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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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王都ブラッドレー 4

「これは無視。これも無視でいい。無視。無視。・・・これは保留、かなあ」

 ダグラスの口利きもあり、小夜子とイーサンは王都内でも最高ランクにあたるホテルのスイートルームで快適に過ごしている。

 その部屋で滞在3日目の朝、ホテルの支配人が小夜子に手紙を届けに来た。銀トレイに様々な封筒が30通以上乗っていた。

 すべてが各方面から届いた小夜子宛の招待状だった。

 現在その招待状はイーサンにより仕分けされている。

「ちょっと考えてもらうとしたら、この2通かな。国内で権力的に最高位の人達だけど、会うも会わないもサヨコの好きにしたらいいよ。貴族からの招待状は、サヨコが貴族と付き合う気がなければ全て無視して構わないさ」

 イーサンが残した2つは、1つ目はガルダン王国王妃からの物。2つ目はハイデン教会の司教からの物だった。

「でも、全部無視したらイーサン困らない?王妃くらいには会っておく?」

 小夜子の言葉にイーサンは耳を疑った。

「サヨコ、どうして。本当は国にも教会にも貴族達にも、誰にも関わりたくないだろう?」

「それはそう!でも、王都はイーサンのホームグラウンドじゃない?イーサンのご家族だって暮らしているんだし、私が原因で迷惑を掛けたら悪いわ。顔を合わせる位で相手の気が済むなら出向くのは構わないわよ。でも無理難題を言われたら、その時は私、我慢できるか分からない。その点も踏まえて、今回は誰に会うかイーサンが決めてくれても良いわ」

「サヨコ!」

 イーサンは感激してカウチに怠惰に寝そべっていた小夜子に抱き着く。

「家族の事まで考えてくれるなんて、嬉しいよ」

「だって、イーサンが守りたい人達でしょう。なら私も守りたいわ、って、イーサン?」

 カウチに仰向けになっていた小夜子の頬を温かい雫が濡らす。

 見上げれば、自分の上に居るイーサンの瞳から美しい涙が零れ落ちていた。

「えっ、あれ。うわ、恥ずかしい。小夜子が泣かすような事を言うから」

 慌てて自分の涙を拭うイーサンを、小夜子は笑いながら抱きしめる。

「可愛いイーサン。あなたにとって大切なものを、私も大切にしたいの」

「サヨコ、ありがとう・・・。母と兄達と、一緒に相談させてもらってもいい?」

「ええ、もちろん」

 この2日後、バトラー家にて小夜子の王都での社交について作戦会議が開かれる事となった。


 王都の貴族街の真ん中あたりに、ほどほどの規模でバトラー家は屋敷を構えていた。

 バトラー家の玄関ホールで、バトラー家当主であるイーサンの長兄とその家族、次兄のエドワード、イーサンの母が勢ぞろいする中、小夜子はバトラー家の面々に挨拶をした。

「冒険者の小夜子よ。貴族の礼儀は分からないから、失礼があったらごめんなさいね。イーサンにはお世話になっているわ」

 これほど長い小夜子の自己紹介を初めて聞くイーサンは、改めて小夜子が自分の家族に気を使ってくれている事に感動していた。

 小夜子の挨拶を受けて、イーサンの母は笑みを深める。

 小夜子のパッシブの索敵スキルではイーサンの母と長兄の妻が黄色の警戒色になっている。庶民の冒険者が乗り込んできたのだ。この反応は想定内だ。

 長兄の妻の横に立つ5歳ほどの男児が瞳を輝かせて小夜子を見上げてくる。可愛らしいが、母親が警戒している限り小夜子が触れ合う機会は無さそうだ。

「今王都で噂の冒険者殿に訪問してもらえて嬉しいよ。さあ、中に入ってくれ」

 長兄が小夜子を屋敷の中へと招き入れる。

 ちなみに、小夜子は名乗ったがバトラー家の面々はいまだ小夜子に名乗ってはいない。田舎にいれば線引きは緩めだが、都市圏では貴族と庶民は明確に身分を区別されている。一冒険者が屋敷に招いてもらえるだけましだろうと、バトラー家の初手の対応を小夜子は流す事にする。

 そんな小夜子の片手を掬い、イーサンが指を絡ませて手を繋いだ。小夜子は口元に小さく笑みを浮かべ、イーサンの先導に従いバトラー家に足を踏み入れた。

 玄関口で長兄の妻子とは別れ、その他の家族と小夜子達がバトラー家の応接室に腰を落ち着けた。

「それで、我が家に相談があると聞いたが」

 早速長兄が話を切り出し、イーサンがテーブルの上にごっそりと小夜子宛に届いた招待状を乗せた。この2日で招待状の数はさらに増えていた。

「これ、全部小夜子宛の物。中にはガルダン王妃やハイデン教の司教からのものもある。小夜子と俺が一緒に行動しているのはもう知れ渡っているから、バトラー家に小夜子が気を使ってくれてね。どの招待を受けたらいいか相談しに来てくれたんだよ。基本、王都の貴族からの招待は断りたいと思ってるんだけど」

 王妃と司教の名前を聞いて、長兄とイーサンの母の表情が変わった。

「そういうことだったの・・・。それは、急いで返事をしなければなりませんね」

「あ、貴族は断りたいけど、公爵家からも招待状が来ていたような気がする」

 長兄とイーサンの母はそろって額を押さえた。

「・・・サヨコ、礼を欠いて申し訳なかった。私はアルフレッド・バトラー。イーサンの兄であり、バトラー家の当主をしている。今回相談してくれた事、感謝する」

 やはりバトラー家に相談をして良かったようだ。

「イーサンの母のジェーンよ。ごめんなさいね。あなたにうちの息子が誑かされたと思って、少し意地悪をしてしまったわ。イーサンは全く私の思い通りにならないの。でも、今回こうしてお付き合いしている人を紹介してくれて嬉しく思うわ。サヨコ、これからどうぞよろしくね」

「こちらこそよろしく」

 誑かしたかもしれないが、小夜子がイーサンに誑かされてもいる。この辺りは口には出さず、小夜子はアルフレッドとジェーンの謝罪を受け入れた。バトラー家の小夜子への対応は末っ子可愛さゆえの警戒だったと分かり、小夜子の中の小さなわだかまりも解けて無くなった。

 改めてお互いに自己紹介が終わり、アルフレッドとジェーンが小夜子の招待状を選別しなおす事になった。エドワードは一応同席しているが、社交においては戦力外とみなされているのか、長兄たちには交じらずのんびり紅茶を飲んでいる。

 しばらく時間が過ぎ、招待状の選別が終わった。

「サヨコ、この3つの招待は最低でも受けて欲しい」

 アルフレッドが招待状をテーブルの上に並べる。

 2つは予想もしていたが、ガルダン王妃とハイデン教の司教からの物だった。そしてもう1つがブライトランド公爵家からの招待状だった。

「バトラー家は代々ブライトランド公爵家の派閥に与しているの。ブライトランド公爵家は今の王妃様の実家でもあり、ブライトランド派は王妃派、または王族派とも言われているわ。王妃様との謁見には私が付き添います。公爵様へのサヨコのお目通しにはアルフレッド、あなたが同行して」

 小夜子としては、言われるがまま必要な場所に行くだけだ。

 ジェーンの采配を小夜子とイーサン、エドワードは黙って聞いている。

「伯爵家以下の家門は良いとして、侯爵家以上の家門についてはどうしたらよいものかな・・・」

「ブルームハルト軍団長を頼らせて頂きましょう。サヨコとイーサンは現在、閣下の庇護を受けているような物です」

「あなた達、どういう事なの?」

 エドワードからダグラスの名前が飛び出し、ジェーンとアルフレッドの顔色が再び変わる。

「あー、えーと。今いるホテル、軍団長の口利きで泊まらせてもらってる。費用も軍団長が持ってくれてるんだよ」

「そんな大切な事は先にお言いなさい!」

 イーサンの説明に思わず声が高くなるジェーンの横で、再びアルフレッドは額を押さえている。

「何て事・・・。息子が知らない内に軍団長閣下に生活のお世話をして頂いていたなんて・・・。ブルームハルト侯爵家には、こちらから早急に訪問のお伺いを立てねばなりません」

「うーん、あんまりダグラスは礼儀にうるさそうじゃなかったわよ?軍の勧誘を断っても笑っていたもの」

「・・・サ、サヨコ、あなた。なんといってお断りしたのかしら・・・」

「母上、大丈夫ですよ。軍団長閣下は始終ご機嫌麗しく、サヨコを非常に気に入ったご様子でした」

 エドワードの話を聞いて、顔色が悪くなっていたジェーンは胸を押さえて大きく息を吐いた。

「イーサン。サヨコは他に国の要人に会っているか。全て教えてくれ」

 イーサンは軍団長の他にギルドマスターと聖女の話をした。

 王都に来て数日なので、それ程の人数ではない。しかし、一人一人が無視できない大物だった。

「司教様は間違いなく聖女のご意向もあるだろうが、何かしらの教会の思惑もあるかもしれないな」

「冒険者ギルドの方は特に構わずにいて良いでしょう。すでにサヨコは冒険者ギルドに所属しているのだし」

 ここまで話を整理して、どうにか今後の方針がまとまってきた。

 小夜子が招待を受けるのは、先ほども上がった3件に加えてダグラスの家も含める事になった。

「司教様との謁見はアルフレッド、あなたが同行しなさい。ブルームハルト侯爵家にはエドワードあなたが同行して」

「わかりました」

 長兄、次兄が揃って頷く。

「それで、誰から返事を出せばいいの?」

「それも我が家に任せて頂戴。私とアルフレッドが必要な相手に必要な返事を出します。それからあなた達、すぐにホテルを引き払って今日からバトラー家に滞在しなさい。軍団長閣下へはこちらから諸々のご連絡を差し上げるわ」

 招待状をあっという間に仕分けし、手紙への返事をしてくれる上に、バトラー家はイーサンもろとも小夜子の面倒を見てくれるという。

「何だか悪いわね。恋人の実家に泊まるなんて初めてだわ」

 そういい、小夜子はイーサンと笑い合う。手はまだ指を絡めて繋いだままだ。

「サヨコ、気にしないでくれ。頼むから、是非、イーサンと我が家に滞在してくれ」

 アルフレッドに念押しされて、そこまで言ってくれるならと小夜子はバトラー家の世話になる事にした。

 その日の内に小夜子とイーサンはダグラスに紹介されたホテルを引き払い、バトラー家に身を寄せる事となった。

「サヨコ様、何なりとお申し付けくださいませ」

 メイド服に身を包んだ女性達が小夜子に用意された部屋の中で一列に並び、小夜子に首を垂れた。

 イーサンとは別室になってしまったのだが、小夜子の目は爛々と輝いていた。

「バトラー家、最高だわ!」

 小夜子の理想がここにあった。

 ホテルでも部屋の管理、清掃等はされていたが、生活の世話までは従業員はやってくれない。しかし小夜子に付けられた来客対応用のメイド達は、小夜子の着替えやらなにやら、なにくれとなく世話を焼いてくれるのだ。

 ちなみに小夜子の黒づくめの服は全てジェーンに没収され、貴族女性が身に付けるドレスを小夜子も装着させられている。これはこれでコスプレのようだと、身動きのしにくさも込みで小夜子はバトラー家での生活を楽しんでいた。

 いずれは小夜子個人の財でこの生活を実現させたいものだと、小夜子の夢と希望も膨らむのだった。


 バトラー家で賓客対応を受けながら、小夜子の社交が始まった。

「全く、サヨコ。あなたときたら・・・」

「本当に、磨けば磨くほど光るとはこの事ですわ、お義母様」

 小夜子が滞在している部屋で、ジェーンとアルフレッドの妻であるグレースは、姿見の前で背筋を伸ばして立つ小夜子を感嘆のため息をもらしながら見つめていた。

 今日はブライトランド公爵家へ訪問する日となっており、小夜子は早めの昼食を終えてメイド達にあれこれと出かける準備をしてもらっている。

 小夜子が今日身に付けているのは、ジェーンが若かりし頃のドレスだった。ダークブルーのスッキリとしたホルターネックのドレスになっており、引き締まった体の小夜子には矯正下着は一切必要が無かった。長い黒髪を編み込みながらハーフアップにし、露になった耳には髪飾りと揃いの小粒のパールが鈴なりになった耳飾りが付けられた。

 メイクも眉を整え、薄くおしろいをはたき、唇に紅を引くだけでも、小夜子は目を吸い寄せられるような艶やかさだった。

 小夜子を迎えに来たイーサンと、イーサンに付いてきたアルフレッドは小夜子の余りの変わりようにしばし絶句した。

「こ、これはダメだ。こんなサヨコ、公爵の前に出すわけにはいかない!」

 イーサンは自分のジャケットを脱いで慌てて小夜子に着せかけた。

「え、似合ってなかった?自分では結構いい感じだと思ったんだけど」

「似合ってる!似合いすぎだよ。サヨコが美人すぎる!公爵の後添えに望まれたら困る位に奇麗だよ!!」

 小夜子を腕の中に隠すように様に抱き込んでいるイーサンに、ジェーンは呆れたが、イーサンがいう事はあながち外れてもいないと思いなおす。

「そうねえ。老侯爵は一応独身だものね。輝かんばかりの美貌だけれども、少し目隠しをしましょうか」

 ジェーンはメイドに黒いベールを持ってこさせる。

「もったいないけれど、あなたの美しい顔も髪も、しなやかな白い腕も、騒ぎを起こさない様に隠しておきましょう。だけど、冒険者の装いではやはり礼を欠きすぎるわ。これからも外出時のドレスはこちらで用意します」

「悪いわね」

「いいのよ。実は、少し楽しいわ」

 ジェーンとグレースは小夜子のベールを手直ししながらクスクスと楽しそうに笑う。

「子供が3人とも男の子だったから、こんな機会は初めてよ」

「未婚の女性のおしゃれはまた、私達とは違いますものね」

 バトラー家の女性達はもう小夜子を一切警戒することも無く、あれこれと親切に手を差し伸べてくれる。

「うん!これだけ隠れたら大丈夫だと思う」

 イーサンがやっと納得したが、小夜子は黒のレースですっぽりと上半身覆われてしまっている。

「うーん。視界が悪いわ。敵意は索敵で感知できるけど」

 小夜子の口から飛び出す言葉は、いくら見た目を装おうとも普通の令嬢とはかけ離れている。

「サヨコ、イーサンがしっかりとエスコートするから安心してくれ。私も同行するから、なるべく、うん、ええと、静かにしていてくれるか」

「公爵家に仕えろと言われたら断っていい?」

「それも、私が穏便にお断りする。私に任せてくれ。とにかくサヨコは、私が話していいというまで黙っていてくれ」

 柔らかい言い方を模索したが、最後には黙っていろとしか言えなくなってしまったアルフレッドだった。出かける前から心労を募らせている長男をみて、ジェーンも明日は我が身と自分へも降りかかる困難へ思いを馳せた。

 バトラー家が団結して乗り越えるべき困難のまずは初日。

 ブライトランド公爵家へ、アルフレッドとともに小夜子とイーサンは出かけて行った。


 貴族街の中でも王城に近くに広大な敷地を有し、ブライトランド公爵家は屋敷を構えていた。屋敷の規模も豪華さもバトラー家の上を行く。さすがは公爵家といった所だった。

 家令に案内されて、応接室に小夜子達3人は通される。

 しばらく待って、ブライトランド公爵が現れた。

「バトラー伯爵、春先の夜会ぶりかな。変わりはないか」

「ブライトランド公爵、お陰様で家族皆恙なく過ごしております。当家の関係者へ公爵からのお招きがあったと伺いまして、僭越ではありますが当家が仲立ちさせていただきたく本日はお伺いいたしました。ご挨拶させていただいても宜しいでしょうか」

 ブライトランド公爵が鷹揚に頷いた。

「バトラー家が3男、イーサン・バトラーと申します。彼女はAランク冒険者のサヨコです」

 イーサンの言葉を受けて、小夜子は会釈か頷きか微妙な動きを返す。小夜子的には誰にも頭を下げたくない。たとえその国の王であっても。今大人しくしているのは、ひとえにバトラー家の顔を立てるためだった。

「今王都を賑わす噂の冒険者殿、私の招待を受けてもらえて嬉しいよ。噂の凄まじい力を持つとはとても思えない、深窓の令嬢のような淑やかさじゃないか」

「ははは、私も信じられない思いでおりますが、軍に所属しております我が弟の他にも多くの者が直接彼女の力を目にしております。彼女は普通の令嬢の枠には到底収まらないようにございます」

「ほう。強さも美しさも兼ね備えた稀有な人物のようだな。どうだ、サヨコ。我がブライトランド家に仕える気はないか」

「・・・・・」

 小夜子は事前にアルフレッドに言い含められていた約束を守り、黙っている。

「ブライトランド公爵に申し上げます。私が愚考いたしますに、サヨコは冒険者であればこそ、その強さも美しさも輝く逸材であると思います。今は我がバトラー家で一時的に羽を休めている所ではありますが、バトラー家のみではサヨコの宿り木に物足りぬ時、その時は是非公爵の大きなお力をお借りできればと。美しい鳥が羽を休める事が出来る頼もしい宿り木の一つにブライトランド公爵家にもなっていただけましたら、それは王国の益にもなりましょう。バトラー家としても心強い限りにございます」

「ふむ、そうか。籠に押し込めてしまっては、その鳥の良さを殺してしまうという事かな」

 比喩を多用し、回りくどい事を延々とアルフレッドが話している。ストレートな物言いがNGなら、小夜子には貴族の社交は到底務まらない。

 自分の話題とはいえアルフレッドに丸投げして小夜子は黙ったままだ。

「わかった。手元に無理やりに置くよりは、いつかふらりと羽を休めに来てくれることを期待して待つとしようか。此度の王都防衛もだが、私個人としても君達には恩義を感じているのだ。イーサン、サヨコ、娘にクイーンリリーをありがとう」

 小夜子はピクリと身じろぎした。そういえば、ジェーンが王妃の実家はブライトランド公爵だと言っていた。公爵はとっくの昔にイーサンと小夜子の事を調べ上げていたのだろう。

「素材として商業ギルドに納めましたが、王妃様のお役に立てて何よりでした」

 イーサンがそつなく公爵へ応える。

「うむ、これからも君達とは良い関係を続けていきたいものだ。次に会えるのは褒章の授与式かな。それまで王都を楽しんでくれ」

 ブライトランド公爵は思いの外小夜子に好意的で、アルフレッドの思い描いた通りの話の流れのまま公爵家の訪問を終える事が出来た。


 王妃への謁見もクイーンリリーの事があり、終始穏やかに話は進んだ。

「イーサン、サヨコ、クイーンリリーを本当にありがとう!」

 エルメイン王妃は未だに可憐な少女のような雰囲気を纏っていた。無邪気にクイーンリリーへの礼をいい、王妃から近寄り小夜子の両手を握りさえする。

「お喜び頂けて我々も嬉しく思います」

「先代王妃様もクイーンリリーの香りを纏う事を夢見ていらっしゃったのよ。残念ながらそれは叶わなかったけれども、クイーンリリーを手に入れる事が出来て私は幸運でした。あなた達が持ち帰ってくれた株をどうにかして根付かせたいと思うわ。リシェルに引き継げればいいのだけど」

「成功をお祈りしております」

 王妃との謁見では最初の様子を見てジェーンはイーサンに任せる事にしたようで、一歩下がって見守る姿勢でいる。

「イーサン、そろそろ王都に腰を据えてはどうかしら。また軍に戻っていらっしゃい。イーサンが近衛騎士になってくれたら、私も陛下も安心だわ」

「光栄なお話ですが、私では力不足でございます。しかし、軍から離れましたが、陛下の臣である事には変わりございません。国の有事には必ず馳せ参じますゆえ」

「そう、そうね。残念だけど今日の所は諦めるわ。イーサン、サヨコ。王都に来たらまた顔を見せて頂戴ね」

 王妃はイーサンの勧誘を一応取り下げ、3人の退室を許した。

 どうにか王妃の相手をイーサンが主となって務めあげ、小夜子達3人は王城を後にすることとなった。

「イーサンお疲れ様」

 帰りの馬車でぐったりとしているイーサンを小夜子はねぎらう。

 とりあえずは、ブライトランド公爵とエルメイン王妃に関しては好感触だったと言ってよいだろう。グランシールでイーサンと小夜子が商業ギルドにクイーンリリーを納品したことがかなり功を奏した。

 好感触だったのだが、王妃の勧誘を受けたイーサンは疲れた顔を見せている。

「これだからあまり王都には寄り付きたくないんだよ」

「イーサン、不敬よ」

 正直すぎる息子をジェーンがたしなめる。

 ぽっと出の小夜子ですらこの勧誘騒ぎなのだ。富と名声を極めたイーサンであれば勧誘合戦は小夜子の比ではないだろう。

 王都にいる限りこのような面倒事が降りかかってくるだろう。こうなったらとっとと国から褒章を受け取って王都を発ちたい所だ。

 褒章の授与についての案内はまだ届かないので、それまでに最低限の社交を片付ける事にする。

 ブルームハルト侯爵家への訪問も問題なく終わった。元から小夜子とイーサンに好意的なダグラスとそのご妻女にエドワードを加えて、和やかに食事会を楽しみ侯爵邸を辞した。

 バトラー家の協力を得ながら招待を消化していき、小夜子の社交は残す所ハイデン教会司教との物だけとなった。

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