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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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旅は道連れ王都まで 3

「Sランク冒険者と組むと楽ね」

「それはどうも」

 小夜子ならでは感想がイーサンは愉快でならない。そしてイーサンも小夜子同様に、同行者の安全に一切考慮の必要が無い気楽さを初めて感じていた。

 相談の末、飛竜やクロイワヤギは冒険者ギルドへ、クイーンリリーは商業ギルドへ買取り依頼を出すことにした。

 冒険者ギルドでは一週間ほど前に預けていた魔獣の解体が終わっていた。

 2人は別室に案内されて、個室で代金の支払いは行われた。

「解体手数料を差し引きまして、550万ゴールドとなります」

 職員が愛想よく笑いながら小夜子の前に白金貨5枚と、大金貨5枚をトレーに並べて差し出す。白金貨一枚が100万ゴールド、大金貨一枚が10万ゴールド。小夜子は大金貨と白金貨2枚を収納ボックスにしまった。白金貨を普段の支払いでは使えないので、とりあえず300万はギルド口座に積んでおくことにする。

 手持ちのコモドドラゴンとオオアナコンダは全て放出し、ヒクイドリも大型を残して小さい個体を全て預けていた。在庫整理が出来て小夜子も満足だ。

「山の上で飛竜とか取って来たから、また解体をお願いしたいんだけど」

 飛び上がった職員がギルドマスターを呼びに行き、すぐさま転がるようにギルドマスターが小夜子達の前にやって来た。

「お、お帰りなさいませ。イーサン様」

 ギルドマスターもタイプは様々で、ポートギルドのジェフのように役人上がりのギルマスもいれば、グレーデンのグレゴリーのように冒険者上がりの者もいる。グランシールのローランは前者寄りのようで、実力のある冒険者に対しては平身低頭丁寧に対応するタイプらしい。慌てすぎて小夜子の事は目に入らないようだが、面倒なのでギルマス対応はイーサンに任せておく。

 ローランの案内で解体作業場を訪れた小夜子達は、作業員が音を上げるまで魔獣を作業場に積み上げ、冒険者ギルドを後にした。


 次に小夜子とイーサンはグランシールの商業ギルドに訪れた。

 初めて訪れた商業ギルドはまるで小奇麗なホテルのような内装で、出入りする者達も身形が良い者達ばかりだ。

 イーサンは装備に金はかけているが冒険者の装いで、商業ギルドでは珍しい。小夜子にいたっては、冒険者としても庶民としても見慣れない黒づくめの服装の為か2人は注目を集めていた。

 窓口の前に立った不審な2人に受付嬢は表情を硬くしたが、イーサンは冒険者タグを受付嬢に見せてにっこり微笑む。

「冒険者のイーサン・バトラーだ。クイーンリリーの買い取りを頼みたい」

 イーサンの笑顔に頬を赤らめ、その次に目の前に輝く白銀のタグを目にした受付嬢は慌てて立ち上がった。

 その後ギルド職員に案内され、2人は個室に通された。すぐに職員の他に黒の礼服に白手袋を装着した上品な紳士がやってくる。商業ギルド所属の鑑定人との事だった。

 部屋のテーブルの上にイーサンが取り出したクイーンリリーの株、総数23個を鑑定人が一つずつ確認していく。狭い部屋に満開のクイーンリリー芳香が充満する。

「これは素晴らしい。1株に付き300万出させていただきましょう」

 イーサンが丁寧に掘り起こし、根を傷つけないように1株ずつ土ごと梱包されたクイーンリリーは高く評価された。

 冒険者ギルドの報酬の3倍の高値が付いた事に、小夜子とイーサンは無言で顔を見合わせる。冒険者ギルドの依頼であれば状態がどうあれ、1株100万以上にはならなかった。

「土ごと採取頂いた事がまず素晴らしい。上手くすれば根付く可能性があります。花も葉も瑞々しいままだ。種が取れれば、栽培につなげる事が出来るやもしれません」

 鑑定人が言うには、クイーンリリーの株が高山から持ち帰られるのは数十年ぶりの事だそうだ。

「クイーンリリーはガルダン王国王妃のみが纏える香りとされております。しかし、クイーンリリーが手に入らなくなって久しかった。現王妃様と王太子妃様のためにも、種の採取へと繋げられればと思います」

 イーサンと小夜子は商業ギルドの言い値でクイーンリリーを全て売却した。

 クイーンリリーは王宮専属の工房に納品されるとの事だった。商業ギルドに持ち込んだことで、結果として必要な物が必要な場所に速やかに届けられる事になった。買取金額にももちろん文句はない。小夜子達にとっても商業ギルドにとっても、大変良い取引となった。

 商業ギルドを出る際には鑑定人の他にギルドマスターまで出てきて、小夜子とイーサンは見送りを受けた。

 買取金額は合計6900万ゴールド。白金貨が69枚。

 地方都市であればそこそこの庭付きの屋敷が手に入る金額だ。

 小夜子は折半を提案するが、それはイーサンが断った。

「移動も移動中の寝泊まりも、採取中の守護結界も、全て小夜子任せだよ。俺の取り分は1割でも貰いすぎ」

 しかしイーサンの主張を小夜子も黙って受け入れる訳にはいかない。小夜子だけであれば、あれほどの高評価で買い取りはしてもらえなかっただろう。イーサンの冒険者としての技術があり、状態が良いままクイーンリリーを持ち帰れたのだ。

 しばらくお互い譲らなかったが、結局はイーサンが折れて小夜子が7割、イーサンが3割の取り分となった。

「普通は取り分を多く貰うために言い争うものなんだよ?言っておくけど、冒険者ギルドに卸した飛竜とヤギは全部サヨコの物だからね?」

「まあいいじゃない!よし、飲みに行くわよ!いい店知ってるんでしょ?」

 一財産築くことが出来て小夜子はとても機嫌がよい。今夜の酒は美味しいに決まっているので、なおさらご機嫌だ。

「待って、先にホテルを取ってからね」

 酔い潰れるであろう小夜子を運び入れる宿の確保は、飲む前に必須だ。

 夕暮れの繁華街はこれから飲みに繰り出そうとする市民が多く出歩いている。飲食店のテラス席では日も暮れぬ内から飲み始めている者達もいる。何となく浮足立つような街の雰囲気が心地よい。

 イーサンが隣を見下ろすと、弾むような足取りで満面の笑みの小夜子がいる。

「今夜はすっきりしたラガーが良いわ!」

「はいはい」

 イーサンの口元にも笑みが浮かぶ。

 どんな事情も出来事も明るく吹き飛ばす小夜子の陽の気質は、イーサンにとって非常に好ましい。

 イーサンも小夜子も冒険者の身で、その上イーサンには貴族籍もある。場合によっては、イーサンは小夜子以外を優先する事もありうるだろう。

 先の約束はできない。だから尚更、今この瞬間が愛おしい。

 小夜子とイーサンは笑い合いながら、街灯が輝き始めた繁華街に消えていった。


 

 小夜子とイーサンがグランシールに戻って2日後、イーサン宛にホテルへ手紙が届いた。

 イーサンが差出人を見て、思い切り眉間に皺を刻む。

「何か問題?」

 ベッドに寝そべりドライフルーツを摘まんでいる小夜子には笑顔を見せて、イーサンは手紙に目を通し始める。最後まで目を通して、イーサンは重々しくため息をついた。

 ため息をつきながらベッドに上体を倒し、怠惰に寝そべる小夜子をイーサンは抱き寄せる。

「ちょっと貴族がらみの案件。片付けてくるから、ここで待っててくれる?」

「私の監視はいいの?」

「良くはないんだけど・・・。サヨコは俺から逃げたりしないよね?」

「普通に考えて、国の監視の目から逃亡する絶好のチャンスよね」

「サヨコに逃げられたら、俺は指名任務を失敗した冒険者として信頼も地の底に落ちるだろうね。しかも軍部将校からの国命に等しい依頼だよ。貴族としての汚名も免れない。サヨコは俺にそんな仕打ちはしないよね?」

「本当に!あざとい男ね!」

 笑うイーサンの降ろされた髪を、小夜子は思い切りかき混ぜてやる。

「2、3日で戻るから、小夜子はここでのんびりしてて。もし長引く様なら連絡する」

 普段のラフな冒険者の装いと異なり、出かける準備を済ませたイーサンはどこからどう見ても貴族の青年だった。細身の黒いパンツと白シャツの上に黒いベストとタイ、真夏の最中に黒ジャケットを身に付け、帽子に手袋、ステッキまで持っている。

「あらまあ、立派なお貴族様だわ」

「あはは、バトラー伯爵家の不肖の三男坊だよ。じゃあ行ってくるね」

 小夜子にキス一つ落とすと、イーサンは単身出かけて行った。

 そして、一週間経ってもイーサンはホテルに戻らなかった。


 イーサンが居なくなるや否やホテルからは料金の前払いを請求され、小夜子はその慇懃無礼さを前にカウンターに白金貨を叩きつけた。ルームサービスも頼んでから届くまで非常に時間がかかる。レストランの接客も良くない。

 明らかに小夜子1人になってから、ホテルのサービスは悪くなった。とても1泊10万ゴールドに見合うものではない。10日はイーサンをここで待とうと思ったが、これ以上不快な事があればここは引き払ってもいいだろう。

 昨日、小夜子は飛竜とクロイワヤギの代金を受け取ろうと冒険者ギルドに顔を出した。

 しかし、飛竜は5体で150万ゴールド、クロイワヤギは通常個体5匹で50万ゴールドの金額提示をされて小夜子は了承しかねた。ヤギの金額も疑問だが高山に住む討伐困難な飛竜が一律30万ゴールドは安すぎないか。ポートギルドですら5メートル級のコモドドラゴンに25万出してくれたのだ。

 小夜子は売却を拒否して素材の返却を求めたが、そこで職員は慌て始めて最終的に売却金額は150万上乗せの350万の提示がされた。掌を返した金額の変わりように小夜子は呆れてものが言えなかった。飛竜が一匹50万、ヤギが一匹20万と言った内訳か。窓口でのやり取りに嫌気が差した小夜子は、その金額で了承し350万を受け取った。

 カウンター窓口の職員の面の皮は相当厚かったらしく、小夜子に他に手持ちの魔獣は無いか訊ねてきた。無い、と短く言い捨て、小夜子は冒険者ギルドを後にした。

 こうも不愉快な事が立て続けに起こると、小夜子も色々と思う所が出てくる。

 これまではイーサンのお陰で色々と不利益を回避できていたのかもしれない。

 イーサンが戻らず今日で8日目だ。

 3日で帰るとイーサンは言った。長引く際は連絡を入れるとも言っていた。

 つまり、イーサンに不測の事態が起こり、連絡も取れない不自由な状態にあるのだと小夜子は結論付けた。

 まずは情報が欲しい。

 夕方、冒険者ギルドに小夜子は顔を出した。

 冒険者ギルドの1階には、ある程度の規模があれば大抵飲食店が併設されている。グランシールギルドでは、今日も任務が終わった冒険者達が酒を飲み始めている。

 小夜子は1人、男達が騒ぐ店内に足を踏み入れて、カウンターに腰を降ろした。服装は黒づくめで体のラインも分からないものの、小夜子の端正な顔立ちと黒絹のような黒髪は惜しみなく晒されている。小夜子の存在は否応なしに男達の目を引いた。

 そんな中、視線が集中するのも構わず小夜子はエールを一杯頼む。

「ねえ、いい情報屋を知らない?」

 カウンターの上で金貨を一枚滑らせると、店主は一つ頷いて親指を小夜子から離れてカウンターに腰を降ろす男に向ける。5席あるカウンターの左端にマントのフードを深くかぶった男が一人座り、エールを煽っていた。

 適当に当たりをつけてギルドに来てみたが、すぐに情報屋がみつかり内心驚く。小夜子は男の隣に静かに座った。

「イーサン・バトラーの居場所を知ってる?」

 男は目の前に出された金貨3枚を黙って見下ろしている。小夜子は更に大金貨を一枚、男の前に置く。

「領主に呼び出されたようだな。5日前に屋敷に入ったっきり出てこない」

「屋敷ってどこ?」

「貴族街の一等地にある一番でかい屋敷だ」

「ありがとう。助かったわ」

 小夜子は男に礼を言い、自分のジョッキを一息に飲み切ると席を立った。

 用事が済んだ小夜子は店を出ようとしたが、小夜子の前に2人の男が立ち塞がった。

「姉ちゃん、俺達と」

 手を伸ばしてきた男の頬を、小夜子は軽く張る。

 男は真横に飛んでいき、ギルド1階フロアの中央にグシャリと落ちた。

「ぶっ飛ばすわよ」

 喧騒に包まれていたギルド1階はシンと静まる。

「あんた達とは飲まないし、断りなく触れないで。不快だわ」

 ここ数日の小夜子のストレスが、小爆発した。

 何もかもが気に食わない。

 ホテルのスタッフの態度も。

 冒険者ギルドの買い叩きも。

 イーサンの消息が不明な事も。

 小夜子にちょっかいをかける男達も。

 目の前の1人残った男を小夜子が見ると、男がヒュッと鋭く息を吸い込んだ。

「まだ私に何か用ある?」

 男は必死に左右に首を振ると、震える足を懸命に動かしながらギルドの出口に走り出した。

 静まったギルドを見回すと、小夜子を見ていた男達はサッと下を向く。

 フンと鼻を鳴らし、小夜子はギルドを後にした。

 とりあえずホテルへと小夜子はいったん帰る。イーサンの事が無ければ人を見て態度を変えるようなホテルなど、速攻でチェックアウトしていた。

 物凄い勢いでホテルに戻って来た小夜子に目を丸くしていたフロントの男は、小夜子に睨まれてビクリと体を揺らす。小夜子に宿泊費の前払いを要求してきた男だ。

 小夜子は大股でフロントに歩み寄った。

「予定より早いけど明日の朝、ここを出るわ。このホテルのサービスは私に合わないみたいなのよね」

「それは・・・、ご満足頂けず、残念です」

「返金は結構よ。冒険者は前払いが当たり前なのに、気が利かずに催促させてしまって悪かったわね。もう二度とここには来ないから安心して頂戴」

 ロビーにいる宿泊客達が小夜子のいるフロントをちらちらと眺めてくる。だが、冒険者がクレームをつけているような構図に眉を顰める者の方が多い。実質、ホテル側からすれば身の程を知らない冒険者からのクレームなのだろう。

 この国は冒険者、庶民の地位が低いのだなと、貴族の生活圏に近づくにつれ小夜子にもわかって来た。

 まあ、だからと言ってこの国の国民でもない小夜子はこの国の身分制度に従うつもりはないのだが。

 庶民相手なら拳で黙らせることも出来るが、貴族相手ではさてどうなることか。

 小夜子は部屋に戻り、部屋中の物を自分の物もイーサンの物も手当たり次第に収納ボックスに仕舞っていく。

 設備だけは良いホテルでゆっくりと広い風呂に浸かり、自分で用意したビールとつまみで夕食を済ませ、小夜子はホテルでの最後の夜を過ごした。

 期待はしていなかったが、やはりその日もイーサンは戻らなかった。

 今まで我慢したストレスは良い加減に爆発寸前に溜まっている。明日は存分に暴れてやろうではないか。

 そして日の出とともに起きだした小夜子は行動を開始した。


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