吹けば飛ぶようなオーレイ村 3
以前訪れた広場らしき開けた場所に小夜子は立つ。集落には掘っ立て小屋がまばらに残されたまま、人影はなかった。
「トーリ、一か所に年寄りを集められる?」
「寝たきりの者が一人おりますので、その者の家でよろしければ」
「それでいいわ」
トーリが年寄りの残っている家々に声をかける。
集落の年寄は広場の中央に立つ小夜子を訝しげに見ながら、それでもトーリの言葉に従い一軒の家に集まっていく。
トーリに呼ばれ、小夜子は一軒の小さな平屋にレインと入っていく。
小さな明り取りの窓が一つあるきりの家は、日中でも薄暗かった。室内は饐えた匂いがして、薄暗闇の中、数人の人影が蠢いている。
照明。小さなライト。
小夜子が脳内でイメージすると、部屋の中央にソフトボールほどの光源が浮き上がり、部屋の中を柔らかく照らした。
集まった老人達の驚いた顔が光に照らされ浮かび上がる。
老人達は男も女もみんなやせ細り、背中も曲がり、夏の盛りだというのに茶色い生成りの粗末な服を何枚にも重ね着している。栄養状態が悪く、体温を保てないのだろう。老人達は一つの粗末な寝床を囲んでいた。その寝床の中には老婆が横たわっている。意識があるのかないのか、寝たきりの老婆はぼんやりと宙を見ている。
その年寄り達に向かい、挨拶も何もなく小夜子は話を切り出した。
「あんた達、家族が居なくなってしまったわね。これからどうやって生活していくの。まさか、トーリに何から何まで世話になろうなんて、思っていないでしょうね」
突然の小夜子の詰問に、老人達は反論もできず無言で俯く。
「店の1件もないこの集落で、自給自足も出来ていない。よく10年もこんな生活が続いたと思うわ。じゃあ、隣町に食料の買い出しに、あんた達自力で行けるの?その前に食料を買う蓄えは残してあるの?どんな取り決めをして、家族はあんた達を置いて行ったの。まさか食べ物さえトーリの世話になろうと思っているの?」
小夜子の問いかけに答えられる者は一人もいなかった。小夜子は大仰にため息をつく。
「呆れたわ」
「サヨコさん、私が面倒を見ると言いましたから・・・」
見かねてトーリが老人達を庇うが、小夜子の追及は止まらない。
「あんた達、トーリに対して申し訳ないという気持ちは無いのかしら?トーリはあんた達に鉱山が閉鎖されてから、再三新しい生活の手立てを考えるように言ったそうじゃないの。トーリの言う事も聞かず、漫然と少ない蓄えを食い潰していって、それでもどうにかなると思ったの?ならなかったでしょう?あまりにも愚かだわ。だからあんた達はこんな情けない有様になっているのよ!恥を知りなさい!!」
小夜子に一方的に罵倒され、とうとう老人達は静かにすすり泣きしだした。
レインは小夜子の剣幕にすっかり怯えて、トーリの後ろに隠れている。
「・・・・あんた達、全員よーく恥を思い知ったわね?それじゃあ、完全回復!ついでに清浄!!」
一瞬で部屋の中が緑色の光に満たされた。その直後に爽やかな一陣の風が室内を吹き抜けて収まる。
「な・・・、いったい何が。目が、目がはっきり見える!!」
「節々の痛みがすっかり消えてしもうた!」
「膝も腰も痛くもなんともないぞ」
「背中が真っ直ぐに伸びてしもうたー」
老人達が口々に自分の体の状態に大騒ぎをしていると、老人に囲まれて寝床に横たわっていた老婆がゆっくりと体を起こした。
「あんた達、何を大騒ぎしているんだい。人の家で迷惑なこったねぇ」
「サリー!!すっかりボケて話も出来なかったのに!」
老人達の騒ぎはなかなか収まらない。
「はいはい!注目!!」
小夜子がパンパンと両手を打ち鳴らすと、自分の体の変化に夢中になっていた老人達が口を噤み小夜子を見る。
「体の調子はどう?みんな元気になったかしら?」
「あ・・・、あなた様が、俺らを治してくださったんで・・・?」
「そうよ。ついでに体もさっぱりしたでしょ」
「本当じゃ。まるでたっぷり湯でも使ったようじゃ」
「なんていい気分かしら」
「最高じゃあ」
今度は衣服や体が清潔になったことに騒ぎ始める老人達に、再び小夜子が手を打ち鳴らし注目を集める。
「はいはい!話を聞いて!あんた達、喜んでる場合じゃないわよ!問題は何も解決してない!働かざる者食うべからずよ。これからみんなには、自給自足を実践してもらうからね!自分の面倒は自分達でみなさい!!」
小夜子の宣言に、老人達は意味が飲み込めず全員が黙り込む。自分達は隣町まで歩くことも出来ず、この小さな村で食料も確保できず、静かにゆっくりと死ぬのを待つ身だったはずだ。この、年寄り達と共に役目を終えようとしている、資源も無い小さな村で、これから一体何が出来ると?
「頑張って働くというなら、手を貸すわよ。どうする?」
ニヤリと不敵に笑う小夜子に、老人達は訳が分からないながらもぎこちなく全員が頷いた。自力ではこの状況を変える方法など思いつかない。得体が知れないが、老人達は小夜子に縋るしかなかった。
「まずは腹ごしらえからよ。この中で料理が得意な人はいる?」
小夜子が問いかけると、3名程が手を上げた。
「じゃあ、3人でここに居るみんなの食事を準備してあげて。材料はこれだけあればいい?」
小夜子が麻袋に詰まったジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、キャベツ、30本ほどの繋がったままのソーセージ、かごに山盛りのパンなどをドサドサと床に置く様を、老人達は静かに見つめていた。もういちいち驚くこともない。小夜子は最後に家の中にあった大きな水瓶に、きれいな水をたっぷり入れてやる。
「さあ、これで食事の準備はできるかしら?食事をして落ち着いたら、広場にみんなで出て来てね」
「あ、ありがとうございます」
おずおずと頭を下げる老人達に小夜子は一つ頷くと、トーリとレインを連れて家の外に出た。
家の外に出ると、レインが小走りで近づいてきてキュッと小夜子の手を握ってきた。
「サヨコさん、最初からみんなを助けてくれるつもりだったんでしょ?」
レインが曇りなきキラキラとした眼で、小夜子を見上げてくる。
「そんなことないわ。トーリに助けてもらう事を当然と考えているような年寄り達だったら見捨てていたわよ。さて、じゃあ思いっきりやるわよー」
「サヨコさん、いったい何をするつもりですか?」
トーリが少し慌てたように小夜子に尋ねる。
「この広場を中心にして、年寄り達の集合住宅を作るわ。お互いの面倒をお互いに見てもらうのよ。何か困りごとがあれば、その時はトーリを頼ればいいわ。トーリを最初っから当てにするんじゃなくて、まずは生活の自立をしてもらわないとね」
小夜子は広場を見回すと適当な場所にこれまで集めてきた材木を山と積んだ。
「材料が無くても作れるけど、材料があった方が作るスピードが早いみたいなのよね」
「そ、そうですか」
手をかざして適当に位置取りをしながら、小夜子は木造平屋の集合住宅を作っていく。山積みの木材は瞬く間に消えて無くなった。中央に台所と食堂を大きく取り、左右に5部屋ずつ長屋のように部屋を作る。トーリの話を聞くに、この辺りは寒暖の差があまり無いらしく、暖房は無くても何とかなるという事だった。食堂にだけ大きな薪ストーブを設置する。トイレは水道が通っていないから汲み取り式だ。居住区にそれぞれ二つずつ設置し、畑の肥料に回せるように汲み取りの設備を整える。
それから水源は、コの字の形になった建物の真ん中に井戸を掘る。手押しポンプ式の井戸を作り、上段から下段に下がるように3段の洗い場を作る。一番上が食材を洗う所だったか。その下が、食器の洗い場、下段が洗濯場となっていたはずだ。小夜子は昔テレビで見た、井戸の洗い場が現役で使われている風景を再現してみた。趣があってよい。排水は近くの川に水路を通すようにした。しかし、トーリからすれば、非常に画期的な新しい設備だったようだ。
「サヨコさん、これは凄いです。この井戸の手押しポンプはまだまだ辺境では数が少ない。それにこの洗い場、初めて見ますがとても理に適っている」
「そう?良かったわ。トーリの家の前にも作る?」
「いえいえ。我々はこちらの洗い場を使わせてもらいますよ。水汲みが要らないだけでどれだけ皆が助かる事か」
レインがはしゃいで手押しポンプを動かしている。レインの力でも十分に勢いよく水が出てくる。やや自噴井戸となっていて、数回ポンプを動かすとしばらく水が噴き出し続ける所も老人に優しいだろう。我ながら良い仕事をしたと、小夜子は自画自賛する。
「こ、これは、いったい・・・」
小夜子が振り返ると、先ほど皆が集まっていた家からゆっくりと老人達が出てくる所だった。
「あなた達の新しい家よ。好きな部屋を選んで引っ越しなさい。寝具と家具はサービスしてあげるわ。食堂、トイレ、水場は共同よ。今日みたいに得意な事を得意な人がやって、助け合って共同生活をしたらいいわ」
小夜子達に続いて、老人達も恐る恐る真新しい建物の中に入ってくる。ポンプ式の井戸を中心にコの字の三面全てに出入り口があり、真ん中の出入り口から入るとすぐ台所になっている。
「これはすごい。理想の台所だねぇ」
つい先ほどまで寝たきりだった老女が、姿勢も真っ直ぐにピンシャンと台所に入ってくる。
「さっきはどうも。私はサリー。その昔、私はこの村の宿で厨房働きをしておりましてねぇ」
「それは心強いわ」
老人達は男女比が半々の6名。小夜子の治癒魔法により明らかに背筋が伸び、体つきが変わった者達もいた。力仕事が出来る者もいるだろう。
「あとは、少し畑も作りたいんだけど、家を壊しても構わない人はいる?」
これには、家主が不在でずっと空き家の家を指定され、5,6軒ほど取り壊した。いい薪になるだろうと、大きさを揃えて風魔法で切り崩していく。
「よしと。レイン!ちょっとおいでー!」
「なーに、サヨコさん」
小走りで井戸がある水場からこちらにレインが駆けてくる。
「うん。ここに畑を作ってみようと思ってね。土魔法って、何が出来るんだろうね。土壌を動かしたり、物質変化って所だろうと思うんだよ」
小夜子は空き家を壊し更地になった地面に手を当てる。
土を掘り返し、石などは細かく砕くようなイメージを脳内に描く。すると、小夜子が手を当てた地面から放射状に地面が波打ち始める。
「おっと、範囲指定」
土が柔らかくなり、足元が沈んだ小夜子は前方に30メートル四方の畑のイメージを新たに思い描く。
「すごい・・・!」
レインは黒々と色が変わっていく地面を見つめている。
「耕すだけじゃなくて、肥料も必要だと思うんだよね。今回はズルしよう」
小夜子はホームセンターで見かけるような丸い粒の化学肥料を空中に出現させ、雑に風魔法で畑全体にばらまく。
「根菜3種類と、キャベツと、夏だから、キュウリ、ナス、トマトも少し植えるか。唐辛子と胡椒も少し」
小夜子がこれらの食物を思い描くと、既に小振りの実が結実している苗などが畑の前にドサドサと山積みになる。
ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジンは冬の蓄えに。香辛料は常備してもらうようにして。夏野菜は冬が来るまで楽しんでもらうといいだろう。
「ちょっと参考書を見てみようか」
小夜子は家庭菜園すらしたことがない。よく書店で見かけるような、家庭菜園入門書を思い描くと、無事に手元に雑誌が現れた。
「わかりやすいね。本物みたいな絵も凄い」
トーリから文字を習っていたレインは問題なく雑誌を読めるようだ。小夜子には日本語に見えるのだが、レインが読めるなら問題ない。入門書を頼りに、夏野菜の支柱を作ったり、畝を作り苗を植えていく。気が付くと、畑の周りに爺達が集まってきていた。
「ねえ、畑仕事を出来る人いる?」
「自己流でしかやったことはなくて・・・。あまり野菜は育ちませんでした」
爺の内の一人が正直に申告する。
小夜子はしばし考えて、大容量の化学肥料をさらに二袋、もう少し内容が詳しい家庭菜園の本、堆肥作りに関する本など数冊出した。それと、鍬やスコップ、一輪車などの小夜子が考え付く限りの農作業用品も適当な数を出す。畑の近くに作業用品をしまえる小屋もサクッと作った。
「レイン。この本でこれから勉強して。あなたは畑作りのリーダーよ」
「僕が?!」
「そう。色々工夫してみてね。今年無事に野菜が収穫出来たら、食べ尽くさないで種芋とか来年植えるための種も取っておくのよ。一応堆肥用にトイレの汲み取り部分も工夫しておいたから。来年以降の肥料も考えておいてね」
本をレインに手渡しながら話す。
「爺達、レインのいう事をよく聞いて畑仕事してね」
小夜子の言葉に爺達は真剣な顔をして頷く。その爺達の表情をみて、レインも慌てて頷いた。
「わかった。僕、頑張る!」
「失敗しながら頑張りなさい。周りの爺、婆達にも助けてもらうのよ。じゃあ、手分けしてこの苗を種類別に植えて行ってね」
小夜子の声に集まっていた爺達が動き出す。
小夜子はアルミ製の如雨露を3つほど作った。
「レイン、見ててね」
小夜子は水魔法で如雨露の8分目ほどまで水を入れる。
「水場まで汲みに行ってもいいけど、畑の水撒きは水魔法の良い訓練になるかもしれないわね。はい、練習」
「う、ううう・・・!」
レインが如雨露に手をかざして唸り始める。
ちなみに小夜子は魔法を人に教える事は出来ないと自覚している。小夜子は苦労せず思うままに魔法を使えるようになってしまったので、魔法を使えないという感覚がさっぱりだからだ。
「レイン、気長に頑張って。こういう事が出来ればいいなって、想像出来ればいつかは使えるようになるはず!畑を管理しながら土魔法と水魔法を鍛錬するのよー」
「うううーん!!」
真っ赤な顔で唸るレインに根拠のない発破をかけながら、小夜子は畑の中央に小振りの手押しポンプ式の井戸を掘る。年寄り達はこの井戸水を使って水撒きをしたり、野菜を洗ったりすればいいだろう。
レインと爺達に畑を任せ、小夜子は集合住宅にいるトーリの元へ向かった。
「トーリ、どんな感じ?みんな引っ越し終わった?」
「サヨコさん。個室にも立派な家具が備え付けてありました。大きな街の宿でもここまでの立派な部屋はありません。改めて、ありがとうございます」
「そう?最低限の家財だったんだけど」
部屋は各室6畳程度の広さでクローゼットとイスとテーブルが一つずつ。据付のベッドには綿の掛敷布団と枕をワンセットにして各部屋に配置した。色は生成りにしておいた。真っ白いリネンは洗濯事情も違うし扱いにくいだろう。
「これほどのしっかりした家があれば、皆安心して冬を越せます。家の中に隙間風が吹かないだけでも違いますから」
トーリは集合住宅について延々と感謝を述べてくれるのだが、小夜子はまだ考えていることがある。
「次は温泉をここまで引くわ。温泉ってわかる?」
「おんせん。話に聞いた事はありますが、どこにでもある物ではないと思いましたが・・・」
「あの鉱山の跡地辺りから、出るみたいよ。温泉」
小夜子は鉱山跡地全体をざっくりと鑑定した。聞いていた通り、資源は殆ど取り尽くされていたが、少し掘れば温泉が出るとの事だったのだ。
「爺婆達は今元気だけど、時間が経てばまた色々体の不具合出ると思うのよね。だから、いい温泉を掘ってあげるから、各自で体のメンテナンスをして欲しいの。トーリ、あなたもよ」
「はい」
小夜子の言動ははなからトーリの理解の範疇を超えている。トーリは静かに頷くのみだ。
「じゃ、ここは任せたわね。ちょっと掘ってくるわー」
小夜子は颯爽とトーリに手を振り、鉱山を目指して単身山へ分け入っていった。
残されたトーリは集落の広場を改めて見た。立派な手押しポンプの井戸を中心に、白木の木肌も目に眩しい立派な木造建築物が1時間もせずに建てられてしまった。今朝方まで静かにゆっくりと死ぬのを待つばかりだった老人達は、和気藹々と笑い合いながら元の自分達のあばら家からわずかな家財を新築の家へ運び入れている。その足取りは、皆健康を取り戻し力強い。レインは体力を取り戻した老人達と賑やかに畑の世話をしている。
「まるで夢でも見ているようだ」
小夜子がこのオーレイ村に現れてから、トーリとレインは長い夢を見続けている。その夢は、未だ覚める様子が無かった。