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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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帝都ゴールドブリッジ 3

 それから3日後。

 小夜子はカリン、デイジーと待ち合わせをして帝都の軍港にやってきていた。帝都の軍港は大型船の受け入れの可能な港となっていて、様々な規模、形の船が頻繁に出入りしている。他国の船が入れるのはこの帝都の軍港しかない。軍港とは言え、一般国民の出入りの規制はされておらず、船を眺めているだけでも面白いが、外国船から運び込まれる輸入品と外国人が提供する異国料理も人気の港となっていた。

「カレーの匂いがする!」

 磯の香りに混じって、小夜子の鼻がそのスパイシーな香りを確かに捉えた。

 カリンとデイジーを引っ張って突き止めた先は、カレーを提供する飲食店だった。二種類のカレーと一緒にナンか米を選ぶことができ、小夜子はエビとチキンのカレーにナンのセットにする。この世界に来て初めてのカレーに小夜子は舌鼓を打つ。コンテナハウスにレトルトカレーは常備されているのだが、それはそれ、これはこれ。調理人が店で出す料理は別物なのだ。

 前世のインドカレーを思い出しながら、その店の異国情緒溢れる佇まいと、店の店員の醸し出す雰囲気も楽しむ。色白長身、淡い配色の帝国民とは明らかに違う人種で、このカレーが国民食の国もあるのかと、見たことも無い異国に思いを馳せる小夜子だった。

 腹ごしらえも済んで、今日は小夜子に付き合う約束をしているカリンとデイジーは、地図を求めて軍港施設に小夜子を案内した。

 軍港施設の中には図書館があり、帝国民の身分証を提示すれば有料で書籍を借りる事も出来る。1階と2階は雑多な書籍や新聞が置かれており、一般国民の姿もちらほら見られた。その3階部分は専門書となっていた。戸棚には鍵が掛けられており、司書に鍵を開けてもらい世界の地理など全く詳しくない女子3人で角突き合わせて世界地図を囲んでみる。

 世界地図上には三つの大陸があり、ガルダン王国、ヴァンデール帝国、コルネリア大公国がある大陸は、地図の右端にあった。ヴァンデール帝国の帝都付近には隣の大陸がくっつきそうな程近くに存在している。しかし、地図で見れば近いと言うだけで、軍港から海を眺めても隣の大陸が見える事は無い。

このヴァンデール帝国と隣の大陸の間に帝国の領土の小さな島がある。

 小さな島とは言え、この島には大きな価値がある。島の近くの海底からは石油が見つかり、この島自体からは質の良い鉄鉱石が取れる事が分かったのだ。

 皇弟はヴァンデール帝国の帝都近くの港街からこの小さな島へと橋を繋ぎたいと考えている。天候に左右されずに本国と島を行き来できれば、質の良い鉄鉱石を国内に安定供給できるからだ。海底油田の開発もそれに付随して進める事ができるだろう。

 そして、ヴァンデール帝国に近接している大陸だが、帝国と向き合って「ゴウ国」という大国がある。この国は独特な言葉を操るという事で、この国の言葉を見せてもらえば思い切り漢字だった。日本寄りか中国寄りか考えてみたが、片仮名は確認できたが平仮名は確認できず。どちらかは分からなかった。食文化も独特らしく、いつかこの国の料理を食べてみたいと小夜子は思った。  

「隣の大陸に渡る気は、今の所無いかな」

「それがいいわよー。サヨコちゃん、ずっと帝都に居てね」

 小夜子であれば一瞬で帰りは戻れるが、往路を自力で飛び続けて海を渡るのは自分の方向感覚に自信が無い。周囲が見渡す限りの海の中、目指す大陸に向かって飛び続けられるスキルは残念ながら小夜子にはなかった。なのでまずはこの大陸でやれる事を全てやってしまう事とする。

 そもそも小夜子はインドア派なのだ。自分の便利な魔法があるからこそ、目的もあり定住せず旅しているのだが、本当であれば居心地の良い家を手に入れて一所に引き籠っていたい。

 この世界に来て1年以上が経つ。もう少しで運のランクもSに到達しそうだ。小夜子の旅もあと少しで終える事が出来るかもしれない。終わると思いたい。

「早く自分の家を持ちたい」

「サヨコちゃん、いい不動産屋を紹介するわよー」

 小夜子の脈絡もない独り言にカリンはいちいち合いの手を打つ。

 カリンはサヨコを帝都に留めたいようだが、皇弟の相手をさせる考えはいい加減捨ててもらいたい。

「サヨコさん、この大陸同士をつなぐ巨大な橋とか、実現可能だと思いますか?」

 この地図の縮尺がどの程度なのか分からないが、明石大橋とか、青森の青函トンネルとかあったなと、小夜子は気軽に写真を薄い冊子にしてデイジーに見せる。

「これは!海底トンネルですか?!わあああ!」

 これでデイジーはしばらく思考の海に沈んでしまうだろう。

 ちなみに小夜子の技術干渉に難色を示した皇弟だったが、デイジーに関しては研究意欲に火が着く事が分かっているので小夜子との接触は許可が出ているそうだ。

 色々総合的に判断し、隣の大陸に行く前にコルネリアに行ってみるべきだなと小夜子は結論を出した。

 小夜子達は図書館を出て、港の雑踏に戻った。

 港の雰囲気も堪能し、世界地図も確認した。

 後は土産物屋などを冷やかしながら帰ろうか、という時だった。

 人の波からどよめきが上がった。女性の悲鳴も聞こえたが、多くは何だ、どうした、という疑問の声が多数。

 カリンはすぐに反応し、デイジーを庇う構えを見せるが、騒ぎの原因が分からない。

「船が転覆したぞ!」

 その声が上がると、緊張が走った港には一気に安堵の空気が流れた。

 港の波止場には人垣が出来ていて、浮き輪を持って走り寄る者も居る。

「小舟が転覆したみたい」

「たまにあるんです」

 軍港に停船している船は、古めかしい大型帆船もあれば煙突が船体から数本立ち上がっている蒸気船もある。しかし、小夜子の前世の大型船ほどに機能は進化しておらず、波止場に横付けした船はロープで船の荷を下ろす。波止場に横付けするスペースが無ければ、少し沖合いに停船し、小舟で荷物を運搬する場合も多々あるのだそうだ。

 小舟と言っても幅は3メートル。長さは10メートル以上のしっかりとした造りで、簡単に転覆するようなものではない。それでも年に数回は港での船の転覆事故があり、港に出入りする船の船員達も慣れた物で、こういった場合は迅速に救命活動が行われる。

 波止場の人垣は既に無くなっており、人々の興味は他に移っている。

 小夜子が海面を見れば、海に投げ出された男達が投げ込まれた浮き輪にしがみ付いて救助を待っている所だった。

 帰り足で遭遇した転覆事故の救助活動を、何となく小夜子達3人は見守っていた。

 それはあまりにも静かで、最初は何が起きているのか分からなかった。

 海面に浮かんでいる3人の男の内、1人が浮き輪から手を放し、静かに海に沈んだ。そのあと時間をおかずに、更にもう1人が浮き輪から手を放し、僅かな水音を立てて海に沈んだ。

「ぎゃ・・・!ぎゃああああ!」

 3人目の男は悲鳴を上げながらしばらく海面で暴れたが、その男に巨大な白い触腕が絡みついた。男は触腕に巻き付かれたまま海に引きずり込まれていった。

「うっ・・うわあああ!」

「きゃあああ!」

 それを目撃した人々から悲鳴が上がり、逃げようとする者、騒ぎを見定めようと波止場に向かう者が入り乱れ、あっという間に現場はパニック状態となった。

 小夜子は人混みの中から宙へ舞い上がった。

 人々が小夜子を見上げて叫び、更に騒ぎは大きくなる。

 小夜子は男達が引きずり込まれた海中に躊躇いもせず飛び込んでいった。

 海中に飛び込む前に、小夜子は体周りに結界を張った。するとうまい具合に海中では空気の層もそのままに結界の維持が出来た。

 海中に引きずり込まれた男達を探すと、小夜子の足元に泡を吐き出しながら藻掻く男がいた。男はがっちりと触腕に巻き付かれてどんどん深海へと沈んでいく。先に引きずり込まれた2人も、2本の触腕に絡めとられたままどんどんと下方に沈んでいっている。

 小夜子は水魔法で推進力を得て、猛烈な速さで男達を追った。

 男達を引きずり込んだのは、前世でもテレビなどで見たことがあるダイオウイカだった。小夜子はダイオウイカの胴体をガッチリと掴み、今度は抗うダイオウイカを押さえながら物凄い勢いで海面へと浮上する。

 暗い海中から一気に海上へと小夜子は飛び出した。ダイオウイカの触腕全てが海上に現れるまで小夜子は上昇を続ける。

 触腕は小夜子自身にも絡みついてくるが、構わずに男達を確認する。2人は咳き込みながら海水を吐いているが、一人は触腕に巻き付かれたままぐったりとしている。

「ちょっと!男達を落とすわよ!場所をあけなさい!」

 小夜子が怒鳴ると集まっていた野次馬達は、小夜子の声に従う者、小夜子を見ようと近づく者様々で動きがバラバラだ。

 小夜子はもう下の状況に構わずダイオウイカの触腕を切り落とし、男達を波止場の上に落下させた。ダイオウイカの触腕の下敷きになる者も居たが、命に関わる事はないだろう。

「1人は息をしていない!早く水を吐かせて!」

 小夜子の指示に各船の船員達が人命救助に当たり始めた。ぐったりしていた男も水を吐き出して咳き込んでいるので、後は大丈夫だろう。

 小夜子が男に気を取られていると、辺り一面が生臭くなった。

「うわ!墨吐いた!」

 小夜子が抱えていたダイオウイカが墨を突然大量に吐き出した。小夜子の真下にいた人々がイカ墨の被害に遭ってしまい、小夜子は取り急ぎ波止場の上から海上へと移動する。

 最後の抵抗とばかりにギュウギュウと触腕で小夜子を締め付けていたダイオウイカには電撃を食らわせると大人しくなった。

 ダイオウイカは美味しいのだろうか。前世のダイオウイカの身は臭くてまずいと聞いた事があった。小夜子がダイオウイカを鑑定すると、ダイオウイカの肉は美味という鑑定が出た。小夜子はダイオウイカをいそいそと収納ボックスにしまう。

 ダイオウイカは帝国に来てから初めて遭遇した大型生物だった。

 前世のダイオウイカは長い触腕を入れて13、4メートル級がざらにいるとテレビでやっていた。小夜子が今倒したものはサイズ的に触腕を入れて20メートル以上はあるだろうか。学校の25メートルプール位あるような気がする。

「サヨコちゃん!大丈夫?!」

 波止場の上でカリンが叫んでいる。

「大丈夫!でももうちょっと待ってて!」

 小夜子がカリンに答えると同時に、数本の太い触腕が海の中から現れ小夜子にぐるぐると巻き付いた。その触腕は瞬く間に小夜子を海中に引きずり込んだ。

 索敵アイコンは真っ赤な攻撃色が表示されていた。

 やはり対魔獣戦は加減をせずとも良いので、小夜子としては気が楽だ。

 鑑定をすると、ホオズキダイオウイカと出てきた。先ほどのダイオウイカより触腕は短めだが胴体が大きい。幸いホオズキダイオウイカも肉は美味と鑑定に出て来たので、小夜子は獲物を抱き上げて空中に飛び上がる。

 空中でバリバリと放電すれば、ホオズキダイオウイカも動きが止まったので、すかさず収納ボックスにしまった。

 イカ騒動は収まったかと辺りを見回すと、ホオズキダイオウイカに煽られたのか、大型船は小舟に乗りあがっており、小舟同士も折り重なっていたり転覆したりしていた。

 ついでなので、小夜子は船をひっくり返し、乗りあがっている船を元の位置に戻し、後片付けをしてカリンとデイジーの元へ戻った。

「サ、サヨコさん。お怪我は?」

「ああ、ないない。かすり傷1つないわ。2人は大丈夫だった?」

「私達も大丈夫。サヨコちゃん、すごい注目集めてるわよ」

「あ、ダイオウイカって珍しかった?標準より大きかったしね」

「あ、うん。イカも珍しかったんだけど」

「今回は単純な人命救助じゃない?治癒魔法も修復魔法も使ってないから問題ないわよね」

 結界を張ってはいたが海水を被り巨大イカに抱き着いたので、気分的に小夜子は自分とカリン、デイジーに清浄魔法をかける。

 イカに襲われた男達は仲間の船員に抱えられて治療を受けに移動したとの事だった。大きな被害が出る前にイカを捕獲できたし、一件落着だ。

「じゃ、帰ろうか」

「あの!お待ちください!」

 今度こそ帰路につこうとした小夜子達を呼び止める者が居た。

「この度は我が船の船員達の命をお救いいただき、ありがとうございました。是非ともお礼をさせていただきたい。どうか、船までお越しいただけませんか」

 光沢のある濃紫の長衣に白いパンツを合わせた男は、服装も見た目も明らかに帝国民とは異なっていた。長い黒髪を後ろに一つに束ね、黒い切れ長の瞳は涼やかないい男だった。小夜子が一言で言うと中華風、となる。中華風と言えば、小夜子の頭には先ほど図書館で調べた他大陸の国が浮かんできた。

 自分と同じアジア系の顔立ちは懐かしくもあったが、うっかり皇弟と知り合ってしまう小夜子なのだ。これ以上迂闊な事をして面倒事に首を突っ込む事は避けたい。

「気にしないで。困った時はお互い様よ」

 小夜子はカリンとデイジーの腕を掴むと、瞬時に港からスチュアート家の中庭に飛んだ。

「お帰りなさいませ、サヨコ様」

「ただいまー」

 たまたま居合わせた庭師が小夜子に笑顔で挨拶をする。

 小夜子の気ままな生活にスチュアート家は嫌な顔一つせず対応してくれる。突然転移で中庭に帰還する小夜子にも使用人達は慣れたものだった。

 伺いも立てずに突如スチュアート家の中庭に侵入する事になったカリンとデイジーは、真っ青になりながらジェイムズに挨拶し、スチュアート家の車で自宅まで送られていく事になった。


 

 さて、帝都でやり残した事はもうない。

 もうそろそろ、次の場所へ。次はコルネリア大公国へ行くと小夜子は決めた。

 しかし、帝都を発つ話題になると、小夜子を引き留めてくるのがジェイムズの娘のエリザベスだった。

「サヨコ、ずっとここに居たらいいじゃない!お願いよ!」

「うーん」

 サロンでお茶を飲んでいる小夜子にエリザベスがピッタリ張り付いて離れない。

 エリザベスは小夜子より頭1つ分大きいが、13歳だ。顔立ちも体形もすっかり大人の女性と変わりないエリザベスは、服装も成人女性と変わりなく、黙っていれば美しい妙齢の貴族女性に見えるのだが。

「お願い!」

 大きいエリザベスに涙目で懇願されると、小夜子もNOと言い辛い。シンシアと言い、エリザベスと言い、体がいくら小夜子より大きかろうが中身は可愛らしい子供なのだった。

 小夜子の真横で跪いているエリザベスの頭を思わず撫でていると、向かいに座るジェイムズと妻のロレーヌが笑いを零す。

「サヨコ、うちの子供達が無理を言って済まないな」

「ベティはお姉様が欲しいと昔から言っていたものねえ」

 美男美女のスチュアート夫妻は、小夜子にずっとじゃれついているエリザベスに相好を崩している。しかし姉が欲しいだけでエリザベスは小夜子に纏わりついている訳ではない。

「まだデザイン画が足りないわ!サヨコがいる内に小柄な女性のためのブランドを立ち上げる目処を付けたいの!」

 エリザベスの目的がこれだった。

 ヴァンデール帝国民は男性も女性も長身で体格も良く、淡い色の肌と髪を持つ者が殆どだ。たまに髪の色が濃い者や体格が小柄な者も生まれるが、それは他民族の血が先祖に入っている為の先祖返りだと言われている。ちなみに帝国で小柄と評される身長は、ガルダン王国では標準の範囲のサイズである。 

 エリザベスの祖母はその先祖返りと言われている小柄な女性であった。エリザベスの祖母とはライアンの妻である。

 エリザベスは全てのパーツが小さく可愛らしく、妖精のような佇まいの祖母が大好きだった。だが可愛らしい祖母がエリザベスの容姿を褒める時、時々ではあったが少しだけ悲しそうな顔で微笑む時があった。その当時は分からなかったが、祖母は年相応の大人の女性らしいドレスを身に付けたかったのではないかと思い至るようになった。

 そのきっかけはエリザベスの友人である小柄な1人の少女だった。

 8歳も過ぎれば帝国民はグンと身長が伸びてくるのだが、その友人はいつまでも可愛い子供の背丈のままだった。今では友人達と頭1つ分以上身長の差も開き、大人びたドレスに身を包んだ少女たちの中で、その小さな友人は自分のドレスの幼いデザインを恥じ、いつも俯いているのだ。

 小柄=幼く可愛い、といった固定観念がなかなか帝国では変わる事が無く、妙齢の女性のドレスであってもフリルがたっぷりとあしらわれ可愛らしくなってしまう。

 どうにかならないものかと、友人の悩みに心を痛めていたエリザベスは小夜子が持ち込んだドレスに衝撃を受けた。

 小夜子がガルダン王国でジェーンから餞別にもらったドレスは、深緑のスッキリとしたホルターネックのドレスで、上半身はタイトに体に沿い、ウエストの切り返しから下は細かなプリーツで、歩く度に美しい動きを見せる。スカートの長さは小夜子の靴のつま先が少し見えるかという程よい長さ。小柄な女性用のドレスによくある寸足らず、踝が丸見えと言った事も無い。

 デコルテを隠すが両肩を出すホルターネックは、華奢な骨格の小夜子であればこそ美しさを際立たせられるデザインだった。そしてそれは小夜子だけではなく、華奢で小柄な女性全てに良く映えるデザインなのではないだろうか。

 エリザベスは小柄な女性の為の美しいドレスにすっかり魅せられてしまったのだった。

「借りていたホルターネックのドレスはパターンを取らせてもらったわ。でも、ちょっとした礼服とか普段着のラインとか、もっと品数を増やしたいの」

 エリザベスが想定しているのは、オーダーメイドも受注する女性服専門店だ。客層は富裕層の庶民から高位貴族までを想定している。下位貴族から富裕層の庶民向けに既製品も店舗に並べる予定で、靴やバックといった小物も一回り小さい物を取り扱いたいとエリザベスの夢も膨らむ。

「はい」

 小夜子はエリザベスにおもむろに2冊の本を差し出した。

 1冊は前世の日本人女性の標準体型のモデル達によるドレスのカタログだった。そしてもう1冊は良く前世の母が利用していた女性服の通販カタログだ。庶民の礼服、普段着のラインの参考になるだろう。

「サヨコ、凄いわ!」

 エリザベスはすぐにカタログに夢中になった。一瞬で橋の写真集に夢中になったデイジーと熱量には大差ない。

「あとはその写真を参考にデザインを起こして頑張って」

「ありがとう!」

 小夜子がエリザベスから解放されると、今度はサロンに1人の若者が入ってきた。

 スチュアート家嫡男で、ライアンから商会の徽章を受け継いだパーシー・スチュアートだった。ジェイムズの2人の子供の内のもう1人である。エリザベスもパーシーも波打つ見事な金髪で、エリザベスは父譲りのサファイヤ、パーシーは祖父譲りのエメラルドの瞳を持つ美しい兄妹だった。

「サヨコ、出国は特許が降りるまで待ってもらいたいな。商会と正式に契約を結んで欲しいんだ」 

 パーシーが言う特許とは、ライアンが旅の途中に騒いでいた保温ポットの物だ。一度沸かしたお湯を朝から晩まで熱いまま保てるポットは画期的な物で、旅の必需品としても庶民の生活用品としても絶対に大きく当たるだろうとパーシーも現会長のジェイムズも見込んでいる。

 スチュアート商会は貴族街の一等地に本店を構えているが、商業地区に庶民層向けの店舗も構えており、富裕層から中流家庭向けの商品も取り扱っている。保温ポットは使用に動力が必要ない所が特に良いらしい。電池といった消耗品の補充の必要が無く壊れるまでずっと使える。お湯を沸かす燃料の節約にもなる。まさに庶民向けの良品だった。

 構造の解明と生産ラインの構築に関しては、現品のポットをパーシーに渡して丸投げしている。商会の開発部が作り出した保温ポットは、最長で5時間保温できるらしい。小夜子の保温ポットの12時間保温を目指して、開発部は日夜研究を重ねているのだそうだ。

「商魂たくましい子供達で、スチュアート商会も安泰ね」

「ははは、子供達以外にも有能な商会員達が店を切り盛りしてくれているんだ。早い所代替わりをして楽をさせて欲しいな」

 そう言って笑うジェイムズはまだまだ働き盛りだ。帝都1番の大店であるスチュアート商会は更に大きくなっていくのかもしれない。

「保温ポットの特許がおりるのは、4日後くらいかな。それまで他に何か売り出せる物が無いか相談させてよ、サヨコ」

 パーシーは天使のような笑顔で、結構遠慮なく小夜子にあれこれ頼みごとをしてくる。それでも小夜子に不快感を与えないのは、パーシーの憎めない人柄によるものだろう。性格は父のジェイムズより祖父のライアンに似ているかもしれない。

 パーシーはエリザベスより3歳年上の16歳で、この年で大人の商会員達と普通に会議をし、特許局とやり取りをする。

「後でコンテナハウスをもう一度見せてくれない?」

「いいわよ」

 コンテナハウスの設備備品は、全て小夜子が日本に居た頃に慣れ親しんでいた物だ。小夜子にはありふれた物なのだが、パーシーにとっては宝の山なのだそうだ。

 商会で開発製造出来そうな辺りは特許申請して、将来的に商会での売り上げの5%を小夜子に支払うとパーシーは言う。小夜子のアイデアではないので取り分は辞退しようとしたが、貴族令息というよりも商人気質の強いパーシーは「誰のアイデアだろうが商品化した者、商品化に貢献した者に利益が入るべき」という考えだ。

 パーシーは小夜子の取り分の辞退を頑として受け入れず、ジェイムズは小夜子案件を息子に一任しているらしく笑顔で見守るだけだった。


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