【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ④ー4
ノエルを連れてジェフが自宅に戻ると、食堂では手伝いの女性とイーサンが夕飯の準備をしていて、ジェフの妻のジョアンナは食堂のテーブルにカトラリーを並べていた。
「おかえりなさい、ジェフ」
「ジェフ、ノエル、お疲れさま」
ジョアンナと客人であるはずのイーサンに、2人は朗らかに迎え入れられた。
「すみません、イーサン殿。客人に料理をさせるなど」
慌てる様子のジェフにイーサンは笑いながら夕食の盛り付けを続ける。
「俺から申し出たんだから良いんだよ。何品かつまみを作ったからぜひ試してみて。ポート町の家庭料理も美味しそうだね。楽しみだなあ」
「あんたはどこにでもすんなり馴染むよな」
ノエルがテーブルにドンと置いたエールの中樽を見てイーサンは更に笑顔になる。
「やった。森の小鳥亭のエールはポート町の楽しみの1つだよ」
「今夜は是非美味い酒を飲ませて欲しいなあ、イーサン!」
プレッシャーを掛けてくるノエルにイーサンは苦笑する。
「ご期待に添えるか分からないけど、俺より人生経験のある先輩方にまずは相談をさせて欲しいな」
ジョアンナと手伝いの女性は別室で夕飯を食べ、ジョアンナはそのまま部屋で休むことになる。
男3人はテーブルの料理を前にまずは乾杯する事とした。
「オーレイとポート町の幸せな日々が末永く続く事を願って、乾杯!」
男達は一息にジョッキの半分ほど飲み干した。
「あれからどう?ポート町やオーレイに無理を言う商人や、ならず者たちはやって来ていないかな?」
イーサンが男爵とその手下達を撃退してから2週間ほどが経っていた。
「トーリからは特に報告はないな。問題無いようだぜ」
「ポート町も変わりは有りません。ポート町はシール領内ですし、エルマー男爵はこの町では大っぴらに悪さは出来ないでしょう」
「それなら良かった」
それからしばらく3人はポツポツと雑談を交わしながら食事を取る。
「おい、悩める美青年。噴水前で観光客達が騒いでいたそうだぞ」
「何それ」
「辺境の田舎町にそぐわない色男が悩まし気に広場の噴水前で座り込んでいるんだ。目の保養になったと観光客達は喜んでいたそうだ」
ガックリとイーサンの力が抜けた。
「恥ずかしい・・・。ちょっと色々と頭の中を整理していたんだよ。じゃあまず、決まった事を報告するね。俺はオーレイ地方の領主になります」
「よし!」
ノエルは思わず拳を握る。
イーサンはノエルとジェフに言葉を尽くされ、オーレイ地方の領主になる事を決心した。その上シール伯爵にポート町の譲渡を持ちかけられ、気持ちは更に大きく揺れた。
小夜子が帰る場所、小夜子が大切にする人々が住まう場所。オーレイとポート町を護る者になれるならと思ってしまったのだ。
「それとねジェフ、ポート町の領主も俺がやると言ったらどうする?」
ジェフとノエルはしばし動きを止めた。
「ポート町を治めているシール伯爵は、長らくグレーデン一帯を堅実に治めてきた人だし、ポート町との関係も良好だよね。でもシール伯爵から、オーレイとポート町を含めた東方国境までを領地として任せたいって言われたんだよ。何の問題もなく上手く回っていたのに、俺がポート町を治める領主になる事は、住民達にとって良い事なのか分からない。だから2人に意見を聞きたいんだ。こんな時、サヨコならすぐに決断を下すんだろうけど」
「いやいや、サヨコだって判断が付かない事は俺等に相談するぜ?」
もっと飲めと、ノエルはイーサンのジョッキにエールを注ぎ足してやる。
「まあサヨコがあまり悩まないのは、判断を誤ろうが失敗をしようが、常軌を逸した力業で何が起きても事態を強引に収拾できるからです。普通の人間にはまず無理なので、イーサン殿も普通とは言い難いが、気に病むことはありませんよ」
何か思い出したのか、ジェフは口の端を持ち上げながらジョッキを口に運ぶ。
「あんたも分かってるだろうが、サヨコは完璧な人間って訳でもなかったろ?あいつだって、苦手な事や手が回らない事があるさ。小夜子が出来なくて、イーサンがその分カバーできるってのはやっぱり貴族関連だよな。オーレイに関しては今まで領主が立ったことも無いんだ。そこは自由に悩まず、イーサンが思うようにしたらいい」
「ポート町の事を考えて、迷って悩んでいただいて、嬉しく思いますよ。住民達の生活についてイーサン殿がそれだけ真剣に考えてくださっているという事だ」
「優柔不断なだけかもよ?」
「おい、ガルダン王国の英雄様が随分自己評価が低いじゃねえか。もっと自信持てよ。俺達が望んでいるのは、あんたにしかできない事だぞ。何度も言うがイーサンはサヨコの代わりじゃない。領主と言ったって、オーレイもポート町もほっとけば住民の生活は回っていくんだ。イーサンに1から10まで面倒見てもらおうなんて俺達も思ってねえよ。イーサンに頼みたいのは周辺の貴族共に睨みを利かせてもらうのと、ギルドで手に負えない魔獣の対応、一応コルネリア方面の国境の警戒あたりだな。領土防衛しか頼まねえから、領政はジェフとトーリに任せとけ。ギルドはもちろん俺が見る。国に所属しない機関だが、ポート町とオーレイの運営にギルドも上手く嚙ませてもらうからよ」
「そんなのでいいのかな」
「イーサン殿、十分です。国の英雄の守護が受けられるとは、ポート町にとってこれほど心強い事はありません」
「こちらこそ。ジェフとノエルが居てくれて、今とっても心強いよ」
明るくなったイーサンの顔を見て、ジェフとノエルも内心ホッとする。
この気の良い青年に領主に立って欲しいと2人は思ったが、イーサンが犠牲になってまで望む物ではない。
「まああんたの本質は冒険者だろう。多少はオーレイとポート町に居付いて欲しいが、常駐しろとは言わねえよ。その代わり連絡が付くように所在は俺らに知らせといてくれ」
「ちょっとは領主らしくしようと思うんだけど」
「ふふふ、まあとにかく気負わずにやってみましょう。我々がイーサン殿をお支えしますよ」
トーリといい、目の前の2人といい、自分は本当に人に恵まれている。
イーサンは改めて覚悟を決めた。
「俺、オーレイとポート町の領主をやるよ。2人ともよろしく」
「よしっ!よおしっ!」
「やったぜ!これから頼むぞ!イーサン・バトラー!!」
イーサンの宣言に、イーサンが驚くほどの歓声をジェフとノエルがあげた。ノエルはともかく、端正な佇まいのジェフが大声を上げる様をイーサンは初めて見た。それは一度寝付いたジョアンナが起こされて食堂に顔を出すほどだった。
「ご、ごめんね。ジョアンナ」
「ああ、ジョアンナ。騒いで悪かった。何でも無いからもう一度お休み」
起きだしてしまったジョアンナをジェフが寝室に連れていく事となり、今日の所はお開きとなった。ジョアンナと就寝の挨拶を再度交わし、ノエルとイーサンは森の小鳥亭で飲みなおす事にした。
「お前ら!聞いて驚け!我が国の英雄、イーサン・バトラーがなんと、ポート町とオーレイの新しい領主になるぞ!!」
すでにほろ酔いで気分も最高に良いノエルは開口一番、森の小鳥亭に足を踏み入れるなり言い放った。
森の小鳥亭で今夜も飲んだくれていた冒険者や観光客達の喧騒が一瞬止んでから、森の小鳥亭全体が震えるほどの雄叫びが上がった。
「ノエル、本当かよ!」
「マジか、マジでか!!」
「うおおお!すげえーー!!!」
「あの・・・、まだ正式に決まってないんだけどね」
この話の当人であるイーサンの呟きなど搔き消されるほどの大騒ぎがしばらく続いた。騒ぎの中、宿の主人のロッドまで厨房から出てきた。ロッドは大ジョッキ二つとソーセージ、オーレイの温泉宿からレシピを教えてもらったフライドポテトを山盛り持ってきて、ノエルとイーサンの傍のテーブルにドンと置く。
「今日の代金は全部俺が持つ。今夜は挨拶代わりだよ。みんな沢山飲んで食べてよ」
前半はロッドに、後半は食堂の客に向けてイーサンが言えば、森の小鳥亭が再び震える程の歓声が上がった。
「気前のいいご領主様だぜ!」
「さすがイーサン・バトラー!格好いいじゃねえか!」
「ご領主様ありがとう!」
もともと出来上がりかけていた者ばかりだったので、それからは飲めや歌えやの大宴会にあっという間になったのだった。
大宴会は森の小鳥亭の食糧庫を空にする勢いで続いたが、夜明け前にその幕を閉じた。
「くさっ!酒臭い!」
「う、うう・・。怒るなよ、シャロン」
翌朝、イーサンは怒る女性に詰められているノエルの弱弱しい声で起こされた。
「うーん・・・」
ノエルと同様の弱った声がイーサンの口からも漏れる。生まれて初めての酷い二日酔いだった。エールを飲み干せばすぐに新しいエールを注がれる。昨夜はみな浴びるように酒を飲んでいた。せっかくのロッドのエールをもったいない飲み方で消費してしまったとイーサンは少し反省した。
「あはは、色男は二日酔いでも奇麗な顔をしているもんなのね」
呻くイーサンを笑うのは、快活そうな赤毛の女性だった。その女性が別のテーブルで突っ伏しているノエルを、立たせようとグイグイ引っ張っているのだ。その女性にイーサンは見覚えがあった。
「えーと、君は」
「私はシャロン。今はノエルの妻。前はこの店の店員だったわ。あんたとは一度会った事があるわよ」
「ああ!」
イーサンは思い出した。昨年小夜子が森の小鳥亭に案内してくれた時にいた、てきぱきと働いていた店員だ。
思い出した様子のイーサンにフッとシャロンは笑うと、再びノエルに声をかけ始める。その声は相手を想う気持ちが溢れている。
「結婚おめでとう」
昨年ノエルに会った時、彼はまだ独身だったはずだとイーサンは思い出す。
「ありがとう!」
シャロンは輝く笑顔で答えた。二日酔いのノエルはシャロンに任せていれば良いだろう。
さてそろそろ自分も動こうかと思った時、森の小鳥亭のドアベルが軽やかに鳴った。
「ロッドさん、こんにちは!うわ、お酒臭い!」
元気に森の小鳥亭に入って来たのはレインとダンだった。
「レイン、ダン。おはよう」
「イーサンさん、もう少しでお昼だよ。お酒臭いなあ。ノエルさんもみんなもお酒臭い。二日酔いなの?」
「ごめんねぇ」
不甲斐ない大人達はレインに返す言葉もない。
厨房からロッドが出てきて、水が入ったコップをイーサンとノエルの前に置く。床に転がる数人の二日酔い共は、胸倉を掴み軽く頬を張りながらロッドは叩き起こしていく。
「もうすぐ昼の営業だ。お前ら今夜も泊まるなら一度部屋に引っ込め」
ロッドは言いながらも食堂の窓を大きく開け、淀んだ空気を入れ替える。屍のように床に転がっていた冒険者達はよろよろと動き出した。観光客は此処まで羽目を外す者は居なかったようで、冒険者達は緩慢な動きで自室へと引き上げていった。
一応水を出してもらえたノエルとイーサンは、1つのテーブルに移動して開店準備の邪魔にならないようにする。
レインは根菜類と果物の瓶詰を持ち込んだようで、ロッドと色々と話をしている。それから商談の済んだレインはイーサン達の所にやって来た。
「イーサンさん、いつこっちに来たの?オーレイには来る?」
「昨日ポート町には来たんだよ。トーリとも話があるし、オーレイにこれから行く所だったんだ」
「じゃあ一緒に帰ろう!今日は冬支度の買い出しに来たんだよ。買い物が終わったらロッドさんのご飯を一緒に食べて、そしたらバギーでオーレイまで乗せてくから!」
「ありがとう。じゃあ、買い物が終わるまでここで待ってるよ」
この1年会わないうちに、レインは随分としっかりしたものだった。まだまだ見た目は少年だが、背丈はぐんと伸びた。オーレイでは立派な労働力として大人一人前の働きをしているのだ。
まだ二日酔いが抜けないイーサンは、もうしばらく森の小鳥亭で休むことにする。
「イーサン、俺は家に帰るわ。また今度な」
「ノエル、シャロン、またね」
口をとがらせながらも頬を染めてノエルと腕を組んでいるシャロンがなんとも微笑ましい。仲睦まじい2人をイーサンは見送った。
「ロッド、ジャイアントモールの肉、要る?」
「要る」
食糧庫の中身をだいぶ減らしてしまっただろうとイーサンが申し出ると、ロッドは即答した。
昨日の宴会の清算をし、食糧庫にジャイアントモールの肉を詰め込んでいるうちに森の小鳥亭にはポツポツと客が入り始めた。
昨年挨拶を交わした冒険者達は気さくにイーサンに声を掛け、それにイーサンも応える。イーサンがSランカーであることも、貴族である事も、冒険者や住民達は分かっているのだが、皆はイーサンの身分を気にせずに目の前のイーサン本人を見てくれているような気がする。必要以上に畏まることも無いし、阿ってくることも無い。
この地の領主ともなれば、今と変わらずにイーサンと接してもらう事は無理なのかもしれないが、ポート町とオーレイののんびりとした日常は変わらずにあって欲しいと願うイーサンだった。
レイン達とオーレイを訪れたイーサンは、食堂で集合住宅の面々にさっくりと宣言をした。
「俺はポート町とオーレイを含むこの一帯の領主になるよ」
大騒ぎになったポート町と打って変わり、集合住宅の爺婆達は静かにイーサンの宣言を受け止めた。
「お受けいただきありがとうございます」
トーリはイーサンに深く頭を下げた。
イーサンやジェフと色々相談しているという事を、トーリはノエルより事前に聞いてはいた。庶民の自分ではどうする事も出来ない問題で、国がどういう決定を下すのか、その結果を静かに待つだけのトーリだった。
そして、オーレイの住民達全員が歓迎するだろう最上の形でオーレイ地方の初代領主が決まった。
「イーサンさんが領主様になると、何か変わるの?」
トーリ以外が静かにしていたのは、実は領主が何たるかピンと来ていなかったからで、皆の最大の疑問をレインが口にした。
「特に、生活は変わらないかなあ。あ、いずれは税を徴収するかもしれないけど、自給自足の生活が主流のオーレイは金銭のやり取りが定着するまで徴収はしないよ」
「ご配慮いただきまして、ありがとうございます」
これにはトーリ以下、爺婆達もホッとした。
領主が不在の地に暮らしているオーレイの住民達は寄る辺の無い根無し草のようなものだった。
困窮していた自分達を小夜子が救い上げてくれ、小夜子が信頼するイーサンがこれからはポート町とオーレイを庇護してくれるという。
冒険者自体に縁遠い爺婆達や、他のオーレイの住民達は気さくにイーサンに接しているが、Sランク冒険者は辺境に暮らしていて会う機会などまずない雲の上の存在だ。さらには子爵位をイーサンは授かったと聞く。その王国において貴い身であるイーサンが、小さな集落があるだけの東方辺境の領主に立ってくれるというのだ。
「皆喜びます。宿の者達にも話して良いでしょうか」
「うん。一緒に行こう」
イーサン達は皆で連れ立って温泉宿に向かった。
それから二日酔いがやっと抜けたイーサンを交えて、温泉宿でも明け方まで祝いの宴会が開かれたのだった。
オーレイ村が正式にガルダン王国の辺境村として認められるまで、もう少し時間がかかる。
このようにして人口1000人ほどのポート町と、住民20人にも満たない集落があるだけのオーレイ地方に、新たな領主が誕生したのだった。
次から本編に戻ります。




