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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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臨時護衛の小夜子 1

 山間の集落に別れを告げて、小夜子はヴァンデール帝国南東部辺境、マルキア町にやって来た。

 町は周囲をぐるりと10メートルは越すかという木材を組まれた塀が取り囲んでいる。丸太がそのまま立てられて組まれた武骨な物だ。塀の切れ目には簡素な検問所があり、塀の切れ目の両脇には武装をした門兵が2人立っている。

 小夜子は門兵2人の前に空から降り立った。

「なっ、なっ・・・!」

「お前、今どこから・・・?!」

 当然小夜子は門兵達に盛大に怪しまれる事となった。

「ごめんごめん。山の上の集落から飛んできのよ」

 騒ぐ門兵に謝りながら、窓口の向こうで固まっている検問所の窓口担当の元に小夜子は近づき、窓越しに冒険者ギルドのタグを担当者に見せる。

「冒険者よ。ガルダン王国から来たわ。町に入っても問題ない?」

「ガ・・・・!」

 ガルダン王国の名前を出せば、窓口の担当者も当然こうなる。窓口の小窓の向こうで椅子を倒して担当者は立ち上がり、小さな小屋の戸口から小夜子の前にまろび出てきた。

「ちょっ、ちょっと待ってて下さい!」

 窓口担当者は若いというよりも幼い少年で、サニーより幾分大きい位の見た目だった。

「わかったわ」

「すぐ!戻ります!すぐ!」

 ガルダン王国の名前を出すと毎回大騒ぎになってしまう。何も馬鹿正直に王国から来たと言う必要は無かったなと小夜子は今更ながら気付いた。次に地名を出す時はマルキア町から来たことにしようと、小夜子が考えていれば窓口の少年とその上司らしき人物が町の門から外に飛び出してきた。その上司らしき男が緊張の面持ちで小夜子に話しかけてきた。

「・・・ガルダン王国から来た冒険者というのは君か」

「そうよ」

「タグを、見せてもらえるか」

 大柄で体格の良いその男が、その見た目に反して慎重に小夜子に手を差し出す。小夜子はその手の上に無造作に冒険者タグを乗せた。

 男はタグの表を見て息を呑み、裏を見て更に息を呑む。

「・・・ブラッドレーは、ガルダン王国の王都だったか・・・。しかもAランクとは」

「何か問題ある?町に入っていいかしら」

「問題はない。俺はマルキアを拠点に冒険者と自警団員をしているグレイだ。マルキアへようこそ。歓迎する」

「小夜子よ」

 友好的に手を差し出す男と小夜子は握手をする。その様子に門兵達と窓口の少年の緊張もやっと緩んだ。

「俺で良ければ町を案内するが」

「ありがとう。最初にギルドに行こうかな」

「わかった。それならギルドマスターにも紹介しよう」

 グレイは筋骨隆々とした大柄な男だが、機能的な濃紺の厚手のコートに身を包み、見た目が小奇麗だった。この男の身なりであればガルダン王国なら下位貴族程度に見られる所だが、冒険者と自警団を名乗る所を見ると一般国民なのだろう。

 ガルダン王国はこちらに比べれば温暖なため、真冬でもない限り着の身着のままでも生きていけるという事情もある。だが王国に比べれば帝国はやはり文明度が高く、経済的にも豊かなように思えた。

 そしてグレイは身綺麗な上に紳士的だった。帝国は一般国民の教養も高そうだ。ガルダン王国のおおらかで気取らない国民達も小夜子は嫌いでは無かったが、ガルダン王国にいた眉を顰めるような品の無い者には帝国では未だにお目にかかっていない。

 グレイは小夜子に歩調を合わせて、ゆっくりとマルキアのギルドへと案内をした。

 マルキア町はログハウスではなく、ごく普通の木造の建築物が多く立ち並ぶ町だった。建築資材は山の麓という事もあり、木材がメインになる為だろう。屋根だけは山間のログハウスと同じく鋭い三角になっているのは、雪が屋根から自然と落ちる工夫だろう。

 町の中心には商店や宿、ギルドが混在していて、その周囲に住民の居住区が広がっているのだそうだ。

 小夜子はグレイとマルキアギルドに足を踏み入れた。

 ギルドの中は昼過ぎの半端な時間だった事もあり閑散としていた。造りはどこのギルドも似たようなもので、広いフロアと、奥に各種の受付窓口、壁には依頼票が張り付けられた掲示板がある。一角には飲食店が収まっており、昼のピークも過ぎたからか客の1人も居なかった。

 グレイは小夜子を二階に案内し、一室のドアをノックした。中から応答があり、グレイが部屋のドアを開けると、中の執務机に部屋の主が座っておりこちらを見ていた。

「ギルドマスター、ガルダン王国から来た冒険者をお連れした。Aランカーのサヨコ殿だ」

「ほう、それはそれは」

 マルキアのギルドマスターは立ち上がると小夜子を部屋の中へと招き入れた。

 室内のテーブルセットに小夜子が座れば、ギルマス手ずから入れたお茶が小夜子とグレイの前に置かれて、自分の分も置いてからギルマスも席に着いた。

「大公国を経由して王国から商人が大公国近辺を出入りする事はあるが、冒険者とは珍しい。更にマルキアまでわざわざ足を伸ばす者がいるとは驚きだ。俺はマルキアのギルドマスターをしているジュードだ」

「小夜子よ」

 ギルドマスターのジュードも大柄な男だった。そういえば山間部の女性達も身長が高い者が多かったが、高身長は帝国民の特徴なのかもしれない。

「見た目で判断するのは愚かだとわかっているが、その華奢な小さな体でAランカーとは信じがたい。しかし、王都ブラッドレーでAランクに認定されているのだ、実力は間違いないのだろう。その若さで大したものだ」

「そう?」

 本当はガルダン王国から真っ直ぐ山を飛び越えてきたのだとか、Sランクの推薦を全力で拒否した事とか、聞かれもしない事を言うことも無いだろうから小夜子は黙っておく。

「さて、せっかくマルキアに来てもらったが、あいにく冬の今は閑散期なんだ。商人や旅人もいないからギルドへの依頼も殆ど無いし、大半の冒険者は冬の間は町の自警団員の仕事をしているか都会に出て護衛任務をしているな」

「そうなんだ。魔獣の被害の警戒とかしなくていいの?」

「まじゅう?獣害の対応か?塀だけで充分防げるし、よっぽど山奥に行かなければ、危険な獣には出くわさないからな。動物よりも人の方がやっかいだ。ならず者が入ってこないように町の住民と冒険者が自警団を組織しているんだ。冒険者への依頼の大半は商人や旅人の護衛任務や、遠方への手紙や荷物の配達とかだな」

「へえー」

 ところ変わればといった所だ。

 ガルダン王国は人に害を成す魔獣が多く出没し、対人、というより魔獣対策がメインで軍も組織されている。冒険者への依頼も人の生活を脅かす魔獣の討伐が大半を占めていた。魔獣も人間を見つければ捕食しようとしてくるので、野山に潜む盗賊団なども存在しえなかった。

 しかしヴァンデール帝国は獣の脅威はガルダン王国より小さく、人里離れた場所でも人間が獣を恐れずに活動できるらしい。人間が警戒しなければならないのは、悲しいかな同じ人間なのだった。

「ちなみに一番大きい獣って、この国では何になるの?」

「グリズリーという熊だが、山奥に入らなければ遭遇しない。体長は3メートルを超すものもいる。出会ったら命は無い。君もAランカーとはいえども自分の力を過信せず、むやみに人里離れた山奥に入ったりしない事だ」

「・・・わかったわ」

 5メートルのヒクイドリなんて出したら、大騒ぎになりそうだ。

 ジャイアントモールなど、どのギルドでも解体の手段もないだろう。

「なに、山に行かなければ出くわすことはない。そう心配することもないさ」

 口数の少ないサヨコが怯えていると思ったのか、ジュードは小夜子を安心させようと言葉を掛ける。ジュードは大柄で屈強な見た目だが、気の優しい男のようだった。

「この国には探し物で来たの。小さい石像なんだけどすごく古いから、壊れて苔だらけになってるかも。苔だらけの石が転がってる場所ってあるかしら?石像を探しながら東に向かう予定なのよ」

「石・・・」

 全く心当たりがないのか、グレイが止まったまま思案に沈んでしまった。

「冒険者、は居ないのよね。町の子供達でもいいんだけど、案内をお願いできないかしら。依頼料はもちろん出すし」

「町の子供達なら、今日は教会の勉強会があったか?」

「たしか、そうだったと思う。石を知っている子供がいると約束はできないが、紹介しよう」

 それからグレイが子供達と小夜子を顔つなぎしてくれ、一日で夕暮れまでに3体の石像を修復する事が出来た。全ての石像が町を囲む柵の近く、町の外れに忘れ去られたように朽ちていた。グレイも子供達も見慣れぬ石像に驚いていた。

 案内には子供達が連れ立って5人が小夜子に付き合ってくれたので、一人に帝国銀貨を1枚ずつ渡す。

小夜子は前もってガルダン王国金貨をマルキアギルドで両替しておいた。結果はガルダン王国金貨一枚がヴァンデール帝国銀貨8枚と、帝国銅貨5枚となった。10,000ゴールドが8,500ゴールドに目減りしてしまったのだった。銀貨に関しても結果は同じで価値は目減りしてしまう。純粋に鉱物として金と銀を査定しての結果で、王国の金貨と銀貨はどうも多少の混ざり物があるようだった。ガルダン王国の硬貨を両替していてはずっと両替損が続く。山の上の集落で受け取った帝国金貨が多少はあるが、帝国硬貨を稼がなければと思う小夜子だった。

 子供達はそれぞれが銀貨を握りしめ、ホクホク顔で岐路についた。


 マルキアに来た初日に小夜子の用事は片付いてしまった。

 あとは街道の石像の有無を確認しながら次の村を目指そうかと、小夜子は今後の段取りの思案をする。

 今夜はグレイが紹介してくれた、町で一番食事が良いという小熊の昼寝亭に小夜子は宿を取っていた。グレイが言った通り、宿の料理は素晴らしかった。

「この宿の料理人、天才じゃないの・・・」

 熱された鉄板の上に皮が破ける程に熱されたソーセージとホワイトソースのマカロニ入りのグラタンが乗せられ、グラタンのホワイトソースが沸々と弾けている。グラタンの上には蕩けたチーズもたっぷりと乗せられていた。グラタンだけで食べても美味しいし、ホワイトソースをソーセージに絡めて食べても美味しい。ホットワインもスパイスが効いていて体が温まる。付け合わせのキャベツの酢漬けで、口の中がリセットされると延々と食べ続けられそうだった。

 小夜子は華奢な見た目に反して、食べ物は成人男性並みの量を食べる。控えめに食事を提供してしまった宿のおかみが、笑いながら小夜子に無料でお代わりをくれた。

「お嬢さん、良かったらこちらも手伝ってくれないかな」

 食堂のカウンターで一人食事を楽しんでいると、後ろから小夜子に声がかかった。小夜子が後ろを振り返ると、一つのテーブルに身なりの良い年配の男性と年若い女性が座っていた。男性の方は小夜子よりは長身だろうが、中肉中背で大衆食堂でもパリッとジャケットを着こなしている紳士然とした老人だった。同席している女性も食堂では上等すぎるドレスを身に纏った、明るい栗色の豊かな髪を結いあげた美人だったが眼光がやや鋭い。

「僕達はもう満腹になってしまってね。よかったら絶品のアップルパイはいかがかな?」

「食べないのなら遠慮なくいただくわ」

 奢ってくれると言うなら小夜子に断る理由はない。パイを勧める老人は穏やかな緑色のアイコンが点滅しているが、若い女性の方は黄色いアイコンが点滅していた。

「ご馳走様」

 あまり深入りする気もなく、小夜子は老人からパイの皿だけ受け取った。

「ライアン様、もう少し召し上がってください。食事の量がどんどん減っています」

「シンシア、もうたくさんだよ。早く体調を戻さないといけないのに、心配をかけるばかりですまないね」

 小夜子の後ろで2人が会話している。

 席を立つ気配に小夜子がチラリと後ろを見れば、老人は女性の手を借りながら部屋に引き上げるようだった。ふと気が付けば、宿のおかみも小夜子と同じ目線の先、老人と女性を心配そうに見送っていた。

「ライアン様!」

 廊下の先、部屋の中に入ろうとした所で、老人は胸を押さえながら苦しそうに蹲ってしまった。

「お客さんがまた発作だよ!!」

 おかみが叫ぶと厨房から従業員2人が飛び出して来て、真っ直ぐに老人の元に駆け寄った。男2人が老人を抱えて部屋の中に運び込む。小夜子がカウンターから確認できたのはここまでだった。

「大丈夫なの?」

「ううん、分からないね。あのお客さんは、胸が刺す様に痛むんだってさ。この町では症状に応じて薬草を煎じる位しか出来ないんだ。薬師はいるが医者はいないんだよ。しかしあの体じゃあ、移動する事も出来ないだろうし、心配だね」

 おかみは難しい顔をして、老人の部屋の扉を見つめていた。

 アップルパイはとても美味しかった。

 一飯のお礼ではないが、少し老人の様子をみてみようと小夜子は冷めたホットワインを飲み干すと、老人の部屋に向かった。

 老人の部屋を覗けば、宿の従業員が2人掛かりで老人をベッドに横たわらせた所だった。

 連れの女性は青い顔で老人の顔を覗き込んでいる。

「薬は?それか薬湯とかは飲ませるの?」

「薬湯を飲ませるよ」

 戸口に立つ小夜子の後ろからおかみがグイっと部屋に押し入っていった。

 おかみは慣れた様子で老人のベッドサイドに寄り、苦しむ老人を起こしてゆっくりと椀の中の薬湯を飲ませる。暫くすると、老人は少し楽になったようで、それでも痛みを散らすためにか慎重に呼吸を繰り返していた。

「ライアン様、私が変わってあげられたら・・・!」

「シンシア、馬鹿な事を言うんじゃない。私はもう十分に生きたよ。けど、あともう少しだけ、時間があればなあ」

「どうにかして、黄角が手に入れば・・・!」

 女性が悔しそうに顔を歪ませる。

 その聞き覚えのある単語に小夜子は反応した。

「それって、クロイワヤギの黄角のこと?」

「そうだ。滅多に出回らないのは知っている。だが、黄角ならひょっとしたらライアン様の病にも効くかもしれない」

「黄角なら持ってるわよ。欲しかったら売っても良いけど」

「なっ・・・!本当か・・・!」

 女性が丸椅子を後ろに倒しながら立ち上がった。この女性は清楚なドレス姿の割にどうにも言動が雄々しい。

「黄角が欲しいならギルドで解体を頼むわ。どうする?」

 小夜子の言葉に、女性は小夜子と老人を交互に見ている。

「・・・シンシア、言い値でいいよ。お嬢さんから買い取らせてもらいなさい」

「は、はい!!」

 老人から指示を受けた女性は、緊張した面持ちで小夜子に向き直る。

「私は冒険者の小夜子よ。クロイワヤギの黄角はずっと引き取り手が無かったの。買い取ってくれたら嬉しいわ」

「シンシアだ。こちらはライアン・スチュアート様だ。スチュアート商会といえば聞き覚えがあるだろう。その商会長でいらっしゃる」

 スチュアート商会と聞いて室内の宿の従業員がざわついた。しかし小夜子はもちろんそんな商会など分からない。

「ふーん?よろしくね」

「なっ、スチュアート商会が分からないのか?いったい、どこの田舎から出て来たんだ」

「・・・シンシア」

 ライアンが静かにたしなめると、シンシアはハッとして口を噤んだ。

「・・・こちらこそ、よろしく頼む」

 そう言ってシンシアは小夜子に頭を下げる。

 このシンシアという女性は少し思慮に欠けるが、悪い人物ではない。ライアンの役に立とうと一生懸命な事は小夜子にも伝わってくる。

「黄角だけど、夜間はギルドも閉めるらしいから引き渡しは明日になるわ。明日朝食後に一緒にギルドに行きましょう」

「了解した」

 話せば話すほど淑女らしさから遠のいていくシンシアは、真面目な顔をして小夜子に頷いて見せた。

 ベッドに横たわるライアンを見れば、薬湯には鎮静作用もあるのかいつの間にか静かに寝入っていた。ライアンの体には薬湯もまだ効き目があり、黄角が特効薬になるなら回復の見込みは十分に有りそうだった。

 小夜子は出会う者全てを治癒魔法で救うつもりはない。きまぐれや思い付きで手助けはするが、自助努力でどうにかなる者は自分で頑張るべきだと思っている。

 ライアンはまだ身体的な余裕も、金銭的余裕もある。

 ならば遠慮なくライアンには黄角を売りつけさせてもらおう。ライアンも薬が手に入り、小夜子も帝国硬貨が手に入る。両方に利がある、良い取引だ。

 黄角にいくらの値が付くのかを楽しみに小夜子は手入れの行き届いた宿の一室で眠りについた。


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あ、訳ありだ!トラブルかな、トラブルだな
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