【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ③-1
王城を飛び出した小夜子の傷心里帰り。
閑話を読まなくても本編の話の流れに支障はありません。
「みんな、ただいま!」
オーレイ村もすっかり秋めいてきたある日の夕暮れ、突然小夜子が帰ってきた。
それも爺婆達の集合住宅の食堂へ突然転移しての事だった。
更に、小夜子は妙齢の女性1人と2人の幼い子供を連れていた。
「サヨコ、おかえり」
丁度夕飯の準備をしていたサリーとマーガレットが、突然の登場にも動じずに小夜子達に挨拶する。
「マーガレット、麦粥は残ってない?なかったら、何か消化に良い物をこの子達と母親に食べさせてあげて欲しいの」
小夜子が肩を抱いている女性には小さい子供が二人、腰と足にそれぞれしがみ付いている。母親と言われた女性はやせ細り、顔色も悪い。子供達も肉付きが薄く、レインやジャックの娘と比べて可哀想なほどだった。
「麦粥は無いけど、昨日買ってきたヤギの乳がある。パン粥ならすぐ作れるよ」
「いいわね。卵も入れて甘くしてね」
小夜子は食堂のテーブルの上にドサドサと砂糖、卵を出す。
「ちょっと待っておいで」
マーガレットが食材を抱えて厨房の奥に入っていった。
サリーは母親と子供達をジッと見つめている。
「母親の方は、粥にしといた方がいいね。子供達は、食べられるなら肉の煮込みはどうだい?口の中で溶ける位に柔らかくしてあるよ。白くて柔らかいパンも付けてやろう」
肉の煮込みと聞いて、子供達の目が輝いた。
サリーは笑いながら厨房に食事の支度をしに行った。
食堂のテーブルに親子を座らせると、すぐに子供達の煮込みとパンをサリーが出してくれた。子供達が無心で口一杯に料理を頬張っていると、そう時間を置かずに母親の前にもマーガレットのパン粥が置かれた。
「慌てなくていいから、ゆっくり食べて。これから住む家も、食べる物も、あなた達3人が困らないようにするから、とにかく今はゆっくり休んで体力を取り戻すのよ」
小夜子の言葉に母親は涙を流しながらも、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。
親子3人の食事が終わる頃、爺婆達も一日の仕事が終わり食堂に続々と戻って来たので、集合住宅の住民達と親子の紹介がされた。母親はリリ、その子供の兄はココ、妹はルルと名乗った。久しぶりに満腹になるまで食べたせいか、子供はもちろん母親も酷く眠そうだったので話は明日以降にして、3人には空いている部屋で休んでもらう事にした。
小夜子が連れてきた母子3人は、王城で教会に利用された貧困街の子供達とその母親だった。
王城を後にした小夜子と子供達が母親と合流すべく貧困街に向かうと、小屋ともいえない板と細い棒が組み合わされた雨除けの下に瀕死の母親が横たわっていた。母親の周囲には同じように襤褸を纏った人々が無気力に地べたに座っていたが、お互いに無関心で小夜子と子供達にも何ら注意を払わなかった。
小夜子は母親に清浄と完全回復の魔法をかけると、すぐさま母子3人を連れてオーレイ村に飛んできたのだった。母親にも子供達にも全く説明をしないままオーレイ村に連れてきてしまったが、全ては3人が健康を取り戻してからだ。
爺婆達とトーリとレインには、母子3人と出会った経緯を話す。
「と言う訳で、トーリ。また住人が増えるけど、あの親子が自立できるようにきちんと世話をしていくから、ここに置いてあげてくれる?」
「サヨコさん、私達に伺いを立てる必要は一切ありません。ここオーレイは、あなたが作った新しい村です。私達はあなたに救われてここで生活が出来ている。あなたが救い上げた新しい仲間を、私達が受け入れない道理などありませんよ」
トーリの言葉にレインと爺婆達が笑顔で頷く。
「みんな、ありがとう。でも私はこの村の建物を作るだけで、村の運営はみんなに丸投げだもの。この村は私の物じゃない。オーレイは、ここに住むみんなの村なんだからね」
小夜子がトーリの言葉を訂正して念押しするも、トーリと爺婆達はニコニコ笑いながら否定も肯定もせず黙っている。この件に関してはトーリと爺婆達は頑固なのだった。
「まあ、これからあの3人をよろしくね!しばらく休養させて、体力がもどってきたらリリには何か仕事を考えるわ。それまでここで食事の面倒を見てあげてくれる?」
「わかったよ」
「お安いご用さ」
食事の世話はサリーとマーガレットが快諾する。
親子3人の当面の世話の協力を婆達にお願いして、瀕死の親子を取り合えず安全圏に置くことが出来た小夜子の気が緩んだ時だった。
「サヨコさん、イーサンさんは一緒じゃないの?」
他意の無いレインの言葉が小夜子の胸を突いた。
「あっ、イーサンは・・・」
小夜子の目の前にいるレインの目が驚きに見開かれる。
静まり返る食堂で、言葉を詰まらせる小夜子の手がギュッと握られた。小夜子が隣を見れば、カレンが小夜子の左手を両手で握っている。
「サヨちゃん、お部屋で休みましょう」
「こういう時は女同士じゃなきゃね」
「男共は適当に食事を済ませておくれ」
3婆達が即座に立ち上がり、小夜子をいつも使う部屋へと連れていく。
いつもの部屋に連れ込まれ、小夜子は婆達にベッドに座らされた。
「さあ、サヨコ、もう我慢はいらないよ。思い切りお泣き」
小夜子よりも小さな婆達が両脇から労わるように小夜子の肩を、背中を抱く。正面に座るカレンはずっと小夜子の左手を握ったままだ。
「な、何?泣くって、あ・・・」
カレンに握られたままの小夜子の手の甲に、ポツリと雫が落ちた。
小夜子が自分の頬を触れば、濡れた頬の上を新たな涙が伝う。
「き・・・、嫌いになったんじゃないの。大好きなの。でも、もう一緒には居られなかったっ・・・!う、うわああーーー!」
小夜子はまるで子供の様に手放しで泣き始めた。
「そうかい、そうかい。辛かったね」
それから婆達は何も言わずに小夜子の肩を抱き、手を握り、小夜子が泣き疲れて眠るまで静かに寄り添っていた。
それから2日間、小夜子は爺婆達の集合住宅の一室に引き籠った。小夜子は食事すら部屋に運んでもらい、イーサンを思い出しては泣き、一日中うとうととまどろみ、ベッドの中から一歩たりとも出ずに過ごした。
だが、3日目の朝。
小夜子は鉄鍋が叩かれる金音に鼓膜を揺さぶられて目が覚めた。
「サヨコ!いい加減におし!!」
おまけにもう一発と、サリーが小夜子の部屋の中で思い切り鉄鍋をお玉で叩く。
「うっ!」
これには小夜子も寝てはいられず、布団の中で耳を押さえる。
「働かざる者食うべからず!いくらサヨコでもこれ以上のただ飯食らいは許さないよ!!」
鼓膜に刺さるような金属音は容赦なく鳴り続け、さすがの小夜子も堪らず布団から顔を出した。
「う、うう・・・、サリーが優しくない・・・」
「私等はともかく、いつまでも子供に心配させるんじゃないよ」
部屋の戸口に立つサリーが少し横にずれると、サリーの後ろにはレインが立っていた。
「サヨコさん、ごめんね・・・!」
言うなりレインはボロボロと大粒の涙を零し始めた。
「レイン!」
驚いた小夜子は慌ててレインに駆け寄った。
泣き出したレインを小夜子はギュッと抱きしめる。
「サヨコを泣かせてしまったと、レインはずっと気に病んでいたんだよ。レインも私も、他の爺婆達もみなサヨコを心配しているよ。だから、そろそろ部屋から出ておいで」
サリーは小夜子の肩を一つ叩くと部屋を出ていった。
「レインはちっとも悪くないわ。心配させてごめんね」
しゃくりあげるレインの背中を小夜子はゆっくりと撫でる。
「・・・レインは、イーサンが大好きよね」
小夜子の腕の中で、しゃくりあげながらもレインは頷く。
「私もイーサンが大好きよ。いつかまた会おうねって約束して王都で別れたの。今までの様にずっと一緒に居られなくなって、その事が悲しくて泣いてしまったけど・・・。私とイーサンはずっと友達だし、レインとトーリと爺婆達がいるから、私、悲しいけど寂しくは無いわ」
「・・・本当?」
レインがおずおずと泣き濡れた顔を上げる。
「イーサンさんと、また一緒に来て欲しかった・・・」
「そうね、この前は楽しかったわね。イーサンはまたオーレイに来るかもしれないわ。その時は仲良くしてあげてね」
「うん・・・。サヨコさん、一緒にご飯食べよう?」
レインと話をしながら、小夜子は少し心の整理がついたような気がした。
イーサンに本気で恋をした。
別々の道を選んだ時は、酷く胸が痛んだ。
ここ数カ月、ずっと隣に居たイーサンの不在はまだ小夜子の胸を痛ませる。
けれど、レインとトーリ、爺婆達がいるオーレイで、この胸の痛みを少しずつ癒やす事が出来そうだった。
赤い目をしたレインに手を引かれて、小夜子は3日ぶりに部屋の外に出た。
「みんな、おはよう」
小夜子とレインが食堂に顔を出せば、トーリと爺婆達はいつも通りに挨拶を返す。王城を飛び出してきた日のドレス姿の小夜子から、今日は見慣れた黒ずくめの冒険者の小夜子に戻っている。
食堂では爺婆達に混じって小夜子が連れてきたココとルルが朝食を取っていた。
「ココ、ルル、おはよう」
「おはよう」
「・・・はよ」
兄のココも妹のルルも小夜子に挨拶を返してくれる。思い返せば、オーレイに連れてきた日はバタバタしていて、ゆっくり親子と話をする余裕も無かった。しばらくぶりに顔を見る小夜子に兄妹は少し緊張しているようだった。
小夜子とレインは兄妹と一緒に朝食を食べ始めた。
「しばらく顔を見せなくてごめんね。しっかりご飯は食べてる?」
「うん、お母さんにも、ご飯ありがとう」
ココは母親の食事のお礼も小夜子に伝える。
「ココとルルもたくさんご飯を食べてね。一日中走り回れる位になるまで元気にならないとね」
「元気がありすぎるのも大変だけどなー」
聞き覚えのある声に小夜子が振り返ると、娘のアンを抱いたジャックが食堂に顔を出した。
「婆ちゃん達、今日もアンを頼めるか」
「構わないよ。その辺に置いておいき」
食堂の片づけをしながらマーガレットが答えた。
ジャックがアンを床に降ろすと、アンは途端に走り出し、ココとルルの間にギュウと体をねじ込んだ。
「ジャック、久し振り。元気そうね」
「おう。あんたのお陰でどうにかやってるぜ。ココとルルが居てくれるのも、今すごい助かってる」
子供達をみればアンとルルは年頃も同じの女の子同士で、一緒に居るだけでただただ楽しいらしくケラケラと笑っている。兄のココは女の子2人をニコニコと眺めている。
「ふーん?奥さんは温泉宿で忙しくしてるの?」
「・・・実は、俺の嫁、赤ん坊が出来て」
「へえー!おめでとう!」
ジャックが顔を赤らめながら話すところによると、ジャックの妻のセイラがオーレイ村に越して来て、しばらくして体調を崩した。慌てるジャックを尻目に、宿の女性陣が落ち着いて対応し、ポート町の産婆の見立てで妊娠3ヶ月を過ぎた頃と判明したのだそうだ。出産予定は来年の春頃だ。今はつわりが酷く、一日の半分をほぼ寝たきりで過ごしており、娘のアンは婆達が交代で日中面倒を見ているという事だった。
「奥さんのつわりはそんなに酷いの?」
「ほとんど食事が取れない。火を通した料理全般がダメで、でもパンとトマトなら少しずつ齧れるんだ」
「でも、もう夏野菜も終わりだよ。トマトもだいぶ少なくなってる」
心配そうにレインが呟いた。
小夜子は昔の、前世の事を思い出してみる。
小夜子が20代後半の頃、友人達の出産ラッシュがあった。同時期に数人がつわりに苦しんでいて、同時期に出産を迎え、人の子供ながらベビー用品を選ぶ時は楽しかった思い出がある。つわりの症状も人それぞれで、食べつわりの友人もいれば、食べられずに心配になる程やつれる友人もいた。
ジャックの妻はあまり食べられないつわりらしい。
「芋でも揚げてみようかな」
ジャックもレインも小夜子の言葉に首を傾げる。
「私の友人がつわりの時、フライドポテトばっかり食べてた時があったのよね。いい酒の肴にもなるし、子供達も気に入ると思う。温泉宿の新メニューにしたらどうかな」
「それって美味しいの?」
「すっごくね。朝ごはんが終わったら、ニールから大きいジャガイモを沢山貰ってこよう」
小夜子の話を聞いたレインと子供達が目をキラキラと輝かせている。
ジャックは仕事に戻り、食事が終わった小夜子と子供達はジャガイモを抱えて温泉宿の厨房へと向かった。
「おはよう、みんな」
「あら、サヨコちゃん」
「おう、姉ちゃん。久しぶりだな」
宿の食堂に顔を出すと、宿の客の冒険者達が10人ほど朝食を取っている所だった。宿の調理担当のニーナとハンナはセイラがダウンしている中、2人でどうにか食堂を切り盛りしてくれているらしい。
聞けば今日の利用客は少ない方で、日によってはポート町から隠居したご老人達がレインのバギーに同乗してやってきたりもするそうだ。冒険者達は馬で早掛けして3時間ほどでオーレイまで辿り着けるので気軽に温泉を楽しんでいるようだ。
「ねえ、ニーナ、ハンナ。手が空いてからでいいから、今から言う通りに料理してくれる?」
ニーナとハンナは丁度料理を出し終わった所だったようで、小夜子の頼みにすぐ応じてくれた。
小夜子の指示のもと、ニーナとハンナがフライドポテトを作り始めた。小夜子の好みで皮を剥いて1センチ角の棒状に切って揚げ、塩を振った物と、皮付きのくし形に切り、ニンニクと塩コショウをしっかり擦り込んでから小麦粉をまぶしてじっくり揚げた物、2種類を作ってもらった。
「さあ、みんなで味見してみて。子供達、火傷しないようにね。おっさん達も試してみて」
突然の新メニュー試食会となり、ニーナとハンナ、冒険者達も一緒に2種類のフライドポテトを食べ比べる事になった。
「美味しいね!」
「あら、簡単なのにいい味だわ」
「この皮付きは・・・、絶対にエールに合うな」
「我慢できねえ、俺は飲むぜ!奥さん、エールを一杯!」
「奥さん!俺にもエールを一つ!」
「はーい、ただいま」
子供と女性陣はフライドポテトの味に満面の笑みを浮かべ、親父達は我慢できずに次々にエールを頼みだす。
そういえばこの世界で揚げ物を食べた事が無かったかもと、小夜子はこれまでを思い返す。大抵が煮込みか焼き物、それか茹でられたもの位だった。それでも小夜子はこの世界の料理に満足していたが、この世界では揚げ物自体が珍しい調理方法だったのかもしれない。
「サヨコちゃん、最高よ。このメニュー、これから食堂で出したいわ。油もどうにかならない?」
ニーナとハンナが悪い顔で小夜子にニヤリと笑う。一品料理とアルコールは宿の宿泊費とは別料金で利益率が高いので、フライドポテトに釣られてエールを頼みまくっている親父達を見て、宿の奥様方は笑いが止まらないようだった。
今回は小夜子からの支援という事で、食糧庫にサラダ油の一斗缶を30缶程積み上げておいた。これで来年の春までの調理油はもつだろう。
厨房の奥さん達にジャガイモを全て揚げてもらってから、小夜子は大皿一つに塩味のフライドポテトを取り分けた。
「アン、お母さんのお見舞いに行こうか」
「うん!」
アンと手を繋いだルルを先頭に小夜子と子供達は従業員の宿舎にやって来た。
「おかあさーん!」
アンが部屋のドアを開け放ち、奥へと駆けていく。
戸口から小夜子が部屋の中を覗けば、居住スペースの居間に設置されたベッドに寝ていたセイラが起き上がろうとしていた。小夜子の後ろにはそろりそろりと子供達が続く。
「突然押しかけてごめんね。楽にしていて」
「サヨコさん、こんな格好ですみません・・・」
小夜子はどうにか起き上がろうとするセイラの背を支えて、その背の後ろにクッションをいくつか入れてやった。
セイラは笑顔を見せているが、顔色は悪く明らかにやつれている。
小夜子が清浄の魔法をかけてやれば、さっぱりしたのか少し表情が緩んだ。
「ジャックから聞いたわ、妊娠おめでとう。でもつわりが随分辛そうね」
「はい。でも、皆さんからは一時の辛抱だと言われていますので」
宿の奥さん方は出産の先輩でもある。心強いとは思うが、妊娠時の体調不良は個人差も大きいだろう。医療も発達していないこの国では、体力が失われればそれがどう転ぶか分からない。とにかく、もう少しカロリーが取れれば良いのだが。
「セイラ、宿から少し新作の料理を持って来たんだけど、食べられそうかな。匂いとか気になる?」
小夜子はセイラの膝の上にそっとフライドポテトの大皿を置いてみた。
「おかあさん、わたし、おイモとったの。食べて!」
セイラの足の上に乗りあがっていたアンが、セイラをジッと見上げる。
「まあ、それはぜひご馳走にならないとね」
セイラはアンにニコリと微笑みかけて、そっとフライドポテトを口に運んだ。
「・・・・」
1口目をゆっくりと口に入れたセイラは、続けて2口でフライドポテトを1本口に納めた。それから次の1本にすぐさま手が伸びる。続けて3本、4本とセイラの手がフライドポテトに伸びるのをアンはニコニコと見守っている。
「セイラ、レモン水よ。口がさっぱりするからどうぞ」
「あっ」
我知らず食べるのに夢中になってしまったセイラは頬を赤らめた。赤面しながらセイラは小夜子からカップを受け取り、ぐっと半分ほどレモン水を一気に飲んだ。小腹が膨れて、口の中の塩味を爽やかなレモン水が洗い流すと、セイラの倦怠感と悪寒が少し和らぎ気分も良くなった。ふうとセイラは満足のため息をついた。
「私の友人が、妊娠中ずっとこの揚げたイモを食べてたなって思い出してね。セイラも食べられたなら良かったわ」
「あの、ありがとうございます。とっても美味しくって、つい夢中になってしまいました」
「おかあさん、たくさん食べて!赤ちゃんの分も!」
アンがセイラに向けてぐいぐいと大皿を押す。
「美味しいけど、脂っこいからね。気持ち悪くならない程度に食べて。余ったらジャックに食べさせたら良いわ」
小夜子は適当にサイドテーブルを作り、セイラの横にフライドポテトの大皿とレモン水のピッチャーとカップを置く。
「後ね、妊婦には栗とプルーンが良いらしいわよ。村に植えておくから。つわりが落ち着いたら、毎日少しずつ食べたらいいわ。一度にたくさん食べたら太るけど、セイラは少し体重を戻した方が良さそうよ」
これもまた小夜子の友人を思い出しての前世知識だった。
もちろん妊婦だけではなく子供達のおやつにもいい。二つの木皿にこんもりと甘栗とドライプルーンを出して子供達に味見をさせれば、新しい甘味に子供達は目を細めたり、頬を押さえたり、思い思いに喜んでいた。
甘栗とプルーンもサイドテーブルに置くと、小夜子はアンと子供達を連れて部屋を出た。
部屋から出るとアンがクルリと振り向き、小夜子に勢いよく飛び付いてきた。
「サヨコちゃん!おかあさん、いっぱい食べたね!おイモ、美味しいね!」
小夜子の腹部に顔を埋めて、バラ色の頬をしたアンが興奮して言い募る。
小夜子は笑いながらアンを抱き上げた。
「セイラがもっとたくさん食べられたら、きっと元通り元気になるわ。それで来年の春にはアンは赤ちゃんのお姉さんになるのね」
「そうだよ!」
初めて抱かれる小夜子にもアンは安心しきって身を預けている。ポート町でもセイラの実家の宿屋で大勢の大人に可愛がられてきたのだろう。屈託なく喜ぶアンを小夜子が目を細めて見ていると、クイクイと小夜子のパーカーの裾が後ろから引かれた。
後ろを見るとレインが目配せしてくる。レインの目線を辿れば、小夜子とアンから微妙に距離を取り、ルルが悲しそうな顔をして床を見つめている。
レインは元から優しい子だったが、オーレイとポート町で大勢の人々と接する内に更に視野も広がったようだ。少し前までオーレイで唯一の子供だったのだが、今では小夜子よりもよほど空気も読めるし、子供たち皆をよく見てくれている。
小夜子は笑いながらアンを抱えた反対の腕で、俯いていたルルを掬い上げた。
「ルル?抱っこして欲しかったら遠慮しないでそう言いなさい。私でも、その辺のオジさんやオバさんでも、爺婆達だって、みんな子供が大好きで抱っこしたくて仕方がないんだからね」
アンと比べてルルは発語が極端に少ない。今も上手く自分の気持ちを伝えられずに、でも感極まったのか涙を零しながらルルは小夜子の首にしがみ付いて顔を隠してしまった。
「よしよし、ここには怖い大人はいないからね。静かに隠れていなくてもいいの。甘えたかったら甘えていいの。ルルにもココにも、これからはたくさん笑って、たくさんお話しして欲しいわ。ルルが話したい事があれば、ゆっくりでいいからお話してね」
「ルル、どうしたの?」
「アンと一緒の抱っこが嬉しいんだって。嬉しくても涙が出るのよ」
「そっか!」
アンはニッコリ笑うと、ルルの真似をしてか小夜子の首元に同じように顔をくっつけてくる。背後を確認すればレインがココの手を引いて小夜子の後を付いてきていた。ココとレインも相性が良いらしく、ココはリラックスした様子でレインと手を繋いでいる。
命を繋ぐだけで精一杯の酷い生活をココとルルは送ってきた。きっと多くの心の傷とトラウマも抱えているだろう。けれどオーレイに居れば、辛く悲しい思い出は必ず楽しい思い出に上書きされていくはずだ。
心の余裕が無ければ、人は他人に優しくできない。心の余裕は生活の余裕から生まれる。
オーレイは大人が子供を守る事が当然の場所になって欲しい。
そう思えば、生活の余裕を生み出す仕組み作りのために、結局小夜子はオーレイ滞在中に勤勉に働くことになるのだった。




