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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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臨時護衛の小夜子 2

 翌朝、待ち合わせの時間ぴったりにシンシアはやって来た。

 シンシアは今日も綺麗に髪を結いあげ、美しいクリーム色ドレスの上には焦げ茶色の暖かそうな上品なコートを羽織り、こげ茶の編み上げブーツを履いている。ちょっとこの辺の女性では見ない装いで、都会的に洗練されていると帝国民なら表現するのかもしれない。

「シンシアおはよう。朝食は食べた?」

「おはよう。朝食はライアン様の部屋で済ませて来た。早速だが、ギルドに行こう。言い値の金額で黄角を買わせてもらう」

 時間が惜しいと宿を出たシンシアの後を小夜子はのんびり追いかける。

 ギルドに着いてから、小夜子はギルマスのジュードを呼んでもらった。

 呼ばれてやって来たジュードにクロイワヤギの解体を頼めば、ジュードは驚愕の表情を浮かべた。

「サヨコ、クロイワヤギは一体だけか?」

「うーんと、十数匹あるかなあ。シンシアは黄角だけ欲しいの?」

「そうだ」

「取り合えず、黄角をクロイワヤギから切り離してもらいたいの。あとの残りは、欲しかったらギルドに卸すけど」

「そ、そうか・・。2・・・、3匹、買い取らせてくれ」

「いいわよ」

 恐る恐る切り出すジュードに小夜子があっさりと答える。

 ジュードの要望も小夜子は了承し、何やら緊張し始めたジュードに案内されながら小夜子とシンシアはギルドの解体室へと向かった。

 手持ちのクロイワヤギは小夜子の前世で知るイワヤギと大きさはそう変わりは無く、作業台に3匹を積み重ねて小夜子は収納ボックスから取り出した。

「おお・・・!」

 ジュードと解体担当の職員が感嘆の声を上げた。

 さらにその脇に、一匹だけ捕獲できた黄角のクロイワヤギを出すと、シンシアを含めた3人が言葉を失った。黄角を持つクロイワヤギは通常のクロイワヤギよりも一回り大きな個体だった。鮮やかに発色する黄角はずっしりとした重量があり、500ミリリットルのペットボトル位の大きさがあった。

「これが黄角のクロイワヤギだけど。ジュード、心臓病に効くクロイワヤギの黄角って、これで間違いない?」

「ま、間違いないと思う。正直、見るのは初めてなんだ。これは・・・、君が捕獲したのか?」

「まあね。じゃ、まずは黄角を切り離してちょうだい。そっちの3匹は好きにして。代金はギルド口座に入れておいて」

 小夜子の依頼に解体職員も緊張しながら作業に取り掛かる。

 横たわったクロイワヤギの頭部の下に白い絹布を敷き、黄角を根元から糸鋸で慎重に切り離していく。切り離す際に出る黄角の小さな粉塵の一粒までも丁寧に集められた。作業が終わり、黄角の2本は真っ白な絹布に一本ずつ包まれて小夜子に渡された。

「クロイワヤギって、そんなに珍しいの?」

 緊張の表情が緩まない解体職員とジュードの様子に小夜子が訊ねると、ヴァンデール帝国におけるクロイワヤギの価値についてジュードが説明してくれた。

 クロイワヤギはマキア山脈の高地に生息していると言われており、山脈に登るだけでも命がけとなる所にクロイワヤギを捕獲してそれを荷物に持ちながら下山するなど至難の業なのだという。

 それほどに入手困難な素材のクロイワヤギだが、クロイワヤギの毛織の漆黒のマントはヴァンデール帝国の皇帝のみが身に付けられる国宝とされている。現皇帝が身に付けるマントは100年以上も前に高名な冒険者が持ち帰ったクロイワヤギから作られているという。

 つまりは100年以上、クロイワヤギを帝国皇室は入手出来ていない事になる。

 100年以上ぶりに売買されるクロイワヤギの市場価値はどれだけ跳ね上がるのか、帝国皇室がクロイワヤギにどれだけの値を付けるのか、想像も付かないという事だった。

「ジュード、クロイワヤギを売ってもいいけど、誰から買ったかは口外しないでちょうだい」

「何故だ?ギルドで買い取るが、このクロイワヤギは皇族へ献上する事になる。冒険者としても大変な栄誉だぞ。是非サヨコの名前は伝えさせてもらいたいが」

「やめて。王族には関わりたくないの」

「わ、わかった」

 目の座った小夜子に見据えられて、ジュードはそれ以上の反論をせずに小夜子の要望を飲む事にした。

 クロイワヤギの買い取り額だが、解体前に一匹500万ゴールドと提示されてガルダン王国との価値の違いに小夜子は改めて驚いた。グランシールでは低く見積もられた金額だったが、その10倍以上の金額を提示され、3匹で1,500万ゴールドの値がついてしまった。

 小夜子としてはその金額に満足したが、ジュードは少し申し訳なさそうにしていた。もう少し大きな街に出れば商業ギルドがあり、そこでなら倍以上の金額が提示されるだろうとジュードは正直に小夜子に伝えたのだ。

 それを小夜子は一笑し、ジュードに売る事に決めた。

 黙っている事も出来たのに、クロイワヤギの希少価値や、ギルドの買い取り額について正直に小夜子に話してくれたジュードを小夜子は好ましいと思ったからだ。

 儲ける事だけがギルドに素材を降ろす目的でもない。不慣れな土地で信頼できる人間と知り合えるのは何よりの財産だと小夜子は思っている。

 ギルドに卸す分の買い取り額、1,500万ゴールドはギルドの帝国口座に後日入金される事になった。ちなみにギルドの口座は滞在する国が増えればそれだけ口座の種別も増える事になる。換金比率が違うので、金銭種別ごとに口座が増えていくのだ。小夜子は現在王国口座の他に帝国口座を持つことになった。

「ジュード。黄角は一本いくらになるの?」

 小夜子の質問にジュードはヒクリと口元を痙攣させた。

「・・・1本丸ごとだぞ。数億は軽く超えるだろう」

「億?!」

 さすがの小夜子もその金額には驚いた。

「今市場に出回っている黄角は、数百年も前に捕獲された個体の黄角を細かく粉末にしてグラム単位で取引されている物しかない。寝かせれば寝かせる程に価値が上がるから、黄角の粉末は投資家にとっては資産扱いだ。市場に出れば、1グラムに数百万単位で値が付く。それが一本丸ごとだろ。いくらの値段がつくのか想像も難しいな」

 本当に、ガルダン王国との違いには驚かされる。黄角は王国でも高価ではあったが、値が付いても数百万と聞いていた。手持ちの素材を売り捌くだけで冒険者として活動せずとも帝国で一財産築けるかもしれない。そんな怠惰な小夜子が顔を出しそうになるが、石像探しで帝国中を探索しなければならないのだった。どうせなら金儲けをしながらの方がいいだろう。と、やはり根が庶民の小夜子は思ってしまうのだった。

「だってさ。シンシア、2本とも欲しい?」

「うっ・・・」

 驚きはしたが当初の目的を思い出し、小夜子は真っ青なシンシアに尋ねた。

「ジュード、資産扱いっていったけど、薬効としてはどんなものなの?伝説の万能薬みたいにすごい物?ライアンの心臓病に効くならいいんだけど」

「そうだな。心臓病の特効薬がないからスチュアート商会は何年も前から各種ギルドに黄角の買取依頼を出していたんだろうな。一応うちには採取依頼が出されている」

 ライアンは商会名で各方面のギルドに黄角の買取、採取依頼を出していたらしい。

「ならスチュアート商会の依頼を受ける形にしようかな。受取は商会長が直接するから問題ないでしょう。シンシアは会長代理よ」

 真っ青なままのシンシアの背中を小夜子は軽く叩く。しかしシンシアは青い顔のまま固まっており、口も利けない状態だ。

「小切手に物凄い桁の金額を書くよりは、お嬢さんもそっちの方が気が楽か?」

 ジュードの助け舟にシンシアは全力で乗り、必死にコクコクと頷いている。

 話は纏まり、小夜子とジュード、シンシアの3人は解体室からギルドの1階フロアへと戻ってきた。

 ジュードは掲示板の隅の1番上から1枚の依頼票を剥がした。

「これがスチュアート商会の依頼だな。3年前から出されていて、未だに任務を受ける冒険者は居ない。黄角の採取なんて、一介の冒険者が出来る訳もないから無理もないがな」

 ジュードから手渡された依頼票に小夜子は目を通す。

 依頼は帝都のスチュアート商会から出されており、依頼内容はクロイワヤギの黄角採取。依頼料は5グラムで1000万ゴールドとなっている。

 小夜子が手にした黄角は、ペットボトル1本として500グラム以上はあるだろう。

「1本10億の所、5億にまけるわよ?」

 小夜子の提案にシンシアの顔色は青を通り越して真っ白になっている。

「サヨコ、可哀想だからやめてやれ。お嬢さん、5グラムは商会の最低必要とする量だと思うぞ。製薬に関して俺は専門じゃないが、黄角は欲しいと思って手に入るもんじゃない。スチュアート商会なら数千万は出せるだろう。とりあえず10グラムの買取にしたらどうだ」

「そ、それで頼む」

 シンシアが動きの悪い人形のようにぎこちなく頷く。

「よし、じゃあお嬢さんとサヨコ、しばらく俺の作業を見ていてくれよ」

 閑散としたギルドのカウンターの上で、ジュードが油紙と秤、小型の鋸と銀の匙と言った計量道具を準備し始める。閑散期で鑑識専門職が居らず、今日はギルマス自らが黄角を必要分削り出すらしい。

 大柄なジュードは意外な手先の器用さを見せ、丁寧な扱いで黄角を必要分削り出していく。

「ふう。きっちり10グラムだ。間違いないか」

「確かに10グラムね」

「間違いない」

 依頼人と冒険者双方の承認を得て、ジュードは黄角の塊を油紙に丁寧に包み、薬包をシンシアに手渡した。

「はあ、さすがに緊張したな。うっかり咳でもしたら、数百万が床に散らばる所だ」

 ジュードは薄っすらとかいた額の汗を拭った。

 これで小夜子はスチュアート商会の依頼を引き受け、任務をクリアしたことになった。依頼料は2週間以内には口座に振り込まれるそうだ。これで当面の帝国の活動資金も確保できた。

「お嬢さん、会長の具合が良くなるといいな」

 ジュードの声掛けに、シンシアは黄角を仕舞ったバッグを胸に抱き、泣きそうな顔で頷いた。

 これで小夜子とシンシアの用事は済み、2人は冒険者ギルドを後にした。

 シンシアは早速町の薬師の元で黄角を製薬してもらうと言うので、小夜子は興味本位でシンシアに同行する事にした。高額な素材を一人で持ち歩く事にプレッシャーがあったのか、シンシアは口には出さないが小夜子の同行にホッとした様子だった。

 訪ねた薬屋では薬師は黄角を前に絶句していたが、顔を蒼褪めさせながらシンシアが見守る前で製薬作業を進めていく。小夜子が黄角を鑑定すると、「鎮痛、解熱、血管拡張、解毒、抗炎症、免疫向上、・・・」と効能の表記が延々と続く。この世界で言えばまさに万能薬といった所なのだろう。

 薬師は丁寧に黄角をすり鉢ですり潰し、飲みやすく他の生薬を合わせ嵩増しして20包を製薬した。シンシアは薬師に手数料を支払い、真っ直ぐに宿まで戻った。

 宿で待っていたライアンは、昼食後に早速薬を飲んだ。しばらくは経過観察をしながら黄角を服用していく事になるだろう。

 今日のライアンは昨日より顔色も良く、調子が良さそうだった。まさかすぐさま黄角が効いたわけではないだろうが、特効薬が手に入った事から気持ちも上向きになっている事が体調にも影響しているのかもしれない。昨日から張り詰めた糸のように気を張っていた様子のシンシアも、今はライアンに付き添いながら柔らかい表情を見せていた。

「長生きはするものだ。黄角をまさか手に入れる事が出来るとはね。サヨコさん、本当にありがとう」

「スチュアート商会から依頼報酬を貰うからお礼は結構よ。採取依頼達成になったから、こちらとしても都合が良かったし」

「それはそれだよ。改めて是非お礼をさせて欲しいな」

「うーん、今は特に思い浮かばないわ。だからあなたに貸し1つよ。困った事があったら、今度はあなたが私を助けてちょうだい」

 小夜子としては依頼報酬をもらうだけで十分だったし、返事は保留にしておいた。

「ははは、それは高くついた気がするなあ。よし、これからもしも君が窮地に陥ったら僕の全力を以て助けると約束しよう。僕の命が尽きた後は、僕の家族が必ず君の恩に報いると誓うよ」

「期待しておくわ」

 調子の良さそうなライアンとしばし談笑して小夜子はライアンの部屋を後にした。


 小夜子がマルキアでする事はもうない。今度は東に向かい、街道と道々の村を探索しながら進むことになる。

 山の麓のマルキアも地面は凍り、毎日降る粉雪は確実に街道に降り積もっている。

 しかし小夜子のバギーはタイヤの凹凸も大きく、しっかりと雪道も安全に走れる。さすがに一日屋外に居るのは寒いので、結界を張りながら進む事にしようか。

 今後の段取りを考えながら小夜子はもう一度ギルドに顔を出した。

 移動しながらこなせる依頼などを探そうと掲示板を小夜子はもう一度見てみる。

 すると閑散期でも常時依頼が2件あった。

 1つは盗賊団員の討伐。殲滅の依頼ではなく、これは一人頭いくら、という盗賊団メンバーの捕縛の依頼が出されている。生死は問わず、1人15万ゴールドとある。これが高いのか低いのかは小夜子には分からない。掲示板の隣には指名手配書が張り出されており、帝都で犯罪を犯した者や、盗賊団の主要メンバー数人が顔写真付きで懸賞に賭けられている。指名手配書の懸賞金は100万前後といった所だ。

 もう一つは山中の動物の狩りの依頼。鹿、猪、キツネ、といった冬も活動する動物を食料と素材として採取する依頼が出されている。

 その常時依頼とは別に1枚の真新しい依頼票が張り出されている。

 依頼主はライアン・スチュアート。依頼が出されたのは1カ月ほど前。依頼内容はコルネリア大公国までの護衛とある。

 ライアンのあの様子だと、まだしばらくの療養が必要だろう。この冬のさなか、心臓病を抱えての移動は命に係わるだろうし、しっかりと休養を取り暖かくなった春以降に出立した方が体の為だ。

 移動の途中にこなせる任務はとくには無いなと確認し、小夜子は明日にはマルキアを発とうと思った。

 小夜子の中ではマルキアでの用事は済んでいたのだ。


「冒険者サヨコ!いざ!私と勝負をしてもらう!」

 翌日の昼下がり。

 小夜子は、宿の食堂にてシンシアに決闘を申し込まれたのだった。



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