王都ブラッドレー 1
小夜子とイーサンはグランシールを発ち、行きつ戻りつ引き籠りつつ西へ進路を取り、現在は一路ガルダン王国王都、ブラッドレーに向かっていた。
日中はまだまだ暑いが、バギーを飛ばして受ける風には少しばかり秋の気配も感じる。
まっすぐ伸びる街道をひたすらに走っていると、前方に南北に延びる端が見えないほどの長大な城壁が見えてきた。
「おー、グレーデンよりでかいわね!」
「あれが王都ブラッドレーの城壁だよ。まっすぐ進めば東門の検問所があると思うんだけど、あれ?」
イーサンが訝し気に見つめる先には、街道の片側に馬車が列をなして停まっていた。
「何あれ。追い越してもいいのかしら」
「うーん、何かあったのかな。検問所の列みたいだから一応馬車の後ろに並んでくれる?」
「わかったわ」
小夜子はイーサンに従い前方に停まる馬車の後ろにバギーをつけた。
馬車の列の間に挟まるバギーは異彩を放っており、非常に目立った。前からも後ろからもジロジロと見られているのだが、注目を浴びる事にここ数カ月で慣れ切った小夜子と、もともと慣れていたイーサンは気にもせず、列が進むのを待っている。
少しずつ、少しずつ列は進み、小夜子達の前の馬車に衛兵が声を掛けている様子を眺めていると、小夜子達のバギーにも一人の衛兵が近づいてきた。
「こ、これは、これは何だ?」
初めてバギーを見る者の毎度の反応だ。
「バギーよ」
短く小夜子が答えるも、見たことも聞いたことも無い乗り物に衛兵は警戒を強める。
「冒険者のイーサンだ。何かあったの?」
小夜子と衛兵の話に割って入り、イーサンは冒険者タグを衛兵に見せる。
「イーサン卿でいらっしゃいましたか!失礼いたしました」
小夜子を怪しんでいた衛兵は途端に態度を変え、イーサンに礼を取る。冒険者のタグを見せても、王都でのイーサンは貴族の側面が強いようだ。
「構わないよ。で、何かあった?」
重ねて問われ、衛兵は検問を厳しくしている訳を話し始めた。
「グランシールから王都へ警告文が届いたのです。ウォリック伯爵邸に押し入り非道の限りを尽くした凶悪な冒険者がグランシールを離れ、王国内を移動中とのことなのです。その危険人物の王都入りを阻止すべく、現在検問を厳しくしております。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
衛兵の言葉を聞いて、イーサンは静かに目を閉じた。
「・・・うーん、そうか。ちなみに、冒険者の特徴とか、名前はわかってるの?」
「いえ、残念ながら名前までは・・・。ですが、全身黒づくめの装いで、長い黒髪の人物だそうで・・・」
「あら!まるで私みたいじゃない?」
小夜子は良い笑顔で衛兵の顔を見上げる。
「ははは、お嬢さんのようなか弱い女性が凶悪な冒険者の訳がないでしょう」
イーサンの連れという事で、すっかり小夜子への態度が軟化した衛兵は小夜子と気さくに笑い合っている。
「ハハハ・・・。それじゃあ俺達は王都に入っても問題ないかな?」
「もちろんです。検問のご協力、ありがとうございました」
衛兵が一礼してバギーから距離を取った。
「サヨコ―・・・。なるべくおりこうさんにしていてね?」
「あっはっは!あなたの伯父さんにもお利口さんにしていて欲しいわね!今度会ったらぶっ飛ばしてもいいかしら」
「伯父上だと死んじゃうかもしれないから、それはちょっと・・・」
「うーん、じゃあ、金でも毟り取ってやろうかしら」
「それならまあ・・・」
検問をどうにかクリアした小夜子とイーサンは、前方の馬車に続きゆっくりと城門を通過しようとしていたが、後方が何やら騒がしい。
なんだ、どうしたと、困惑の声が後ろから小夜子達の所まで伝わってきた。
小夜子とイーサンが後ろを振り返った時、ドンと小さな鈍い音が響いた。同時に何かが爆発したように、空中に大量の土砂が舞うのが遠くに見えた。
「魔物だ!」
誰かが叫び、一気に混乱が加速する。
街道に一列に並んでいた馬車が、我先にと街道を逸れ、無秩序に城門に殺到し始める。徒歩で王都に向かっていた者達は、馬車の暴走に巻き込まれまいと悲鳴を上げながら逃げまどっている。
小夜子は瞬時にバギーを収納ボックスにしまい、イーサンと上空に避難した。
「危ない!」
人の波に押されて転んだ母子をイーサンが抱き上げて、再び上空に飛び上がる。転んだ子供をかばって蹲った父親を、小夜子は子供ごと抱き上げてイーサンと同じく上空に舞い戻った。
「これはキリが無いわよ。魔物ってどれ?」
城門前に詰めていた衛兵に親子2組を預けて、上空から小夜子とイーサンは騒ぎの元を見極めようとした。
王都に続く街道の先、土煙の中で再びドンと土砂が爆発して舞い上がった。耳障りな声を上げ、土煙の中から巨大な影が姿を現す。
「ジャイアントモール!こんな街の近くに?!」
イーサンが驚きの声を上げた。
土煙が晴れて姿を見せたのは巨大なモグラだった。
体長は10メートルを超すほどで、後足で一度立ち上がったモグラは大きな音を立てて倒れ、今度は四つ足で前に進み始める。
全容を現した魔物に人々はますます恐慌を来し、城門に殺到した。
「ジャイアントモールは普通森の奥深くにいるんだ。自分の巨体を支えるために地中の根を辿って地表の樹木や豊富な植物を大量に食べ続けるから、森の中では植物が根こそぎ無くなっている拓けた場所に気を付ければ回避できる魔物なんだ。数年前に森からさ迷い出たジャイアントモールの被害があったけど、その時は餌を求めたジャイアントモールは村一つを消滅させた」
「うわー。まあ、たいていの魔物は人を襲うわよね」
ジャイアントモールは雑食という事だ。さっさと逃げないと、この場にいる者達は魔物の餌になってしまう。
「イーサン卿!」
じりじりと王都に近づくジャイアントモールを上空から眺めていると、先ほどの衛兵がイーサンに駆け寄ってきた。
「イーサン卿!どうか討伐のご助力をお願い致します!」
衛兵がイーサンに助力を乞うと、その話は瞬く間に人々に伝播していった。
「イーサン卿だと!」
「あのSランカーがいるのか?!」
「助かった!イーサン・バトラーがいるぞ!!」
群衆の混乱の騒ぎは一転、希望の熱狂に変わっていく。
「イーサン、すごい人気ね!」
上空から見下ろすと、イーサンに目を輝かせて人々がこちらに手を振っている。
「ははは、まあ、もともとSランカーは緊急時の強制招集に応じる義務があるし、今回はそのレベルだからね。それじゃ、サヨコの前でカッコつけとこうかな。ちょっと働いてくるね」
「イーサン、頑張ってー!」
小夜子の声援に笑顔で手を振りながら、イーサンはジャイアントモールに向かって飛んだ。
ジャイアントモールの元に辿り着くと、周囲の人々はだいぶジャイアントモールから距離を取っていた。地上へ姿を現したジャイアントモールは動きがそれほど早くはない。土砂を先ほど巻き上げていたのは、土砂毎地中に獲物を引きずり込むジャイアントモールの狩りの仕方で、再びジャイアントモールは地中に潜ろうと地面に鼻面を突っ込んだ。
「させるか!」
イーサンは上空から垂直落下しつつ、空間魔法で収納していた自分の長剣を手にする。体を捻りながらまずは一撃、ジャイアントモールの首を狙い長剣を叩きつけながら払った。
「ギイイイッ!」
地中に鼻面を埋めていたジャイアントモールが、跳ねる様に体を反らせて後ろ足で立った。
イーサンは一度地面を蹴り、すぐさまジャイアントモールの体を駆け上がっていく。先ほど切りつけた箇所を、今度は反対側から切り裂く。更にそのまま体を一回転させて、もう一度同じ個所を切りつける。
「ギイッ!」
イーサンの一撃は軽く、ジャイアントモールの致命傷にはならない。しかし、イーサンは身を震わして抵抗するジャイアントモールに何度も駆け上がり、上空から飛び降り、同じ箇所に正確に一撃を重ねていく。舞うように繰り出されるイーサンの連撃は、イーサンの二つ名にもなっている。
イーサンが攻撃する度に、ジャイアントモールの肉は削がれ、巨体からは大量の血が失われ続ける。
「ギイイッ・・!」
一際大きく鳴き声をあげ、とうとうジャイアントモールは地に倒れ伏した。
軽い足取りでイーサンがジャイアントモールの巨体の上に着地し、剣に着いた血を払い落としてから鞘に納める。
一瞬間を置いて、周囲からは大きな歓声が沸き上がった。
「イーサン卿ー!!」
「イーサン様ー!こっちむいてー!」
老若男女がこぞってジャイアントモールの上で手を振るイーサンに歓声を上げている。
「イーサン凄い!かっこいいー!」
小夜子も群衆と一緒にイーサンに黄色い歓声を上げる。
いやはやどうして、イーサンは非の付け所の無いガルダン王国の英雄ではないか。
血筋も良く、見た目も良く、実力も申し分なし。国が抱えておきたいのもうなずける。
事切れたジャイアントモールを取り囲み熱狂冷めやらない群衆を見下ろしながら、イーサンは愛想よく手を振り続けている。このようなパフォーマンスも仕事の内と考えているのかもしれない。
小夜子は宙に浮いたまま、偉いなあとイーサンの仕事ぶりを感心して見守っている。
魔獣騒ぎはSランカーのイーサン・バトラーが無事に収めてめでたしめでたし、と現場の空気も緊張が緩み始めたその時。
笑顔で集まる人々から100メートル程離れた場所で、ドンという破裂音と共に大量の土砂が空中に舞った。
「・・・・・」
人々が新たに巻き起こった土煙を注視していると、薄れゆく土埃の中から新たなジャイアントモールがゆっくりと姿を現した。
「・・・まっ、魔物だー!!」
「きゃあああ!!」
一人の叫びがきっかけになり、イーサンの周りに集まっていた人々は蜘蛛の子を散らしたように一斉に逃げ出した。
新たに出現したジャイアントモールは、イーサンが倒した個体よりもさらに一回り大きい。新たな魔物から群衆も衛兵達も距離を取り、再び魔物と対峙する形になったイーサンを期待を込めて見つめている。
「イーサン、頑張ってー!」
「いやいやいや、待って。サヨコ、降りておいで。ちょっと相談させて」
またイーサンを応援する構えでいた小夜子だが、倒れたジャイアントモールの上でイーサンが小夜子に向けて手を広げているので、小夜子はイーサンの胸に飛び込むように降りる。
「イーサン、お疲れ様」
「はあ、疲れたよサヨコ。倒すのに30分はかかったね。このジャイアントモール、普通はAランクパーティ2、3組位で倒す獲物だよ?ドラゴンの時よりは早く倒せたけどさあ」
小夜子を胸に抱き込んで、小夜子の頭頂部に頬をグリグリと擦り付けながらイーサンは小夜子に甘える。
「じゃあ、今度は私がやっつけてあげようか?」
「頼める?ジャイアントモールは毛皮も脂肪も厚くてね。ちょっと俺とは相性悪いんだよ」
「うふふ、弱音を吐くイーサンも可愛いわ」
事切れたジャイアントモールの上でいちゃつき出した2人を前に、避難した人々と衛兵は何を見せられているのかとやや困惑する。
そして2人がいちゃついている間に新手のジャイアントモールは地中に姿を消していたのだが、再びドン!という破裂音が今度は小夜子とイーサンのすぐ近くで起こる。
足元がぐらつき、小夜子達の足元のジャイアントモールが傾きながら地中に沈んでいく。
「あ!共食いしようとしてる!サヨコ!ジャイアントモールの肉は高級食材だよ!!」
イーサンが指差す下方で、事切れたジャイアントモールの足に噛みつき地中に引きずり込もうとしている一回り大きいジャイアントモールが居た。
「させるか!!」
雄々しく叫んだ小夜子は、地中から顔を出し仲間の死骸に噛みついているジャイアントモールの脳天に飛び蹴りを食らわせた。
「ギュウ!」
小夜子の飛び蹴りを脳天に受けたジャイアントモールは、その衝撃で仲間の足を噛み千切り地中に姿を消した。
「地中に潜られると厄介ね」
「まあ、ここにデカい餌があるからまた顔出すと思うよ」
横たわるジャイアントモールの上で待っていると、イーサンが言った通り再びジャイアントモールが餌を地中に引きずり込もうと土砂を上空に噴き上げる。これまでと違い不発のように半端に土砂が舞うのは、狙っている仲間の遺骸が巨大だからだろう。小夜子とイーサンの足元のジャイアントモールが再び大きく揺れて、少しずつ地面に引きずり込まれていく。
「まずは相手を地上に引きずり出さないとね」
小夜子はジャイアントモールから飛び降りると、仲間の遺骸に食らいついている別個体に走り寄り、下から救い上げる様に強力な風魔法を当てた。
今までジャイアントモールが出していた破裂音とは比にならない程の轟音が、辺り一面に轟く。
2匹のジャイアントモールが王都とは逆方向に勢いよく飛ばされていった。巻き込まれそうになったイーサンは慌てて空中に避難する。
「よし!」
ジャイアントモールを追いかけて小夜子も勢いよく飛んでいく。
新たに現れたジャイアントモールは、20メートルを超える程の巨体だった。吹き飛ばされて怒り心頭のジャイアントモールは、勢いよく後ろ足で立ち上がって咆哮を上げた。
「ギイイイイーッ!!」
その様を冷静に見ていた小夜子は、ジャイアントモールの頭部だけを狙い氷魔法で瞬時に凍結させる。咆哮は止んだが、前足はピクピクと動いているジャイアントモールの頭上高くに小夜子は飛び上がり、指を組んだ両手をハンマーのように勢いよくジャイアントモールの頭部に振り下ろした。
パリンと涼やかな氷の割れる音が辺りに響いた。
頭部が粉砕され首から上が無くなったジャイアントモールは、首から血を巻き散らしながらゆっくりと地上に倒れた。その巨体の上に小夜子が軽やかに降り立つ。
黒髪をたなびかせて、小夜子は静まり返る人々を高見から見下ろした。
「・・・・・」
辺りには不思議な緊張感が漂っていた。
イーサンは群衆が理解できる方法で、納得のいくSランカーの実力でもって、見事人々を脅威から守った。
反して小夜子のその見た目からは想像もできない力は、人々の理解を越えていた。
そして人は理解できない物事に対し、往々にして恐怖と嫌悪を抱くものである。
「・・・黒づくめの、黒髪・・・」
「・・・あれが凶悪な冒険者だ!!」
「なんですって!!」
とうとう騒ぎ始めた衛兵達に小夜子がジャイアントモールの上から吠える。
「この私のどこが凶悪な冒険者なのよ!!」
「ウォリック邸に押し入り、家屋を破壊し、伯爵邸の兵達へ暴行を加えたのはお前か!!」
「・・・・それは確かに私よ!!」
小夜子の視界の端でイーサンが両手で顔を覆った。
イーサンには悪いが小夜子は誤魔化したり嘘をつく事が大嫌いだ。
口から出た言葉はもうひっこめる事は出来ない。小夜子は開き直ることにした。
「だったらどうだって言うのよ!!」
「なっ?!お前のような狂暴な冒険者の王都入りは認められん!!」
「はーん。別に私は構わないけど?王都にどうしてもって用事はないし。違う街にでも行くわ」
「近隣の街にも警告が通達されている!王都はもちろん、お前が他の街へ足を踏み入れる事も許さん!」
「へええぇー。出禁にするだけでいいの?私はお貴族様に危害を加えた大罪人よ?ほら、捕らえて縛り首にするとか?しなくていいの?この国はお貴族様に比べたら冒険者と庶民の立場は物凄く低いみたいだしね。国軍なら私の身一つ好きに出来るんでしょ?ほーら、捕まえてみなさいよ!!」
「くっ、この・・・!」
ジャイアントモールの上から挑発してくる小夜子に、衛兵たちは青筋を立てる。
軍隊を率いて討伐するレベルの魔獣を単独で倒した小夜子に、衛兵数名が太刀打ちできるわけがない。しかし、売り言葉に買い言葉で衛兵達も頭に血が上がっていた。
衛兵達が腰に下げた長剣にとうとう手をかける。
「ちょっとちょっと!みんな、落ち着いて!小夜子もその辺でストップ!」
イーサンの目の前で、あっという間に坂を転がるように状況が悪化していった。
そして二度ある事は三度ある。
ドン!と今日一番の大きな破裂音と共に、城壁の僅か50メートル手前ほどで大量の土砂が上空に吹き上がった。
「きゃあああ!」
「うわあああ!」
城門の手前に集まっていた馬車や人々の上に空中に舞い上がった土砂が降りかかる。
そして、立ち込める土煙が徐々に晴れていくと、人々を恐怖に陥れた巨大な魔獣が再び姿を現した。




