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異世界に行く前の綿密な打ち合わせ 2

 小夜子が森の木々の密集した枝を突き破り地面に激突した瞬間、辺り一面に轟音が響いた。轟音がこだまとなり、辺りへ伝播していく。小鳥や小動物達が一斉に鳴き声を上げながら逃げ出していく。小夜子の落下地点は喧騒に一瞬包まれたが、また元の静けさが徐々に戻っていく。

「・・・・・」

 小夜子がゆっくりと上半身を起こすと、自分の体を中心に直径5メートルほどのクレーターが出来ていた。この場に生えていたであろう木々は周囲に粉々に散らばっている。

「ふむ・・・」

 脳内でステータスを確認すると、魔力を消費するであろうスキルがグレーの文字色に反転している。黒色のスキルは有効のものなのだろう。右手に嵌めた女神の腕輪をグイっと引っ張ってみてもびくともしない。これが嵌っている限り、小夜子は魔法が使えないようだった。そうなると、索敵と各種無効のパッシブスキル、魔力が関係ない収納ボックスと、物理攻撃のみが使えるようだ。あと素早さと耐久力、HP、MPといった身体能力に係る能力値も有効のようだ。嬉しくないが、運のEランクも黒色で有効となっている。20メートルほどの崖を落下してもかすり傷一つないのは、丈夫な体になったことも要因にあるかもしれない。頑丈な体は他にどのような仕様があるのか、生活しながら確かめるしかない。

 幼女が裏切ったのは業腹だが、現状において全く小夜子にダメージは無い。パッシブスキルだけでも無敵状態なので、物理特化のスタイルでも十分やっていけるかもしれない。

 小夜子はクレーターから這い上がると、手近な木に軽くワンパン食らわした。その瞬間、小夜子が両腕で抱えるほどの木がくの字にポッキリ折れた。物に触る時など、気を付けないといけないなと小夜子は念頭に置く。身の回りの日用品をいちいち壊していては地味にストレスになりそうだ。折れた材木は何かに役に立つかもと、小夜子はとりあえず収納ボックスに仕舞う。

「まずは、近くの村を目指すかー」

 崖上から見て真っすぐ前方にあったなと、小夜子は崖を背に道なき道を歩き出した。方向を見失わないように、迂回はせず目の前の木という木を木っ端みじんにしながら。

 パーン、パーンと、聞きなれない破砕音で森の動物たちを怯えさせながら小夜子が進んでいると、樹木が途切れ少し開けた場所に出た。そこは鬱蒼とした森の中にぽっかりと開いた、陽だまりが溢れる小さな野原だった。その野原の端に数個の、小夜子の膝丈ほどの石像が並んでいる。そのころころとした丸いフォルムの可愛らしい石像は、全ての髪型がおかっぱに揃えられていた。まるで先ほど小夜子を裏切った幼女のように。

「無性にムカつくわ」

 その石像が先ほどの幼女なのかは分からない。だが、とにかくムカつく。我慢が出来ないほどにムカつく。小夜子はおかっぱの石像を片っ端から拳で粉砕していった。

 全ての石像を粉砕し終わった。その石像の周囲を見渡すと野原の途切れた先に苔に半分ほど覆われた石畳が見つかる。人里へ通じる道かと辿ってみると、石造りの建物が森の中に現れた。相当古い物らしく、屋根は半分が落ち、床は木材が朽ち建物内に樹木が生い茂っている。中を覗いてみると、屋根が残っている場所に石像が置かれていた。優美なラインを描く女体の石像の髪型は、クレオパトラのように前下がりに切り揃えられたボブだった。

 何だか分からないがムカついた。

 小夜子は石像を粉砕した。完膚なきまでに粉砕した。原型をとどめないほどに粉々にしてから小夜子は一息つく。一応屋根もあるし、今夜は此処で一晩過ごす事にしようか。パッシブスキルは全て有効なので、動物などに寝込みを襲われても死ぬことは無いだろうと開き直って、小夜子は屋根が残る建物の中で日も暮れぬ内から横になった。


『馬鹿じゃないの?!馬鹿じゃないの?!!私が消滅したらこの世界も消滅しちゃうんだけど?!!』

 小夜子の夢に泣きギレた幼女が出てきた。幼女は地団太を踏みながら、足元にこんもりと山となった白い砂利を指差す。

『なんで石像壊すの?!なんの目的で?!』

「・・・ムカついて、なんとなく?」

『なんとなく!!くそがああ!!』

 小夜子の答えに幼女は叫びながら半狂乱になって白い空間の中を転げまわっている。ちなみに幼女の姿は最初に見た10歳ほどの身長から大きく縮んで、今は3歳ほどの見た目になってしまっていた。

「あんたに責められる謂れは無いわ!裏切って崖から突き落とすって、卑怯にも程があるだろうが!!」

『うっさいわ!!崖から落ちて死なないなんて人間じゃねえわ!!パッシブが封印できないなんて、元々の装備スキルだったのかよ!!この高位世界の化け物!ゴリラ女!!』

「言ったわねぇ?!このクソガキ!!明日から目につく石像を片っ端から全部ぶっ壊してやろうか?!」

『うっ・・・、うわあああー!!』

 小夜子の恫喝に幼女はいよいよ本気で泣き始めた。幼女は地面に突っ伏し、えづきながら号泣している。小夜子はそれをしばらく眺めていたが、幼女は泣き止む気配がない。

 そして人は、自分よりも感情的に取り乱している者を目の前にすると、嫌でも冷静になってしまうものなのだ。

「・・・ねえ、いつまで泣いてんの?とりあえず、この腕輪外しなさいよ。崖から突き飛ばしたのは許してあげるから。でも私をゴリラと言ったことは覚えておくわね」

『うっ、ううう・・』

 石像を人質に取られた幼女は、例えこの世界の神だとしても小夜子に抗う術は無かった。幼女がすすり泣きながら小夜子に手を翳すと、小夜子の手首に嵌められていた腕輪がパカリと2つに分かれて落ちた。

 小夜子がステータスを確認すると、魔法スキルがグレーの文字から黒文字に変わっている。全ての取得スキルが有効になったようだ。

「ほらほら、いい加減泣き止みなさいよ。これ、私が寝る前に壊したデカい奴よね。これ直してあげるから。はい、万物創造」

 小夜子がスキル名を唱えると、砂利の小山となっていた粉々の石像が、見る見るうちに巻き戻す様に修復されていく。頭部のクレオパトラボブまで再現されて、石像は元の姿を取り戻した。万物創造は無から物を作り出せるし、壊れた物を修繕する事も出来るようだった。非常に有用性が高い。

 石像が元に戻ると、幼女が3歳くらいの見た目から5、6歳ほどに成長した。

「あら、消滅は免れたんじゃない?」

『あ、あの・・』

 驚いたように自分の体を見下ろしていた幼女が、おずおずと口を開く。

『お願いがあります。この世界に散らばる、私の石像を修復してもらえませんか』

「・・・それをして、私に何の得が?」

『旅の道行きのついでで構いません。朽ちかけた女神像があれば修復をお願いします。そうすれば私の神力が戻ります。それによりこの世界はより安定し、成熟していくでしょう。自然災害が減り、人の治世が安定すれば、それはあなたの平穏な日常へも少なからず影響するかと』

「ふーん?・・・まあ、ついでなら」

『崖での事はすみませんでした。むしゃくしゃしてつい・・、いえ、すみませんでした。高位世界からこの下位世界に降り立った強大な力を持つあなたは、存在するだけで強い影響を周囲に与える事でしょう。私はそれが心配だったのです。どうか、成長途中のこの世界を広い心で見守って下さい』

「・・・・」

 言っている事は分からないでもないが・・・。

素直に黙って謝ればいいものを、どうもこの幼女は一言二言多いのだ。その余計な一言が小夜子をイラっとさせる。この幼女、本当に反省しているのだろうか。小夜子を崖上から嘲笑う幼女は非常に愉快そうだった。

「やっぱりあんた、ムカつくわ。これからも気にくわない事があれば、また石像をぶっ壊す。これからのあんたの態度次第で石像の修繕は考える」

『すみません!本当にごめんなさい!!ど、どうか!せめて、この神殿の近くのあなたが壊した小さな石像だけでも直してください!私の加護をあなたに授けることを約束します!どうか、どうか我が願いを叶え給えー・・・!』

 幼女は最後に小さい石像の修復を懇願しながら消えていった。


「ふあーあ」

 たっぷりと惰眠を貪り、小夜子が起きると夜が明けていた。12時間くらい寝てしまったかもしれない。自分のステータスを確認すると、夢と同じ状態で全てが黒文字で有効状態になっていた。手首の腕輪はどこにいったのか、消えて無くなっている。クレオパトラボブの石像もしっかり元の姿を取り戻していて、衣装の細部の装飾まで繊細に復活していた。

「夢じゃなかったかぁ」

 小夜子は半壊した石造りの建物の外へ出た。ここは元々神殿か何かだったのだろうか。周囲には人が生活していた痕跡は見当たらなかった。

 頑丈な体にしてもらったおかげで、寝具もない廃墟の朽ちかけの床の上でもそれなりに寝る事が出来た。困りはしなかったが、ふかふかのベッドで眠りたい。早く文化的な、快適な生活をしたいものだと小夜子は思う。

 建物の外に出て苔むした石畳を戻ると、昨日の小さな野原に辿り着く。

 砂利状態にまで破砕された石像の成れの果てが、野原の端っこにこんもりと山を作っていた。

 小夜子は手を翳して、石像を4体の内3体まで直す。夢の中ではスキル名を発声していたが、無言でもスキルを使えた。最後の一体を目視だけで狙いを定め、スキルを発動する。石像は見事に直った。手を翳す必要も無いようだ。

「何でもありじゃない」

 試しに目視で狙いを定めて、石像の一体を収納ボックスに仕舞ってみる。出来た。

「い、いい加減にしてくださいよ!いい加減にしてくださいよ?!」

 突然、昨夜夢の中で会っていた幼女が半泣きで小夜子の前に現れた。

「なんで私の石像をこの世から滅してるんですか?!何してくれてんですか?!見て下さい!右手の小指の先の爪が深爪になったんですけど?!ちょっと痛いですけど?!」

「え、この石像、あんたの爪の先だったの?」

 小夜子は収納ボックスから幼女の石像をポンと元の場所に出してやる。

「ふ、ふううーーー!!」 

 幼女が現れた自分の石像を抱き込みながら地面に蹲った。

「ははは、ごめんごめん。深爪治った?」

「神に痛みを与えるとは、恐ろしい・・・。ほんとに頼みますよ。お願いですから余計なことしないで。石像には絶対に危害を加えないで。もうこの先は近くの村まで何もないので、道草食わないで真っすぐ進んでください」

「わかったわかった」

「・・・本当に、約束ですからね。加護は付けておきますから、頼みますよ?」

 幼女は恨めし気に小夜子を見つめながら、空中に溶ける様に消えていった。

 加護について幼女が口にしたので、小夜子は自分のステータスを確認してみる。

 すると「女神ティティエの加護 極小」という文言がステータス一覧に加わっていた。そしてさらに注目すべきは小夜子の運だった。

「運のランクがEからDにアップしたわね」

 これは女神の加護が付与された効果なのか、石像を直しながら今後も検証する価値がありそうだった。しかし、加護が極小とは。あの幼女のやることなすことが、いちいち小夜子の神経を逆なでしてくるのだった。

せめてこれから、運のランクはC位には上がってほしいと小夜子は切に願う。Cで普通、という所ではないのだろうか。多くは望まない。Bじゃなくていい、せめてC。それが男運に直結するなら尚更そう願わずにはいられない。当分男はいらない気もするが、人の縁はどこに転がっているかは分からない。もし良い出会いがあるならば、新天地の異世界で幸せな家庭を築くのもいいではないか。

「とにかくまずは人里目指すかー。小腹も空いたような気もするし」

 気を取り直して小夜子は道なき森の中、木々をなぎ倒して直進する。せっかくなので、なぎ倒した木は手当たり次第に収納ボックスに入れていく。

 目指すは人里。美味しい物を食べて、今夜は宿のベッドで休みたいなーなどと呑気に考えながら小夜子は森を突き進む。


 吹けば飛ぶような辺境の小さな村に、突如この世界に現れた強大な力を持つ異界人(さよこ)が、今まさに到達しようとしていた。


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