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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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帝都ゴールドブリッジ 1

 バギーを飛ばす事2週間ほど。

 小夜子達は、帝都の城壁が見える所までやってきていた。

 城壁は近づくにつれ、見上げる程にどんどん高さを増していく。

 小夜子達は帝都の東門に辿り着いた。帝都には東門の他、南門、北門の3つの門があり、西部は城壁がマキア山脈へ繋がっており、マキア山脈は北部から西部、南部にかけて帝都を抱いて天然の城壁となっている。マキア山脈の向こうは人の住める平地も無く、広大な海が広がっている。この山脈と都の配置はガルダン王国王都と非常に似ている。城壁を北に辿れば海に辿り着き、城壁内に大きな軍港が内包されているのだと言う。

 デイジー達の同行者という事で検問は難なく通過し、小夜子は帝都ゴールドブリッジへと入った。

 帝都の造りは最西端を始点に扇状に広がる形になっており、城壁門を潜ってすぐに一般国民の居住地、その奥が商業区、工業区、職人街となっている。更に西部に進めば下位貴族から始まる貴族街となり、西部に進むほど高位貴族の住む区域となり、最西部の高台に王宮が構えられ、その手前には帝都聖ハイデン教会、行政区、軍部が帯状に施設を構えている。

 領土は広大だが山地が多い帝国らしい、土地を最大限に有効活用した形となっているのだ。

 小夜子はジムの案内に従って、工業区へとバギーを走らせている。スリッケルで作らせた資材だが、他の工事に流用するために一度国管理の倉庫へ戻す事になったのだ。

 着いた先は学校の体育館のような天井の高い、広大な倉庫だった。資材の運搬の為、倉庫の中を作業員が運転する小型の運搬車が行き来している。その中の指示された一画に小夜子はどんどんとブロックを積み上げていく。作業はあっという間に終わってしまった。

 これでデイジー達と約束した仕事も全て終了だ。

「サヨコ、ダムの修繕工事についてまだ話がある」

 しかし別れる間際、ジムがこんな事を小夜子に言いだした。

「ベルトレイクダムの修繕は、来年度最大の国家事業となる予定だった。本格的な資材等の準備には取り掛かっていなかったが、それが急遽に取りやめになった事で代替案が必要になるだろう。サヨコは大災害を未然に防いだ恩人だと当然考えているが、後で当時の状況を聞かせてもらう事になるかもしれない。しばらく帝都に居てくれないだろうか」

 こうも冷静に請われると、小夜子も突っぱねにくくなる。

「どれくらい待てばいいの。帝都に寄る予定はもともとなかったのよね。また石像の探索を続けないといけないし」

「1週間以内には連絡する」

 その位ならと小夜子はジムの頼みを了承した。小夜子の滞在先については冒険者ギルドに連絡を入れる事にして、デイジー達とはここで別れる事となった。


 ベルトレイクから帝都に向かう街道では、女神の石像は1つも見つけられなかった。帝都でも見つけられないだろうと思っていたのだが、意外と帝都の街並みは古い建物や古い路が残っている。ヴァンデール帝国の成り立ちよりも前に、今の帝都の場所には古都があり、その当時から残る築数百年という建物も現存しているのだそうだ。帝都の中心は区画整理され建物も道路も新しく作り直されているが、帝都の外れは古い街並みのまま残されている箇所も多いとの事。

 小夜子は考えを改めて、帝都でも石像探しをする事にした。

 帝都に行くなら必ず商会を訪ねる様にとライアンに何度か言われていた事もあり、小夜子は帝都の情報も仕入れるべく、まず最初にスチュアート商会へと向かった。

 スチュアート商会はスチュアート侯爵家が営む帝国最大の商会で、帝都の大通りの一等地に本店を構えていた。ショーウィンドウには富裕層向けの品々が陳列されており、商品の種類も多岐にわたり日本でいえば百貨店といった様相だ。

 店のドアを潜るとドアベルが涼やかに鳴り、すぐさま店員が小夜子に近づいてくる。

 小夜子はいつも通りの黒づくめのラフな普段着で店の客層とは雰囲気も異なっていただろうが、品の良い制服に身を包んだ女性店員は小夜子に感じよく声を掛けて来た。

「いらっしゃいませ。お客様、何かお探しでしょうか?」

「マルキアから来た冒険者の小夜子よ。ライアンに帝都に来たら絶対に商会に寄るように言われていたの。ライアンの息子が今の商会長よね?あ、あとこれを預かってたんだわ。今の商会長に渡してって」

 小夜子は収納ボックスからおもむろにライアンからの預かり物を出した。

 小夜子の掌には、白金に繊細なつるバラがぐるりと彫金され、その中央にはライアンの瞳と同じ色のエメラルドが収まっている円形の美しいバッチが転がった。

 それを認めた女性店員の笑みが無言で深まった。

 小夜子はすぐさま個室へと通され、しばらく待っているとノックと共に40歳前後であろうかという、身なりの良い壮年の男が入室してきた。面差しはライアンによく似た美丈夫だった。

「待たせて済まない。君は父を、ライアン・スチュアートをコルネリアまで送り届けてくれた冒険者のサヨコで間違いないだろうか」

「そうよ。あなたがライアンの息子の現商会長かしら。これ、ライアンから預かってきたの」

 小夜子が男にバッチを掌に載せて見せると、男はバッチを確認し、小夜子の手の上からそっと受け取った。

「確かにこれは父の徽章だ。これは私の息子に譲ると父が息子と約束していた様でね。無事に届けてもらい、感謝する。私はジェイムズ・スチュアートだ。よろしく」

「こちらこそよろしく」

 差し出された手に応えて小夜子はジェイムズと握手を交わす。

 ジェイムズは商会長でもあり、スチュアート侯爵家現当主でもある筈だ。庶民で冒険者の小夜子に握手を求める気さくな人柄は父譲りのようだ。

 三つ揃えの濃紺のスーツを着こなしているジェイムズの左胸には、ライアンから預かったものと同じ意匠のバッチが輝いている。ただし、つるバラが抱く宝石は大粒のサファイヤで、ジェイムズの瞳と同じく青い輝きを放っている。

「ライアンとは春先にコルネリアの国境で別れたの。そのバッチ、届けるのが遅くなって悪かったわね」

「それは構わない。コルネリアの父から長い手紙が届いてね、父から色々と君の事は聞いている。君がこの国に来た目的も。いつか旅の途中で寄る筈だと書いてあったから、君が来てくれるのを楽しみに待っていたよ」

「ライアンたら、いったいどんな事を書いてくれたんだか」

 小夜子の様子からライアンと小夜子の関係性が伺えて、ジェイムズの口元にも笑みが浮かぶ。

「この徽章もだが、黄角の件も改めて礼を言う。父が最後の旅を成し遂げられたのはサヨコ、君のお陰だ」

「良い取引をさせてもらったし、ライアンと知り合えて私も楽しかったわ。ライアン、物凄く元気になっちゃったのよ。最後の旅なんて言ってたけど、今度はコルネリアから帝都まで戻って来るかもよ?」

「ははは!今生の別れを家族とも商会の者達とも済ませたというのに。父はまだまだ聖ハイデンの御許には行けそうにないな」

 それからもジェイムズは小夜子とライアン達の旅の様子を楽し気に聞き、ライアンと別れてからの小夜子の旅の話についても興味深そうに耳を傾けた。

「そうか、それではサヨコはしばらく帝都にいる予定なのだな。なら是非我が家に滞在して欲しい。先方にはこちらから連絡をしておこう」

 ジムからの連絡を待たねばならない小夜子だったが、デイジーの所属部門名をうろ覚えながら伝えればジェイムズは1つ頷き、ギルドを通さずに直接スチュアート家がジム達と連絡のやり取りしてくれる事になった。

 更に帝都の案内にジェイムズが商会から人を出してくれることになり、小夜子は効率よく帝都の探索をすることが出来た。結果、帝都では5日かけて6体の石像を見つけることが出来たのだった。これは思わぬ収穫だった。

 帝都探索の合間に帝都の冒険者ギルドにも顔を出したが、小夜子への連絡は特に入っていなかった。オーレイ村もポート町も便りが無いのが無事な証拠だ。何事もなく冬越えをし、また春から夏に季節は移り、それぞれの仕事に住民達は精を出している事だろう。

 帝国の冒険者ギルドはガルダン王国とは大きな違いがあり、冒険者稼業と言うよりは警備の派遣業、採集業、配送業と、分業化が進んでいる。冒険者ギルドは国の機関ではなく、教会と同じように世界に跨って展開する国際組織である。帝国の冒険者ギルドも他国と足並みをそろえて「冒険者」の名称を残しているが、冒険者ギルドから野生動物の狩り専門のハンターギルドが既に独立していたりと、実態に応じて体制が変化している途中のようだ。

 小夜子が得意とするのは対魔獣戦であり、魔獣を討伐し素材をギルド卸す事でガルダン王国ではランクアップしてきたのだが、大型魔獣もいない帝国では小夜子が冒険者ギルドで活躍する機会もなさそうだった。

 活動資金は潤沢にあるし、今はスチュアート家の好意に甘えて居候をしており生活費もかからない。小夜子は自分あての連絡の有無を確認してからは、帝都の冒険者ギルドに足を向けることはなかった。

 石像の探索も終わりやる事の無くなった小夜子は、ジムからの呼び出しがあるまでスチュアート家で上げ膳据え膳、食っちゃ寝生活を満喫する事にしたのだった。



 毎朝ゆっくりと目覚めて、決まった予定もなく今日は何をしようかと朝食を食べながらのんびりと考える。

 家事の一切をせずとも食事が出てきて、頼めば衣服の洗濯をしてくれて、部屋も常に整理清掃されていて。準備せずとも綺麗な風呂に入れて、綺麗な寝具で寝られるなんて、これ以上の怠惰で贅沢で幸せな日々などあるだろうか、いや無い。

 非常に親切で小夜子に好意的なジェイムズの家族とスチュアート家の使用人達にチヤホヤと世話を焼かれ、快適過ぎる生活を送っていた小夜子だったが、やっとジムからの連絡が入った。

 ジムは1週間以内に連絡をすると言っていたが、小夜子への呼び出しがかかったのは帝都に来てなんと2週間も過ぎた頃だった。スチュアート家の居心地が良すぎて、帝都に来て2週間も経っていたことに驚く小夜子だった。

 呼び出された先はデイジーが所属している帝国国防整備部門だった。

 小夜子が出掛けるにあたり、スチュアート家は車を出してくれ、なんなら衣装もと申し出があったがそれは断った。

 数週間一緒に行動したジム達を相手に着飾る必要もないだろう。

 小夜子は黒塗りの立派な車に着の身着のまま乗り込み、指定された日に気楽に外出したのだった。

 貴族街を過ぎ、行政区、軍関連の施設も通り過ぎ、一度橋を渡された堀を通過し、王城の敷地内に車は進む。暫く林の中を道なりに進むと、もう一度堀に渡された橋を通過し、とうとう王城内の建物群が見えてきた。

 スチュアート家の車は通行が許される限界まで車を進めてくれたようで、衛兵に止められた場所で小夜子は車を降りた。

 小夜子の帰りを待つと言い張る運転手としばし押し問答があったが、転移によりスチュアート家に一瞬で戻れる小夜子は運転手にどうにか帰ってもらった。

 それから小夜子は衛兵の案内に従い、絢爛豪華な宮廷の内部へと足を踏み入れた。外装は古めかしいゴシック建築だったが、内部は明るく改装がされており、近代的な手入れもされている。

 小夜子は衛兵の案内に従い、内部へとどんどん進んでいく。箱形の建物の中は思った以上に入り組んでおり、小夜子1人で元の入口に戻るのはもう無理だろうと思い始めた頃、廊下の向こうにやっと見知った顔を見つけた。

 廊下の突き当りではデイジーが小夜子に笑顔で手を振っている。その隣にはカリンもいる。ジムは普段通りの無表情だ。

 デイジーは見慣れた濃紺のスーツ姿だったが、ジムとカリンは揃いの黒い詰襟のジャケットを身に付けている。2人は更に揃いで黒いパンツに膝丈の細身のブーツを合わせていて、ジムの左肩から胸には金糸の飾緒が掛けられている。そして2人の腰には、旅の間ではあまり見る事の無かったホルスターと銃が装着されていた。

「サヨコ、待たせてしまったな。良く来てくれた」

「サヨコちゃん、呼ぶの遅くなってごめんねー」

 服装はともかく、ジムもカリンも言動はこれまでと変わりない。

 ジムが突き当りの装飾過多の扉をノックすると、薄く扉が開かれる。

「到着した」

 ジムが短く告げると、扉は大きく開かれた。

「失礼します」

 ジムを先頭にデイジーが後に続く。

 小夜子はカリンに背中を押されてデイジーの後に続き、その部屋に足を踏み入れた。

 豪華絢爛な廊下を通り辿り着いた部屋は、白い壁に家具は黒で統一されており、大きな窓に掛けられているたっぷりとドレープを描くカーテンは濃紺。そこは思いの外落ち着いた執務室だったが、庶民の小夜子から見ても贅が尽くされているのは分かる。足元の絨毯は深い赤をベースに精緻な模様が織られており、小夜子の足を程よい柔らかさで支える。これほどの大きさの絨毯を手織りで作るには、いったいどれほどの年月が必要となるのか。

 小夜子はデイジー達が軍、若しくは行政機関の関係者だと思っていた。

 しかし送迎車が軍部、行政区を素通りした事に疑問を感じなかった。ジェイムズの妻と娘がしきりに小夜子に着替えを勧める意味にも気付くことが無かった。車が王城内まで進み、衛兵に案内される状況になんら疑問も持たず、ここまで呑気に小夜子はやってきたのだった。

 そのいくつかの違和感に小夜子が気付けていたなら、これほど無防備に今ここに立っては居なかっただろう。

「殿下、お待たせいたしました。ガルダン王国から来た冒険者、サヨコです」

 部屋に入って正面、大きな窓を背にして執務机に座っていた人物は、目を通していた書面から顔を上げた。

 帝国の人間らしい大柄な、立派な体躯を持っていると座ったままでもわかる。漆黒の豊かな髪は、堂々たる男を飾る装飾品の様に力強くうねり背中に流されている。

 執務机に座っていた男は背後に日の光を受けた逆光の中、光る瞳を弓なりにし、小夜子を認めて笑ったのだった。


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殿下きちゃった
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