臨時護衛の小夜子 6
途中、吹雪による数日の待機を要しながらも小夜子達は3週間ほど移動を続け、とうとうコルネリア大公国の手前、最後の村へとたどり着いた。
「とうとう最後の村だね」
「はい」
ライアンとシンシアは検問所の前で感慨深そうに村を眺めている。
入村の手続きは難なく済み、小夜子達は村の中へと足を踏み入れた。
村と言ってもその規模はマルキアと大差なく、ギルドはないがマルキアには無かった役所があり国の役人が常駐しているという。
小夜子達はまず最初に役所に出向き、ライアンが盗賊から奪い返した馬についての説明をした。役人は村の代表にライアンを紹介し、代表は馬の持ち主を呼んでくることになった。
馬の引き渡しは村の中央広場、役所の前で行われる事になり、馬の持ち主が揃ってから小夜子は馬を収納ボックスから出した。
役人も馬の関係者達も、何事かと集まってきていた村人達も馬が突如現れた事に驚き大騒ぎになっている。
小夜子はもう、説明も言い訳も面倒になり騒がれるに任せていた。
「確かにうちの村の馬のようです」
それぞれの馬の持ち主が馬を確認し、馬も飼い主を覚えていたのかそれぞれが主の元に寄り添い機嫌よくしていた。
「ありがとうございます!」
財産である馬が戻ってきたことに村人たちは一様に笑みを浮かべている。村人達に代わる代わる礼を言われるライアンがちらりと小夜子をみるが、小夜子は無表情で寡黙な護衛のふりをしていた。面倒な人とのやり取りをライアンに押し付ける事に小夜子はすっかり味を占めていた。
馬の引き渡しも終わり、村人達は多少小夜子にも興味を示していたが身分の高そうなライアンの手前、騒ぐことも無く解散となった。
村には食事のよい、ライアンも泊まれるランクの宿もあるとの事で今夜は村の宿に泊まる事となった。
コンテナハウスでの気ままな食事も良いのだが、やはり人が作ってくれて給仕してくれる食事は一際美味しく小夜子には思えるのだった。
「あ!魚ですよ!」
シンシアが思わず喜びの声を上げた。
「はあ、体に沁みるようだ。美味しいねえ」
「この宿の料理人は天才だわ!白ワインに合うわねえ」
今夜の宿のメニューは白身魚のトマト煮込みだった。やや肉過多気味の食事が続いていた小夜子達は目を輝かせて宿の料理を堪能した。
身分の高そうな客達が宿の食事に相好を崩しているのは、宿としても村としても嬉しく誇らしい。宿の従業員も食堂の常連の村人達も、小夜子達の様子を遠巻きながらも微笑ましく見守っていた。帝国では若く、というか人によっては幼く見られがちの小夜子には小さなドーナツもサービスで付いたが、これは羨ましそうにしているシンシアに譲ってやった。
「この村を出たら、あとはコルネリア大公国まで真っ直ぐね。バギーの移動だとどれくらいで着くかしらね」
「馬車よりは早いだろうね。明日役所で聞いてみようか。これだけ大きい村なら、電報を打てないかなあ」
ライアンが思った通り、この村では電信局までは無いが役所の中で電報を打つことが出来た。
しかし、ここで別の問題が出てきたのである。
「大公国に続く街道の橋が落ちた?」
役人が深刻な顔で頷いた。
話によるとコルネリア大公国に続く唯一の道の、川にかかる橋が落ちてしまったのだという。
「国には橋崩落の報告を入れています。しかし、橋の工事が始まるのは雪解けの後でしょう。申し訳ないですが、春までこの村でお待ちいただく事になるかと」
「どこかで聞いた話ねえ」
冬になると街道や橋は壊れやすくなるのか?という訳でもなく、季節を問わずに経年劣化であちらこちらの街道も橋も傷んで崩れるのだそうだ。帝国は、元は小規模国家の集まりで、帝国が誕生する以前から存在する街道や橋は無数にある。順繰りに整備して新しい道、橋を整備建築していくのだが、事前に危険箇所の修繕などの手は回せず、後手後手で崩落個所を工事していく事になってしまう。
「それ、私が直していい?」
「は?」
役人は小夜子が言っている事が理解できず困惑の表情を見せる。
「サヨコ、直せるのかい?」
「石像修復と同じよ。元の素材があれば、後は近場の自然の物を使えば多分修復出来るわよ。その橋は石造り?」
「そ、そうですが」
「良かった。石材なら流れずに下に落っこちたままでしょ。材料はそのまま使えるわね」
「は?や、え・・・?」
「あ、国に連絡したから支援依頼を撤回しなきゃないんだっけ?ここなら電報打てるんだから、連絡入れといてよ。橋は直りましたって」
まあ、橋が架かる規模の川であれば小夜子がバギー毎持ち上げて向こう岸に飛んで渡る事も出来そうだが、治ったとはいえ心臓病を抱えていたライアンの体に衝撃を与える事はしたくはない。それなら小夜子にとっては橋を直す事の方が、リスクが低いし簡単だった。
「サヨコ、まずは実際に橋の修復を見てもらわないとね。役所側も話だけでは信じられないだろうし。君、橋まで案内してくれないか」
「・・・わかりました」
にわかには信じられないが、なにせ小夜子は公衆の面前で何もない空中から6頭の馬を出現させた驚くべき能力を持つ人物なのだ。この冬の最中に3人でマルキアから1カ月ほどでやって来たとも聞いた。これも信じがたい話なのだが、スチュアート前侯爵が同行させている者が言う事だ。ひょっとしたら、本当の事なのかもしれない。葛藤の末、役人は橋までの案内を引き受けたのだった。
話し合いが持たれ、小夜子の橋修復を見届けるために役人が2名同行する事になった。村で待っていても良かったのだが、ライアンとシンシアも同行したいという事だったので、恐縮する役人達はライアン達が乗る荷台に相乗りする事になった。
馬車で4日はかかる行程はバギーで安全運転をして、2泊3日で崩落した橋までたどり着くことが出来た。悲壮な表情で野営の準備物を背負ってきた職員の荷物は全て置いて来させて、青い顔をして同行していた職員には宿泊用にロッジ型テントを出し、守護結界で温度と空調の調整をしてやった。
コンテナハウスでは5人で食事がとれないので、コンテナハウスとロッジ型テントの間では簡易竈やバーベキューコンロなどを出して簡単な煮炊きをして食事をした。もちろんライアンの為に飲食スペースも結界で包み、寒さを感じない様に温度を一定に保っている。
これにはライアンがいたく感激した。
「こんな大自然の中で食事をするなんて、生まれて初めてだよ!楽しいし、美味しいねえ!自分で肉を焼くなんて、面白いね!」
「ライアン、分かったから。喋るばっかりじゃなくて食べなさいよ。あなたが食べないと、周りが遠慮して食事が始まらないわよ」
このような調子で、遊びではないのだがライアンはアウトドアを大満喫しながら、役人達は小夜子の常識外れの能力に段々と麻痺していきながら、とうとう橋の崩落現場に辿り着いた。
案内された場所は3メートルほどの幅がある川が街道を分断していた。川を迂回する事は出来ず、この川は川幅を広げながらやがては海に到達するのだそうだ。石造りの土台だけを残して橋は完全に崩落していた。
「非常に古い橋で、作られたのは300年前とも、400年前とも言われています。確かな記録も残っていません。長い年月の中で土台が緩んで、今回の崩落に繋がったと思います。同じ石造りの橋を作るのは非常に時間がかかりますので、春になったら簡易の木造の橋が架けられ、同時に元の石橋の修復を予定していました」
「簡易の木造橋だと、馬車とか車は重さに耐えられるの?」
「耐えられるものを作ってもらわないと、流通が止まってしまいます。しかし、石橋ほどの強度は難しいでしょう」
小夜子の質問に役人は悩ましげに答えた。
「ふーん。まあ、石橋が元通りになるのが一番良いんでしょ?建造当時の緩みの1寸も無い新品の物を再現してあげるわよ。更にこの先何百年も持つくらいにガッチガチに固めてあげるわ」
「うわ!」
「お、おお!」
小夜子がそう言うやいなや、ライアンや役人達の前で小さな石像の修復と変らない速度で石橋の修復が行われていく。まずは石橋の土台の苔が剥がれ落ち、風雨にさらされ角が丸まった石がみるみると体積を増やし、隙間なくピッチリと組み合わされていく。川底から石材が次々と浮かび上がり土台の石材に接着し、切り出された当時の鋭い切断面を取り戻しながら石材達はお互いの並び順を違えることなく正確に連なっていく。
小さな石像の数倍の規模の石橋の修復に、小夜子の常識外れの力を随分見慣れたと思っていたライアンとシンシアまで、言葉もなく見入っていた。
時間にすればほんの数分の出来事だった。
崩落した石橋の修復は、小夜子の言った通り完成当時のしっかりと組まれた姿を再現して終わった。
「ちょっとバギーで走ってみるわね」
強度確認のために小夜子がバギーに単身乗り込み、荷台を付けたそれなりの重量で緩いアーチを描く石橋を往復する。アーチの天辺でしばらく停車し、異音が無いかのチェックもする。
「大丈夫だと思うけど、確認してね。見た目は石を組んだみたいにしたけど、石を変質させてお互いにくっつけといたわ。物理的に大きな衝撃を受けない限り、経年劣化で崩落する事はまず無いと思う。橋の土台と街道の接する部分は定期的に補強が必要かもね」
橋の上から戻って来た小夜子と入れ違いで、役人も橋の上を実際に歩き強度の確認をする。何やら金属の棒で石橋のあちこちを2人は叩きまくっていた。
「もう驚くことは無いだろうと思っていたけど、サヨコにはまだまだ驚かされるね」
「サヨコは、本当に凄腕の魔法使いだ・・・」
ぼんやりと橋を見つめているライアンとシンシアの背中を、小夜子はポンと叩く。
「これで春までにはコルネリアに行けるでしょ」
小夜子の言葉に2人はハッとする。
「そうだったよね。そのための橋の修復だった。ビックリしすぎて忘れそうになっていたよ」
「しっかりしてよ、ライアン。もうすぐ旅の目的地に到着するんだから」
そうこうしているうちに橋の上から役人達が戻って来た。
「強度の確認が取れました。馬車や車の走行にも十分に耐えられる立派な橋です」
「それは良かった。で、橋の建設費はサヨコに払ってもらえるのかな?」
こういう所は、さすがは帝都で大商会を仕切って来た人物なのだった。
ライアンの質問に役人達は言葉を詰まらせた。
「ライアン、今回は無料でいいわ。自分達の為に直したようなものだから。あと、国に関わると面倒臭そうだし。あなた達、誰が橋を直したかは黙っておいて」
「そ、そういう訳には」
「サヨコは僕達とコルネリア大公国にこれから行くから。橋を作った人物はもう国内には居ないと、追及を受けたら君たちの上司には言っておいたらいいよ」
ライアンの助け舟に役人2人は激しく頷いた。
崩落した橋は無事に修復が終わったので、帰りは転移で村に一気に戻る事にした。
サヨコはバギーを収納し、ライアンを後ろから抱きしめる。その小夜子を更にシンシアが後ろから抱きしめる。ライアンが職員2人と手を繋ぎ、5人は団子になって元の村に一息に飛んだ。
転移を経験済みのライアンとシンシアはすぐに落ち着きを取り戻したが、役人2人は最後の締めの転移を経験して刺激が強すぎたのか呆然自失としている。
「大丈夫?後の仕事は頼んだわよ?」
「は、はい。大丈夫です」
小夜子の声掛けに2人は我に返り、今度は全員で村の役所に移動する。
役所で今後の道程の確認を取ると、冬でなければ馬車で3週間も移動すればコルネリアに到着するという話だった。バギーで移動すれば2週間程で到着しそうな所だが、吹雪ともなれば街道を視認し辛くなって無理な移動は出来ない。そうなると、バギーの移動でもやはり3週間以上はかかるだろうという見立てとなった。
「そもそも冬に旅すること自体がありえません。とても危険な行為です」
役人は呆れ顔だった。
その危険行為を小夜子と知り合う前からライアンは決行しようとしていたのだから、まさに命を懸けた旅路で、護衛依頼の報酬も跳ね上がっていたのは頷ける。その旅路にシンシアがライアンを慕う一心で同行していたのは、今更ながらに健気でいじましく、自分よりも長身のシンシアの頭を小夜子はつい撫でてしまう。シンシアは不思議そうに首を傾げていた。
まあ危険行為と言われようが小夜子がいれば可能な事なので、春を迎える前にはコルネリア大公国には余裕でたどり着けるだろう。
コルネリアへの旅の途中で小夜子達は新年を迎えており、晴れてライアンは商会長を退任した。退任の挨拶も旅の前には各所に済ませてきたのだそうだ。
それから小夜子達は諸々の相談を詰め、ライアンはスチュアート商会のコルネリア大公国支部へ連絡を入れた。3週間ほどでコルネリアに到着する事と、到着したら人探しをする事、個人的な用事なのでコルネリアに滞在する間は商会の手を煩わせないようにする旨を電報で連絡を入れると、翌日の朝にはコルネリア支部からライアンへ返信があった。返信内容には「国境門に迎えをやるので、絶対に、絶対に個人で動く事ないように」とライアンの次男からの厳命が記されていた。ちなみにライアンの次男は商会のコルネリア支部の支部長をしているとのこと。
「私的な用事に商会の手を借りる訳には・・・。僕はもう会長でもないしねえ」
「ライアン様。支部長も心配していますよ。支部に寄って一度顔を見せてあげてください」
「うーん。わかったよ」
立場を考えればもっと偉そうでも良さそうなものなのだが、自身の為に権力を使うという考えが余り無いライアンをシンシアは上手くサポートしている。シンシアは経験がまだ足りず失敗もするが、人との繋がりにおいては良識のある行動規範を持っている。なので、自分の興味が先行して時々自由になり過ぎるライアンとはお互いの不足を補っていて相性がとても良い。
ともかくこれでコルネリアに着いてからのライアン達の動きもスムーズになるだろう。
数日天候を見てから、小夜子達はコルネリアへの最後の旅路についた。
東に進むにつれて、街道を覆う雪が少しずつ少なくなってくる。見慣れた真っ白な雪景色は気付けば一変しており、街道沿いには膨らんだ新芽を沢山つけた裸の木々が立ち並んでいる。針葉樹林帯からいつの間にか春の芽吹きを待つ広葉樹林帯へと風土が変わり、どんどんと旅のスピードも上がっていく。
そしてとうとう、前方にコルネリア大公国の白亜の長大な国境壁が見えてきた。
国境門の前には幾つかの天幕が張られており、検問を商人や旅人達が待っているようだった。
「ライアン様、とうとう着きましたね」
「そうだね。シンシア、僕にここまで付き合ってくれて本当にありがとう」
色々と込み上げる物があるのだろう。シンシアは目尻の涙を拭っている。
「君に出会わなければ、コルネリアにはとても辿り着けなかった。サヨコ、ありがとう」
「思いがけない楽しい旅だったわ。私こそありがとう」
これは小夜子の本心だった。
バギーで天幕が張られているエリアまで乗り入れ、ライアン達の迎えを探すと、一際豪奢な天幕から一人の男が出てきて、こちらに真っ直ぐ向かってきた。
「ライアン様、お待ちしておりました」
男はスチュアート商会コルネリア支部の副支部長だった。
「忙しいだろうに、すまないねえ」
「何をおっしゃいますか。前会長とお会いできて光栄です」
朗らかに挨拶を交わしていると、更に同じ天幕から外へ姿を現す者がいた。その人物は真っ白なたっぷりとした長衣を纏い、頭髪も見事な長い白髪だった。見るからに身分の高い様子の人物は、副支部長と話すライアンにゆっくりと近づいていった。その人物の左右後方には、更に純白の長衣を身に纏った者達が静かに付き従う。
シンシアと小夜子は天幕から出てきた者達に気付き、シンシアはライアンの側に寄り、小夜子はライアンから距離を取った。
「待ちくたびれたよ、ライアン」
声を掛けられて、その人物を認めたライアンはしばし言葉を失った。ライアンの様子を見て、相手は目を細める。
「なんてね。幼い子供の口約束だ。守ってもらえるなんて思ってはいなかったよ。だから、今日君と再会することが出来て、もう神の迎えを待つばかりの老いた身だと言うのに、嬉しさと感動で子供のように声を上げて泣いてしまいそうだ」
「・・・・レオ?」
「そうだよ」
レオと呼ばれた純白の老人は、ライアンに両手を伸ばし、ライアンもゆっくりと応えるように両手を伸ばした。老人達は60年振りの再会に、お互いの存在を確かめる様にしっかりと抱擁を交わしたのだった。
「あ、会える確信はなかったんだ。もっと早くに、会いにくれば良かった」
「君の活躍はコルネリアまで聞こえていたよ。スチュアート商会のミートソース缶は私の大好物だ」
「ひどいな!君から連絡をくれたら良かったじゃないか!」
「ふふ。かえって迷惑になるかと、意気地もなく連絡を出来なかった。許してほしい」
年甲斐もなく泣いたり怒ったりしているライアンを前に、レオと呼ばれた老人は楽しそうに笑っている。その純白の老人の後ろに付き従う、純白の付添人達と商会の副支部長は一緒にもらい泣きをして目元をハンカチで押さえている。
ライアンが早々に古い友人と再会を果たせて何よりなのだが、この白髪の老人はどうにも身分が高そうなのだ。
「うわ・・・」
小夜子は白髪の老人をコッソリ鑑定して驚いた。
更に、鑑定した直後に白髪の老人がチラリと小夜子に目線を流すのでぎくりとする。
白髪の老人は、コルネリア大公国のレオナルド大公であり、レオナルド・コルネリア大司教その人だった。
心の準備もなく小夜子はラスボスに遭遇してしまったのだった。いや、まだエンカウントには至っていない。まだニアミスと言って良いだろう。
小夜子はこの感動の御対面のどさくさに、さっさとお暇する事に決めた。
「シンシア、シンシア」
小夜子は小声でシンシアを呼ぶ。
「サヨコ、どうした?」
「私はここまでよ。商会のお迎えもあるし、後は大丈夫でしょ」
「そ・・・、そうだったな。サヨコの護衛は、コルネリア国境までの約束だった」
頭では理解しても、楽しい旅の終わりがどうしても悲しく、シンシアは堪えられずに涙がみるみると目の淵に盛り上がってしまう。
「シンシア、あなたは立派にライアンとの旅を成し遂げたわ。大の大人でも冬場の危険な旅に同行するのは躊躇するわよ。シンシアの勇気を私は尊敬する。ライアンをここまで支えたのは間違いなくあなたよ」
「でも、サヨコに会えなかったら、まだマルキアから動けてなかったよ」
「私がマルキアに行ったのは偶然。でもそこから私達の縁が繋がったのは、あなた達が私に関わってくれたからよ。私にとっても良い出会いだった。シンシア、元気でね!」
ぐすぐすと鼻を啜るシンシアを、小夜子は最後にギュウと抱きしめた。
「あと、これは私からの餞別。ライアンの友達に必要だと思うから。このお代は結構よ」
「え、な、何?わっ!」
小夜子から小さな紙の包みを手渡され、中身を確認してシンシアは飛び上がった。
小さな紙で包まれたものは小指の先ほどの黄角だった。
小夜子が鑑定した際、コルネリアの大司教の健康状態には「心疾患」の表記があったのだ。こんな所まで仲良く揃って患わなくても良いだろうに。でも、せっかく再会できたのだ。ライアンが古い友と友情を深める時間がもう少し長くあっても良いだろう。
「ライアン!」
話が尽きる様子もなく、天幕の外でずっと友人と立ち話をしているライアンに小夜子は呼びかけた。
「もう行くわ!元気でね!」
「サヨコ!本当にありがとう!報酬は弾むからね!」
「期待してる!」
ライアンとシンシアのコルネリアでの生活は、きっと沢山の楽しい事が待っている。
悲しい別れではなく、未来への希望が溢れる喜ばしい別れだ。
小夜子とライアンは笑顔で手を振りあって、コルネリア国境にて別れた。
小夜子のヴァンデール帝国の探索はまだまだ続く。
小夜子はマルキアからコルネリア大公国の国境までで10体の女神像の修復を終えた。
次はコルネリア国境へ延びる道の分岐点から北に向かう。北に向かうのだが、北側海沿いの人里は不思議と帝国の南よりも暖かいのだ。海から届く暖かい偏西風が温暖な気候を一年中保っているのだと言う。
小夜子は北に真っ直ぐ向かって海に行き当たると、今度は辺境を巡りながら西へと進路を取った。小夜子の頭の中には帝国の地理は入っておらず、その日の気分で行き当たりばったりだ。
街道沿いに忘れた頃に転がっている石ころを修復しつつ、村ともいえない海沿いの集落で海の幸を堪能しながら、石像を見つけたり見つけなかったりしながら、小夜子はのんびりと一人旅を続ける。時折、困っている辺境の住民が居れば気まぐれに助けたり、対価に海の幸を巻き上げたりもする。
帝国では初めて見る、結構な広さの平地が海沿いには続いている。
帝国は灌漑施設もしっかりと整備されており、海沿いの平地には広大な畑が広がっていた。畑と海を遮るように松が一列に植えられているのは、日本の風景に通じるものがあり、懐かしく小夜子はその景色を眺めた。同じ国だと言うのに、広大な面積を持つ帝国はその地域によって見せる顔が全く違って面白かった。
しばらく西へ進めば、冒険者ギルドがある地方都市と言った規模の街に辿り着いた。
街の名前はスリッケルと言った。
そういえば盗賊の引き渡しの為に行かなければならない町もあったが、こんな名前ではなかったなと、既に小夜子の記憶もうろ覚えになっている。
スリッケルの冒険者ギルドにまずは顔を出し、自分に連絡が無いか確認後、依頼が貼り出されている掲示板を冷やかす。
特に金銭的に困っていない小夜子は、依頼受けることはせず自分のギルド口座の残金も確認する。気のせいか、丸の数が一億を超えていたように見えたが、ライアンが報酬を弾みすぎてしまったのかもしれない。
ガルダン王国口座は5000万を超えた位だったかと思うので、短い期間で結構な金額を手に入れてしまったことになる。とりあえずは帝国銀貨と金貨は30枚ずつ引き出した。
それからギルドに併設された飲み屋に腰を落ち着けて、エールと二枚貝のオイル煮を楽しみ始めた時だった。
「・・・・見つけましたよ」
地の底を這うような恨めしい声を出す女が、小夜子の前に立った?
しかし小夜子にはその女には見覚えが無い。
年の頃は20代前半といった所か。女は赤みがかった金髪をきっちり1本の三つ編みにして、手前に流している。丸い眼鏡は女の生真面目さを伺わせた。女は紺色のキュロットスカートのツーピーススーツにカッチリと身を包んでいる。
女の後方には、少し眉尻を下げて困った様子の男女が控えていた。男女の方はカッチリとした女とは対照的に動きやすそうなラフなスタイルで、しかし2人とも腰には剣を佩いている。
「?」
小夜子は首を傾げながらもエールを勢いよく煽る。
「黒ずくめの少女のような容姿の一人旅の冒険者!見つけましたよ!」
「・・・・・」
女は小夜子を探していたようだが、小夜子には女に全く用は無い。
小夜子は無言で二枚貝を食べ、更にエールを呷る。
マルキアやコルネリアに至る途中の村では辛口のラガービールが多かった。それが海沿いの人里にやってくれば、風味豊かなエールの種類が豊富になってきた。海沿いだからミネラル分が豊富なのだろうか。地産地消の食材とその地方の酒は合わない訳がない。
「人の話を聞いているんですか?!」
反応を示さない小夜子の前で、眼鏡の女は顔を赤らめて小夜子に噛みついてくる。
この女の護衛らしい男女は、ヒステリーを起こす女の後ろで困った様子で立っているが、女を止める様子もない。
「うざ・・・」
何だか変な者達に絡まれてしまった。
最初の粘着質な陰気さの後の、切れ気味のハイテンション。思わず距離を取りたくなるような情緒不安定さは小夜子と因縁の有る女神を彷彿とさせる。
ヴァンデール帝国での、小夜子の新たな出会いであった。




