ヴァンデール帝国辺境にて 2
「取り乱して失礼しました。私はこの集落の代表をしているデニスといいます。あなたの名前を伺っても?」
「小夜子よ。ガルダン王国から来た冒険者だから、そう畏まらないでくれる?その方が私も気楽だわ」
「ガルダン王国?!」
「魔法使いだ!」
そこからカルロスと同じ反応を人々が見せ、人々が落ち着くまで小夜子はまたもしばらく待たされるのだった。
「落ち着いたかしら?言っておくけど、私は魔法を使うけど聖女じゃないし魔法使いでもない。冒険者ギルド所属のただの冒険者なの。庶民の冒険者だから楽にしてちょうだい。けど、冒険者だから無償の奉仕はしないわよ。さあ、あなた達の冬支度の予算はいくらなの?」
「・・・わかった。少し時間をくれ」
人々は相談のため一度デニスの家に集まるようだ。小夜子は先ほどの少女の家で恐縮する母親に無理やりホットレモンを飲ませながら、場所を借りて待たせてもらう事にした。
それからしばらくするとドアがノックされ、小夜子が家の外に出れば20人ほどの人々が緊張の面持ちで小夜子を待っていた。
「・・・・サヨコさん、これが集落の買い出し資金全額だ」
デニスが両手で小夜子に差し出す小ぶりの麻袋を小夜子は受け取った。中を確認すると、ガルダン王国の金貨とは違う種類の金貨が10枚ほど入っていた。
「この金額分を、どうか買い取らせて欲しい」
「「「お願いします・・・」」」
デニスが頭を下げると同時にその後ろで人々も頭を下げた。
「いいわよ!もっと出せるけどどうする?」
人々の深刻な空気を他所に、小夜子は軽く快諾した。
「ほら、全員が冬を越せる分買い込む予定だったんでしょ?後は何が必要なの?」
リクエストを要求する小夜子にデニスが恐る恐る切り出した。
「サヨコさん・・・。あんたが出してくれた食料は全てが高級品だ。こんなに真っ白な小麦粉に、塩、砂糖なんか俺達は見たことも無い。ヒクイドリなんて、王国にいる魔物なんだろう?貴族に献上してもいいくらいの貴重な物だ。手持ちの金を全部かき集めたって、出してもらった半分も買い取れるかどうかってみなとは話していたんだが」
「あ、そうなの?うーん、この金貨で残りの冬支度が出来る予算なんでしょ?いつもの町に買い出しに行けなかったんだもの、品物がいつもと違っても勘弁してよ」
「えっ?いや!品物に不満があるわけではないんだ!」
小夜子が次に出した木箱に詰まった山盛りのオレンジには女性達から控えめな歓声が上がった。
「まあ、細かい事はいいじゃない!私はこの集落が冬支度の為に準備していたお金をちゃんともらったわ。あなた達は遠慮しないで、冬越えに必要な物を教えてちょうだい。さあ、最初はどの家から?」
小夜子に再三促されて、人々は小夜子の前に遠慮がちに並びながら、やっと冬支度に必要な品々を順番に受け取り始めた。小夜子が最初に出した食材も人々が分けながら片付けていく。とうとう最後の世帯が小夜子から必要な物資を受け取り、家族達が食材を抱えながら家に戻っていった。その家族と一緒に広場の隅の石に腰かけていた老婆も立ち上がり、小夜子にペコリと頭を下げて広場を去っていった。
「んんっ?!」
その老婆が腰かけていた、苔むした石をみて小夜子は驚いた。
小夜子が慌てて近付き確認をすると、半分に割れて丸くなり、苔むした道祖神のように見える。わずかに残る、人工的な凹凸をじっと見ながら小夜子は修復を施した。すると、それはガルダン王国にあったものとほぼ同じ、ティティエの石像となった。
この石が石像だったと知らなかったのか、残っていた集落の人々は驚いていた。
「ねえ、デニス。私、この石像を探しにこの国に来たの。他にこの石像がある場所を知らない?」
集落の大恩人となった小夜子の願いに、集落の人々は張り切って応えた。普段気にも留めなかった木々の間や、道端に転がる苔むした石を小夜子は人々と確認していく。すると驚くべきことに100人に満たない人口の集落で、ティティエの石像が2体も見つかったのだ。広場の隅の石像と合わせて3体だ。人々も初めて目にする石像を不思議そうに眺めていた。ちなみに女神ティティエを知る者は集落の中に誰もいなかった。
「この辺の集落に、こんな石像はもっとあるかしら」
「苔むした岩はどこにでもあるが、全てが石像なのかは何とも・・・」
「どこにでもあるんだ・・・」
小夜子はしばし考える。
ガルダン王国のあてもない石像探しに比べて、この山間の集落での石像のヒット率は物凄い。この辺の集落一つずつあたってみても良いかもしれない。
「デニス。しばらく私、ここを拠点にしてもいい?他の集落も見てみたいの。家も食料も自分で用意するから、迷惑はかけないわ」
「それなら狭いが、良かったらぜひ我が家にきてくれ」
「ああ、いいのいいの。空き地だけ貸してくれる?」
家を自分で用意するという小夜子に半信半疑ながら、デニスは集落の外れにある枯れ草が一面を覆う空き地に小夜子を案内した。広さも十分な空き地に小夜子はドンとコンテナハウスを出した。
「これ、私の家。用があったらこのインターホンを鳴らすか、ドアをノックしてね」
驚きすぎて表情が無くなったデニスを残して、小夜子はコンテナハウスのドアを閉めた。
数カ月ぶりに収納ボックスから取り出したコンテナハウスは、内部は綺麗にイーサンが整理整頓したままになっていた。
「ううぅ!」
不意のダメージを食らって、小夜子はベッドに倒れ込んだ。
このコンテナハウスはイーサンとの思い出があり過ぎた。夕食は何がいいかと小夜子に尋ねるイーサンの声が、今にも聞こえてきそうな程だ。
「つ・・・つら・・・」
四つん這いで小夜子は冷蔵庫まで這っていき、中から銀色のビールを取り出して床に座り込んだまま呷った。
ガルダン王を罵倒して王城を飛び出してから1カ月が経つ。王都で保護した親子と共にオーレイに一度戻り、トーリとレイン、爺婆達に散々甘え倒してどうにか乗り越えられたと思っていた。しかし油断しているとこのように、まだ思わぬ事で傷口を抉られてしまう。
イーサンとの別れの痛みは一晩寝て治るようなものではない。時が経ち薄れていくのを待つしかないのだと小夜子は自分の経験則でもわかっている。
もう、有り合わせの物で絶品のパスタを作ってくれる可愛い恋人はいないのだ。
小夜子は冷凍庫のパスタをレンチンして、過不足ない普通のパスタをビールで流し込み、ベッドに再び転がった。
「う、うう・・・!1人寝、辛い!」
小夜子はベッドから慌てて飛び起きて、今度は小夜子よりも大きいテディ・ベアのぬいぐるみを作った。
「くっ・・・、こんな熊のお世話になるなんて!」
そう悪態をつきながらも小夜子はぎゅっとテディ・ベアに抱き着く。それでも抱き着いた時の硬さが、匂いが、体温が違う事にイーサンの不在を突き付けられてしまう。
小夜子は七転八倒、藻掻き苦しみながらどうにか眠りに落ちていった。
『おめでとうございます!あなたのたゆまぬ努力でとうとう、運がランクアップしましたよ!』
「うわっ!キモ!あんた、体が変になってる!」
その夜、小夜子の夢に数カ月ぶりに幼女が現れた。
久しぶりに見る幼女の姿の違和感に小夜子はすぐさま気付いた。幼女の両腕、両手のバランスが体全体と比較しておかしい。子供の体に成人女性の両腕、両手が付いていたのだ。
『ああ!失礼しました』
小夜子の指摘を受けると、幼女のバランスのおかしかった両腕が徐々に縮み、逆に幼女の体全体が少し大きくなった。出会った当初は幼女であった女神は、少女と呼べるほどに見る間に外見が成長した。
『あなたの献身のおかげをもちまして、私の神力もだいぶ戻ってきました。この調子で帝国内の石像の修復も進めていきましょう!』
おかっぱ幼女からおかっぱ少女へ成長した女神ティティエは非常に機嫌が良さそうだった。
「あんた・・・。しばらく姿を見せないと思ったら、何食わぬ顔して人の夢に出てきやがって・・・」
『それは申し訳ありません。私にも事情がありまして。でも今後も私が顔を出さなくてもお気になさらずに。あなたの活躍はきちんと見ておりましたよ。王国の教会本部で私の等身大の女神像を直したのは痛快でしたね!』
小夜子が王国で何をしていたのか、本当に女神は見ていたようだ。女神ティティエからしたら聖教会での出来事は聖ハイデンに対し、してやったりといった所だったようだが、小夜子からしたら聖ハイデンに思う所はない。気分よく思い出し笑いをしている女神を、小夜子は一歩引いて眺めていた。
『そうそう。あなたの活躍により、王国では数々の災難を回避する事が出来ました。命を落とす運命の者達があなたのお陰で救われたのです。素晴らしい働きでした』
「あ、そう」
小夜子が気付いた災難もあれば、気付かなかった物もあるだろう。過ぎた事だし、きりもないので回避した災難については話を流す事にする。
『さて、あなたの運は今回Cランクにアップしました。これで運はごく一般的な、普通の状態になりました。あなたの不運が原因でこの世界に禍いが起こる事もそうそうなくなるでしょう』
「ちょっと確認いい?あの小さい石像何個でランクアップするの?加護と運のランクの+が増えなくなってもランクアップしなかったじゃない」
小夜子が王都ブラッドレーで小さい石像を修復し、その数は15個以上に達したのだが、その後はいくら石像を修復しても+表記は個数に変化も無ければランクの変化もなかった。
『・・・その石像により、込められている神力が違うので、一概には何とも・・・』
頬に手を当てて首を傾げて見せる女神にイラつきながらも、小夜子は自分のステータスを確認する。運のランクは確かにCランクとなっており、女神の加護は「極小」から「小」となっていた。そして+表記はキレイさっぱりリセットされていて繰り越されてはいなかった。15を超えた数の石像の修復はハッキリ言って骨折り損だった。
「今度、適当な基準でランクアップを左右したら、元来た道を戻って修復した石像の全てを粉々に砕いて回ってやるわ」
『あっ、本当に!すみませんでした!ちょっと、私からあなたにどうしても干渉できない期間があったのです。今後はこのような事が無いようにします!!すぐに石像の修復を反映させます!!』
小夜子の目の前で女神は容易く土下座した。女神は見た目が多少代わっても、中身は変わっていないようだった。女神のお安い土下座は一ミリも小夜子の心に響かなかった。女神もあっさり頭を上げると、その後何事も無かったように小夜子との会話を再開する。
『それにしても帝国辺境は石像が多そうですね。この調子だとBランクアップも目前かも知れません。しかし、私の加護が大きくなると、敵がそろそろあなたを認識するかもしれませんね』
「敵?!」
『そう、敵です。この世界の最大勢力、聖ハイデンです』
小夜子からしたら聖ハイデンに何ら恨みも無いのだが、女神と関わっている事により、小夜子の立ち位置も女神側になってしまうのかとギョッとする。
「ちょっと待ってよ。私、聖ハイデンと争う気はさらさら無いんだけど。ハイデンも結構おおらかそうな神様じゃない?おかしい司教もいるけどさあ。親切にあんたの事を教えてくれた聖職者も居たわよ?」
『甘いですよ!これは戦争なのです!!』
「私は関係ないでしょ」
『何を言っているのですか。私の力で脅威の能力を備えたあなたは、私の使徒です。女神ティティエ信仰勢力の先鋒なのですよ!』
それは非常に嫌だ。神達の勢力争いになんて巻き込まれたくない。
「じゃあ、私の運はもうCランクのままでいいわ。運の低さで災いを招く事ももう無いんでしょ。なら石像の修復ももうやらない」
『ちょちょちょ!待って、落ち着いてください!』
「お前がな」
『あなたの強大な力は、私の神力によるものです。それをお忘れなく!私が聖ハイデンに敗れればあなたの身に何が起こるか分かりません。そしてあなたの能力のバランスは未だ歪です。理想はSランク、せめてAランクまであなたの運を引き上げなければなりません。この世界においては、高エネルギー体のあなた自身が不安定な爆発物のようなものなのです。これまではあなたの不運が災いを引き寄せたかもしれませんが、これからはあなた自身がこの世界の大きな災厄になりえます。あなたの力の早期の安定のためにも、私の神力の回復のためにも、石像の修復を頑張っていきましょう!!』
「・・・・・」
この女神は一度小夜子に嘘をついている。
女神の言い分は非常に疑わしいのだが、女神によって小夜子の力が授けられた事は否定出来ない。
『あなたが争いを望まぬとも、女神の加護が与えられし者を聖ハイデンは排除しようと動き始めるでしょう。しかし、あなたの力なら聖ハイデンともやり合う事が出来るはずです』
「いや、王に歯向かう力は欲しいって言ったけど、神と戦う力は要らないわ。私はそこそこの財力をもって、不自由なく平和に暮らしたいだけなのよ」
『ふふふ、あなたの力を目にすれば、人はあなたを放っておかないでしょう。それならば、あなたの圧倒的な力を見せつけて人々をあなたの下に従えてしまった方が良いのでは?』
「あんた、また物騒な事を言い始めたわね」
『穏やかな日々をお望みならば、あなたが人の世を平らかにする道もあるとお示ししただけですよ。実際にガルダン王国には居られなくなったでしょう』
確かに女神の言い分も一理あるのだ。
ヴァンデール帝国でも、小夜子が自分の能力を使い続ければ小夜子の力を欲しがる者が出てくるかもしれない。しかし、その時はその時だ。
「私は国を治める気は一切ないわ。そんな面倒な事したくない。まああんまりにも周りが煩わしかったら、その時はもう人里離れた山奥を拠点にするわよ。でも、私の言動を改めるつもりは今の所ないわ」
『そうですか。あなたが石像の修復を続けてくださる限り、私はあなたの行動への干渉は一切いたしません。敵についても、今の所相手の出方次第と言う所です。しかし、聖ハイデンの動きに関しては私も感知できません。どうぞお気をつけください。帝国の石像修復が進めば運のランクも引き上げられ、私の加護もさらに大きいものとなります。その暁には、いよいよ敵の総本山、コルネリア大公国を叩くことになりますね!』
「ちょっと、誰が叩くのよ!私はやらないからね!」
『使徒よ。これからも務めを果たし、人々へ女神の教えを広めるのです・・・』
「はあ?!ふざけんな!使徒って言われるのも腹立つし、あんたの教えなんて知らねーわ!石像の修復だけの約束でしょ!あっ、この!話は終わってない!」
女神ティティエは好き放題に言い逃げして、穏やかな顔で真っ白い空間の中に消えていった。
翌日。
昼前になろうかという頃に、コンテナハウスのドアを控えめにノックする者が居た。
「・・・だれ・・?」
寝つきも夢見も最悪だった小夜子がヨロヨロと部屋のドアを開けると、ドアの向こうにカルロスと一緒に一人の女性が立っていた。
「こ、この度は!うちの旦那の命をお助けいただき、本当にありがとうございました!」
緊張の面持ちの女性が勢いよく頭を下げ、その隣でカルロスも深く頭を下げた。
「俺の命と一緒に、弟と姪のローラの命も救ってくれた。その上、集落に物資も融通してくれたと聞いた。感謝してもしきれない。本当に、本当にありがとう!」
昨日は集落に付いた途端に別れてしまったカルロスだったが、事情を聞いて妻と一緒に小夜子を訪ねて来たのだった。
「2人とも、頭を上げてよ。この集落で探していた物が見つかったし、こちらとしても悪くなかったから気にしないで」
頭を起こした夫婦は、顔を見合わせてから小夜子に切り出した。
「それで、デニスから聞いたんだが、あんたは石像を探しているんだろ?この近くの集落にも苔だらけの石ころは幾つかあるから、良かったら俺が案内人になる。俺に恩返しをさせてくれないか」
「それは助かるわ!でも、冬籠りの時期に旦那を連れ出していいの?カルロスだって出稼ぎからやっと帰って来たんでしょ?」
「家にいたって、カルロスは寝てるだけなんですよ。うちの人が役に立つなら、どうぞ使ってやってください!」
小夜子の心配をカルロスの妻は笑い飛ばした。
「それじゃあ、遠慮なくお願いするわ!」
昨日の今日でカルロスも回復しきれてないだろう。それにこの集落で熱を出す者もまだいるかもしれない。状況が落ち着くだろう一週間後からカルロスに案内をお願いする事にした。
それから小夜子は数日の間、集落を散策した。
この集落の冬支度は小夜子が融通した物資で終わってしまったとの事だった。冬支度が終わってしまえば、もはや雪が積もり始めるこの時期に用もなく家の外を出歩く者もいない。閑散とした集落を、小夜子は一人でぶらぶらと見て回っていた。
集落は家々がある居住区と、集落の中央に広場があるくらいで非常に土地が狭い。家の周囲と、広場、家々を繋ぐ道の他はみっしりと針葉樹が生えていて、まさに山間の隙間の集落だった。
この集落は、この辺りで一番規模が小さく、小夜子がカルロスと飛んだ集落は一番規模が大きい所だったそうだ。
この一帯の集落は食料の殆どを外部からの購入で賄っている。男達が春から秋まで出稼ぎで、または林業で食料や日用品を得るための金銭を稼ぐという生活を送っているそうだ。
非常に過酷な生活のように思うのだが、この生活を若者が嫌い都会に出ていくという事は殆ど無いそうだ。年寄りもいるが若夫婦や子供もそれなりに居て、小さな集落ながらも活気がある。
「この国は土地が少ないからなあ。先祖から受け継ぐ土地と家は、国民にとって手放せない財産なんだ。これは山に住む者も、平地に住む者も変わりない。この辺の山はまだ厳しくないが、平地や帝都近辺の土地は国が厳しく管理している。この辺の集落では世帯を分けずに生まれた家で何家族も同居する事は珍しくない。家は狭いが、賑やかで楽しいもんだよ」
「へえー」
そう言うデニスの膝の上にはもこもこと着ぶくれした男児が座っていて、デニスの顔を見上げたり小夜子を気にしたりしている。
集落も2、3日もすればあらかた見てしまい、小夜子は持て余した時間でデニスから帝国の話を聞いている。
デニスの自宅はこの集落では一番大きい家で、内部は20畳ほどの広さもあるだろうか。広い一間にデニス夫婦と息子2人の家族、3世帯が同居しているのだそうだ。中央には大きなテーブルとそれを囲んで丸椅子が設置されていて、四隅の内の1つが簡易の台所、他の3つがそれぞれの世帯の寝床になっていて、さりげなく仕切りで区切られている。
大きさは違えど、集落の家の造りはだいたい同じなのだそうだ。
同じテーブルには息子の妻たちが同席して、揃って編み物をしている。妻の1人は赤子をおんぶしていて、その赤子はぐっすりと寝入っていた。
3時のお茶の時間という事で、小夜子はデニスの妻からコーヒーをご馳走になっていた。これがとても美味しい。薪ストーブの上で、コーヒー専用の薬缶でコーヒー豆を煮出すのだ。コクがあり、お茶請けの素朴なスコーンととても合う。酸味の効いたいちごジャムは市販の物で、日本でも見慣れたガラス瓶に金物の蓋が付いているタイプだ。
ちなみにラベルの文字を小夜子は難なく読めた。そのいちごジャムはなんと帝国産ではなく、国外の輸入物らしく原産国の名前だけが読めなかった。輸入先は海の向こうにある友好国という事だった。
女神補正が効いているのか知らないが帝国でも言葉が通じるのはありがたかった。一般国民が輸入品を手に入れられる事に驚いたが、さすがに高級品で小夜子の為にとっておきの物を出してくれたらしく、小夜子も有難く味わわせてもらった。
食器は木の物よりも金物や陶器の物が多い。この辺境の集落だけで見ても、帝国はガルダン王国よりも文明度は高いように思う。この寒さの厳しい山間の土地で、それでも人々は豊かな暮らしをしているように思えた。
「そうだ。熱病で寝込んでいた2人がやっと起き上がれるようになったんだ。サヨコさんの魔法のお陰で、他に熱を出す者もいない。これで熱病は落ち着いたと思う」
「そっか。良かったわね」
小夜子が集落でのんびりしていたのは人々の健康観察の目的もあった。今回の集落の熱病は無事に収束を迎えたようで何よりだった。
「サヨコさん、良かったら2人の様子を見てきてくださいな」
デニスの妻がそう言いながら、小夜子にスコーンが詰まった小ぶりのバスケットを持たせる。
デニス夫妻に様子を見てくるように頼まれた小夜子は、見舞いの品を手にローラの家を訪ねた。




