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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ①-2

「おいおいおい。なんだこりゃあ・・・・」

「町のギルドより立派じゃねえか?」

 村の中に足を踏み入れ、広場にある井戸を抱えるようにコの字に建つ集合住宅前で、ポート町からやって来た男達はポカンと口を開けていた。

「村の爺婆達の集合住宅よ。今はトーリとレインの他に6人の爺婆達が一緒に暮らしているわ。もうそろそろみんな帰ってきてるかな」

 時刻は夕闇が広がり始めるころ。

 ここまで大きな平屋の木造建築物はポート町では見ない。真新しい白木の立派な建築物は、何故か薄ぼんやりと発光しているように見える。いや、実際に発光している。

 集合住宅の壁面には等間隔で黄色い柔らかな光を放つ球体が等間隔で埋め込まれている。それが何かをノエルだけが気付いた。辺りを見渡せば、集合住宅から離れて建つ家屋にも光る球体は惜しみなく埋め込まれている。なんと広場の中央にある石像の雨除けにすら、小さな丸い明かりが付いている。

「あ、そっちの小さい家はトーリとレインの家なの。トーリとレインは住宅で暮らしているそうだから、今夜はあなた達にはここに泊まってもらうわ。でもお風呂と食事は集合住宅の方に来てね。案内するわ」

「待て、小夜子。あの石、何だか分かっているのか」

「畜光石でしょ。すごい高価だって話よ。ねえ、トーリ?」

 小夜子に話を振られたトーリは、無言でノエルに穏やかな笑みを浮かべる。

「共有財産で生活している爺婆達が盗むわけないし、あなた達の事は信用してる。万が一盗もうとしたら、電撃で盗人は気を失うようにはなっているけどね。運が悪ければ命は無いかも?」

「そ、そうか」

「絶対触らないようにするぜ」

 神妙な様子の男達を引き連れて、小夜子は集合住宅の食堂に入っていく。

 ポート町の男達を爺婆達に引き合わせ、夕食も一緒に済ませた後、いよいよ小夜子が一番の目的にしていた入浴施設の利用体験となった。

 小夜子も久しぶりの温泉を楽しみ、ひと汗かいた後冷えた缶ビールを飲んでいると、ポート町の男達が茹った顔をして食堂に戻ってきた。

「おかえり。温泉の後は冷えたこれでしょう」

 茹ってぼんやりしていた男達は、小夜子に勧められるままに銀色の缶ビールを呷った。

「「「ッ・・カーッ!!!」」」

「あっはっは!」

 揃って男達は唸った。その様子に爺婆達も笑う。

「どう?最高でしょう?美味しい食事に温泉、そして冷えたビール。この世の幸せの全てがここにあるでしょう?」

「やめてくれ、姉ちゃん。ポート町に帰りたくなくなる」

「こころなしか、体の節々の痛みが楽になったぜ」

「温泉が良い物だってのは、俺も異論は無いな。それで、サヨコ。何を考えているんだ?」

 ビールを飲みながら訊ねるノエルに、小夜子はニヤリと笑う。

「ポート町のおっさん達が時々温泉に入りに来て、小金をオーレイに落として行ってくれないかと思って」

 歯に衣着せない小夜子に、今度はポート町の男達が笑った。

「ここは爺婆達の暮らす場所だから、別に建物は作るわ。冷えたビールは今日だけの特典だけど、宿泊施設も併設するから、温泉に入って施設に素泊まりで一泊300ゴールドでどう?」

「そりゃいいな」

「ポートで稼いで小金が貯まったら2、3日泊りに来たいな」

「それで、施設に厨房を付けたら自分達で自炊できる?」

 この質問には男達は難色を示す。自炊が出来るなら割高な宿暮らしなどしていないのだ。

「サリー、何人までなら余分に食事を作れるかな?」

「そうだねえ。昔ほどふんばりは利かないから5、6人が良い所かねえ」

「じゃあ、手始めに5人泊まれる建物と5人が入れる広さの温泉を作るわ。朝食は100ゴールド。昼夜は1食200ゴールド。食事の内容は爺婆達と同じものよ。食事代はその都度厨房に申し出て、前払いで婆達に払ってもらう。宿代の300ゴールドは宿に料金箱を置くから、その日の夕方に爺婆達が宿泊客の人数と照らし合わせて毎日回収したらいいわ。トーリ、どうかな」

「わかりました。サヨコさんの留守の間しっかりと管理させて頂きます」

 トーリの物言いに小夜子が首を傾げる。

「私の物じゃなくて、オーレイの公共施設なのよ?収益は施設の管理をするトーリとレインと爺婆達の物よ」

「そんな・・・、いけません。住む場所に、食べていく手立てまで作って頂いたのです。これ以上サヨコさんにして頂いては」

「トーリ、まだまだ十分じゃないわよ」

 遠慮しようとするトーリに小夜子は言う。

「今は最低限食べていけるだけ。自給自足と言っても全て村で賄える訳じゃない。服や日用品、調味料、お金が必要でしょう?それで、私が買ってあげる事も出来るけど、自分達でお金を稼げるならその方が良いでしょ?それで、お金を取るなら新しい施設はしっかり清潔に管理しなくちゃね。日々の仕事の他に新しい仕事が増えるんだもの、結構な重労働だと思うわよ?だから、労働の対価はしっかり受け取って頂戴」

 小夜子の言葉に爺婆達もトーリもレインも真剣な顔で頷く。

 皆の顔を見て小夜子は微笑む。

「冒険者用の温泉と宿は明日作ってあげる。そこからどう頑張るかはあなた達次第よ。トーリ、上手く新しい温泉施設が回るようになれば、専属で管理する人間が必要になるかもしれないわ。オーレイの皆だけで手が回らなくなったら、その時はノエルに相談してみて。リタイヤした冒険者に宿の管理をしてもらったらどうかな。鉱山の官吏をしていたなら、労働者の雇用も勝手が分かるでしょ?施設から上がった収益はトーリがまずは運用管理して。必要な所に使ってね」

「・・・わかりました。オーレイの住人達が不安なく暮らせるよう、精一杯務めさせていただきます」

 トーリがやっと了解した。

「そんな訳でノエル。時々でいいからオーレイの爺婆達を気にかけてやってくれない?おっさん達にも頼むわ」

「構わねえぜ」

「俺の仲間にも言っとくわ」

 冒険者達は快く引き受けてくれる。

 森の小鳥亭はポート町の中では高値の宿になるが、朝食付きで一泊1200ゴールドになる。

 一泊二食付きで600ゴールドという利用料金は、建物の元手が掛からないからこそできる価格設定だった。少し骨休めにやってくる冒険者達にも優しい料金だろう。

「お前はめちゃくちゃな奴だが、良い奴だよ」

 ノエルは爺婆達の間に挟まれて機嫌よく酒を飲む小夜子を眺める。

 小夜子はポート町でもよく年寄りや女子供達に囲まれて笑っている。ポート町にやって来た最初の夜に小夜子の苛烈な洗礼を受けた男達は、最初こそおっかなびっくり接していたが、礼儀に外れなければ気さくに接してくれる小夜子に今では誰もが進んで声を掛ける。

 何より、一晩で何もなかった広場に見事な噴水を作り、花だらけの町を作り上げてしまった小夜子にポート町の住民全員が感謝している。何の変哲もない、食うには困らないだけの町だったポート町が、日々の生活が鮮やかに色づく町へ生まれ変わったのだ。酔っぱらいの小夜子が作り出した篝火の夜を、ポート町の住民達は今も楽しんで続けている。

 行き会った人々を、小夜子は何の苦も無く思いつくままに助けていく。その後の事に小夜子はあまり頓着しないが、助けられた者達は小夜子に深い感謝の念を抱いている。それはオーレイの住民達も同じなのだろう。

「サヨコさんはいつも優しいよ!」

 ノエルの言葉にレインが同意する。

「うふふ、誰にでも優しい訳じゃないわよ?」

 小夜子を前にしてポート町の男達の顔が少し引き攣った。

「今日はオーレイまで来てくれてありがとう。色々と参考になったわ。明日の昼過ぎにポート町まで送っていくわ」

 ノエルと冒険者2人はその後、トーリとレインの家に案内され一晩ゆっくりと休んだ。


 翌日の早朝から、小夜子は働いた。

 アイデアの全てを形にすべく、働きに働いて5人の客が寝泊まりできる2階建ての宿、5人ほどで入浴できる温泉施設を午前中の内に作りあげた。

 場所は廃屋をさらに5軒ほど取り壊して、広場を挟んでオーレイの集合住宅の向かい側に作った。宿泊施設専用のポンプ式井戸も増設する。元の住民達との棲み分けは必要だ。燃料が要らない為、高価だろうが畜光石は惜しみなくあちこちに付ける。

「ここが冒険者用の施設になるからね。泊りに来るときはオーレイの住民に一声かけてね」

「こりゃまた、随分立派な・・・」

 再びポートの男達は口をポカンと開けて、小夜子が午前中に造り上げてしまった施設の中を見て回っている。

「冒険者用って考えているけど、ポートの女性達から要望があれば女湯も作るわ」

 設備は必要な物を整えた。

 あとはやってみながら、上手く回る方法を探っていってほしい。小夜子は管理運営に関してはトーリに丸投げする事にした。

 その他、小夜子は売れ筋になりそうな夏野菜の様子を一通り見てから、食糧庫に小麦粉や調味料など村で作っていない食材を補充していく。

 細々とした村の見回りを終えてから、小夜子は再びレインの運転でノエル達をポート町まで送っていった。

 

 ポート町についてから小夜子はノエル用の四輪バギーも作った。

 四輪バギーは馬の早駆けよりも早く走る事ができる。緊急時にオーレイにもグレーデンにも行けるし、普段使いでも遠慮せず使って良いとノエルに贈呈した。

 ノエルはそれを迷いなくギルド所有のバギーとした。盗難防止のために運転手登録は必須で、ノエルが指名した2名のギルド職員が運転手登録をすることになった。大盤振る舞いでバギーに取り付け可能な座席付き台車も付ける。人が乗る事も、物を運ぶことも可能だ。

「こいつの使い勝手の良さは十分知っているが、本当にもらっていいのか」

「下心あっての事よ。オーレイの事、これからよろしくね」

 ギルド職員達は真剣な表情で、ギルドの前でバギーの運転練習をしている。

「お前にとって、オーレイは大事な場所なんだな」

 ノエルの言葉に、小夜子はびっくりしたように目を丸くしている。

「・・・そう思う?」

「ははは、自分で分かってないのかよ」

 あれほどに手厚く年寄り達の生活の手助けをして、ノエルや冒険者達に何度もオーレイの様子を見る様に念押しをしているのだ。大事な場所じゃなくていったい何なのだ。

「・・・そうね。私は訳あって天涯孤独の身だから、この世界で帰る場所と言ったらオーレイになるのかもね」

 小夜子がノエルに身の上話をするのは初めてだった。

 小夜子はこれまでノエルにも他の冒険者達にも、自分の事情を話す事は一切無かった。

 根気強く世話していた気まぐれな野生動物が気付いたら随分懐いてくれていたような、そんな感動をノエルは覚えていた。しかし内心はおくびにも出さずに、ノエルは小夜子との会話を続ける。

「お前にはポート町も随分世話になった。恩返しにもならないが、オーレイのトーリ達の事も気にかけておく」

「ありがとう」

 今日はレインと一緒にニールがポート町までやって来ていた。木箱一杯に夏野菜や果物を詰めて森の小鳥亭に持って行ったのだが、空の木箱を持って帰ってくる所を見ると今日も無事に全て買取りしてもらえたようだ。

 森の小鳥亭の横に3軒程、真新しい宿が建っている。酔っぱらった小夜子が勢いで修復してしまった休業中の宿群だった。3軒並んだ宿の内の真ん中の2階の窓が開いて、小さな子供が顔を覗かせた。窓に取り付けられているプランターに水をやっているのは冒険者のチェルシーだった。

「あら」

「サヨコ、お前、ジェフに面白い事言っただろ。秋には隣の町から冒険者希望の子供を数人預かる事にしたんだ。チェルシー達には定期的に宿の手入れを頼んで、外からくる客の受け入れ準備をしてもらっている。適性を見て指導役も冒険者の中から選んでる。親父達も張り切ってるぜ」

「上手くいくと良いわね」

 花に水やりをしていたチェルシーが小夜子に気付いて、身を乗り出して手を振ろうとする所を後ろからチャドが慌てて引っ張っている。チャドの後ろでジャンプして顔を覗かせながら小夜子に手を振るのはキースだ。子供達は変わりなく元気そうだ。

 ポート町の近況をあれこれと話している内に、買い物も済ませたニールとレインが小夜子達の元に帰ってくる。

 小夜子はまたグレーデンに戻る事をノエルに告げてから、レインたちに同行してもう一度オーレイに戻った。

 レインのMPが、なんと昨日の今日で8増えて60になっていた。そして、バギーの運転に使用する魔力量が、今日の片道分で30から25に減少していたのだ。今のレインのMPは35から2回復して37になっている。もし、帰りの運転で30使っても、あと7MPが残る計算になる。

 今日は一泊せずにオーレイ村に帰ってみる事にしたのだ。

 そして、レインの魔力は枯渇せず、無事にオーレイに辿り着くことが出来た。魔力使用量は28で、MP残は9だった。レインは疲れた様子を見せていたが、瑞々しい果物を齧ると元気を取り戻した。ちなみに果物を齧った後、MPが1回復していた。食べ物を食べるとダイレクトにMPが回復するのが育ち盛りの子供らしく、小夜子は笑いながらレインの頭を撫でた。

 ポート町まで泊りがけではなく日帰りで行き来出来る事は大きい。野菜を売って、宿で一泊していては手元に金が殆ど残らない懸念があったのだ。その心配は解消されたと言っていいだろう。

 レインは育ち盛りだし、MPももっと増えるだろう。バギーの運転もこなれてくれば、魔力の必要使用量も少なくなっていくのかもしれない。

 オーレイの皆がポート町で買い物が出来るようになった事に、小夜子も一安心した。

 もう1晩、小夜子はオーレイに泊まり、翌朝グレーデンに帰る事にした。



「サヨコさん、今回も色々とありがとうございました。またいつでもオーレイにお戻り下さい」

「サヨコさん、僕、バギーももっと練習しておくよ!」

 今日の小夜子の見送りはトーリとレインだけだ。爺婆達とは今日の仕事にそれぞれ散って行く際に挨拶を済ませている。また何度でもオーレイには来るのだから、大げさな挨拶は要らないのだ。

「トーリもレインも体に気を付けて。何か困った事があったらノエルに相談してね。冒険者ギルド間で連絡も出来るみたいだから、急ぎの時はギルドを通して私に連絡を頂戴。何もなくても時々皆の顔を見に来るわ」

「お待ちしております」

「サヨコさん、またね!」

 トーリ達と再会を約束して、小夜子はオーレイを後にした。


 小夜子がオーレイ村で根付かせた野菜は、地球で品種改良がなされた物で実が大きく柔らかい。調理に使うと甘味も強く、森の小鳥亭の料理が更に旨くなったと冒険者の間では話題になった。

 もう1つ限られた者にだけ密やかに広まったのが、オーレイの温泉施設の話だった。

 この温泉に関しては、ノエルと共に最初にオーレイに訪れた親父達から、信用できる人の好い親父達に慎重に伝えられる事となる。ノエルももちろん、オーレイの温泉の話をする相手を厳選した。

 オーレイの温泉がガルダン王国内に広く知られるようになるのは、まだまだ先の話となる。


次回から本編に戻ります。

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