吹けば飛ぶようなオーレイ村 2
「・・・昨日は、すまない」
「「すみませんでしたっ!!」」
昨日小夜子にぶっ飛ばされた男は渋々と言った体で、その左右で土下座する男達は勢いよく小夜子に謝罪した。男達のアイコンは三人ともが緑色に大人しくなっていた。相手に敵意があるかないか一目で分かる索敵スキルは、これからの道中物凄く頼りになる。なにせこれまでの小夜子は歩けばすぐさまクズ男に引っかかるほどの、人の見る目のなさだったのだ。
「で?昨日は何が目的で?あんなにイキってオラついてたわけ?」
「くっ・・。昨日は、本当に、済まなかった」
完全に戦意消失して萎れてしまっている男の傷口に、小夜子は遠慮なく塩を擦り込む。
真ん中の昨日ぶっ飛ばされた男が、土下座したまま両耳を赤くする。
そうだ、恥ずかしい事だぞ。老人と子供と女に凄んで見せるなど、カッコ悪い事この上ない。でも自分の行いを反省できるだけ、この男共も性根は完全な悪ではないのかもしれない。
「トーリとレイン。昨日の俺の態度は良くなかった。悪かった」
男が昨日のやらかしをトーリとレインにも謝った。トーリとレインが少し驚いている。
「どうする?許す?」
「私どもは別に、何かされた訳でもありませんので・・・」
トーリの言葉にレインも頷く。
二人が許すなら、小夜子も昨日の事は水に流すことにした。小夜子は赤黒く腫れていた男の頬に回復魔法をかけてやる。ついでに男の下敷きになった者にも回復魔法をかける。二人は傷みが消えたことに驚き、自分の頬を触ったり、腹部を押さえてみたり、忙しなく自分たちの体を確認している。
「んで?今日は謝りに来ただけ?」
「あっ、ああ。・・・いや。あのトーリの家は、あんたが?」
真ん中の男が小夜子に尋ねる。小夜子が仁王立ちしている後方には見違えるほどに設備が整った、トーリとレインの真新しい家が建っている。
「そうよ」
「そうか・・・。あんたに頼みがある」
小夜子は男が何を言い出すのかを予想していた。しかし、その予想は外れる。
「もし良ければ、これからいくつか品物を見て欲しい。あんたが何か欲しい物があれば、金で買い取ってくれないか?」
「欲しい物が無いかもしれないわよ」
「その時は仕方がない。品物を見てくれるだけでもいい」
「それなら、別にいいけど」
「準備が出来たら呼ぶ。待っててくれ」
先頭の男が踵を返すと、後ろの男達も小夜子に軽く会釈してその場を立ち去った。
「昨日と打って変わって、なんだか可愛らしくなったわね」
「サヨコさんを牽制して優位に立とうとしたのでしょうが、相手が悪かったですね・・・」
小夜子は男達からトーリの家と同じ物かそれ以上を要求されると思っていた。話の転がり方によっては思いっきり断ってやろうと思っていたのだが・・・。
トーリ達の家の前のテーブルセットで3人でのんびりお茶を飲んでいると、男達の一人が小夜子を呼びに来た。小夜子はトーリとレインと連れ立って集落の中心に向かった。
集落は全体で12世帯ほど。そのうち半分は、もう年寄りしかいない。日本でいえば消滅待ったなしの限界集落だった。
集落の中央、広場らしきところには粗末なゴザがしかれ、ぽつぽつと品物が置かれている。
小夜子は約束通り、一通り品物を見て回った。
研ぎすぎて刀身が小さくなった鉈。植物の蔓で編まれたような歪なカゴ。素人手の木彫りの人形。かなり着古した生成りのエプロンワンピース。しなびて元気のない山菜が数種。果物も数種の小山が作られているが、その辺の野山に入れば簡単に採取できる物だろう。小夜子達から少し離れて、集落の住人達は無言でこちらを窺っている。
「悪いけど、欲しい物は1つも無いわ」
「そっ・・、そうか・・・」
リーダー格の男が目に見えて肩を落とした。
「・・・あのさ。何でお金が必要なわけ?」
小夜子はそこが疑問だった。村には店が無い。だから日常的に貨幣の流通がない筈。この集落は物々交換と自給自足の集落なのだろうと思っていたのだが。
「もうすぐ夏も終わって冬支度をしないといけない。食料を買いに行く必要がある」
「食料って、畑やったり野山で取ってきたり、自分達で食べる分の蓄えはないの?秋には冬に食べる保存食を作ったりするもんなんじゃないの?」
「多少は作ったり、山で採ってくるが、それでは足りない」
辺りを見回すと緑深い山々に囲まれており、野生のプラムがあんなに美味しく生る程に自然が豊かだ。集落の土は黒々として、ひとが踏みしめた道から外れると草が勢いよく生い茂っている。開墾すれば十分食べ物の収穫が見込めると思うが。
「この集落の者達は取り残された鉱山夫の子供や孫達で、農作業のやり方がわからんのです」
疑問が一杯で頭をひねっていた小夜子に、トーリが静かに答えた。
小夜子はこの集落の成り立ちをトーリから聞いた。
ここはもともと鉱山で栄えた場所で、最盛期はちょっとした町と言えるほどの人口を抱えた場所であった。景気が良く、鉱山夫向けの宿や食事処、店が軒を連ね、この土地に所帯を構える者達も多くいた。潤沢な鉄は30年程鉱山夫とその家族の生活を支え、急激な産出量の減少の為、10年ほど前に鉱山は閉鎖された。もともと人が住んでいた場所でもなく、鉱山があったからこその繁栄だった。働く場所が無くなれば、男達は別の仕事を求めてこの地を去っていく。所帯を持った男達も、新天地に向かう財産がある者は家族と共にこの地を離れた。
この地に取り残されたものは、財産がなく持ち家に留まるしかなかった者。家族が旅に耐えられず、留まらざるを得なかった者。そしてその子供、孫達。
「私は、元々鉱山の管理を国から任された官吏でした。この地で30年前に妻と出会い、妻と子供をこの地で看取りました。鉱山の閉山と共に仕事も無くなりましたが、それからしばらくしてレインと出会いました。この子を独り立ちさせるまでここで踏ん張ろうと思っていましたが・・・。思ったよりも、オーレイの終わりは早くにやってきそうだ。今年の冬を越せるほどの食料を手に入れられる者はどれだけ居る?」
トーリの問いかけに、集落の住人で答えられる者は居なかった。
「鉱山が閉鎖されてから、10年の時間があった。私はお前達に忠告したはずだ。お前達は鉱山の仕事で金銭を得て、生活を金銭で回す生活をしていた。自然の恵みを得て、物を作り出して生活をする術はないだろうと。わずかな貯えを毎年食い潰しながら、何も考えずその場にある限りの野山の食物で糊口をしのぎながら、お前達はこの先の生活のために何の準備もしなかったのだな」
「仕方ないだろう!俺も、俺の親も、他の生き方なんか分からなかった!」
「お前以外の若者達はどんどん隣町に出て行ったな。ジャック、お前はなぜ動かなかった?分からなければ知る努力をしたのか?どんどん貧しくなる中で、外に働きに出る考えは思いつかなんだか?」
小夜子が昨日ぶっ飛ばした、ジャックと呼ばれた男は、トーリに言い返すこともできず唇をかみしめた。ジャックとつるんでいた男達も何も言えず口を噤む。
「私から皆へ最後の忠告だ。今年の冬の食料を買う金のない家は、今すぐ荷物を纏めて隣町のポートへ移住するんだ。今から仕事につけば、冬をどうにか越せるだろう」
トーリの言葉に、泣き出す住民もいた。トーリの言葉を分かっていた様子の者もいれば、大きなショックを受けているような者もいる。なんにせよ、非常に気の滅入る話だ。
「つまらない話を聞かせてしまいました。サヨコさんには関係のない事です。気になさらず、どうぞ次の町へご出立を」
「うん・・・。トーリとレインはどうするの?」
トーリの言葉で踏ん切りがついたのか、早足で自分の家に向かう住人達がいる。一方で、途方に暮れて広場に留まるも者もいる。
「私は、あと数年この地に残る予定です。それ位の蓄えはありますので。旅に耐えられない者達もいる。そのような者等の最期を見届けてから、この村を去ろうと思います。レイン、お前も隣町に出るのなら、用意はあるぞ」
「俺はじいちゃんといる」
トーリの提案を硬い表情で断ると、レインはトーリと手をしっかり繋いだ。これにはトーリの表情もふっと和らいだ。
「ジャック、お前の婆さんの事は俺が面倒を見てやる。お前も気にせず隣町へ行け」
ジャックは俯いたままその場を動かない。ジャックの取り巻きたちは、バツの悪い顔をしながらもその場を離れていった。
「さあ、我々も帰りましょうか。後はそれぞれが決断し、動き出すことでしょう」
小夜子は住人達とは何の関わりもない傍観者だ。トーリに従い小夜子は集落を後にした。
ここに至るまで、色々な選択肢、分かれ道があっただろうが、集落の住民たちがそれぞれ選んだ結果が今の現状となっているのだ。食べ物が無くなる一歩手前ほどでトーリの最後の苦言を貰えたのは、集落の住人達にとっては幸運だったろう。
いったん集落を離れて、小夜子とトーリ、レインは自分達の家まで戻った。
「サヨコさん、すぐ隣町に行っちゃうの?」
「うーん、急ぐわけでもないから、もう少しここに居ていい?」
「それは構いませんが・・・。ここは何もなくて退屈でしょうに」
「何もせずに過ごすって、とっても贅沢な事なのよ?少しここでのんびりさせてもらうわ」
ニヤリと笑う小夜子に、トーリは困惑を隠せない様子だが、レインは小夜子の逗留が伸びたことに単純に喜んでいる。可愛いではないか。
乗りかかってもいない船なのだが、集落の状況が落ち着くまで小夜子はここに残ることに決めた。
生活向上の努力を全くしなかった集落の人間たちが困るのは自業自得だ。でもそんな者達をトーリは手助けしてやろうとしている。トーリは国が任命した元官吏というだけあって、物腰も丁寧で頭がいい。集落の住人達とトーリは種類が違うと小夜子は感じていた。トーリは今日に至るまでの集落の状況の悪化も予想して、自分とレインの生活を守りながらも準備をしてきたのだろう。
「ねえ、トーリはどうしてここに残っていたの?」
「妻と息子がこの土地に眠っていますから。それに、ここに残っていたおかげでレインとの縁を結べました。私の人生も、そう悪い物でもありませんでした。後は憂いの無いように始末をつけたいと思います」
「そう」
トーリはこの集落の後始末が自分の最後の成すべき仕事と定めているのか、表情は穏やかに凪いでいる。
小夜子はおもむろにトーリの腕を掴んだ。トーリにざっと鑑定魔法をかける。
トーリ・オルソン(58)
HP 72
MP 0
計算
文書作成
健康状態 不良
右肘 慢性神経痛
心肺機能不良 寒い日など咳が出る
「ふむ」
小夜子はシンプルなトーリの鑑定情報を眺める。トーリは標準の文官といった所か。計算等は仕事をするうえで身についた職業スキルだろう。
老人と体力みなぎる若者はまた違うだろうし、冒険者や軍人ともまた基礎体力は違うだろう。魔法もある世界だから、魔術士がどれくらいのMPを持っている物なのかもその内調べてみたい。
「じゃあ、悪い所治すわね」
トーリの返事を待たず、小夜子はトーリの全身に一息に治癒魔法をかける。
「!!」
「どう?調子悪い所は良くなった?」
「は、はい。右肘のしびれが消えました。呼吸もずいぶん楽に」
「良かった!トーリ、ずっと元気で長生きしないとね。レインが独り立ちして、結婚して、レインの子供を見るまでね」
「なんと・・、何故、こんなに良くしていただけるのですか・・・」
「じいちゃん!」
トーリが堪え切れずに涙を流し始めたことに驚いて、レインがトーリにしがみ付いた。
「頑張る人は報われるべきだわ。人を助けて生きようとする人もね。私には力があるから、私の気まぐれでトーリとレインを助けるのよ。悪い?」
「は、はは・・、あなたという人は」
トーリは泣き笑いしながら、縋りつくレインの頭を撫でる。
「私はえこひいきをするから、努力をしなかった集落の人間は助けないわ」
「それで結構です」
心配そうにトーリに縋りついたままのレインの頭に、小夜子は手を乗せる。
レイン・オルソン(12)
HP 68
MP 35
魔法適正 水 土
健康状態 可
「へえ!」
小夜子の声に、レインがビクンと体を震わせた。
「なっ、なに?」
「レイン、あなた魔法の適性があるわよ。水と土だって。いい畑を作れるかも!」
「魔法?!」
レインは目をまん丸にして驚いている。
「魔法は、一般国民では使える者は殆どいないのですが・・・」
「じゃあレインの両親が一般国民じゃなかったとか?」
小夜子の思い付きにトーリとレインはぎょっとする。
「でも、レイン。あなたの名前はレイン・オルソン。トーリの息子にちゃんとなっているわ。だから安心しなさい」
トーリは小夜子に家名を名乗ってはいない。一代限りの騎士爵位を父が授かったため、トーリにもオルソンという家名がついただけの話で、トーリはただの庶民だ。その意味も無い家名を小夜子はピタリと言い当てた。人知を超える力を持つ小夜子は、何故か自分とレインには友好的に接してくれる。トーリは神に感謝する他なかった。
「レイン、あなた健康状態が「可」だって。これはいけないわ。私がここを出る前にはあなたを「優良」状態にしてやるわよ!!」
「え?う、うん。わかった」
レインは訳も分からず頷く。レインは既に小夜子に対して、良く分からないが自分とトーリに悪い事はしない、という信頼を抱いている。
「さて、トーリ。元気になった所で、この集落近辺を案内してもらえる?使える資源があるなら有効活用をしないとね」
「それは構いませんが・・・。鉱山の鉄は全て取り尽くされて、資源と呼べるものはもう何もありませんが・・・」
「サヨコさん、何するの?」
「それをこれから考えるのよ」
それから一週間、小夜子は集落に関わらずにトーリ達と過ごしていた。
集落から隣町に伸びる街道には、家財道具をまとめた家族や、若者達が連れ立って新天地を目指し旅立つ姿が数日おきに見られていた。
そして旅立つ住人達の姿も見られなくなった頃、庭のテーブルで朝食を取っていた小夜子達の元にジャックが現れた。ジャックは大きな布袋を背中に背負い、今出来るであろう精一杯の旅装束に身を包んでいた。
「トーリ・・・」
「決心したか。集落の年寄り達の事は気にするな。元を辿れば集落の年寄達が招いた事ともいえる。俺も含めてな。お前達若い者は新しい生活の仕方を見つけて、これから先自分の家族を、子供達を守っていけ」
ジャックはくしゃりと顔を歪めたが、振りかぶってトーリに頭を下げると、後はこちらを振り返らず街道へ向かって早足に去っていった。トーリとレインは静かにジャックの小さくなる姿を見送っていた。
「これで集落には年寄りだけが残ったのかな?」
「そうなるでしょう」
「それじゃあ、その年寄り共の顔を拝みに行こうか」
「・・・・何故です?」
小夜子は問答無用でトーリとレインを連れて、年寄りたちが取り残された集落を訪れた。