王都ブラッドレー 3
翌日から、小夜子はさっそくイーサンの案内に従い王都内の石像の修復にあたっていた。この広い王都の外れに二ヵ所のみ、崩れかけの小さな石像を発見し小夜子は修復を施した。やはり都会に行けば行くほど幼女の石像は見つけられない。聖ハイデン教の勢力が辺境より強いのだろう。
二つの石像を修復したが、小夜子の女神の加護も運のランクもやはり変化は無かった。
「うーん、でかい石像じゃないとランクアップしないのかしら?」
前回のランクアップ時の、森の朽ち果てた遺跡らしき場所にあった成人サイズの女神像を小夜子は思い出していた。
「イーサン、王都でおかっぱの成人女性の女神像とかみたことある?それか、古い遺跡とか」
「女神像はないなあ。教会にあるのは聖ハイデン像だけだし。あ、でも王都の教会の敷地内に古いの遺跡みたいなのがあるんだよね。危険だから王都民は立ち入り禁止になっているけど」
「うーん、一応そこ、確認しておきたいわね」
小夜子の希望に従い、2人は王都中心部にほど近い聖ハイデン教会までやって来た。
王都民に開放されている広い礼拝堂の入口でイーサンが白い長衣の男に声を掛けると、男は恭しくイーサンに一礼し、礼拝堂脇の廊下の先へと小夜子達を案内した。
通された個室には、一人の年老いた聖職者が机で書き物をしており、立ち上がって小夜子達を部屋の中に招いてくれた。
「イーサン卿、ようこそお越しくださいました」
「ランスロット司祭、久しぶりです」
司祭は少しの白髪、豊かな白髭を蓄えた好々爺とした人物だった。
司祭に小夜子も紹介され、3人はテーブルについた。
「久しぶりに王都に寄りましたので、ご挨拶に伺いました。少しですが、教会の活動にお役立てください」
イーサンがいつにもまして整った余所行きの笑顔を湛えて、ランスロットにそっと白絹の小袋を手渡した。チャリンと硬質の金属音が鳴る。
「これはこれは。イーサン卿、ありがとうございます。今年は孤児院の子供達が急に増えまして、冬支度に苦労する所でした。とても助かります」
ランスロットは絹の小袋を押し戴いて受け取った。
「私も寄付するわ」
子供達が多いならと小夜子も申し出たが、それにはランスロットは首を振った。
「今回はイーサン卿から頂く分で十分です。過ぎる財は、余計な困りごとを呼び寄せるものですから」
ランスロットは清く正しい聖職者であるようだった。
「司祭、すこし教会の裏手を見せてもらっていいですか。あの林は昔から好きなのです」
「ほほほ、イーサン様は変わりませんね。今日は悪さをせず、暗くなる前に帰られませよ」
ランスロットは目を細めてイーサンを揶揄うように笑った。
「ご勘弁を。もう子供ではありませんよ。それでは少し寄らせてもらいます」
2人は教会の裏手への立ち入りの許可を得てランスロットの部屋を後にした。
「感じのいいお爺ちゃんだったわ」
「ランスロット司祭は高潔な素晴らしい方だよ。俺は子供の頃からお世話になっているから頭が上がらないんだ。さて、ここが教会の裏手の林なんだけど」
小夜子とイーサンは教会の裏手にある林の入口にやって来た。整然と区画整理された都市の中にこれほどの広大な林を維持しているとは、教会の力の一端を見たような気がした。
「遊歩道から少し外れて・・・ここだ」
イーサンの案内で少し林の中に分け入って、連れていかれた先には苔むした石材が折り重なっていて、まさに古代の遺跡というような朽ち果てた建築物らしき物があった。一応、王都民が立ち入らないようにと遊歩道に向かっては形ばかりロープが張られている。
それは小夜子が森の中で見つけた遺跡に非常によく似ていた。
「ちょっと見てみるわ」
小夜子は一人で見るつもりだったが、イーサンも興味があるのか小夜子の後ろを付いてきた。
「小さい頃は、ここには怖くて近づけなかったんだよね。案外、しっかりとまだ建物の部分が残っているね」
遊歩道側から見ると、石材が折り重なって奥があまり見えないようになっていたが、石材を乗り越えた先は、少し建物部分が残っていた。屋根部分はすっかり崩落していたが、まるで礼拝堂のように柱が両脇に連なった先には、祭壇らしきものがあり、大きな石像が下半身部分のみを残してあった。
「・・・多分、これだわ」
修復してみれば正体は分かる。
小夜子は崩れた石像にのみ、時を巻き戻す様に創造の力で修復を施していく。
風雨にさらされ、ざらざらとした石の塊になっていたものはみるみると体積を取り戻し、元の形となっていく。
修復が完了すると、小夜子とイーサンの前には純白の美しい女神像が立っていた。
「綺麗だね。こんな女神像は初めて見るよ。サヨコがあちこちで直していた小さな石像は、この女神を模したものだったのかな」
「多分そう」
小夜子は見るのは二度目となる、成体の女神像を言葉少なに眺める。
こっそりと自分のステータスを確認するも、やはり変化は無かった。
ハッキリ言って手詰まりだ。
これはガルダン王国で小夜子が出来る事はもうないという事だろうか。
それか、大人しく石像の修復をして回っていたが、いっそ2つ3つ逆に破壊行為をしてやればまたあの幼女が泣きギレして小夜子の前に出てくるだろうか。
「イーサン様!こちらですの?!」
小夜子が考えに没頭していると、イーサンを呼ぶ甲高い声がした。
知り合いなのかイーサンの顔がやや強張る。
小夜子が声のする方を振り返ると、倒れた石材を迂回し、勇ましく乗り越え、純白のワンピースに身を包んだ少女がこちらに向かってくる所だった。
「イーサン様がいらしたと聞きましたの!王都にお越しの際は必ず会いに来て下さいとお願いしましたもの。お約束を守っていただき嬉しいですわ!」
年の頃は10代前半か。艶やかな亜麻色の髪を靡かせた少女が、イーサンを見つめて頬を上気させている。
「イーサン様、お会いしたかったですわ!」
イーサンの手前に立つ小夜子が、少女の目には一切入っていないようだ。
「・・・聖女様、お久しぶりです」
イーサンは笑顔を張り付けて少女に挨拶をする。
「イーサン様ったら!私の事はアリアと呼んでくださいとお願いしましたわ」
少女にとってここはイーサンと自分の2人だけの世界のようだ。
「イーサン、いくら何でも手を出すには少し若いんじゃない?全く、こんな何も知らないような子を」
「サヨコやめてよー。手を出すわけ無いでしょ」
「きゃああ!」
小夜子とイーサンがほんの一瞬少女から目を離した時、少女は足場が悪い遺跡の中で転倒した。
「ひぐっ・・・、い、いたい・・・」
少女は膝小僧をすりむき、更に悪い事に足首も捻ったようだ。自分の膝小僧から血が滲むさまをみて、少女の瞳には涙が盛り上がる。市井の同じ年頃の子供達と比べて、何とも言動が幼い。
小夜子は見かねて少女に手を差し伸べた。
「ほら、えーと。聖女様?せっかくの奇麗な服が埃塗れじゃない。こんなところに来たら危ないわよ。怪我も治してあげるから、泣かないの」
小夜子が少女に清浄魔法と治癒魔法を重ね掛けすると、少女の純白の服は元の白さを取り戻し、膝と足首の痛みも消えた。
自分の服と体の変化に少女は驚き、それからこぼれんばかりに目を大きく見開いて小夜子を見上げる。
「・・・・あなたも、聖女なのね?」
「うん?」
小夜子を見上げる少女が、花開くように笑った。
「嬉しい!」
少女は勢いよく立ち上がると、小夜子に飛びついてきた。つい小夜子は少女を抱きとめてしまう。
「聖女様、違いますよ。彼女は 冒険者です。聖女ではありません」
先ほどまでイーサンの事しか眼中に無かった少女は、今は小夜子しか目に入らない。少女はイーサンの言葉が聞こえない様子で、歓喜の感情に任せて思い切り小夜子にしがみ付く。
「私以外の聖女に初めて会えましたわ!」
「ストップ、ストーップ!!聖女様、落ち着いて」
小夜子はそっと少女の背中をタップする。
「話を聞いて。私は聖女じゃないわよ」
「素晴らしい清浄と治癒の御力でしたわ!あなたのお名前を教えて!」
少女とは全く会話が噛み合わない。
珍しい事だが困った小夜子がイーサンを見ると、頼りのイーサンも困った顔をしていた。
「聖女様は思い込みが激しくて、基本人の話を聞いてくれないんだよ。俺も転んだ所を助けて以降、激しく今の今まで懐かれていた。俺に向けられていた興味は、どうやらサヨコに移っちゃったみたいだねえ」
「なるほど・・・」
だいぶ変わっているとは思ったが、少女はコミュニケーションに難のあるタイプらしい。
「ふう。仕方が無いわね。保護者の所に連れていきましょう」
小夜子にしがみ付いて離れない少女を、小夜子はヨイショと抱き上げる。自分とさほど体格が変わらない小夜子に抱き上げられて、少女はきゃあと歓声を上げた。何とも心配になる程の天真爛漫さだ。
「サヨコ、大丈夫?代わろうか」
「代わって欲しいけど、結構すごい力でしがみ付いてくるからこのまま行くわ。さっきのお爺ちゃんの所に行けばいい?」
小夜子達が遺跡から林の遊歩道まで戻ってくると、丁度少女を探しに来たのか白い長衣を身に纏った男達と出くわした。
「聖女様!」
男達は少女を抱き上げたままの小夜子に戸惑う様子を見せるが、隣のイーサンを見て落ち着きを取り戻した。
「イーサン卿、聖女様をお連れ頂きありがとうございます」
「・・・・どういたしまして」
イーサンは取り合えず男達に話を合わせる事にする。この男達は聖女の護衛兼世話係だった筈だ。
「探しましたよ、聖女様。勝手に居なくなられては困ります。さあ、まだお勤めが残っております、戻りましょう。」
「お姉さまと一緒が良いわ!お姉さま、お願い。私と一緒にここで暮らしましょう!」
「・・・・断る!」
さすがの小夜子もあっけにとられて反応が遅れたが、この少女はいったい何を言い出すのか。
「ちょっと、早くこの子引き取って頂戴」
「申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしたようで」
男達も慣れているのか、小夜子から少女を引き剥がしてくれた。
「いやよ!お姉さま!!」
「さあ、聖女様。お聞き分けください」
男達に両腕を取られて、丁重ではあるが力強く少女は教会へと連れ戻されていった。
「はー、びっくりしたわ。あれがこの国の聖女なの?」
「おつかれ、サヨコ。正しくは、世界中の聖女はどの国に居ようが全員が教会の所属だね。この国の民であっても、聖女認定をされれば教会の預かりになる。今の聖女様はかなり小さい内に教会に入った筈だよ」
「そうなのね」
本人の個性なのか生育環境に問題があったのか分からないが、少女の普通とはあまりにかけ離れた様子は少し可哀想でもあった。しかし、教会管轄ならばどうしようもない。
小夜子は気持ちを切り替えた。
「私の用事は済んだわ。後は、冒険者ギルドに行きましょうか。イーサンが倒したジャイアントモールを返すわ」
「そういえば、それもあったね」
想定外の出来事もあったが、今度は2人で王都の冒険者ギルドに向かった。
小夜子とイーサンが冒険者ギルドに足を踏み入れると、声を掛けずともギルド職員がイーサンの前に駆け寄ってくる。
外を歩いているだけで王都民からもイーサンは視線を集めていた。冒険者ギルドであれば、Sランカーに対して下にも置かない扱いになるのは無理もない事だろう。
「イーサン卿、お久しぶりでございます」
「やあ、アイザック。しばらく王都に居るんだ。何かあったらよろしくね」
イーサンにギルド職員から挨拶をしてくる。何度も見ている光景なので小夜子はイーサンの横で黙っていたのだが、ギルド職員が小夜子にも声を掛けてきた。
「ギルド職員のアイザックと申します。お名前を伺っても?」
「小夜子よ」
小夜子にまで何とも丁寧な物腰にイーサンの連れだからかと思っていたのだが、アイザックは小夜子に用があったようだ。
「サヨコ様、ギルドマスターがお会いしたいと申しております。お時間を頂けますか?」
「別に会うのは構わないけど、私は貴族でも何でもないわ。普通にしてちょうだい」
「わかった。要望とあらばそうさせてもらおう。イーサン卿、サヨコに同行願えますか?」
「もちろんいいとも」
アイザックの案内に従い、小夜子達はギルドマスターの部屋に通された。
「イーサン、久し振りだな。相変わらず世の中を騒がす男だな!」
部屋の主は執務机から立ち上がると、小夜子達の前までやってきて、まずはイーサンと握手を交わした。続いて男は小夜子を見る。
「イーサン・バトラーと共に、巨大な魔獣を倒した凄腕の冒険者の噂が今王都で持ち切りだ。ギルドマスターをしているランバート・フィッツロイだ。よろしく頼む」
「小夜子よ」
小夜子とランバートも友好的に握手を交わした。ランバートは身のこなしも軽やかで、俊敏な猫を思わせるような男だった。
アイザックは席を外し、3人は腰を落ち着けて話を始めた。
「イーサン、門前で倒したジャイアントモールだが、ギルドに売ってくれるだろうか」
「ええ、今日はそのつもりで来ましたよ」
「それは良かった」
まずは一つ、用事が済んだのかランバートの表情が和らいだ。
「それからサヨコ、君の冒険者ランクはBだと聞いたが本当だろうか」
「そうよ」
小夜子は証拠とばかりに、ランバートにシルバーのタグを見せた。
ランバートはそのタグを前にしばし考える。
「よし、俺が推薦する。サヨコ、Sランクになれ」
「断る」
「なんでだ」
「逆になんでそんなにSランクにしたいわけ?」
軍部で出る位の話だ。冒険者ギルドでもその話が出るとは思ったが、小夜子はSランクになった後の国とのしがらみ、煩わしさが大きなデメリットに感じる。
イーサンから聞いたが、Sランクにアップするにはその国の高位貴族、いずれかの支部のギルドマスター、その国の最高位の教会関係者、三方からの推薦が必要となるとの事だった。国を跨いでの活躍を期待されるSランカーが冒険者ギルドと教会からの推薦を得てその身分を手に入れる事はまあ納得も行くが、その国の貴族からの推薦とはいったいなんだ。国によっては王族が推薦する場合もあると言う。小夜子にとっては国から首輪をつけられるようなイメージしか湧かない。
「Sランカーって、面倒だとしか思えない」
冒険者を志す者が全員目指すわけではもちろんないが、最高ランクに到達する事は世界に通用する社会的地位を庶民でも手に出来る機会でもある。Sランカーは尊敬され羨望を集める存在で、推薦を受けられるだけでも名誉だと大抵の冒険者は思うだろう。
しかし小夜子は違う。
「ギルドマスター、諦めた方が良い。サヨコは地位も名誉も興味が無い。便利だと思えばSランカーになるし、メリットを感じなければ断り続けるだけですよ」
イーサンが間に入り、ひとまずはランバートが話を取り下げた。
「分かった。今日の所はSランクの話は無かった事にしよう。だが小夜子。最低でもAランクには昇格してもらうぞ!」
「イーサン、Aランカーって何か面倒なことある?」
Aランク昇格に関しては話を譲る気は無さそうなランバートを見て、小夜子はイーサンに確認する。
「えーと、サヨコの言う面倒事といえば、緊急時の強制招集とか位かなあ。Sランカーになると、拠点にしている国の高位貴族や王族からの指名依頼を断れない」
「うげー!ほらね!やっぱりSランカーは面倒じゃない!」
小夜子はイーサンの話を聞いて思い切り顔を顰める。
普通はその指名依頼こそが名誉であると高みを目指す冒険者は憧れすらするのだが、小夜子にはただただ面倒だとしか思えなかった。
「取り合えずどれでもいい、塩漬け依頼を一つイーサンと消化してくれ。それをもってサヨコをAランクへと昇格させる」
「はあ、わかったわよ。イーサン、悪いけど付き合ってくれる?」
「よろこんで」
気楽な冒険者を目指していたはずだが、何だか周囲が小夜子を放っておいてくれなくなってきた。
一応の落し所を見つけて、小夜子とイーサンはギルマスの部屋を後にした。
ブラッドレーギルドはさすがにイーサンが有名過ぎて、イーサンの連れの小夜子にちょっかいを出す者は居なかった。昼下がりでもそこそこ人で賑わっている掲示板前で、小夜子とイーサンは塩漬け依頼を物色する。
「うーん、普通の冒険者なら無理でも、小夜子なら大抵の事は力押しで何とかなるからなあ。Aランクの塩漬け依頼とかどうかな」
依頼ランクは最高位がAランクとなる。それ以上の難易度となると、高ランカーに指名依頼がされるのだ。
イーサンが2枚の依頼票を掲示板から選んだ。
「小夜子が好きな方でいいよ。一枚目は王都から南にある湖に住み着いた電気ウナギの討伐依頼。近隣の住民が3年前から湖の漁が出来ずに困っているんだけど、電気ウナギの討伐が面倒なのと成功報酬が安すぎて塩漬け依頼になっている。もう一枚は、ジャコウネコの番の生け捕り。マキア山脈の麓が生息地な筈だけど、だいぶ数が減っているからこれは見つけるのに時間がかかりそうだね。高位貴族が香水の素材として欲しがっているから成功報酬は高い」
「時間がかからない方がいいわね」
「それじゃあウナギだね」
日がまだ高い内に小夜子とイーサンは電気ウナギの討伐に出かけた。
イーサンの案内の元、真っ直ぐ湖のある集落に向かい、2時間ほどバギーを飛ばせば目的地に着いた。
「電気ウナギは口呼吸するから、定期的に水面に浮上するんだよ」
「なら簡単そうね」
湖の水質は透明度が低く、緑色に濁っている。
小夜子は湖面の上に浮かびウナギが来るのを待っていると、濁った緑色の水の中からゆらりと大きな黒い影が浮き上がってきた。
ウナギは水面から鼻だけ出して空気を吸い込み、また水中に沈んでいこうとする。
そこにすかさず小夜子は尖らせた円錐状の氷柱を銛を刺す要領で投げた。小夜子の氷柱はしっかりとウナギの体に突き刺さった。ウナギは水しぶきを上げながら激しく体を水中でくねらせていたが、しばらくすると動かなくなり水面にその巨体を浮かび上がらせた。体長は5、6メートルほどになるかという大ウナギだった。ちなみにウナギの肉は不味く、庶民の日用品に素材が加工されるくらいの価値しかないそうだ。
小夜子は浮かび上がったウナギを収納ボックスにしまい、湖のほとりで待っているイーサンの元に戻る。
「さて、討伐は終わったんだけど・・・・」
小夜子は湖の近くにある、寂れた集落に目をやった。
電気ウナギの討伐は、確か湖の近くに暮らす集落の住民達からの依頼だった筈だ。
小夜子とイーサンは集落の様子を窺うが、人が暮らしている気配は無かった。
この辺りは湖の漁で細々と生計を立てている地域だったそうだ。
「討伐するのが遅かったかしらね・・・」
オーレイ村と違い、この集落は漁が出来なくなってすぐに生活が立ち行かなくなったのかもしれない。
「サヨコが気に病む事じゃないよ。この辺りは一応城壁外とは言え王都の範囲内だ。王都民の困窮は国が対応すべき問題だ」
しかし、整然と整えられた城壁内との落差に、小夜子は何とも遣る瀬無い気持ちになった。
この集落の人々がせめて新しい場所でどうにか暮らせていれば良いが。
小夜子とイーサンは、その後転移であっという間に王都に戻った。
素材の受け取り窓口にウナギをドンと出し、塩漬け任務の完了となる。
成功報酬は1万ゴールド。集落の住民達がかき集めての精一杯の金額だったのだろうと思えば、尚更物悲しい。ウナギの素材の買い取り額も数万程度という事だったので、全てギルドに買い取りを頼んでギルド口座に入れてもらう事にした。
小夜子達が帰った連絡が行ったのか、ランバートが小夜子達の所へやって来た。
「全く、なんで、さっきの今で塩漬け依頼が完了しているんだ」
「それは、私が強くて凄いからだわ。ほら、ランバート。さっさとタグを交換してよ」
呆れた様子のランバートに構わず、小夜子はBランクのシルバーのタグを差し出す。
「・・・サヨコをAランクに昇格とする」
ランバートがゴールドのタグを小夜子に手渡した。
「まあ、とにかく。凄腕の冒険者2人が王都に滞在してくれて嬉しいよ。なるべく長く居てくれると心強いな。イーサン、サヨコ、よろしく頼む」
「こちらこそよろしくね」
最後の最後にやっとランバートと小夜子は常識的な挨拶を交わし、握手をした。
それから小夜子達はイーサンのジャイアントモールを解体倉庫に預けて冒険者ギルドを後にした。
「はあー。取り合えず、雑用は思いつく限りは片付けたわ!」
Aランク昇格が掛かった任務まで、小夜子は雑用のくくりにしてしまう。
「サヨコ、お疲れ様。さすがに昨日、今日と忙しかったよねえ。ジャイアントモールの解体は1週間かかるって言うし、ちょっとのんびりしたいよね」
「今夜は外で食べたいわ!イーサンがおすすめの店に行きましょうよ」
「王都は俺の地元だからね。最初はどこがいいかなあ」
食事の話になると、途端に小夜子とイーサンのテンションは上がる。
恋人と食事と酒の好みが合うとは、何とも幸せな事だ。
今夜は景気よく美味しい物を食べて、美味しい酒を楽しむ。
明日は初めての王都を見て回るのもいいかもしれないなどと、小夜子は呑気に考えていた。
小夜子は昨日、「賑やかになるぞ」とダグラスに予言された事などすっかり忘れていた。
王都滞在3日目から小夜子への招待ラッシュが始まったのだった。




