスの護衛をこれまでは勤めていた。

 しかし、小夜子が離宮に居を移す事になり、アレクシスが小夜子に配慮して小夜子と顔見知りのジムとカリンを離宮に配置してくれたのだった。

 小夜子もジムとカリン、アンドリューの3人だけを頼りにしがちなので、他の侍従、メイド達とは特に距離が近づくことも無く過ごしている。

侍女の配置については、自前の服で過ごすつもりなので小夜子は不要と断った。思い返せばクラウディアの侍女達の中に小夜子へ赤い敵意を示す者が数人いた気がする。アレクシスに想いを寄せる者達だったのかもしれないと思えば、最初に侍女の配置を断っておいてよかったと小夜子は思う。

 カリンの指示でメイドがワゴンを室内に運び入れ、2人の侍従がコーヒーを飲んでいる小夜子の前に朝食を並べ始めた。

 朝食のセットが終わり、小夜子は朝食を食べ始める。

 いつも通りに全てを平らげ、デザートのグレープフルーツに小夜子は手を伸ばした。輸入物のグレープフルーツは、前世の物と比べて甘みが少なく、王宮では砂糖がかけられたものが出される。余計酸味を感じるような気もするが、食べ慣れればこれも悪くはない。

 小夜子がグレープフルーツを半分ほど食べ進めた時だった。

 小夜子の脳内にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。小夜子の視界が比喩ではなく、真っ赤に染まる。赤一色になった小夜子の視界には、勝手にステータス確認画面が立ち上がる。

 その画面を確認した小夜子は即座に自分自身に治癒魔法をかけた。

 何度も重ね掛けし、5回を数えた所で小夜子は治癒魔法の行使を止めた。

 小夜子以外にはアラーム音は聞こえないし、視界が一面の赤に変わることも無い。しかしデザートスプーンを取り落としてから、自身に何度も治癒魔法をかける小夜子を見て、カリンは即座に侍従の1人をアレクシスの元へ走らせた。

「サヨコちゃん、何があったの!」

 カリンが小夜子に駆け寄る。小夜子がカリンにだけ理由を告げると、カリンはすぐさま皇弟の離宮の出入り口を封鎖した。カリンが人の出入りを禁じ厳戒態勢を敷いた直後、アレクシスがジムを伴い離宮へとやって来た。

「サヨコ、何があった」

 走って戻ったのかアレクシスの呼吸は乱れ、額には汗がにじんでいた。

 仕事中に申し訳なかったが、小夜子もこの件を報告しない訳にはいかなかった。

「多分、毒を盛られたわ」

「・・・なんだと」

 それを聞いた瞬間のアレクシスの内に荒れ狂う憤怒は、これまでに感じた事の無いほどの物だった。

「すぐに自分で解毒したわ。今は毒の影響は無い。私自身、本来毒は効かない体なの。無味無臭なら多分、毒を摂取した事にすら気付かない。・・・アレク、私、妊娠したわ」

 驚きの連続で、アレクシスはとっさに言葉が出ない。

「私の中に宿って1週間も経っていないのよ。でもちゃんと、私とアレクシスの名前を背負っているの。一生懸命に私に助けを求めたのね。偉かったわ・・・」

 勝手に立ち上がったステータス画面には小夜子とは別にもう1つの名前があった。皇后が今大切に胎内で育んでいる御子と同じく、ヴァンデールの家名を持つ命が小夜子の中に宿っていたのだ。しかし、けたたましい頭の中のアラーム音と赤い警告色の画面の中、子供の名前は今にも消えそうに明滅を繰り返していた。小夜子はステータス画面に子供の名前が安定して表記されるまで繰り返し治癒魔法をかけ続けたのだ。

 まだ平らな腹部を愛おしそうに撫でる小夜子を、アレクシスはそっと抱き上げると、テーブルから離れて窓際のカウチへと場所を移した。アレクシスは小夜子を膝の上で抱きしめる。

「アレク、私は産むわよ。例え望まれていなくても」

「望まない訳がないだろう。私のプロポーズをずっと断り続けているのはサヨコ、お前だ」

「・・・そうだったわね」

 緊迫した状況だが、思わず笑う小夜子をアレクシスはしばらく抱きしめていた。

 2人の傍にはカリンだけが残り、ジムと他の近衛兵、アンドリューと侍従達は忙しく動き始める。小夜子が食べ残したグレープフルーツや、食事の後の皿、コーヒーカップ、カトラリーなどは毒物を特定するために医局へ回された。

 離宮の中は慌ただしくなっているが、小夜子とアレクシスの周りは静かだった。

「私、ここにはもう居られないわ」

「サヨコ」

「ここは人が多すぎて、誰が敵か味方か分からない。安心して子供を産めない」

「サヨコ、犯人は必ず特定する。サヨコが安心して離宮で過ごせるように、離宮に配置する人間も厳選する」

「でも、既に今いる人員が厳選されたものだったんでしょ?」

 小夜子に真実を言い当てられ、アレクシスは言葉に詰まった。

「悪いけど、アレク以外信用出来ない。私自身への敵意なら察知できるけど、この子への悪意に私は気付けなかった」

 離宮に居る近衛兵や侍従、メイドに至るまで、小夜子が目にする者達は小夜子に対して全員が穏やかな緑色のアイコンを示していたのだ。索敵アイコンを信用して小夜子も気が緩んでいたのだが、小夜子を飛び越えて子供だけを狙われるとは想定外だった。

「私、王国に行くわ。そこで出産する。子供に会わせないなんて事はしないわ。必ず無事に産んで戻ってくるから、産む場所は私の好きにさせてちょうだい」

「サヨコ」

 取り付く島もない小夜子にアレクシスも何と声掛けするべきか悩む中、部屋のドアをノックする者が居た。

 カリンがドアの向こうを確認後、カリンの後ろに1人の女性が付き従い入室してきた。

 白髪をバレリーナのようにキュッと頭頂に纏めており、年配の女性のようだが背筋はしゃんと伸びていて立ち姿が美しい。機能的な純白のエプロンドレスを身に纏っており、メイドや侍女達とは立場も違うようだった。

 カリンに付き従い入室してきた女性は、小夜子とアレクシスから距離を取り、腰を落として礼を取った。

「殿下、お妃様にご挨拶申し上げても?」

 アレクシスが頷くのを確認して、女性は小夜子に柔らかく笑いかけた。

「お妃様、お初にお目にかかります。お妃様のご出産から、その後の体調が整われるまで手伝わせて頂きます、医局所属のオリビアと申します。お見知りおき下さいませ」

「私は妃じゃないわ」

 このような状況で知らない人間に引き合わされ、小夜子はアレクシスの腕の中で毛を逆立てた猫のようになっていた。

 警戒心をむき出しにしている小夜子にオリビアは微笑む。

「自分の身の内に命が宿ったと知った瞬間から、母親は何に代えてもその命を守ろうとするのです。殿下、サヨコ様のご様子は当然のものでございますよ」

「そうか・・・。オリビア、サヨコは王国で出産をするというのだ」

「サヨコ様はお生まれがガルダン王国でいらっしゃいますか?」

「違うわ。でも、帰りたいの」

 帰りたいと無性に思う。

 敵などいない、味方しかいないのだと信じられるオーレイに、小夜子は今すぐ帰りたくて仕方がなかった。

「では、どのようにしてお帰りになりますか?」

「転移で一瞬だもの。今すぐにも帰れるわ」

 ふむと、オリビアは小夜子の言葉について考える。

「サヨコ様の転移とは、どのようなものでしょう。魔術の御業でございましょうか」

「サヨコの魔法の一つだ。私も体験したことがある。一瞬で遠方に移動する事が出来る」

「それは身体に衝撃などありますか?」

「目的地に着く際は、地に降り立つ際に多少の衝撃はあったように思う」

 アレクシスから魔法による転移の確認をすると、オリビアは小夜子に穏やかに話しかけながら少しずつ問診を進めていく。そして必要な話を聞き終わると、納得したようにオリビアは1つ頷いた。

「かしこまりました。サヨコ様のご希望は里帰り出産でございますね。皇弟付き臣下をあげて、全力でサポートをさせていただきます」

「・・・いいの?」

 反対をされると思って構えていた小夜子は拍子抜けして目の前のオリビアを見る。

「もちろんにございます」

オリビアは小夜子を元気づけるように微笑む。

「アレクシス様。ご自身の感情より、サヨコ様のお気持ちを優先なさいませ。母親の不安を可能な限り取り除くことが、安全な出産のためには肝要でございますよ」

 オリビアが諭すようにアレクシスに言えば、アレクシスは大きなため息をついて膝の上の小夜子を抱きしめ直した。

「・・・本音をいえば産前も産後も私の傍にいて欲しい。だが、信頼を損ねたのは私だ。小夜子の希望に沿おう。しかし傍で見守れないのなら、せめてガルダン王国へ私の腹心の何人かを連れて行ってくれないか」

 それについて黙っていると、アレクシスの目の前でカリンが片膝をつき、小夜子に向けて頭を下げた。

「サヨコちゃん、私のミスです。この度の事、申し開きのしようがないわ。でも、私の事は信用出来ないだろうけど、どうかジムを連れて行ってください。彼なら、失敗する事なんかない。きっとサヨコちゃんと御子を守り抜くから。どうかお願いします」

 小夜子の前で頭を下げたまま、小夜子の返事を待つカリンは手の甲が白くなるまで手を握りしめている。

 しかし小夜子はそのようなカリンの姿を見ても、すぐに返事を出来なかった。

「同行者の件は、後ほど改めて相談いたしましょう。今すぐにはサヨコ様も決断は難しいでしょうから。サヨコ様、里帰りの時期ですが安定期に入るまで5カ月はお待ち頂きたいとお願い申し上げたい所ですが、せめてあと4カ月ほどは帝国でお過ごし頂きたいですわ」

「今すぐは駄目なの」

「転移による母体と御子への影響が分かりません。サヨコ様には取り返しのつかぬ後悔をして欲しくないのです。妊娠初期は些細な事で不幸が起こるのですよ」

 そうまで言われれば小夜子もオリビアの言う通りにせざるを得なかった。

「でも、ここでは暮らせないわ。ここで出される物も口に出来ない。アレクシス、中庭にコンテナハウスを出させて。そこで4カ月暮らすわ」

「・・・わかった。サヨコが思う通りにしてくれ」

 アレクシスは小夜子を抱いたまま立ち上がった。

 それから居間を出たアレクシスは階下に降り、離宮の中庭に出た。アレクシスにはカリンとオリビアが付き従っている。 

 小夜子は中庭の一角にコンテナハウスを出した。

「この中はどうなっている。設備は」

「帝都の高級ホテルを上回る快適さです。僅かな手伝いが時々入れば、問題なく過ごせるかと」

 アレクシスの質問にカリンが答える。

 小夜子はコンテナハウスにアレクシスだけの入室を許した。

 コンテナハウスの内部はカリンの説明通り、帝都の最上級のホテルの最新設備を上回る物だった。一間のワンルームだが、室内には程よく使い勝手が良さそうに家具が配置されている。中にはアレクシスが見たことも無いような機械も多くあった。

 小夜子は自分のテリトリーの中でやっと一息つく事が出来た。

 コンテナハウスの中は、スチュアート家でパーシーが商売のタネを探した直後のままになっており、ミニキッチンが多少散らかっている程度だった。

 アレクシスはゆっくりと小夜子をベッドに降ろした。

「サヨコ、毎日会いに来ても良いだろうか」

「アレクなら良いわ。このコンテナハウスには結界を張るから。私や子供に害意を持つ人間は絶対に近付けさせない。私が許可しない人間もコンテナハウスに近づけないようにするから」

「分かった」

 小夜子はアレクシスの入室のみを許可し、それ以外の人間を拒絶するコンテナハウス引き籠り生活に突入した。

 そしてアレクシス以下、小夜子を支えたい者達による根気強く繰り返される対話、説得と懇願の日々が始まった。



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― 新着の感想 ―
あれだけやることやってれば妊娠もするだろうけど、異世界でこの展開は斬新すぎて作者さんの発想に敬意を持たずにいられない。本当に先が読めなくて楽しみすぎる。
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