小夜子と帝国の黒い至宝 2
パズルカの行動の速さは小夜子の想像を上回っていた。
パズルカと会った翌々日、小夜子はまたしても皇弟に呼び出され、応接室には皇弟と、小夜子とは初対面のゴールドブリッジ冒険者ギルドのギルドマスターが待っていた。ギルマスは、特に特徴もない、淡い色彩の中肉中背の男だった。しかし、帝国民の標準体型であるから、小夜子が軽く見上げる位には大きい。雰囲気的には冒険者からの叩き上げというよりは、役人出身といったデスクワークが得意そうな雰囲気だ。
「やあ、やっと会えたな。ゴールドブリッジギルドのギルドマスターをしているフレデリック・バンクスだ。君の噂は聞いているぞ」
「小夜子よ」
噂とは新聞の所為だろうと小夜子はややうんざりする。
これまでも必要があって帝都のギルドに行く機会は何度かあったが、纏わりつく視線も煩わしく、小夜子は滞在時間を極力短縮すべくギルドには転移で行き来していた。
しかしその為、突然現れ瞬時に消え去る小夜子はギルド内ではレアな存在とされており、出会えたら幸運が訪れる妖精扱いになっているのは小夜子の預かり知らぬ事だった。
自己紹介も済み、皇弟の対面にフレデリックと小夜子は並んで座った。今日は扉の内側をカリンが守り、皇弟の後ろにはジムが控えていた。
「パズルカ司教から色々と話は聞いた。どうもサヨコとは話が噛み合わないと思っていたが、Sランカーについての数々の誤解もこれを機会に解きたいのだ。そのためにギルドマスターにも来てもらった」
皇弟から話を引き取り、フレデリックが小夜子に説明を始める。
「サヨコ、冒険者がSランク認定されるという事は、その類稀なる能力を国にも宗教にも左右されずに遺憾なく発揮する絶対的権利をその冒険者が持つという事だ。間違っても推挙する国がSランカーを好きに出来るという物ではない。もちろん聖ハイデン教会も不当に冒険者に干渉する事は許されない」
それからのフレデリックの説明は、小夜子がガルダン王国で経験し、見聞きしてきたガルダン王国のSランク冒険者に対する対応を悉く否定するものだった。
「ガルダン王国は思い違いをしている。国内の身分制度は冒険者のランクに優先される物ではない。冒険者ギルドは国際機関であり、その機関に所属する冒険者は生まれや育ちに関係なく、ギルドの国際ルールに絶対的に守られる存在だ。まあ冒険者のランクが低い場合は、その国の身分制度が冒険者ランクよりも優位に立つ事は各国の暗黙の了解ではある。だがAランカー以上の高位冒険者には、国はその活動を支援する事はあっても、干渉し制限をかけるなどあってはならない。これは冒険者ギルドの自由憲章に明記されている。ガルダン王国も知らないはずが無いのだがな」
「昨年ガルダン王国の王都ギルドから自由憲章による警告が発せられたが、それは国としては非常に恥ずべき事だ。国際的にも白い目で見られる所だが、幸か不幸かガルダン王国が交流を持つ国はコルネリア大公国しかなく、世界では孤立している。だから白い目で見られても特に困らないのだろうな」
「・・・そうかもね」
教会でパーシーとパズルカも指摘していた事だが、ギルマスのフレデリックから説明を受け、小夜子はガルダン王国が国際ルールから逸脱する行為を行っていたのだと知った。
「冒険者の身分は低いとガルダン王国では感じたわ。だから貴族にも王族にも利用されて堪るかって思ってたのよ。イーサンは王族からの理不尽や横暴に我慢強く耐えていた。私はそれを見て、Sランカーになるなんて絶対にごめんだって思ったの。良識があると思っていた高位貴族達だって、Sランカーは国の命令は断れないとか言う位だったのよ。でも、ガルダン王国がおかしかったのね」
「ギルドから警告が発せられたのは昨年の秋頃だったか?そろそろギルドの査問官が王国に来ているかもしれないな」
フレデリックが言うには、冒険者ギルド自由憲章にかかる警告が発せられるなど近年無かった非常事態であり、冒険者ギルドはガルダン王国の調査に乗り出したのだそうだ。ギルド本部から査問官が派遣され、Sランカーの現状の聞き取り、警告に対する改善状況の確認等、事細かに調査されるのだそうだ。状況の改善が認められず、もう一度同じ警告が発せられれば、ガルダン王国全土から冒険者ギルドは撤退する事になる。
これはガルダン王国においては死活問題となるだろう。大型魔獣が多いガルダン王国は冒険者が国の警備にも深くかかわっているからだ。王国軍だけでは辺境の魔獣の対応まで手は回らない。そして、ポート町のようにギルドがあるからこそ町や集落の機能、経済が支えられている場合もある。
「サヨコ、お前をSランク冒険者に推挙出来る事は、ヴァンデール帝国にとっての誉れだ。だが推挙したからと言って、その後国がお前に無理を言う事はない。この事は理解してくれたか?」
「それは・・・、まあ」
皇弟が小夜子を私利私欲のために国に縛り付けようとしていたわけでは無い、という事は分かった。
だがそれと、最初に小夜子が皇弟に感じた憤りは別の話だ。
「Sランカーと国の関わりについては分かったわよ。だけど、それと私が帝国の推挙を受けるかどうかは別の話だから!皇弟、あんたの私に対する態度は酷いもんだったわ!冒険者を駒としか見ないガルダン王とさして変わりは無かったわよ!あんな態度を取られて、じゃあ帝国の推挙を受けますなんて思う訳ないだろうが!ばっかじゃないの!!」
今日このタイミングで、小夜子の燻ったまま解消されなかった怒りが皇弟に対して爆発した。
フレデリックは小夜子の皇弟に対する突然の暴言にギョッとしているが、当の皇弟と護衛のジムとカリンは、小夜子の2度目の爆発を冷静に見つめていた。
「うやむやにしようったってそうはいくか!私はあんたに言われた事を忘れてないから!!」
「悪かった」
小夜子がもうひと声と息を吸ったタイミングだった。
応接室がシンと静まり返る。
大きく息を吸い込んだ小夜子の動きも止まった。
「確かにお前の言う通り、最初はお前の事を帝国の利となる為に利用する駒としか考えていなかった。お前は帝国民ではないし、私の守るべき物の中に含まれていなかったからだ。だが、私は間違っていた。お前に助力を請うなら、まずは最初の非礼を詫び、更にお前の信頼を得るために誠意を持ってお前と対話を重ねなければならなかった。これは私の怠慢だ。今ここで、お前への非礼を詫びよう。これまで申し訳なかった」
ジムが思わず制すように、右手を前に差し出した。しかし皇弟の行動を止められなかった。
小夜子の背後ではヒュッと息を飲む音がした。
ヴァンデール帝国の皇弟が、座位のままではあったが冒険者の小夜子に頭を下げていた。
小夜子が前方を見れば、感情を揺らす事が滅多にないジムが目を見開き、皇弟の後頭部を成す術もなく見下ろしていた。小夜子が後方をそっと振り返ってみれば、カリンも似たような物で、目も口も大きく開けて固まったままだ。フレデリックはまるで置物の様に小夜子の隣で微動だにしない。
もう一度、目の前の皇弟に目を戻せば、皇弟はまだ頭を下げ続けている。
「頭上げて」
小夜子が言えば皇弟はゆっくりと頭をあげた。
凍り付いていた室内の空気も、ふっと緩む。
しかし小夜子の次の発言で、室内は再び凍り付くことになる。
「皇弟、私は根に持つ方なの。だから一度嫌いになった人間とはすっぱり縁を切ってそれっきりのパターンが多い。仲直りなんて無理。ガルダン王の顔なんか二度と見たくないわ。向こうがいくら謝ってきてもね。それで今、私、あんたに謝られても嬉しくもなんともないの。私はあんたと繋がりを持って関係を築く気が最初から無かったのね。うっかり関わってしまったけど、さっさとこの国を出ていく気だったし。私、あんたに腹は立てていたけど、謝罪を受ける気も無かったんだって、今はっきり分かったわ」
「・・・これは何とも手厳しい。謝罪を受け入れてはもらえぬか。サヨコ、お前は私に嫌悪を抱いているか?」
「特には?一応頭を下げてもらったし、怒りは消えたかも。今は好きでも嫌いでもないし、何とも思ってない」
小夜子の背後で再びヒュッと息を飲む音がした。
「わかった。帝国に向ける不信は、私個人に対してのみでどうか留めて欲しい。我が国の皇帝陛下は人格に優れた賢王だ。帝国としては冒険者サヨコと友好関係を築ければと考えている。Sランクの推挙の件はこれ以上無理にとは言わない。条約締結に立ち会って貰えるだけで我が国としては有難く思う。サヨコ、お前と契約を結ぶことは叶わなかったが、今回の働きに対して帝都に屋敷と使用人を用意しよう。金には困っていないようだが、他に何か私がお前にしてやれる事は無いだろうか」
ゴウ国への牽制のご褒美として、皇弟からは屋敷と使用人が貰えるようだ。他に願いが何かあるかと聞かれた小夜子は、皇弟にはマンパワーを提供してもらおうと思いついた。
「じゃあ、大型魔獣の解体を引き受けてくれない?」
小夜子もだんだん把握しきれなくなってきた魔獣のストックを、この機会に整理出来れば小夜子としても助かる。帝国の冒険者ギルドやハンターギルドでは大きな解体倉庫などないので、せいぜいワイバーンを1匹単位で引き受けてくれるかといった所だろう。ジャイアントモールなどの大型魔獣は何処に解体を頼めるのかと小夜子としても悩む所で、駄目元で出した解体依頼だ。
「大型とは、どれ程のものだろうか」
「ガルダン王国で仕留めたジャイアントモールで50メートル級と20メートル級が1匹ずつ。7、8メートル位のワイバーンが10匹以上はまだあるかな?あとはヒクイドリが5メートル位のが数羽。あと、大ダコ、大イカ、太刀魚はまだ沢山ある。全部肉は美味いわよ。解体を受けてくれるのなら、足場を作ったり、事前の準備はこちらでするわよ」
「・・・話には聞いていたが、本当にそれほどの質量を魔法で収納しているのか?」
「多分実際見てもらった方が話が早いわね」
「私も見せてもらって良いだろうか」
置物と化していたフレデリックがしばらくぶりに発言する。
「私は構わないけど。全部死んでるから危険は無いわよ。ただ広いスペースが必要ね。死蔵品を全部出すとなると、100メートル四方位?まあ一度に引き受けられる量にも上限があるだろうから、一度見てもらってからどれから手を付けるか相談しましょう」
「分かった。場所と人手はこちらに任せてくれ」
小夜子は無茶を言った自覚はあったのだが、皇弟はなんと大型魔獣の依頼を引き受けてくれるようだ。
「あ、そういえば。マルキアギルドからクロイワヤギは届いた?」
ふと思い出して、小夜子は皇弟に尋ねる。
「・・・2カ月ほど前に、王宮に納品されたが」
「1匹辺りいくらで買い取ったの?」
「状態が良く、何より毛皮が素晴らしかった。1匹につき2000万ゴールドで引き取った」
それはマルキアギルドでも良い稼ぎになっただろう。帝都までの運搬費用も掛かっただろうが、費用を差し引いても損にはならない筈だ。
「まさか、クロイワヤギの出所もサヨコか?」
これには小夜子は答えずに黙秘する。クロイワヤギと黄角に関しては帝国での換金額が非常に高額なので、もうしばらく手元に置いておこうと思う。
「後はね、こんなのもあるんだけど」
小夜子はしばらく存在自体を忘れていた畜光石を1つ取り出す。
サイズとしては野球ボールほどの畜光石を小夜子は掌に乗せた。
更に適当に遮光出来る程の厚みのある黒い布を作り出し、畜光石の上に被せる。
「これは畜光石って言うんだけど、日の下に置いておけば暗闇で蓄えた光を放つのよ。帝国には無い鉱石かしら」
小夜子は掌に乗せた畜光石の上の布を少し捲って見せた。すると黒い布の下で丸いクリーム色の石がほのかに発光していた。
「ガルダン王国では貴族や王族が富の象徴として、畜光石を壁に嵌め込んで屋敷や王城をピカピカに光らせていたわよ。壁に埋め込めば外壁や庭も、反対側の屋内も同時に照らせるの。ガルダン王城は不夜城と呼ばれていて、夜はものすごい数の畜光石で毎晩ライトアップされていたわね」
畜光石を皇弟に手渡せば、皇弟は手の上で黒布を被せたり捲ったりを繰り返している。背後のジムも興味深そうに皇弟の手元を覗き込んでいた。
「太陽光の力で動力、燃料も使わない照明となるのか。これは孤児院や貧困街で使えるな。照明代の節約になる」
「はっ・・、あはははは!!」
皇弟の呟きを聞いた小夜子は、その後爆笑した。
「あははっ!あはっ・・、あー腹痛い」
笑い過ぎて涙が出るのは久しぶりの事だった。小夜子は目尻の涙を拭いながらもまだ笑い続ける。
「ああ、おかしいったらないわ。そうよね!私もそう思うもの!燃料が要らない照明なんて、庶民の生活にこそピッタリじゃないの。それなのに、ガルダン王族や貴族達は光るだけの石を有難がって、この石1個に数百万の値段を付けるのよ?馬鹿みたいよね?!光るからなんだってのよ!あーっはっはっは!」
大笑いを続ける小夜子にあっけに取られ、小夜子が笑い終わるまで皇弟もフレデリックも無言で見守る時間がしばらく続いた。
「あー笑った笑った。初めてあんたと意見が合ったわね。笑わせてもらったからこの畜光石は皇弟に寄付するわ」
小夜子はソファの横に木箱に詰まった200個ほどの畜光石を出した。
「もっと必要なら言ってちょうだい。あと300位はあったかな。貧困街が夜に明るくなれば治安も良くなるわ。孤児院も喜んでくれたらいいわね。遮光布を被せて光量を調節すれば寝室でも使えるわよ」
「あ、ああ。感謝する」
「さて、話は終わりかしら。Sランクについては、やっぱりイマイチ乗り気になれないわ。でも説明してくれてありがとう、フレデリック」
「実力ある冒険者へのサポートだ、喜んでやるさ。サヨコ、ガルダン王国で誤解があったのは不幸だったが、君はSランクに推挙されるべき冒険者だと私は思っている。その武勇でゴウ国とヴァンデール帝国との国交を結ぶ事に成功したんだ。帝国としては大恩ある冒険者をSランクに推挙させて欲しいと願うのは当然の事だと思うぞ。冒険者ギルドはいつでも、どの支部からでも君をSランクに推挙させてもらおう。大陸全土のギルドマスターには通達を出しておく。Sランクの推挙を受ける気になったらどの支部のギルマスでもいい、声を掛けてくれ」
「ありがとう。覚えておくわ」
全くその気の無い小夜子の返事だった。
フレデリックは苦笑いをしながら、皇弟と挨拶を交わし退室していった。
小夜子も退室しようと皇弟を見れば、どこかぼんやりとして小夜子を見つめている。
「何?そんなに畜光石にびっくりした?」
「ああ、驚いたな」
「まあ使い慣れればどうって事ないわよ。ただ光る石だもの」
「そうか。ではありがたく活用させてもらう」
畜光石位で驚いてもらっては困る。
小夜子が在庫整理で放出する大型魔獣は、帝国の人々にとっては未知の化け物達であり、大騒ぎになる事必至であろう。解体までは帝国で請け負ってもらうが、その後の素材や肉については国か商会か、希望者が居れば個別の相談で買い取りに応じようと思う。
「じゃあ、解体の件は頼んだわよ。準備が出来たら連絡ちょうだい」
「わかった」
遠慮なく解体作業の段取りを皇弟に任せ、小夜子も王宮を後にした。
ゴウ国の使節団が帝都にやってくるまで2週間以上はかかるだろう。その待ち時間を有効に使い、小夜子は皇弟指揮の元で収納死蔵品の処分を行う事となった。




