【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ②-2
「そういう事でしたか。冒険者の皆さんにはお気遣い頂き申し訳なく・・・。しかし、ありがたくもあります」
「やっぱり、宿の管理や食事の世話は大変だった?」
小夜子の言葉に、爺婆達は一様に肩を落とす。
「宿の管理はまあ、1日1回温泉の洗い場と空き部屋を掃除するだけだけど、やっぱり食事がねぇ」
「自分たちの食事なら何でもいいが、金を取るなら全く普段通りとはやっぱりいかないね」
サリーとマーガレットが少し疲れた様子で胸の内を明かす。
「宿の掃除を優先しているから、自分らの家の掃除が後回しになっていたな。夏野菜の勢いもまだすごくて、その手入れにも追われているんだ」
ニールの言葉にダンも頷く。
「俺は一日中川釣りしてるなあ。冒険者は良く食うから、作った野菜だけじゃ食事の用意には足りねえもんなあ。良く食うから肉とかも買わなきゃねえしなあ」
そういうショーンも少々疲れが見える。
宿の定員より少ない稼働でも、爺婆達にはすでにキャパオーバーであったようだ。朝のトーリや爺婆達の言葉を危うく鵜呑みにしてしまう所だった。我慢強いオーレイの住民達を、小夜子よりも冒険者達の方が気遣ってくれていた。
1カ月の収入を聞いてみると、宿と食事で約3万ゴールド。野菜の売り上げが週に2回になって、約2万ゴールド。合計5万ゴールドだが、冒険者達への食事の提供の為の支出が1万5千ゴールド程かかったという事だった。今はまだ野菜は村で賄えているが、冬になれば食材の支出はさらに増えるだろう。食材が豊富な夏であれば1月で3万5千ゴールド手元に残るが、はたして冬は労力に見合った収入を維持できるのか。そして、ここまで疲弊して、爺婆達がこの収入を得たいと思うかどうか。
「野菜を売るだけの収入で冬にも備えて、冬はのんびり休むって生活の方が良さそうかな?」
小夜子の提案に爺婆達は皆ホッとした様子だった。
「みんな、正直に話してくれてありがとう。突然色々と生活が変わって疲れちゃったわよね」
言いながら小夜子は、トーリも含めた爺婆達に回復魔法をかける。
お疲れ気味の爺婆トーリの背筋がシャンと伸びた。
「そこで提案なんだけど、冒険者の宿の管理人を村に置いたらどうかな」
小夜子は前々から考えていた事を話し始めた。
温泉宿専属の管理人を住み込みで雇い、且つ宿専属の料理人も雇う。そして宿の客が利用できる食堂を新たに作り、オーレイの住民達との生活区域は完全に分ける。管理人は収益の中から運営支出を賄い、残りを管理人と料理人の賃金に当てる。
「トーリ、こんな感じでどうかなあ。家族で村に移り住んでくれるならいくらでも家は作るしね。家賃も取るつもりもないし。食材は野菜とか果物とか村から買い取ってくれてもいいよね。宿の買い出しは村の野菜を売る時に予定を合わせて貰って、一緒にポート町に行ければ不便は無いんじゃないかな」
「サヨコ、その条件ならみんなが働きたいと思うよ」
イーサンとトーリだけが苦笑しているが、小夜子とレイン、爺婆達にはピンと来ていない。
職場に住み込みで働いて、売上収入から商いの実費を差し引いた金額を労働者が賃金で総取りなど普通有り得ない。賃金からまず家賃が大きく引かれ、もっとシビアならまかないの食事代も引かれる。その家賃は新しい物件になる程に割高になるのが当たり前だ。
しかし、小夜子なら資金も必要なく必要な物件を次々と建てられる。そのため家賃で建築費用を回収する必要がないのだ。
「みんながあんまり賑やかになるのが嫌なら、この話は無しにする。でも冒険者のおっさん達は温泉をすごく楽しみにしてるんだって。みんなの迷惑にならないように、おっさん達には行儀良くさせるから、もう少し多い人数が温泉に来てもいいかな」
「宿と冒険者の世話をする管理人が来てくれるなら、私は好きにしてもらって良いよ」
「もう少しのんびり出来るなら、その方が良いわねぇ」
「村に若い連中が出入りするのは心強いな」
温泉宿の管理人と調理人を置き、宿の定員を増やす事について、オーレイの住民達からの反対意見は出なかった。しかしイーサンからは1つ提案があった。
「管理人と調理人が宿の収益総取りだと、やっぱり待遇良すぎると思うなあ。管理人と調理人にもそれなりの施設の経営負担を負ってもらわないと。粗利益の1割はオーレイ村に納めて貰ったらどうかな。設備と、温泉利用代だよ。そうすれば冬の間のみんなの不労収入になるしね」
2~3人の温泉宿の稼働で月に約1万5千ゴールドの粗利益と考えると、単純計算で5人満室の稼働で約3万ゴールド、あと5人定員を増やせば約6万ゴールドの見込みになる。10人定員の宿の稼働で爺婆達の不労収入が毎月5千ゴールド前後となる計算だ。
「そんな、よろしいのでしょうか」
遠慮深いトーリや爺婆達は嬉しいと言うより困った顔になっている。
「ははは、変動粗利の1割が家賃なんて破格だよ。十分良心的だからね」
「まあ、人選についてはポート町でノエルに色々相談してみよう。みんな、それで良いかな」
イーサンの意見にも後押しされて、トーリを含め爺婆達がやっと頷く。
そんな訳で、明日はレインとトーリ、イーサンと小夜子の4人でポート町に向かい、ノエルに諸々の相談をする事になった。
「あれえ。こんな町だった?」
ポート町の広場に辿り着いたイーサンが驚きの声を上げる。
夏の終わりでもまだまだ色鮮やかな花々が咲き誇るポート町の中央広場に4人はやって来た。
「この噴水はサヨコさんが作ったんだって!この花もサヨコさんが!」
一晩で元気を取り戻したレインはあれもこれもと、一生懸命にイーサンに説明している。
そんなレインを小夜子が今朝鑑定してみた所、MPが65と表示されていた。という事は、水魔法を昨日一度放った時MPを3は消費した事になる。両手合わせてコップ2杯分の水を出した程度だったと思うが、魔法の熟練度やランクが上がれば効率よく魔法を使える様になるだろう。必要に迫られれば色んな事が出来るようになるだろうから、生活が楽になるように頑張って欲しい。
ちなみにバギーの運転は25MPの消費でポート町に辿り着いた。オーレイとポート間の日帰り往復は危なげなく出来るようになったようだ。
今日、すぐにポート町に帰るか一晩泊るかはこれからの相談次第だ。
4人は町について真っ直ぐにギルドに向かった。
「ノエルいるー?」
やる気のない受付嬢越しに小夜子が事務所に声を掛けると、ノエルが席を立ってギルドのフロアに出てきた。
「ノエル紹介するわ」
「冒険者で小夜子の恋人のイーサン・バトラーだ。よろしく」
イーサンがノエルに名乗り、2人は笑顔で握手を交わす。
「ノエル・グリーンウッドだ。ポートギルドの職員をしている。よろしく頼むぜ。高名なSランカーと同じ名前だな」
「名前が独り歩きしているみたいだけど、そこそこ戦えるだけだよ」
「本人かよ!」
そこから少しギルド内で騒ぎが起こり、ギルドマスターのジェフが慌てて下に降りてきて、町に残っていた冒険者の老いも若きも全員がイーサンの前に列をなして握手を求める一幕もあった。
ちょうど昼時だったので、騒ぎが落ち着いた後、ノエルを加えた小夜子達一行は森の小鳥亭で話をすることにした。
テーブルに着いた小夜子達にシャロンがどんどんと料理を運んで来る。森の小鳥亭ではオーレイの夏野菜を使ったサルサソースが今大人気で、テーブルの真ん中に山盛りのバゲットとサルサソース、スパイスを利かせたひき肉が勢いよく置かれていく。大人達4人にはもちろんエールも付く。
「これは、たまらないねえ」
「至福だわ・・・」
バゲットにサルサソースとひき肉をたっぷり乗せて齧り付いたら、すかさず少し冷えたロッドのエールを勢いよく流し込む。これを永遠に続けたいと思ってしまう程の調和のとれた料理とエールの美味しさだった。
「ちょっと辛いけど、美味しいよね!」
「ここの食事はポート町に来た時の楽しみです」
感動に打ち震える小夜子とイーサンの隣で、トーリとレインもニコニコと料理を口に運ぶ。レインの前にはプラムジャムの小さなパイも置かれている。新鮮な果物が手に入りにくいポート町ではオーレイの果物もとても喜ばれており、ロッドが作るフルーツパイは夕方前にはほぼ女性客のテイクアウトで売り切れる、森の小鳥亭のもう一つの人気商品になっている。
「気に入ってもらえて何よりだ。で?何かあったのか?」
ノエルに尋ねられて小夜子はハッと我に返る。
小夜子は昨晩オーレイで話し合ってきたことをノエルに相談した。
「温泉宿専属の管理人と、調理人か・・・」
腕を組んで、ノエルは黙り込む。
「共同生活しているオーレイの爺婆達とは生活区域を切り離して、温泉宿を独立した形で運営して欲しいのよね。とはいえ同じ村の中で暮らすんだから、ある程度住民達とは良い関係も持って欲しいわ」
「なるほどなぁ。オーレイの住民達と上手くやれる働き者なら良いんだろ?」
何やら当てがあるようなノエルの物言いだった。
その後食事が済んだ小夜子達一行は、もう一度ギルドへ戻った。ノエルの案内で小夜子達はギルドの裏手にやってきた。
「おーい、ジャックいるか?」
小夜子は足を運んだことが無い、解体倉庫とはまた違う倉庫の中を覗きながらノエルが声を掛ける。
「・・・はい!」
しばらくして倉庫の入口に顔を出した若者を見て、イーサン以外があっと声を上げた。
ノエルに呼ばれて顔を出した人物は、オーレイ村で小夜子が吹っ飛ばしたことがある若者だった。
「ジャック!久しぶりだな。ここで仕事を貰っていたのか。良かった、良かったよ」
喜ぶトーリを前に、ジャックは言葉もなく立ち尽くしている。
「いや、トーリ。良くねえんだわ」
トーリに言い難そうにノエルが話始める。
「正直言えばポート町は、あんまり余所者を受け入れられる働き口が無いんだ」
ノエルから聞く話は、オーレイ村を出ていった、元オーレイ村住民達のその後の話だった。
春も過ぎて、初夏と呼べる時期にポート町に職を求めて十数人、4家族程の移住希望者達がやって来た。
聞けば、今年の冬を越す蓄えもなく家と土地を捨ててポート町にやって来たという話だった。年齢的には全員が働き盛りで幼子もおらず、夏から秋の農作業の繁忙期や、冒険者達が持ち込む素材の仕分け管理、運搬等、手が足りない場所で労働力を提供してもらい、町で衣食住の面倒を見てきた。
「移住者達はどこから来たのか、皆口を濁すんだよ。だけどこの間オーレイに連れて行ってもらって、色々話を聞いて気付いた。ジャック、お前達はオーレイ村出身だったんだな」
「・・・そんな、村の事なんて話せないです。俺達は、年寄り達を村に見捨ててここに来たんだ」
トーリとレインの前でジャックは顔を上げられず、俯いたままだ。
「まあ、それでだ。秋口まではいいんだが、冬は斡旋出来る仕事もない。それでも移住者たちを町で食わせてやる事は出来るが、それじゃあいつまでも自分の生活基盤を持てないだろう。だからジャック、お前、オーレイに戻らないか」
「えっ・・・」
ジャックが弾かれたように顔を上げた。今にも泣きそうに歪んだジャックの顔を見て、ノエルは笑ってジャックの頭を乱暴に撫でる。
「おい、早合点するな。追い出すわけじゃない、良い話だぞ。安定した住む場所と仕事の紹介だ。サヨコ、宿の管理人は何人くらい必要なんだ?というか、オーレイの元住人達を出来るだけ多く連れて帰ってもらえると助かるんだ」
ノエルの話を聞いて、管理人と料理人とその家族達、位を想定していた小夜子はイーサンと話を詰めていく。
「ううーん・・・。2~3世帯位の住み込みで、多くても8人くらい?」
「全員働ける大人なんだよね?8人の従業員がいれば、宿は20~25人位の定員にした方がいいかもしれないね。温泉宿は冒険者限定じゃなくて、いずれは近隣の町の人達にも来てもらったらどうかな。冬の温泉、いいよねぇ。宿がバギーで送迎すれば足がない人でも来られるんじゃない?」
「宿の送迎はいいわね!あー、でも。魔力持ちが従業員にいるかどうか・・・」
イーサンは小夜子と同じ位に発想がポンポンと浮かぶ。トーリとレインは話についていけないので、半泣きになったジャックを慰めながら村の近況を説明している。
「8人も連れて行ってもらえるなら助かるな。残りの移住者達は、秋から預かる冒険者希望の子供達の世話する宿で働いてもらえば、なんとかいい感じに収まるな」
ノエルが移住者を受け入れていた農家や宿屋とも相談し、オーレイ村に戻る者達が決まった。総勢3世帯10名がオーレイ村に戻る事になり、その内の女性陣3人が調理担当、女性陣の中の夫2人が宿の管理者を名乗る。他は4人が年若い男性で、その内の3人は調理と管理を受け持つ夫婦の子供達だ。彼らにも宿の従業員として働いてもらう。
ジャックは、1人の女性とその女性の子供を連れてオーレイに戻る事になった。その女性は元々ポート町の住民で、結婚をして町を出ていたが、つい最近離婚して幼い女の子1人と一緒に町に戻ってきた女性だった。
その女性が働いていた食堂に通う内、ジャックはその女性と恋仲になったという。なんでもその女性の元夫は典型的モラハラDV夫で、その女性が安心できる家庭を作ってやりたいというジャックの話は、小夜子の琴線を激しく揺さぶった。
「ジャック、私に任せておきなさい!あんたと奥さんと可愛い娘が幸せに暮らせるガッチリした生活基盤を作ってやろうじゃないの!」
「お、おう。・・・助かる。俺も死に物狂いで働くから」
「何言ってんの!自分の体も大事にするのよ!奥さんと子供を泣かせる真似なんてするんじゃないわよ!」
パンと背中を小夜子に張られて、ジャックは咳き込んでいる。
こうなってしまっては、小夜子は止まらない。
自分が思い描く新たな建物群を満足するまでオーレイ村で作り続ける事だろう。
トーリとノエルは生温かく笑みを浮かべて小夜子を見守っている。
「どんな宿になるか楽しみだねえ」
イーサンは出戻り予定の元オーレイ村民達と話をする小夜子を楽しそうに眺めている。
そして翌日の早朝、レインと小夜子が運転するバギーで10人はオーレイに移動する事となった。
久しぶりにオーレイ村に戻った元村民達は、しばらく広場に立ち尽くし見慣れぬ真新しい建物を眺めていた。トーリとレインが呆然とする者達に説明を一通りする。それから2人の案内で爺婆達の集合住宅に向かう者と、自分達の元の家へ向かう者とそれぞれに活動をし始めた。
それには付き合わず小夜子はさっそく作業を開始する。小夜子の隣にはイーサンが残った。無から建築物を生み出すという奇跡に等しい魔法は見逃せないだろう。
「サヨコ、頑張れー」
「頑張るわよ!」
イーサンが手伝えることは何もないのでせめてもと応援する。
イーサンの緩い声援に、何となく小夜子も腕まくりして気合を入れた。
「まずは宿の従業員達の居住スペースかな」
便宜上住み込みと言ったが、家族で働くなら宿とは別棟の世帯別の居住スペースの方が良いだろう。
しかし、もともとそれほどスペースが無い村の広場はさすがに手狭になってきた。小夜子は思い切って、広場の建物、設備群を取り囲んでいた村の堀を全て埋め立てた。これだけ人が増えれば、獣達は人の生活領域においそれと侵入しないだろう。そして樹木を伐採しながら鉱山の手前に100メートル四方の更地を作る。はげ山の手前の樹木を伐採してしまったので、改めて鉱山全体を頑丈に土魔法で固めておく。現在鉱山の天辺には源泉が滾々と湧いていて、溢れそうな分は近くの川に排水するようにしている。幸い温泉の湯量は豊かで、これからの増設施設分も余裕で支えられそうだ。
新しく整地した場所は爺婆達の集合住宅の隣地になる。まずは、2階建てで1世帯分となるアパートメントタイプの住居部分を4つ並べて作る。一階部分が広い居間、二階部分には寝室が2つといったように間取りは全て同じだ。居住スペースには世帯別に入口を作り、施錠も出来るようにした。3世帯にはこちらに移り住んでもらう。空いている1世帯分は人が増えれば好きに使ってくれていい。玄関と風呂トイレは共有してもらう。更に共有スペースを広げて従業員用の厨房と食堂、食堂のすぐ側にポンプ式井戸と洗い場も共用で作る。
小夜子が目の前で次々と建物を作り上げていく様にイーサンは圧倒されていた。これほどの短時間で建築物を作り上げてしまうのか。想像を上回る現実にイーサンは言葉もない。
そしてイーサンはもう一つ気付いた。小夜子の魔法も凄いのだが、小夜子の知識と発想力がまず尋常ではないのだ。ガルダン王国の文明より遥かに進んだ国で小夜子は暮らしていたのではないか。恋人とは言え、イーサンは小夜子の事を何も知らないと今更ながらに気付く。
「小夜子の国では、こういった建物に庶民が住むのが普通だったのかな」
「まあ、そうねぇ・・・」
一方、当の小夜子は何やら眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
「決めた!」
しかし悩むのも数舜。
「村全体に下水道を通すわ!」
決断を下した小夜子は晴れやかに笑った。
「下水道?」
「うん。人が多くなると、汲み取り式トイレはやっぱり匂いがちょっとねえ。村中が臭いのは嫌だわ。せめてトイレだけは水洗にしたい。畑の堆肥は糞尿じゃなくてコンポストとかで補うようにしようかな」
ガルダン王国では上下水道が敷かれているのは大都市のみで、村や町は井戸水が普通。更に田舎では川の水を直接生活に使っているレベルだ。この辺境の村に王都でも見られない先進的な設備に加え、下水道まで通すと小夜子は言う。
「ちゃちゃっと作っちゃうわ。その間イーサンはのんびりしていて」
「待っている間、俺にも何か手伝えることは無いかな?」
「うーん・・・。あ!じゃあ、調理担当になる奥さん達に、冒険者が好きそうなメニューを教えてあげてくれる?肉料理はサリーが得意だから、酒のつまみ系とかいいかもね。従業員用の厨房はすぐに使える様にするから!」
「喜んで。俺にも仕事を貰えてホッとしたよ」
イーサンが小夜子をハグして頭にキスを落とすと、小夜子は笑い声をあげた。
「とりあえず今日はここまで。爺婆達と合流して出戻り村民達の歓迎会でもしようか」
時刻はだいぶ日も傾いて、太陽が辺りを赤く照らし始める頃。
小夜子とイーサンが爺婆達の食堂に顔を出すと、目を真っ赤にしたジャックとそのジャックの頭を撫でるサリーがいた。ジャックの妻とその連れ子の女の子はニコニコと笑っている。悪い雰囲気ではないようだが。
「サリー、大丈夫?どうかした?」
「全く問題ないさ。孫との再会を喜んでいた所だよ」
「孫!」
聞けば、ジャックはサリーの孫で、ジャックの両親であるサリーの息子夫婦は既に亡くなり、しばらくジャックとサリーの2人暮らしをしていたのだそうだ。
ジャックは苦渋の決断で今年、サリーを置いてポート町に出た。それから資金を貯めてどうにかして村に戻れないかと必死に働き口を探したが、なかなかうまくいかなかった。しかしそんな中、幸運にもジャックは家族と共に今回オーレイ村に戻ってくる事が出来た。
「サヨコ、ジャックとまた会わせてくれてありがとうよ」
サリーの深い目尻の皺からポロリと一粒涙が零れ落ちた。
小夜子が回復魔法をかけるまでサリーは寝たきりで認知症も酷く進んだ状態だった。
「サヨコ、本当に、ありがとう。婆ちゃんがまた俺の名前を呼んでくれるなんて、信じられねえ」
再び涙が込み上げてきて俯くジャックの背中を、その妻が優しく撫でる。サリーは優しくジャックの頭を撫で続けている。
「ボケて寝たきりになってしまって、申し訳なかったね。お前には苦労をかけたろうし、心細かったろうね。私はサヨコのお陰ですっかり元気になって、今は他の爺婆達と楽しく暮らしているよ。ジャック、お前もこれからは自分の世帯を持って、家族の生活を一番に考えていくんだよ。でも、この村で孫一家の側でこれから暮らせるなんて、こんな幸せがやってくるとは思わなかったねえ」
サリーの言葉を聞きながら堪えきれず嗚咽をもらすジャックの足を、母を真似して連れ子も撫でている。
「良かったなあ」
「良い話だぜ」
鼻を啜る音に振り向けば、厨房のドアから冒険者の親父2人が顔を覗かせていた。夕飯を貰いにやって来たところらしい。
「ジャック達は、今日はサリーとここに泊まると良いわ。冒険者達の食事は、今夜から新しく出来た宿の食堂で出すからね」
別の入口からも爺婆やトーリとレイン達が食堂の様子を窺っていた。
「サヨコさん、よろしいのですか」
「うん、働いてもらうために連れ帰った人達だもの。今、建物を作っている途中だから、落ち着いたら改めて色々相談させてね」
親父達をグイグイと外に押し出しながら、小夜子とイーサンは爺婆達の集合住宅を後にした。




