臨時土木作業員の小夜子 3
その日はベルトレイクで一泊し、翌朝はベルトレイクの大通りを真っ直ぐ南に突っ切り、吊り橋のある集落を目指して後背に広がる山の一つを小夜子達は登り始めた。
吊り橋の集落がある山の中腹にはデイジーが騒いでいたベルトレイクダムが鎮座している。その巨大なダムと合わせて集落のつり橋も観光地となっているので、集落の手前ギリギリまではバギーで登っていく事が出来た。
バギーで進めない程山道が細くなれば、今度は徒歩でつり橋の落ちた現場に向かう。気軽に楽しめる程度のハイキングコースを踏破して、小夜子達はつり橋が落下した現場まで辿り着いた。
事前に連絡を入れておいた集落の代表者とは現地で落ち合う。
つり橋が掛かっていた現場を確認すると、ハイキングコースが突然途切れて目の前には深い谷底が現れる。谷底には細い川が流れているようで、その川の上に木材が小山を作っている。落下した吊り橋の残骸の様だった。
「本当はつり橋でこの谷底を渡り切って向こう側に行けるのよ。つり橋の中央からベルトレイクダムが丁度見下ろせたし、この辺は紅葉も綺麗なのよねえ」
谷底を覗き込みながらカリンが説明する。ジムは谷底から少し距離を取り、同じく谷底を覗こうとしているデイジーの動きを封じている。
「ふーん。元の通りのつり橋で良いの?それとも改良して頑丈にする?多少揺れた方がいい?全然揺れない方がいい?」
「そ、それは、安全性が上がるならその方が・・・・。でも、揺れないつり橋など、いったいどのような」
小夜子が集落の代表に希望を聞くが、代表者は想像が付かずに困惑顔だ。
「それはね、こんなのよ。よっと」
小夜子は何もない空中から一冊の本を取り出した。
それは橋の写真集で、小夜子が知る限りの地球の橋の写真が掲載されていた。
「な、なんですかそれ!」
デイジーは代表者を押しのけ、目の色を変えて写真集に飛びついた。
「こ、こんな形状、見た事ない!これは・・・!建材は一体何を使って・・・。この構造は、いったいどのような効果を担っているのですか?!」
「ごめん、私は専門家じゃないから分からない。この国の研究者にでも頑張って解明してもらって」
小夜子はどうやら地球で見聞きした知識+α程度の書籍を作り出す事が出来る。
オーレイで作った家庭菜園の手引きは、小夜子の記憶には既に無かったがネットやテレビなどから無意識に小夜子の記憶に入り込んでいた情報なのではないかと小夜子は推測した。小夜子が理解せずとも一度でも見聞きしていれば、それを本にする事が出来るが、高度な専門書など小夜子の日常生活で知りえなかった内容については創造出来なかった。しかし写真集であれば、既に記憶に無いものでも小夜子が過去に目にした物をいくらでも反映させることができる。
「このつり橋の中でこれが良いとかある?」
集落の代表者とデイジーが、写真集を前に真面目な顔をして角突き合わせて話し合い始めた。
「あの本はサヨコちゃんの国のもの?サヨコちゃんの国にはあんな巨大な橋があるの?」
「あったわね。島同士を繋ぐくらいに長いやつとか」
「へえええー」
もう驚くことは無いだろうとサヨコが魔法を扱う度に思う3人なのだが、驚きの果てが無い。そしてデイジーたちが騒いでいる中にジムも入り込み、真剣な顔で橋の写真集を眺めている。
「こ、ここ、これ!これを、作る事は出来ますか?!」
「多分できる」
デイジーが指差した写真は、鉄筋と鉄線ケーブル、コンクリートの橋桁で作られた、中央の主塔からケーブルが渡された吊り橋だった。橋桁の両端には見るからに頑丈そうな鉄製の手すりも付いていて、観光客もこれまでより安全に景色が楽しめるようになるだろう。
集落の代表の話では、これまでのつり橋は植物の蔓と木板を組み、谷底を越えて始点の木柱から終点の木柱へ蔓を渡して吊る原始的な物だったそうだ。
落下したのは夜間の出来事だったそうで、人身事故にならなかったのは何よりだが、観光客が巻き込まれての大事故につながる可能性もあった。落下当日まで、日中は観光客で吊り橋は賑わっていて、その日の夜に何の前触れもなく谷底に吊り橋が落ちたと言うのだから恐ろしい。
こういう前時代的な橋や、側面の補強も無い山道がまだまだ帝国中にあるのだと言う。
「了解。観光客が100人乗っても大丈夫な位の頑丈な吊り橋を作るわ」
「お、お願いします」
デイジーがゴクリと生唾を飲み込んでいる。
立ち合いの人間全員が固唾を飲んで見守る中、小夜子は吊り橋の創造に取り掛かった。
まずは谷底から上空に向けて2本の主塔をドンと建てる。地中深くから上に立ち上がっている主塔は、支えがなくともビクともしない鉄筋コンクリート製だ。更に主塔を挟んで両端に主塔から伸びるケーブルを繋ぐ巨大なコンクリートの土台を作る。そして主塔のてっぺんから両端のコンクリートの土台に向けて極太のメインケーブルを伸ばし繋ぐ。更にメインケーブルからは等間隔で垂直に橋桁に繋ぐケーブルを伸ばし、両端から伸ばした鋼の橋桁とケーブルを繋ぐ。後は橋桁の両脇には観光客落下防止の手すりを一直線に伸ばす。帝国民の体格を考え、小夜子であれば頭が手すりの上に覗くほどの高さにしておく。橋桁の幅は3メートルほど。歩行者専用だが強度確認の為、バギーに乗り込み小夜子は吊り橋を往復してみる。
「大丈夫そうね。みんな、来てみて」
吊り橋の中央でバギーに乗ったままの小夜子は、工事を見守っていた4人に声を掛けた。
デイジーは興味が勝り小走りで、集落の代表者は恐る恐る、ジムは普段と変わらず悠々と、カリンは時々ジャンプをして強度を試しながら小夜子のいる吊り橋の中央までやって来た。
「おおー絶景絶景ー」
小夜子より長身の面々は、男二人はもちろん、デイジーとカリンも程よい高さの手すりに身を乗り出し、吊り橋の中央から眼下を見下ろしていた。
吊り橋の中央から見下ろすダムに蓄えられた豊かな水は、日光を反射してキラキラと輝いている。光り輝くダムの水源とそれを囲む豊かな木々の深緑は、確かに見ごたえのある美しい景色だった。
「確かに綺麗ね。観光客がここに集まるわけだわ」
「景観もいいが、これからはこの吊り橋自体も観光の目玉になるんじゃないか。非常に美しい橋だ」
ジムは吊り橋を中央から支える巨大な白い主塔と、そこから伸びる白銀のケーブルを見上げている。
「こんな、これは、すごい。鋼の橋桁を主塔とケーブルで支えて、風にあおられる振動は両端のケーブル端部を繋ぐコンクリートの塊が地面に逃しているのですね。なんという。この方法であれば、主塔を増やせば橋の長さももっと伸ばせるのでは。しかし今の帝国の技術力では、この規模の吊り橋でさえ再現できるかどうか」
デイジーは思考が加速し、自分の世界にどっぷりと頭まで浸ってしまっている。
「いやはや、何と立派な吊り橋でしょう。直していただいてありがとうございます」
集落の代表が小夜子達に頭を下げた。代表者は驚いてはいるが、「国の技術は凄いですね」などと言っている。カリンは調子よく代表者と話を合わせていた。
今回はあくまでも集落の吊り橋の復旧要請を国が受けた形での工事だ。復旧というか、全くの別物になってしまっているだろうが、吊り橋という用を足せるのであればよいという事にしておく。
「無事に吊り橋が直って何よりだ。それでは我々は失礼する」
帝国内の橋等の修繕行脚はデイジーの修行の為だと聞いた気がするが、当のデイジーは自分の思考世界からまだ戻ってこれないでいる。そこをジムがそつなく集落の代表者に挨拶をし、デイジーを引っ張りながら4人はその場を後にした。
帰りは転移で一瞬だ。
集落への山道の入口まで一気に戻り、僅かな浮遊感を感じてデイジーが我に返った。
「え、あれ!吊り橋は?!」
「もうベルトレイクに帰ってきたわよー」
「そ、そんなぁ・・・!」
デイジーがもう一度吊り橋に戻りたいと小夜子に懇願し、ジムにまた手刀を食らう。
「研究所所属とは名ばかりの、掃除とお茶くみだけの雑用にまた戻りたいのか」
「す、すみません!見たことも無い吊り橋につい我を忘れてしまいました。今回はこの貴重な写真集を手に入れられただけで満足です!」
「デイジーちゃん、この本の個人所有は認められないわねー。貴重資料として国の預かりとします」
「わああ!」
デイジーが胸に大事に抱えていた橋の写真集はカリンにするりと抜き取られて、今度こそデイジーは泣きながら膝から崩れ落ちた。
そんな3人を他所に、小夜子は行きの道中では目につかなかった山道脇の木の裏側に隠れていた石の塊を修復し、女神の石像を元通りにする。
これでとうとう、Bランクに到達してから15個目の石像修復となったのだった。ちなみにベルトレイク内もデイジーの案内の元、バギーを乗り回し探索したのだが街中での収穫はゼロだった。かなり整備され、整然と開発されている都市だったので想定内ともいえる。
今の所ステータスに変化はない。これまでの経験上、自動的にランクが上がる事はなく、女神ティティエが認識し、小夜子に干渉した際にランクアップする仕組みらしい。
小夜子達は今日の所はもう1泊ベルトレイクに泊まり、明日早めの昼食を取ってからいよいよ帝都に向かう事になった。
女神からの接触がそのうちにあるかもと思っていたのだが、小夜子の想定より早いその日の夜、女神ティティエは小夜子の夢に現れた。
『おめでとうございます!とうとう運のランクがAに到達しましたよ!私の加護も大となります。素晴らしい働きですよ!』
「・・・本当に?」
ヴァンデール帝国に来てからトントン拍子に事が進みすぎて、逆に疑心暗鬼になっている小夜子だった。
『本当ですよ!私、嘘はもう二度と吐きませんってばー!』
自虐ネタのつもりなのか、女神は自分で言って笑っているのを小夜子は無言でスルーする。
「あんた、目指すべきは最低でもAランクって言ってたわね」
『最低でも、ですよ。Sランクにアップした方が安心、安全です。あなたの事を聖ハイデンはすでに認識していると思います。対抗手段として加護も特大を目指していきましょう。それがあなたの戦う力にもなるのですよ』
「聖ハイデンとは戦わないってば」
『またまたー。相手が喧嘩を売ってきたら買うくせにー!』
「・・・・」
この野郎。
機嫌よく軽口をたたく女神こそぶっ飛ばしてやりたい小夜子だった。
その女神はまたも見た目が成長しており、とうとう小夜子の目線と同じほどの背丈になっていた。艶やかな黒髪は腰まで伸び、何の装飾品も付けずに下ろし髪にしているが、癪に障るが何も身に付けない事でかえって女神自身の美しさが引き立っていた。体つきもすっかり成人女性の物になり、腹立たしい事だが黙ってさえいれば人々が思わず手を合わせてしまいそうな神々しさまで感じる。
『とにもかくにも、戦力の増強はあなたにとっても悪い事ではないですよ。これまで通り、石像の修復はお願いしたいのです。もしかして、あなたがSランクになって、私の神力が充足した時は、あなたの力を借りずとも私の力のみで聖ハイデンを下す事ができるかもしれませんよ!そうなれば晴れてあなたは自由の身。そうなったらこの世界で思いのまま、何の憂いもなく強大な力を振るって人の世に君臨すればいいのですよ』
「だから君臨しないっつーの」
どうも不穏な将来を小夜子に勧めてくる女神だが、小夜子は気ままに人に傅かれて食っちゃ寝して過ごしたいだけだ。使用人を数人連れて、オーレイに移り住むのもいいかもしれない。だが、そんな平穏な幸せには、まだ手が届かない。
「分かった。石像修復は続ける。でもSランクになったら、あんたとは縁を切る。あとは自分の事は自分でして頂戴」
『努力しますけど、その際はまた相談という事でえー』
女神は確約を避けて白い空間へ溶けて消えていった。
夢で女神と話をした翌朝は、何とも言えない倦怠感を覚える小夜子だった。
ベルトレイクでもデイジー達の資金で良いホテルに泊まっている小夜子は、遠慮なくルームサービスで朝食を取り、約束の時間にデイジー達と落ち合った。
今日はいよいよ帝都に向けて発つ日となっていたが、ギルマスのドレイクに小夜子が勧められた事と、デイジーの叶う限りの至近距離でダムを見たいという要望が噛み合い、小夜子達は出発前に観光がてらベルトレイクダムを見に行くことになった。
昨日吊り橋を創造した山の中腹にはベルトレイクの名所ともなっている大きなダムがある。山の裾野から真っ直ぐダムを見上げられるように、直線状に山には手入れがされており、拓かれた土地には飲食店や土産物屋が入っている4階建ての観光施設が立っている。4階部分はダムの管理部署が入っており、国の職員たちがダムの管理、保全、運用を行っている。屋上は展望台となっており、望遠鏡で放水の様子が大迫力で見られる様になっている。
小夜子達はまずは山の下からダムを見上げる。
前世で小夜子が見知っているダムは、観光の際は大抵ダムより高台から見下ろすパターンだったので、下からダムを見上げるという状況は新鮮で面白かった。下からは確認できないがダムから放水された水は更に下方の浄水場に流れ、ベルトレイクの街へと給水されている。
丁度ダムの放水の時間で、放水口から勢いよく放水される水には虹がかかっている。観光客達はダムの雄大さと放水の力強さに圧倒されて見入っている。
ベルトレイクダムは観光地として人気だが、ベルトレイクとその周囲に広がる農作地を支える水がめとして、それと洪水等の被害を防ぐ治水のためにも実用的かつ重要な役目を担っている。
デイジーはダムを見上げたままなかなか動こうとしなかったが、業を煮やしたカリンとジムに引きずられて、全員で観光施設の中に移動する。
4人は3階のフードコートで早めの昼食を取る事にした。ここにドレイクお勧めのランチメニューがあるのだ。小夜子が頼んだランチプレートは、サフランライスと牛肉のシチューが真ん中の金属の間仕切りで隔てられた状態で提供された。その間仕切りの真ん中は5センチ幅の上部にスライドして開く小窓がついていた。
「この小窓を開ければダムの放水の様にシチューがライスの方に流れ出ます」
可愛らしい女性店員がにこやかに説明してくれた。
女神が地球を模倣して作っただけの事はあるこの世界である。帝国は近代イギリスの雰囲気を醸しているが、このように唐突に元日本人の小夜子が聞き覚えのある出来事に遭遇したりもする。
何とかダムの名物のカレーのパクリであるランチプレートを小夜子はそれなりに楽しんで食べた。最初からライスにシチューを掛ければいいとは言ってはいけない。デイジーはもちろんカリンも大ウケでランチプレートを食べていたが、ジムは無言で最初から間仕切りを取り外して食べている。思い思いに楽しめば良いのだ。
味は普通だったが、観光地料金だったので庶民が食べるにはお高めだったかもしれない。
それぞれにランチプレートを食べ終わり、後は展望台でダムでも見て帰るかと全員が椅子から腰を浮かした時だった。
轟音が響くと同時に小夜子の視界は暗転した。




