【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ①-1
小夜子がグレーデンで冒険者の男共とアレンをボコボコにした直後位の話。
閑話を読まなくても本編の話の流れには支障ありません。
小夜子がオーレイ村を発ってもうじき2カ月になるかという頃。
時刻は早朝。小夜子はオーレイ村の入口に立っていた。
小夜子が村に足を踏み入れれば、広場内で一番大きな建物である集合住宅の厨房の煙突からは細く煙が上がっている。婆達によって朝食の準備がされているのだろう。
辺りを見回せば、野兎の柵周りは草が刈られきちんと管理されている。奥を覗けば、畑では緑が生い茂り、遠目からでもトマトの赤い実が見える。
みんなしっかりと生活できているようだ。
共同の井戸も清潔に手入れされていて、洗い場には生活用品が使いやすいように置かれている。
小夜子はまっすぐ住宅の厨房に向かい、入口のドアを開けた。
「おはよう、マーガレット」
竈の前で鍋をかき回していたマーガレットが、驚いてお玉を足元に落とす。
「サヨちゃん!」
それからが大騒ぎだった。
マーガレットが慌ててトーリを呼びに行き、マーガレットと鉢合わせたレインが家中を走り回り爺婆達を叩き起こした。
「サヨコさん!待ってたよ!」
レインが小夜子の目の前に飛んで戻ってきて、じっとしていられずに足踏みしている。
「レイン、元気そうね!もう少し早く来たかったんだけど、色々あってね。変わりは無い?」
「うん!サヨコさんに言われた事、頑張ってるよ!」
レインに起こされて爺婆達が食堂に集まってくる。
沢釣りに出かけているショーンを呼びに、レインは外に飛び出して行ってしまった。
「レイン!無理に呼ばなくていいのよー!」
そう小夜子が声を掛けるが、すでにレインの姿は村の門の外だった。
「サヨコさん、お久しぶりです」
「トーリ!みんなも元気そうね。突然来て悪かったわ」
「何をおっしゃいます。いつでもお好きな時にお戻りください」
そう言って笑うトーリも、他の爺婆達も、もちろんレインもみんな血色がいい。
そこにひとまず小夜子は安堵する。
ひさしぶりに小夜子は村の住民達と朝食を一緒に食べる。マーガレットが作った麦粥の他に、とれたてのトマトやキュウリ、旬の果物などが並ぶ。
「今日は皆の様子を見に来たのよ。何か困っていることは無い?」
「特に無いな。野菜も順調だし、ウサギもこの間子供が6匹生まれた。ショーンが生け簀に魚を放しているから、それが上手い事居付いてくれるといいが」
ダンは体力もあり、村全体を見て回ってくれている。トーリと役割分担して良く村を回してくれているようだ。
そんな話をしていると、レインがショーンと戻ってきた。
「サヨちゃん、よく来たなあ」
厨房の入口でショーンが手を上げる。足元のバケツには5匹ほどの川魚が泳いでいる。
「生け簀も順調そうね」
「ああ。昼はアユを塩焼きにしよう」
「それは、絶対に食べるわ!」
意気込む小夜子に爺婆達が笑う。
「サヨコさん、ゆっくりしていけるの?」
朝食を食べながらレインが訊ねてくる。
「しばらくしたらグレーデンに戻るんだけど、また色々村に手入れしていこうかと思って」
「本当に、サヨコさんには色々としていただいてばかりで」
トーリが頭を下げるのを小夜子は笑い飛ばす。
「アユの塩焼きにありつく為に働くのよ!楽しみにしてるわ」
「・・・それはもう。お好きなだけ召し上がってください」
トーリはグッと込み上げる物を堪えて小夜子に笑って見せる。
村の年寄り達は小夜子が何もせずとも喜んでもてなすだろうに。なんだかんだと言いながら、小夜子は返しきれない恩をまたオーレイ村に置いていくのだ。
「レイン、今日は早めに昼食を食べて隣町まで一緒に出掛けたいの。トーリも一緒に来てくれる?一晩泊っても大丈夫かな。テントは提供するから」
「それはかまいませんが・・・」
「ニール、食べ頃の野菜を全種類少しずつ木箱に詰めてくれる?あと、果物も食べ頃の物があればそれも入れてね。量は要らないから、出来るだけ沢山の種類があるといいわ」
「任せてくれ」
「サヨコさん、僕は何かやる事ある?」
「レインには頑張ってもらいたい事があるわ」
「わかった!」
内容も聞かずに即答するレインの頭を小夜子は撫でる。
「よし、まずはやる事済ませちゃうからね」
朝食が済んで、小夜子とトーリ、レインは村の広場にやって来た。
他の爺婆達はすでに今日の自分の仕事に取り掛かっている。本当に勤勉な爺婆達だ。
野兎の柵のすぐ横のスペースに小夜子は屋根と四方の壁があるだけの簡易の小屋を作る。床板は張らず、全面が土間だ。外から様子が見られるように、壁の一面は木枠だけにして金網を張っていく。土間には餌箱と水場を設置する。隅には藁などを無造作に敷く。
小夜子はその小屋の中に入って、入口の戸を閉める。トーリとレインが見守る中、小夜子は収納ボックスから鶏の番を2組出した。
鶏たちは元気よく鳴きながら、小夜子の周りを羽ばたき走り回る。
「グレーデンの市場で鶏を見つけたのよ。試しだったんだけど、無事に生きたまま持って来られたわね」
「これはまた、驚きました・・・」
レインは初めて見る鶏を小屋の外から興味深そうに眺めている。
「鶏の餌は雑穀とか草とか野菜の皮とか、何でも食べるから。当面の餌は置いていくわね」
言いながら小夜子は餌箱にざらざらと雑穀を出し、水場に水を満たす。
鶏が餌に気付いて、餌箱に集まりついばみ始めた。
小夜子は小屋の外に出て、今度は小屋から繋げて2メートル四方の柵を作る。掃除の際など、小屋の外に鶏を出す時に使ってもらえばいい。
「冬になる前には小屋をビニールで覆えばいいかな。私が間に合わなかったら、ダンに木板で覆ってもらってね。藁も多めに敷けばいいと思う」
「わかりました」
その他、卵は必ず火を通して食べる事など注意事項をトーリに伝えておく。
たんぱく質をトーリ、レイン、爺婆達に取らせることに余念のない小夜子は、オーレイ村に鶏を投入してようやく満足した。
そしてアユの塩焼きを堪能した後、小夜子とトーリ、レインの3人は隣のポート町に向けて出発する事になった。
オーレイ村の広場に四輪バギーと台車が置かれている。台車にはニールに用意してもらった野菜と果物の詰め合わせ木箱が積まれていて、その傍にトーリが腰を降ろしている。台車の左右には低反発の座席シートが細長く敷かれており、トーリとレイン、爺婆達が一度に全員乗れるようにした。緊急時の脱出手段になるだろう。
バギーは2人乗りで助手席には小夜子、運転席にはなんとレインがカチコチに緊張しながら座っている。
「このバギーはレイン用に新しく作ったのよ。運転手登録は私とレインにしているから私達以外はこのバギーは運転できない。まあ万が一盗まれてもまた作ってあげるから、泥棒には抵抗せずくれてやりなさい。取り返そうとして危ない目に遭って欲しくないわ。あくまでもバギーと台車は消耗品。レインと爺婆達の命の方が大事だからね」
「わ、わかった」
バギーと呼んでいるが見た目も操作方法もほぼ車だ。小夜子は方向転換のハンドル操作と、アクセルとブレーキペダルの説明をざっくりとする。どうせならと車体と台車に屋根も付ける。これで突然の雨も大丈夫だ。
小夜子はレインのMPの確認をする。
レイン・オルソン(12)
HP 95
MP 52
魔法適正 水 土
健康状態 優良
レインは栄養状態が改善されたからか、健康状態もHP、MPも上向きに伸びている。レインのMPに気を付けながら、小夜子達はポート町に出発する事にした。
ポート町までは直線の一本道が続く。延々と真っ直ぐ走るだけなので、バギーの運転練習には丁度良いだろう。
「レイン、疲れたら休むからね。ブレーキがどっちか分からなくなったら、両足をペダルから放せば自然に減速して止まるから慌てないで」
「う、うん!」
「トーリは大丈夫?疲れたら横になってもいいのよ」
「私は乗っているだけですので。レイン、疲れたら遠慮なく言うのだよ」
「うん!」
小夜子とトーリに見守られ、ガチガチに力が入りながらもレインは頑張った。
2回の小休憩を取りながらも小夜子達3人は夕暮れ前に無事にポート町に到着した。
「お疲れ様、レイン!頑張ったわね」
「うん・・・」
薄っすら額に汗をかいたレインは、脱力してシートに深く体を沈めた。小夜子がもう一度レインの鑑定をすると、MPが52から22になっていた。片道でMPを30消費するので、ポート町に行くのは今の所は泊りがけになってしまう。慣れて消費MPが減るかレインが成長してMPの上限が増えれば、日帰りでポート町に行くことも可能になるだろう。
町中の運転は小夜子が代わった。
小夜子達はバギーでそのまま町中に乗り込んだが、小夜子を覚えていた住民達は笑顔で小夜子達に挨拶してくれる。
「すごい!花だらけだ!」
「これは・・・見事ですね」
ポート町の広場に来ると、広場とそこに面した店舗や宿が花で溢れる様子にトーリとレインが感嘆の声を上げた。仲良く2人で台車に揺られながら、トーリとレインはポート町の景観を楽しんでいる。広場の噴水の前では台車から降りて、2人は楽しそうにしばらく水が巡る様子を眺めていた。
小夜子が酔っ払った勢いで咲かせた花の他にも、住人が手入れをしているのか花々が増えたような気がする。噴水では小さな子供が数人水遊びをしていて、それを子守なのか老婆が眺めていた。
噴水にいる小夜子を見つけた町の住民達は、入れ替わり立ち替わり小夜子に声を掛けていく。広場に面した宿のおかみさん達が連れ立ってやってきて、トーリとレインがオーレイから来たと知ると固焼きパンや燻製肉などをトーリとレインに持たせてくれた。
「サヨちゃんの知り合いなら歓迎するよ!」
「あ、ありがとうございます」
それからも大勢の住民達に声を掛けられ、色々と物を分けてもらい、トーリとレインは一人ずつに丁寧に礼を言う。人の波がやっと引いた頃にはトーリとレインは両手に持ちきれない位の食べ物を抱えていた。
「ポート町って、人が沢山いる」
住民が20人にも満たない集落が世界の全てだったレインは、多くの人々に一度に声を掛けられて火照ったように両頬を赤くしている。
「ふふ、ポート町の人達はみんないい人よ。トーリとレインもすぐに仲良くなるわ」
ポート町で小夜子が何をしたのか窺い知れるような、ポート町の住民達と、トーリとレインとの邂逅だった。
しばらく広場の景色を楽しんだ後、3人はまず冒険者ギルドにやって来た。
「ノエルかジェフはいる?小夜子が来たって伝えて」
相変わらずやる気のない受付嬢だが、気だるげに立ち上がってギルドの2階に上がっていった。しばらくして、ギルマスのジェフが足早に階段を降りてきた。
「サヨコ!大変だったな」
「うん?どの事かな」
「まったく、君は相変わらずだな」
笑いながら小夜子とジェフは握手を交わす。
「ジェフ、紹介するわ。オーレイのトーリとレインよ。2人にはオーレイでとても良くしてもらってるの。2人とも、ポート町のギルドマスターで町長のジェフよ」
小夜子が2人を見ると、レインはジェフにペコリと頭を下げるがトーリは少し緊張した面持ちでいた。
「オーレイで鉱山の官吏をしておりました。トーリ・オルソンと申します。ジェフリー・クルーセン卿におかれましては、ご機嫌麗しく」
「はは!よしてくれ。私の今の身分はポートギルドのギルマスで、町長でしかない。ジェフと呼んでくれ」
ぎこちなく礼を取るトーリを、ジェフは笑って止める。
「トーリ、レイン、歓迎する」
「ありがとうございます」
トーリはホッと緊張を解き、改めてジェフに頭を下げた。
「ジェフ、またギルドの裏手を借りていい?一晩泊まらせてほしいの。あとレインがバギーでポート町に来ることがあるから、バギーと台車も時々置かせて欲しいんだけど」
「もちろんいいとも。空いている場所は自由に使ってくれ」
ギルマスの諸々の了解を得て、小夜子達はギルドの裏手にやって来た。
裏手の解体倉庫を覗くと、エディが子供達に解体作業の手ほどきをしている。
「エディ」
小夜子がエディに声を掛けると、倉庫の奥から小夜子達の所へエディがやって来た。
「オーレイのトーリとレインよ。これから裏手にバギーを置きにちょくちょく来ると思うから、よろしくね」
「よろしくお願いします」
トーリとレインはそろって頭を下げる。
エディは一つ頷く。
「ヒクイドリが大小色々あるけど、少し出そうか?」
「小さい方がいい」
「これ位?」
小夜子が手近な作業台に1メートルほどの氷漬けのヒクイドリを出すと、それをみてエディが一つ頷く。
「あと2羽あるか」
「いいわよ」
小夜子が追加で同じサイズの物を2羽出すと、エディが倉庫の奥の子供達を呼び寄せる。
解体に3日かかるというので、素材も肉も全て買取してもらい、買取金額は小夜子のギルド口座に入れてもらう事にした。
解体依頼を済ませて、小夜子は裏手の空き地にコンテナハウスとロッジ型テントを並べて出す。
「コンテナハウスに3人は狭いから、トーリとレインはこのテントを使ってね」
「十分です。ありがとうございます」
「よし、今日のもう一つの用事よ。これから最高の料理を出す宿屋を紹介するわ」
寝る場所の確保が済んで、小夜子達は森の小鳥亭にやって来た。
夜営業が本番を迎えるには少し早い時間に、小夜子はトーリとレインを連れて店内に足を踏み入れた。客はまだ誰もいなかった。
「ロッドいるー?」
「裏にいるわよ」
カウンター越しに厨房へ声を掛けると、赤髪巨乳の店員シャロンが顔を出した。最初は小夜子にツンケンしていたシャロンだったが、小夜子がポート町の男共とどうにかなることは無いと分かってからは小夜子への態度は柔らかい。シャロンが厨房の裏手に出ていたロッドを呼んできてくれた。
「ロッド、ちょっとこれ見て欲しいんだけど」
小夜子が店の床にオーレイから持ってきた木箱を置く。
木箱の中には今日取れたばかりのキャベツ、トマト、ナス、ピーマンといった今が旬の野菜の他に、根菜が少し、まだ実をつけ続けているプラムと枇杷がぎっしりと入っている。全てが新鮮で瑞々しい。
「町の農家と被らない野菜を時々買い取ってくれないかしら。この2人はこの野菜を作っている村から来たトーリとレインよ」
ロッドはトーリとレインをみて一つ頷くと、真剣な様子で野菜を一つずつ手に取っていく。
「随分物が良い。果物は手に入りにくいから助かる。玉ねぎとニンジン以外なら次も欲しい。今日はこの箱全部買う。2000でどうだ」
「そんなに?!」
トーリが驚きの声をあげる。
ロッドはコックリ頷くと、箱を持ったまま厨房に引っ込む。それから空の木箱を持って戻って来た。ロッドはトーリに木箱を返し、掌に乗せて銀貨2枚を差し出す。
「あ、ありがとうございます」
トーリは震える手で、そっとロッドから銀貨を受け取った。
「良かったわね、トーリ、レイン!オーレイの野菜が売れたお祝いをしないとね。ロッド!適当に3人分食事をお願い。私とトーリにはエールも!レインには果実水をもらえる?」
ロッドは頷いて厨房に引っ込む。
小夜子達のテーブルにシャロンが色々と運んで来る頃には、ぽつぽつと見知った親父達が森の小鳥亭に集まって来た。
「姉ちゃんじゃねえか!久しぶりだな!」
気の良い親父達が小夜子と挨拶を交わし、トーリとレインにも気さくに話しかけてくる。
これから時々ポート町に顔を出すと2人を紹介すると、親父達はお近づきの印にとトーリとレインの前に森の小鳥亭お勧め料理を並べていく。
「全部おいしいね!」
「ははは、まいりました。こんなに食べられないな」
トーリの涙腺は何やら緩みっぱなしで、親父達に声を掛けられてはそっと涙を拭っている。
「すみません、懐かしくて。オーレイにもこんな賑やかな夜があったのですよ。色々と、思い出してしまいました・・・」
「じいちゃん・・・」
涙ぐむトーリを心配するレインの頭をトーリが撫でる。
「レインがオーレイの外に出たのは、今日が初めてなのです。私は年老いてしまい、生きていくだけで精一杯でした。まさか、レインと一緒にこうして村の外に出かける事が出来ようとは・・・。全て、サヨコさんのお陰です。レインの世界もこれからどんどん広がる事でしょう。サヨコさん、ポート町の皆さんと顔を繋いで下さり本当にありがとうございます」
聞き耳を立てていた親父達もトーリに貰い泣きをして鼻をすすっている。
「よし!乾杯するわよ!トーリがこれから何度も賑やかな夜を過ごせるように!それから、これから広がるレインの新しい世界に、乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
親父達が勢いよくジョッキをぶつけ合い、泣き笑いをするトーリにも、満開の笑顔のレインにもジョッキを合わせていく。
「・・・いやに賑やかだと思ったら」
聞き覚えがある声に振り向くと、店の入り口に今入って来たばかりのノエルが立っていた。
「ノエル!こっちに来なさいよ!食べるの手伝って!」
「サヨコ、お前はいつもおっさん達に貢がれてるなあ」
「今日は私にじゃないもの。紹介するわ、オーレイ村のトーリとレインよ!」
ノエルとトーリ達との顔合わせが済み、また乾杯が交わされる。
気心が知れた者達ばかりが集う森の小鳥亭で、小夜子も心からの笑顔を見せる。
夜の帳がすっかり降りた広場には、それぞれの宿屋や店舗から準備された篝火が焚かれ始めた。今夜は月も明るく、花々の彩も鮮やかに照らされている。橙色の篝火と、広場に溢れる花弁の様々な色が噴水の跳ねる水に乱反射する様を、店の外のテーブルに移動したトーリとレインは飽きることなく眺めていた。
そして早々に酔い潰れる小夜子を、ノエルとトーリとレインが連れ帰る所までが一連の流れで、賑やかに森の小鳥亭の夜は更けていく。
翌朝目覚めると、小夜子はコンテナハウスに帰ってきていた。今回はノエルが寝技を決められて苦しんでいることも無く、小夜子は一人で目覚めた。
そっとコンテナハウスの外に出て隣のトーリとレインの様子を伺うと、トーリは目覚めていたがレインはまだぐっすり寝ていた。昨日は初体験の連続で疲れたのだろう。小夜子とトーリはレインが寝ているうちに朝食の準備をする。
テントの前に小さな簡易竈を作り、鍋で適当に食材をぶち込んだ麦粥を作ろうとしていると、いつも解体倉庫にいる子供達がやって来た。
見習いの子供達は自宅から通いの子供達で、しっかりと朝食を自宅で取り、昼食も親に持たされてやってくるらしい。過酷な生活をしている子供が多いこの世界で、親の庇護の元きちんと世話を受けている子供を見ると、良かったなとしみじみ思う。
さらにしばらくするとエディがやって来た。もう仕事が始まる時間のようで、小夜子もトーリも今朝は随分ゆっくりと寝てしまったようだった。レインにいたっては未だに目が覚める様子が無い。
エディは小夜子の手元の不揃いに切られた野菜やベーコンを見ると、ため息をつきながら首を振った。
それから無言で小夜子から包丁を奪い、手早く同じ大きさに食材を刻んでいく。エディは鍋に必要な食材を全て入れて、火にかけ、塩をひとつかみ入れる。
「このままとろみが出るまで煮ろ。煮えたら食え。これ以上味は弄るな」
「わかったわ」
エディに厳命され、小夜子とトーリはしっかりと頷く。
一緒に食べるかエディに聞くと、妻が作った朝食を食べ、愛妻弁当も持たされているとの事。顔は強面だが、妻との仲は良好で面倒見も良い。エディが見習いの子供達に懐かれているのも納得だった。鍋の番をしながら小夜子とトーリは倉庫に消えるエディを見送る。
麦粥の良い香りに刺激されたのかレインが起きだしてきて、3人はエディがほぼ作った麦粥の朝食を取る。
朝食の後は、3人はポート町の道具屋で村に必要な日用品を買いそろえた。
昨日の野菜の売り上げを軍資金にして、細々としたものを買っていく。
レインにとっては生まれて初めての店での買い物だ。トーリとレインは嬉しそうに買い物を楽しんでいた。
今朝はゆっくりとしたので、買い物が終わった頃には昼時になっていた。
「サヨコさん、もうそろそろ村に戻るの?」
「昨日の店でお昼を食べて、その後はちょっとギルドに寄るわ。用事が済んだら日が沈む前にオーレイに戻りましょう」
それから森の小鳥亭で昼食を済ませ、週1回ほど野菜を届ける事を約束し、3人はギルドに向かった。
ギルドの窓口に声を掛けると、ノエルは事務所にいた。
「昨日は世話になったわね」
「全くだぜ」
ぼやくノエルにトーリとレインが笑う。昨日の内に3人はそれなりに打ち解けてくれたようだ。
「今日オーレイに戻るんだけど、ノエル、急ぎの用事がなければちょっとオーレイに来てみない?明日にはまたポートに送るし。いいものがあるのよ」
「送迎がお前の魔法じゃなければな」
「それは大丈夫!バギーでレインが送迎するから」
いきなり自分の話になってレインは目を丸くしたが、見下ろしてくるノエルにキュッと口を結んで頷いて見せる。
「まあ・・・、それなら、いいか?」
「きまりね!あと、冒険者でちょっと膝とか腰とか痛めてる人いない?」
「そんなもん、その辺にゴロゴロいるだろ」
常に閑散としている昼時のギルドだが、何をするでもなく1階のフロアの椅子に腰かけている者達も数人いる。少し体の調子が悪く、軽作業の任務が入るのを待っている冒険者達という事だった。もれなくいい年の親父達だった。
「今日明日予定が空いてる人いる?一泊2食付き、タダでいい所に連れて行ってあげるわ」
怪しい誘い文句で小夜子が親父達に声を掛ける。
体の故障中で仕事が無い事、一泊分宿と食事代が浮くことから暇をしていた親父達2人が名乗りを上げた。
帰りの道中にはノエルと親父2人が増えて、小夜子達はポート町を後にした。その後の帰路も何事もなく順調に進み、夕日に染まるオーレイ村に小夜子達は到着した。
白金貨=100万ゴールド
大金貨=10万ゴールド
金貨 =1万ゴールド
銀貨 =1000ゴールド
銅貨 =100ゴールド
鉄貨 =1ゴールド
庶民街の物価は安いです。100ゴールドでデカい丸パン1個買えるくらい。
4人家族なら丸パン1つとスープで朝食を済ませるかんじ。
貴族に対しては価格設定めちゃくちゃ高いので、貴族御用達の施設、店舗では金貨が飛ぶように無くなります。




