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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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吹けば飛ぶようなオーレイ村 5

 小夜子は居住区の外に面した壁という壁をくり抜き、畜光石をはめ、隙間をピッチリ埋めていく。外部に露になった部分で畜光をして、辺りが暗くなり始めたら畜光石全体がほんのり明るさを増していくという明暗センサーライトだ。個室の畜光石には、寝る際に布をかぶせ各自で明るさを調整してもらう。台所と食堂には特に大盤振る舞いで畜光石を付けまくった。清潔にしないといけない場所は明るくしないとね、という小夜子の考えだ。カレンには思う存分掃除をしてもらおう。

 温泉と家屋の照明取り付けが一区切りつくと、小夜子は集落の空きスペースに無造作に山から取ってきた果樹を移植する。収納ボックスに仕舞いこんでいたが、枯れる様子も無く果樹は元気な様子だ。植物は生きたまま収納ボックスに仕舞う事は可能なようだ。今度は魚とかで試してみようと小夜子は心に留めておく。果樹には既にプラムと枇杷、桑の実が食べ頃となって実っていた。

 畑も作った。果樹も適当に取れるようにした。あとはタンパク質の確保だ。

 小夜子は温泉に川から引いた水路をもう一本分岐させて、温泉設備の隣に深さ1メートル、幅5メートル四方の四角いため池を作る。さらに排水路を細く作り、溢れる前に元の川に戻る仕組みを作る。ため池には少しずつ水が溜まってきている。川で釣った魚を生きたまま持ち帰り、ため池に放すように小夜子はショーンに頼む。ため池に川魚が住み着けば、ショーンが川での釣りを出来ない時も、他の爺婆達がため池から魚を手に入れられる。天然の生け簀を狙ったのだ。このため池の管理はショーンに任せる。釣り道具を2セットとアルミのバケツ2個をショーンに預ける。

 さらに小夜子は5匹ほど野兎を生け捕りにし、広場の人の目が届く場所に鉄柵と細かな金網を巡らせて10メートル四方の兎の飼育スペースを作る。放された兎達は新たな巣の確保の為に猛烈に地面に穴を掘っている。鉄柵は地中3メートルほどの深さまで差し、金網も一緒に埋め込んでいる。兎がよっぽど根性を出さない限り逃げられることは無いだろう。餌の雑草はその辺に豊富にある。妊娠している野兎が2匹いるので、その内に勝手に増えていくだろう。見た目が可愛い野兎だが、この世界では美味しい肉だ。爺婆達に管理してもらいながら、食肉に回してもらうようにする。

 そして今日の最後の仕事に、小夜子はトーリとレインの家を集落の中に移築した。爺婆達も、トーリ達も、お互いに近くに暮らしている方がやっぱり何かと便利だろう。もちろんトーリとレインの家にも、今度は遠慮なく小夜子は魔改造を施す。新しい集合住宅と同様の設備が二人の家にも整った。二人の家にはトイレと大きめの薪風呂も新たに設置した。この家だけでも生活できるようにしたが、集合住宅で爺婆達と一緒に暮らしてもいいし、その辺はトーリとレインの好きにしてもらう。屋根付きの竈はパン窯に作り直し、井戸の近くに再設置した。トーリとレインの食事に関しては、婆達に頼らせてもらうこととする。一人一人が少しずつお互いに助け合えば、それぞれの家で別々に暮らすよりもだいぶ楽に生活できるだろう。


「はー!今日も働いたわ!」

 小夜子が夕方食堂に戻ってくると、食欲を刺激する良い匂いが食堂を満たしていた。

「サヨちゃん疲れたろ。先に食べな」

 サリーが小夜子の前に皿を置く。皿の上では黄金色の平麺が、ひき肉たっぷりのソースでよく絡められている。サリーが作る食事は、昼はがっつり牛肉のトマト煮込みで、肉体労働に励んだ小夜子の体に染み込むような旨さだった。爺婆達もこれまでの栄養を取り戻すかのようによく食べていた。トーリとレインも爺婆達に負けずによく食べていた。

 良く働いて、良く食べて、そうして生活が回っていけば良い。

「サリー、天才なの・・・?」

「あっはっは」

 パスタを一口食べて、小夜子はその美味しさに震えた。

 これは、手打ちのフィットチーネっぽい。非常にモチモチだ。まさか本場イタリアのボロネーゼらしきものが出ると思わず、小夜子は夕食も噛みしめながら食べた。もちろん倉庫からチーズの塊を持ってきて、削りながら思いっきりパスタにかける事も忘れない。

 ニール秘蔵のホワイトアスパラガスもバターソテーにしてもらって一緒に頂く。今年はこれで最後だと聞いたら、来年もホワイトアスパラガスを食べに来なければならないではないか。これにはビールもいいが赤ワインかな。

 小夜子は数種類の赤ワインを出しては試し、集まってきた爺婆達にもワインを振る舞う。しかし今日は深酒してはいけない。夜は温泉が待っているからだ。

「「「「ああーっ・・・!」」」」

 湯船に身を沈めた婆達と小夜子は堪らずに声を漏らす。隣の男湯からも似たような声が上がっている。温泉に浸かったら、声を出さずにはいられない。これは世界を問わず共通の決まり事だろう。

「これは、堪らないねえ」

「あたしゃ生まれて初めての風呂だよ」

「寿命が延びるようだねぇ」

 口々に婆達が感想を言い合うのを、小夜子は楽しく聞いている。喜んでもらえて何よりだ。

「良く働いて、良く食べて、一日の終わりに温泉に入るなんて、これ以上の幸せなんてある?」

 いや、ない。小夜子の意見に婆達も深くうなずく。

 しっかり温まった爺婆達はさすがに熱くなったのか、重ね着の服を少し脱ぎ薄着になっていた。毎日体を動かして温泉に入れば、更に元気になっていくだろう。寝る前に水分をしっかり取るように爺婆達に告げて、小夜子は自分に宛がわれた部屋に下がった。

 清潔で明るい家に、おいしい食事、夜は温泉に入れる。我ながら良くこんな素晴らしい完璧な設備を作り上げたものだ。ハード面を作るだけならどこにでも作れる。しかしここには小夜子の食事の世話をしてくれて、小夜子の部屋の掃除をしてくれる婆達、共有スペースを管理してくれる爺達がいる。小夜子の為に爺婆達はこれからも喜んで働いてくれるだろう。控えめに言って最高でしかない。何度でも言うが最高だったら最高だ。

「はあー、もうここにずっと住もうかなあ・・・」

 満ち足りた気分で小夜子は眠りに落ちていった。 


 そしてその日の夜。

 夢の中に、恨めし気な表情のおかっぱ幼女が現れた。小夜子が破壊した石像を全て修復したためか、最後に見た時よりは多少成長しているように思える。

『・・・異世界・・・、楽しいですか』

「あ、うん」

 幼女のじっとりとした目が雄弁に小夜子を責めてくる。

『とても楽しんでくれているようで良かったです。それで、旅はどうなりました?』

「旅?」

『旅の道行きで私の石像を直してくれるという話でしたね』

「あー、旅ねー。うーん・・・。ここ、思いの外居心地がよくってさぁ」

『こんな鄙びた村で王に歯向かう力なんか必要ないだろおおおー?!!』

 へらりと笑う小夜子に幼女が突如ブチ切れた。

「あっはっは!王どころか貴族の一人も居ないわね!」

『うわあああー!!』

 大笑いする小夜子の前で、やり場のない憤りを床で激しく転がる事で幼女はどうにか発散する。

『はあ、はあ・・・。頼みますよ・・・。各国の王に歯向い、国を跨いでの大冒険をするって言ってたじゃないですか・・・』

「そこまでは言ってない」

『明日。鉱山に埋もれた私の石像を修復しなければ、染み出した温泉により土砂崩れが起き、集落は半分土砂で埋まり、ここにいる半分の人間は死にます』

 幼女がとんでもない事を言い出した。

「なっ、嘘でしょう?」

『私の力が弱体化している今、あなたの不運の干渉を今この世界は大きく受け始めているようです。早く私の力を回復させ、あなたの低い運気の底上げを少しでもしてください。倒木に巻き込まれずにトーリの命が助かったのは、僅差で私の加護があなたに備わったからですよ』

「・・・マジか」

『このまま何もせずにここに留まれば、あなたの周りで次々と人が死ぬでしょう。それを防ぎたいのであれば、私の加護を少しでも得て、早急に運気のアップを目指して下さい。運気が上がれば、あなたの周囲で多少の不運が起きても。あなたが力技で対処することができます』

 幼女の話により、小夜子の最優先事項が変わってしまった。

 一欠けらの憂いも無く、この世界を存分に楽しみたい。たった数日の付き合いだが、トーリとレイン、爺婆達には悲運が訪れて欲しくない。

 そのためには小夜子は早急に自分の運のランクを上げまくらなければならなくなった。

そして小夜子の運の上昇は、幼女女神の加護の増加に比例する。

「あんたさ、手っ取り早く特大の加護を私にくれたら良いんじゃないの」

『順序が違います。石像の修復と共に私の神力が回復し、あなたに加護を授けることが出来るのです』

「ああ、もう!わかったわよ!!」


 自分の怒鳴り声で小夜子は目が覚めた。

 部屋から出て、少し外を覗くとまだ朝日も出ていない時間だった。

 小夜子はそっと集合住宅から外に出て、鉱山跡地に向かった。すっかり硫黄臭くなっている鉱山跡地は、あちこちの岩の隙間からちょろちょろと温泉が染み出し続けている。

 小夜子は鉱山全体をざっくりと鑑定する。鉱山は山全体に地盤の緩みが確認できて、いつ大規模な土砂崩れを起こしてもおかしくない状況となっていた。鑑定を更に重ねて行うと、地中に幼女の石像が埋まっているのが確認できた。土魔法で地表まで一気に押し上げる。ボコりと盛り上がった土が崩れると、森の野原で見かけた地蔵タイプの幼女の石像が現れた。経年劣化で幼女の石像はだいぶ凹凸が削られている。小夜子は一気に石像に修繕を施す。それからもう一度鉱山一帯に鑑定をかけると、一部土砂崩れの恐れあり、と鑑定文の表記が変更されていた。

とりあえずは、間近に迫っていた危険を回避できたようだった。

 ついでにと小夜子は自分のステータスを確認する。

 

女神ティティエの加護 極小+ 


 小さな+が一つ増えていた。

「細かく刻んでんじゃねーわ!!くそがああ!!」

 地平線を越えて上がってきた朝日に向かい、小夜子は口汚く吠えた。

 ちなみに小夜子の運も「D+」ときっかり女神の加護と連動していた。この+をいくつ集めれば次のランクアップを望めるのかは、ステータス画面上では確認できなかった。

 どうにか今回は悲劇を回避できたが、この鉱山跡地は予断を許さない状況だ。

小夜子の運の無さが、どれほどこの世界に影響を与えていくのか、あの幼女ですら現時点では読めないようだった。

 小夜子は今日、この集落を発つことに決めた。


 朝食を食べ終わり、小夜子は最後の仕上げにと集落の周りをぐるりと堀で囲った。これから食べ物が豊富になるこの集落は、これまで心配のなかった獣害を受けるかもしれないからだ。裏山の鉱山跡地は禿山になった上に硫黄の匂いで動物達の気配が無くなってしまったので、鉱山を背後に半円を描くように堀を作り、集落から街道につながる入口を残す。この入り口には夜間は閉じられる簡易門を設置した。対人では一たまりもないが、獣の侵入を防ぐことはできるだろう。

 そして集落の守り神と言う訳ではないが、鉱山から掘り出した幼女の石像を、囲い屋根をつけて集落の中央に鎮座させた。屋根の上には小さい畜光石をつけてやる。広場の外灯代わりにもなっていいだろう。

 爺婆達が「ティティエさんじゃ」と反応していたので、この世界であの幼女はそれなりに知名度はあるらしい。幼女の石像の前にはさっそく果物とか平パンが供えられている。こんなに信仰心が篤い爺婆達が良くしてくれるんだから、ここら一帯くらい弱体化してようが幼女には根性で守って欲しい所だ。

「出立間際まで、申し訳ありません。サヨコさん、本当にありがとうございました」

 トーリが小夜子に丁寧に頭を下げる。

「いいのよ。私、ここで過ごせてすごく楽しかったわ!」

 トーリの横に一列に並んだ爺婆達は一様に涙ぐんでいる。

「サヨコさん・・・」

「レイン。ここの爺婆を、トーリを、あなたが守っていくのよ。その力をあなたなら絶対に手に入れられる。集落の周りの堀も定期的に手入れしてね。これも土魔法の応用よ」

「うん、わかった。頑張る」

 服の袖で涙を拭いながら、レインが力強く頷く。

 この世界の魔法書等を小夜子が出せればよかったのだが、見たことも無い物は生み出せないようだった。万物創造といっても、制限がかかる部分もあるようだ。レインには当面は独学で魔法習得を頑張ってもらうしかない。

 一番近い町、ポート町には徒歩で3日はかかるという。馬車なら朝早く出て、夕方には着くかという所。疲れはしないけど、歩くのはだるい。飛行魔法もその内に試してみようと思うが、今回小夜子は4輪バギーをサクッと作った。タイヤ周りに柔軟性を持たせて、極力衝撃を吸収する作りで、動力は自分の魔力。長時間乗っても疲れないように大きい背もたれ付きの物にする。カッコ悪くても気にしない。乗り心地重視だ。

「サヨコさん、それ何?!」

 レインが目を輝かせて4輪バギーにくぎ付けになっている。男の子は乗り物が好きというのも、どの世界も共通なのだろうか。

「レイン、今度ゆっくり乗せてあげるわね」

「今度?」

 レインの他に、トーリと爺婆達も小夜子の言葉に首をひねっている。

「月一くらいでこれからもここに顔を出すわよ?年寄りと子供しか居ないんだもの、心配じゃない。私が遊びに来たら、爺婆達全員で盛大にもてなしなさいよ!」

 小夜子の言葉の意味を理解すると、見送りに来ていた者達に笑顔が広がっていった。

「サヨちゃん、気をつけてな~」

「いつでも遊びに来いよ」

「待ってるからねぇ」

 爺婆達が小夜子を取り囲んで、それぞれにしばしの別れを惜しむ。

 皆とそれぞれ握手を交わし、最後に小夜子はトーリとレイン二人ともしっかり握手をする。

「トーリ、レイン、またね!」

「サヨコさん、またね!」

「サヨコさん、お早いお帰りをお待ちしていますよ」

 小夜子は笑顔で皆に手を振ると、後は振り返らず街道を真っ直ぐに走って行ってしまった。


 小夜子はトーリに10数個の小さな畜光石を託していった。畜光石の価値を知った小夜子が不測の事態の際に使うようにと、村に残った人間全員で10年以上食べていけるほどの財をトーリに残していってくれたのだ。「思いがけない病気とか、災害とか、頑張ってもどうにもならない事もあるからね」と言い、固辞するトーリを小夜子は許さなかった。何かあれば、この建物はすぐに放棄するようにとも小夜子は言った。生きてさえいれば、何処にでも何度でも同じものを作ってやると小夜子はトーリに言い残した。

 この畜光石には絶対に手を付けない。

 ある日突然、厳しくも優しい魔術士が村に現れて、困った年寄り達を何の見返りも求めずに救ってくれたのだと、レインの子供に、その孫達に、語り継いでいきたい。

 そうトーリは心に誓った。

 オーレイ村の宝として、小夜子の残した畜光石は長らく大切にされることとなる。




 オーレイ村の設備が整った温泉の噂は、その後ゆっくりと近隣の街々へ広まっていった。

 一度はその地を離れた村人達がオーレイ村に戻り始め、住人の数が増える度に一夜にして、一日にして、村の建築物が増えていく。そのような奇跡がオーレイ村には何度も起こった。鉱山跡地には各種の温泉が楽しめる大浴場が一夜にして現れる。朝には何もなかった広大な更地に、夕暮れ時には大人数の宿泊も可能な大きな宿が建っている。オーレイ村は奇跡の温泉郷として、国内でも有数の観光地となる。

 その奇跡の秘密を暴こうと辺境の有力者達が住民達を問い詰めるも、村の奇跡がどのようにして起こるのかを、誰も決して答えようとしなかった。


 もとは鉱山夫が鉱山のふもとに住み着き、集落が形成されてオーレイ村は生まれた。国は鉱山の稼働のみを管理し、オーレイ村に関しては鉱山に付随する一時的な集落とみなしていた。鉱山夫とその家族達は国への納税が免除される代わりに、困窮時の支援もなかった。

 しかし温泉郷の噂をとうとう国も無視できなくなり、オーレイ村は正式にガルダン王国の辺境村の一つと認められるようになった。

 初代村長にはトーリ・オルソンが任命され、その後はオルソン家が代々村長職を世襲していくこととなった。


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― 新着の感想 ―
素早く理想郷を構築できたというのに、呪いの座敷わらしみたいになってて笑いました。
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