吹けば飛ぶようなオーレイ村 4
「よーし、とりあえず掘削してみればいいかな」
鉱山跡地に辿り着き、鑑定でおおよその当たりを小夜子はつける。垂直に地下へ向けて掘り進めるイメージで、小夜子は土魔法を発動した。すると、ズズズ・・・と地鳴りが小夜子の足元に伝わってくる。しばらくして、目の前の鉱山の岩肌がべコリべコリと陥没していく。鉱山の内部から崩壊して、目の前の山が半分ほどの高さに潰れてしまうと、岩肌の隙間のあちこちから湯気と共に少量の温泉と蒸気が吹き上がっていた。
「うーん。イメージと違ったけど、ばかでかい間欠泉よりは安全よね」
目視で地表に溢れ出る温泉を鑑定する。
温泉の効能は神経痛緩和、冷え性改善、皮膚炎の改善などがあるようだ。真夏でも重ね着している老人達の体質改善に役立つだろう。
その他にも掘削の衝撃で地表に出てきたのか、面白い物が見つかった。小夜子は採取のために遠慮なく鉱山跡地をボッコボコに荒らしてから、集落に向けて石造りの水路を作りつつ、目についた果樹等も適当に引っこ抜きつつ戻る。
「ただいまー」
「おかえりサヨコさん。ばあちゃん達がご飯作ってくれたよ」
集合住宅の裏手から顔を出した小夜子を見つけて、レインが駆け寄ってくる。人が作ってくれるご飯、最高ではないか。
食堂に顔を出すと、サリーを中心に爺婆数人が台所で蠢いている。竈に据え付けの大鍋にいい香りのする具沢山スープが煮込まれている。食堂のテーブルにつくと、サリーが木の深皿にたっぷりのスープを持ってきてくれた。
「口にあえばいいけどね。沢山食べとくれ」
「ありがとう」
スープを見ると、小夜子が渡した食材の他に、刻んだドライトマトや名前が分からないハーブなどが入っている。木の匙でスープを口に運ぶと、ハーブの香りがふわっと広がる。ウインナーと一緒にドライトマトも噛み締めると、トマトの旨味とウインナーの塩味がガツンと来る。
「ううう、うまい!」
「あっはっは。あんたに喜んでもらえて私も嬉しいよ!」
小夜子が思わず唸ると、サリーは大口を開けて笑った。
「これは最高だわ。サリーは天才なの?冷めない内にこのポトフはみんなで食べるべきだわ。レイン、庭にいるトーリや爺婆達も呼んできて!ほら、みんなも一緒に食べましょう」
小夜子は台所にいる爺婆達にも声を掛ける。
「わかった!」
レインがすぐさま外に駆けだしていく。気分の良くなった小夜子はビールに白ワイン、赤ワインと、酒を次から次へとテーブルの上に出す。老人達が不揃いの木の器を持ち寄っているのを見ると、小夜子は思いつくままに木の器各種、カトラリー各種、カップなど、12個ワンセットでテーブルの上に積み重ねていく。
「食器はこれ位で足りる?陶器の方が良かった?」
「ありがたいねえ。お貴族様じゃあるまいし、木の器でいい。種類も十分さ」
肝が据わっているのか、サリーは小夜子が空中から次々出す器類に驚く様子も無く、満足気に頷く。
「ねえ、サリー。他にはどんな食材が欲しい?得意料理は何があるの?」
料理の腕が相当ありそうなサリーに、缶ビール片手に小夜子は聞き取りを続ける。
「そうだねえ。パン窯を作ってもらえたら、小麦粉があれば自分でパンを焼ける。得意料理と言ったら、鉱山の男共には良く肉料理を作ってやったねぇ。エールと一緒に飛ぶように売れたもんさ」
「いいわね!焼き立てパンもがっつり肉料理も最高じゃない!」
人の手料理でテンションが上がった小夜子は、二本目のビールを開けながら、サリーの足元に小麦粉の大袋をドンと二つ出す。パンを作るのに適しているのは強力粉だったか。クズ男がよその女から手作りパンをもらった話を自慢げにしていて、小夜子はレシピを調べた事があった。しょうもない経験でも役に立つものである。
「ああ、随分いい小麦粉だ。ありがとうよ」
そうこうしている内に、トーリや他の爺婆達も外から帰ってきた。小夜子が気ままに出した食器や小麦粉は片付けられ、ポトフにロールパン、小夜子の適当に出した各種の酒、乾き物のつまみで少し早い夕食と言う名の宴会が始まった。
「よし!乾杯するか!うーんと、この限界集落の、取り残された爺婆達が、不死鳥のように蘇り、周りをあっと言わせる、その始まりの輝かしい日に!乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ほろ酔いとへべれけの狭間の小夜子が何を言っているのか、老人達は良く分からなかった。だが、小夜子が楽しそうにしているのが老人達は無性に嬉しかった。
「サヨコさん大丈夫?」
「おお、レイン。沢山食べたー?飲み会久しぶりで楽しいわ。人と飲む酒も良いものね。やっぱり、人里離れて山に住むのはまだ止めておくわ」
「山に行かないのは良かったけど、サヨコさんちょっと飲み過ぎじゃない?」
子供が心配するほどの酔っぱらいと化した小夜子だが、本人はとにかく気分が良かった。不用意に近づいてきたレインに小夜子はキスを迫り、腕の中で必死に両手を突っ張って拒否するレインを見ては大笑いする。爺婆達の好きな料理の話になり、テーブルの上には固まり肉、巨大なチーズなど、食材が大量に出現する。
酔っぱらいの小夜子の周囲にはどんどん物が溢れてきて、しまいにはトーリとレインの2人掛かりで小夜子は手近な一室に運び込まれた。「まだ飲む!」とごねていた小夜子だったが、ベッドの上に座らせられるとコテンと横になった。酔いが一定ラインを越えると、小夜子は眠り始めてしまう質だった。
「良かった・・・」
泥酔した小夜子が暴れ出しては誰も止められない。せっかく建てられた立派な家屋が一日で廃墟と化すことがなく、トーリとレインは胸を撫でおろしたのだった。
そして翌朝。
泥酔して寝落ちした小夜子は、早朝に気分爽快で目覚めた。部屋を見回すと新築住宅の一室に寝かされていた。気分よく酔っぱらって、翌朝は二日酔いが一切なかった。状態異常無効(酩酊除外)の判断は素晴らしかった、と酒飲み小夜子は満足する。
食堂に顔を出すと婆が一人、すでに台所仕事を始めていた。
「サヨちゃん、おはよう」
「マーガレット、おはよう」
婆の一人と小夜子は挨拶を交わす。
昨日はサリーの名前を連呼する小夜子の前に、老人達が入れ替わり立ち替わり自己紹介に訪れた。名前と得意な事を各々紹介しては、小夜子のカップに自分のカップをカツンと合わせてくる爺婆達。小夜子も、自己紹介を受けるたびにカップを飲み干した。そして、べろんべろんに酩酊した小夜子だったが、爺婆達の名前は全員しっかり覚えていた。マーガレットは家事全般をオールラウンドにこなせて、中でも裁縫が大得意。もう一人いる婆はカレンと言って、掃除に情熱を傾ける老婆だ。爺達も力自慢のダン、釣り上手のショーン、採取が得意なニールといった感じでバラエティに富んでいた。
小夜子はマーガレットが作ってくれた干し肉の出汁が効いたトロトロ麦がゆを、ゆっくり味わって食べる。ふらりと食堂に行けば何か出てくるなんて、一言で言って最高でしかない。そうこうしている内に他の爺婆達も起き出して、それぞれ食堂にやってくる。それから小夜子は婆達の要請で、台所の脇に氷室兼倉庫の地下室を作り、昨夜酔っぱらって出しまくった食材を片付けた。
小夜子の構想内では、まだまだこの集落でやり残していることがある。朝も早い内から小夜子は活動を開始した。
小夜子は集合住宅の裏手にまわる。そこには、鉱山から引っ張ってきた石造りの水路が顔を出していた。鉱山下の集落に向けて水路は通されており、高低差は良い感じだ。水路を二股にしてそれから一気に、浴槽とそれを覆う壁、屋根、洗い場を作る。男湯と女湯はもちろん分ける。そして、この別棟の温泉施設と食堂を渡り廊下で繋ぐ。食堂を挟んで、男性棟、女性棟と何となく別れたようだったので、中央の食堂から風呂場に行ければ便利だろう。風呂の排水は井戸の排水と同じく、鉱山から下方へ流れていく近くの川へと繋げる。温度調整できるように、更に川の上流から、温泉の水路を沿うように川水の水路も引いて、温泉の注入口の隣に蛇口を設置する。
小夜子は鉱山へ再び登った。もう最初の原型を留めていない鉱山の、源泉をせき止めている場所にやってくる。小夜子が温泉をせき止めていた岩をどかすと、湯気が立つ温泉が勢いよく水路を下流へと流れていった。
「上手くいくかなー」
小夜子は水路の上部の蓋を閉じながら集落へ向かった。
集落では新たに出現した建物を前に、トーリ、レインと爺婆達が口をポカンと開けている。
「みんな、ここはお風呂になるのよ。食堂から直で行けるようにしたからね」
小夜子が新しい建物に入っていくのを、その場に居た者達も慌てて追った。同じ造りの入口が並んで二つ。片方の引き戸を開け、中の小部屋も過ぎてもう一つの引き戸を開ける。その先は湯気が渦巻いていて中は良く見えなかった。
「あっつぅ!やっぱり水で薄めないと無理か!」
小夜子が湯気の中に飛び込んで、部屋の奥で何やら作業をしている。するとしばらくして湯気がゆっくりと引き、室内全体がほんのりと明るくなった。部屋の中では石造りの大きな浴槽になみなみとお湯が湛えられ、壁についている丸い乳白色の石が柔らかく室内を照らしていた。洗い場は滑らかな板材が敷かれ、爺婆が滑って転ばぬ親切設計となっている。洗い場にはお湯と水が出る蛇口が三つずつ。その前には白木の風呂椅子と風呂桶もそれぞれ設えてある。
「トーリ、これが温泉だよ」
「こ、これが・・・?」
本物の温泉もトーリは見たことは無かったが、このような溢れんばかりのお湯が湛えられた広い浴室など、王族や高位の貴族が持つような贅沢な物ではないかと驚愕した。なぜこのような建築物を、内装、構造も含め、小夜子は知っているのか。そして建築物に限らず食物や日用品まで、思うままに生み出してしまう小夜子の多彩な魔術の数々。トーリは小夜子の底の知れなさに、今更ながら恐ろしくなる。
更には、浴室の壁の上部に等間隔に三つほど嵌められて軟らかい光を放つのは、王城の照明に使われるという畜光石ではないのか。王都の王城は数多の畜光石が取り付けられ、内部はもちろん夜でも昼のように明るく、王城全体は畜光石で一晩中照らし出され、王都で幻想的な威容を誇っているのだと聞く。屋敷の照明に畜光石を一つでも使う事は、貴族にとって一種のステータスとなっている。
そんな事情はつゆ知らず。鉱山跡地から畜光石を発見した小夜子は、手当たり次第に大小様々な畜光石を収納ボックスに仕舞いこんできた。その数は500を下らなかった。
「ほぼ源泉かけ流しよ。贅沢だわー」
青くなるトーリに気付く様子も無く、小夜子は満足げにたっぷりと湛えられた浴槽のお湯の温度を確かめている。
「同じ造りで二つ浴室があるから、男湯と女湯で分けて使ってね。かけ流しだけど、週に一回は浴槽の床を擦って汚れを流してね。洗い場もこまめに掃除して欲しいな」
小夜子はデッキブラシを5本ほど出して、トーリに預ける。
「あの畜光石って便利よね。これから家中に付けて回るわ」
トーリはヒュッと鋭く息を呑む。
貴族の憧れである畜光石を、家中に。
「今夜はゆっくりお風呂に入ろう。後でみんなに使い方を教えるわねー」
小夜子は爺婆達を残し、浴室から居住区に向かった。
トーリ以外の爺婆は初めて見る浴室を興味深そうにきょろきょろと眺めている。
残されたトーリはため息一つつくと気合を入れなおし、浴室で無邪気に喜んでいるショーンとニールにデッキブラシを押し付ける。
畜光石位なんだというのだ。この浴室の設備と集合住宅自体が多分、畜光石を上回るほどの価値があるだろう。城塞都市グレーデンの領主の城や城塞都市の行政施設と比較しても、オーレイ村に小夜子が作った建築物は斬新で洗練された造りの建物だった。
このオーレイ村は、既に国から忘れ去られた辺境の寂れた村だ。外部の人間がやって来たのも、小夜子の訪れが2年ぶりの出来事だった。貧困の底辺の年寄達がこんな身の丈に合わない豪勢な家に暮らしているなど、まさか誰も思うまい。
トーリはそう自分に言い聞かせ、小夜子が次から次へと家屋に改造を施していくのを静かに見守っていた。