旅は道連れ王都まで 2
「あっつい!」
「夏の盛りだねえ」
小夜子とイーサンは色々ありながらもグランシールに無事到着した。
小夜子がこの世界にやってきてから季節も変わり、本格的な夏を迎えていた。
グランシールは城壁に囲まれておらず、街道沿いの検問所を通って市内に入った。
グランシールはウォリック伯爵が治める領地内にあり、領主が屋敷を構える大都市だった。ウォリック伯爵はいくつかの金山、銀山を所持し、グランシールの経済は非常に勢いがある。冒険者ギルドよりも商業ギルドの方が活気のある都市でもあった。
イーサンが近くにおかっぱの石像があると言うので、宿を決める前に雑用は手早く済ませる事にした。
ファリンでは+が13個まで増えていた。グランシールで石像を3つ探し出して修復したが、+が15個まで増えてその後変化が無かった。
小夜子がコツコツと石像の修復を続けているというのにあの幼女、いったい何をしているのか。怠慢ではないか。ランクアップしてから16個目の石像の修復であったのに、16個目の+はどこに行ったのだ。
グレーデンを出てからあの幼女は不気味に沈黙を続けている。小夜子には幼女の事情は知る由もないが、ともかく当面は不運を回避する為にも石像修復を続けることにした。
この都市での石像修復はここまでとして、今度は金稼ぎの種を探しに小夜子とイーサンは冒険者ギルドへと顔を出した。
グランシールの冒険者ギルドに小夜子とイーサンが足を踏み入れると、すぐさま男性のギルド職員がイーサンに声を掛けてきた。
「イーサン様、ギルドマスターがお待ちです」
冒険者を様付で呼ぶ事など普通は無いだろう。
アレンを呼び捨てにしている時点で気付くべきだった。
「・・・隠していた訳じゃないよ」
「別にいいわよ、私も聞かなかったし。ほら、ギルマスのお呼びみたいよ」
イーサンはSランク冒険者であり、ガルダン王国の貴族でもあるのだ。
なかなかにしがらみも多そうで、小夜子なら全力で拒否したくなるような立場だ。
小夜子は呼ばれていないのでイーサンと別れようとしたが、イーサンがすかさず小夜子の腕を取る。
「サヨコ、一緒にきてね」
ニッコリ笑うイーサンの圧が強い。
小夜子は別行動を許されず、腕を取られたままグランシールのギルドマスターの部屋に連行された。
「イーサン様!お久しぶりです」
「ローラン、久しぶり」
ギルドマスターが立ち上がり、イーサンと小夜子を部屋に招き入れる。イーサンの連れという事で小夜子も丁重に扱われ、目の前には紅茶が出された。
「グランシールギルドにお立ち寄り頂き、大変うれしく思います」
「ははは、そんなに大げさにしないでよ。今回は彼女の付き添いだから。Bランク冒険者のサヨコだよ」
ギルドマスターと冒険者という立場だが、2人の上下関係は完全に逆転している。
黙って紅茶を飲んでいた小夜子は、水を向けられ軽く名乗る。
「小夜子よ」
「ギルドマスターのローランだ。イーサン様が目に掛ける程の期待の冒険者と思っていいのかな。歓迎する」
ローランと小夜子は握手を交わす。
「ローラン、ランクは問わないわ。一番単価の高い依頼を受けたいのだけど」
率直に小夜子はローランに切り出した。
「サヨコは人に傅かれて屋敷で暮らすための資金を集めているんだ」
イーサンの話が冗談話か本気なのか測りかねて、ローランは無難に黙って頷いた。
「そういう事であれば、一つお願いしたい依頼が・・・」
ギルドマスター自ら案内に立ち、小夜子とイーサンはギルドの掲示板に向かった。
時刻は昼過ぎという事もあり、掲示板前は閑散としている。
「こちらなのですが」
掲示板の端から外した依頼票は茶色く変色しており、長らく貼られたままだった事が伺える。
「あはは、クイーンリリーの採取かあ」
依頼票を見て思わず笑いを零したイーサンが、今度は珍しく眉間に皺を寄せる。
「どうしたの。無理そう?」
「うーん、依頼自体はサヨコならどうとでもしそうなんだけど、依頼主がちょっとね」
「嫌いな奴なの?」
小夜子のストレートな質問にイーサンは噴き出した。
「あはは、嫌いというかちょっと、出来れば会わずに避けたい、かな」
何か事情があるのか、イーサンは口を濁す。
小夜子はイーサンの手元を覗いてみる。
塩漬け依頼はクイーンリリーという高山にあるユリを株ごと採取するという内容だった。
成功報酬は出来高制で、一株につき100万ゴールド。
「オオアナコンダの切り身と同じ金額ね」
「オオアナコンダ?!」
小夜子の零した言葉にギルマスが食いついた。
「あ、欲しい?オオアナコンダはもう細切れの奴しかないけど、コモドドラゴンとヒクイドリならデカいのあるわよ」
「ぜ・・・是非頼みたい」
ローランはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「先に色々ギルドに売ったりする?」
「そうね、買い取りをお願いしてから依頼を選ぼうかしら」
満面の笑顔のローランに案内され、小夜子とイーサンはギルド別棟の解体作業場に向かった。5メートル級のコモドドラゴン、ヒクイドリ、細切れになったオオアナコンダ等を小夜子は作業場にどんどん積み上げていく。
「じゅ、十分だ!そこまで!」
目の前の光景に圧倒されていたローランが我に返り小夜子を制止した。
作業員たちも突如積み上げられた大型魔獣の山を前に呆然としている。
「・・・一週間、時間を貰っていいだろうか」
「いいわよ。私達その間に適当に仕事しているわ」
「ローラン、他の依頼票も見せてもらうよ」
まだ魔獣の山の前でぼんやりしているローランを残し、小夜子とイーサンは再び掲示板の前に戻った。
イーサンと2人で色々他の依頼票も見比べてみるが、どれもあまりぱっとしない。そしてやはり、塩漬け依頼のクイーンリリーの報酬単価が突出して高い。
「手持ちの素材の買取りだけしてもらって、次の街に移動してもいいわよ」
「まあ今回採取しておけば、冒険者ギルドで売らなくても商業ギルドでも高値で売れると思うよ」
そういう事ならクイーンリリーの採取だけしておこうという話になった。
「なんでこの依頼が塩漬けになっているかというと、採取が命がけなんだよね」
グランシールから北へ向かうと、そびえ立つマキア山脈にぶつかる。
このマキア山脈はガルダン王国と隣国であるヴァンデール帝国を分断して横たわる長大な山脈である。この山脈一帯は飛竜の巣となっており、山越えをするような命知らずはまずいない。しかし、この山脈でしか取れない希少な素材があり、クイーンリリーはその中の一つに挙げられる。一攫千金を狙って山脈に分け入る冒険者もいるが、二度と戻らない者も多い。
「飛竜の危険もあるけど、あまりに高所に行くと人の体もおかしくなるらしいんだ」
「高山病ね」
高山病の知識が無ければ、備えもないまま山に分け入りそのまま下山が叶わなかった者も多くいただろう。
「それは私の守護結界でどうにかなるわ。酸素濃度と気圧と温度を一定に保てばいいのよ」
「サヨコが何を言っているのか殆ど分からないけど、君に任せるよ」
知り合って間もない小夜子にイーサンは命を預けてくれるらしい。ならばその信頼に応えようではないか。
「イーサンは空を飛べる?」
「ああ」
それなら話が早い。
小夜子がやることは守護結界を自分とイーサンに張ること。後は高山に二人で出向いて、飛竜をあしらいながら高級素材を取りまくればいい。
小夜子とイーサンは翌朝、マキア山脈に向かった。
山の麓まではバギーで向かう。
最初から目的地まで飛んでいこうとする小夜子をイーサンが止めたのだ。
「俺は君ほど無尽蔵に魔力がある訳じゃないからね」
そう言われて小夜子はイーサンを鑑定した。
イーサン・バトラー(23)
HP 3562
MP 4853
素早さ S
耐久力 A
風魔法 S
水魔法 B
空間魔法 B
スキル 瞬歩
スキル 連撃
スキル 肉体強化
健康状態 良
「すごい!アレンより全然強いじゃない」
「君は鑑定まで出来るのかい」
イーサンはやや呆れ顔だが、小夜子はイーサンのステータスを見て感心している。
「イーサンはこの世界で一番強い人間なんじゃない?」
「いや、君に言われてもね」
小夜子はイーサンにとって可愛い女性ではあるが、初対面時から底の知れない魔力量とその圧をひしひしと感じ続けている。
多種多様な魔法を使い物理攻撃も凄まじいが、基本的な身体能力、耐久力が人の域を超えている。物理攻撃では一切ダメージを与えられないとイーサンはアレンから聞いた。
アレンにここまで言わしめる小夜子だ。イーサンが全力を出したと想定しても、小夜子に勝てるイメージは湧かない。
「飛竜の相手とクイーンリリーの採取どっちがいい?」
「俺は空間魔法の容量も小さいし、地道にクイーンリリーの採取を頑張ろうかな」
イーサンは遠慮なく小夜子に飛竜を任せる事にする。
「日中飛び続けられるくらい魔力はもつ?」
鑑定をした上で小夜子はそんな事をイーサンに尋ねてくる。
小夜子の魔力量はイーサンをはるかに上回っているのだろう。
「日がある内は飛べると思うよ」
苦笑しながらイーサンは答える。
イーサンにとって魔力量の心配をされる事も初めての事だった。イーサンは魔力量だけを言えばガルダン王国の王宮魔術師長をも凌ぐ。イーサンは王国軍に一時籍を置いていたのだが、剣よりも魔法に長けていたため魔術師団の勧誘を蹴って冒険者に転向した変わり種だった。もともとイーサンは奔放な気質で実家のバトラー伯爵家を一度出奔したのだが、Sランク冒険者まで上り詰めてしまったため、現在は実家に連れ戻され貴族籍を持ったまま冒険者活動をする形となっている。
ガルダン王国としても貴族籍にイーサンを縛り付けて、王国所属のSランク冒険者としておきたい思惑もあるだろう。
武に重きを置き、国土を広げてきたガルダン王国は軍隊の増強はもちろん、有望な冒険者の確保も積極的に行っている。小夜子が使い勝手が良さそうであれば、国に取り込む動きも出てくるかもしれない。その時は、小夜子と国の利害が一致していればいいのだが。
今の所小夜子の存在に気が付いているのは、グレーデンのアレン中将のみ。イーサンを小夜子に付けたという事は、アレンとしてもとりあえず様子見と言った所なのだろう。状況に変化が無い限りは、イーサンとしてもこのまま小夜子と行動を共にするだけだ。
それから2人は移動をしながらコンテナハウスで3晩夜を過ごし、4日目の午前中にはマキア山脈の麓に辿り着いた。
「さて、荒稼ぎするわよー!」
守護結界を張ってから、小夜子とイーサンは山脈高地を目指した。
「あった。取り切れない位だよ」
イーサンが切り立った崖に点在して咲くクイーンリリーを見つけた。
「来たわね。向かってくるなら全て素材にしてやるわよ」
崖を背に小夜子は空を見渡す。
小夜子とイーサンを目掛けて、周囲の山々から飛竜がこちらに向かってくる。飛竜からすれば、小夜子とイーサンはテリトリーを侵す侵入者だ。殺気立って鳴き声を上げながら飛竜達は真っ直ぐにこちらに飛んでくる。近づくにつれてその大きさがはっきりしてくる。一体が5メートルから10メートルの間といった所か。
「イーサン、飛竜は細切れにしたらもったいない?」
「翼の被膜とか骨とか武器や防具の良い素材になるから、なるべく刻まない方が金にはなるかな。竜の肉も高級食材だよ」
岩棚の上で手を休めず採取しながらイーサンが答える。
小夜子は高火力の密度の高い火球を次々と飛竜の頭部に当て、落下していく個体は目視で収納ボックスに仕舞っていく。
「見るだけで収納できるって、便利だよねえ」
便利というか人が出来る事ではないと思うが、小夜子の能力についてイーサンはもう考えない事にした。
「サヨコ、あそこのクロイワヤギ。あれも希少素材だね。というか、この辺の動植物は殆ど市場に出回らないから全てが希少素材だよ」
イーサンが指さす方角に、ほぼ垂直の山肌に張り付くようにして立っている黒毛のヤギの群れが見えた。
「うーわ。サヨコ、あの角が黄色い奴。あれレア中のレアだよ。あの黄色い角一本で数百万いくかも。薬の材料として高額で取引きされるんだ」
ヤギの群れの中に一際大きな個体が居た。その角は遠目でもわかるほどに鮮やかな黄色に発色していた。
「じゃあ、黄色いのと、他のも半分くらい持っていこうかしら」
「好きなだけ取っておいで」
まるで店舗で品物を物色する客のように、小夜子は岩肌に張り付いているヤギの群れに近づいていく。遅まきながらヤギたちは近づいてくる小夜子に右往左往し始めた。
イーサンは、クイーンリリーを目に見える範囲全て採取した。山脈の高地至る所でクイーンリリーは繁殖しているので、取り尽くす心配はない。イーサンと小夜子が立ち去った後、また人の足が踏み入れぬ自然の中で希少動植物の繁栄が始まるのだろう。
ここに来るまでに高地の採集に挑戦した冒険者の成れの果てを何体か見た。損傷が無い者もいれば、魔獣に襲われた様子の者もいた。
今回の採取が出来たのは小夜子がいたからに他ならない。小夜子の結界のお陰で、平地にいるのと変らぬ軽装でも寒さと体調不良とは無縁だった。小夜子の結界の効果を知ってしまえば、イーサンは小夜子抜きで高山採取に挑戦する気には二度となれないだろうと思った。
十分すぎるほど成果を上げて、小夜子とイーサンはグランシールへ戻った。




