城塞都市グレーデン 5
小夜子はこちらに向かってくるアレンに鑑定魔法を放った。
アレン・ウィンスロット(24)
HP 2857
MP 1008
素早さ A
耐久力 B
風魔法 B
スキル 斬撃
スキル 肉体強化
毒耐性
健康状態 良
アレンが特別なのか、冒険者と軍人の身体能力にそもそも違いがあるのか分からない。ノエルとは桁違いの身体能力の高さに、小夜子は軽く目を見張った。
「グレゴリー。手加減できるか分からないわ」
「全員退避!!訓練場に面した建物からも離れろ!!」
グレゴリーの怒号に、訓練場に居た冒険者とギルド職員達は蜘蛛の子を散らしたように姿を消した。グレゴリーとアレンの部下も避難をし、訓練場には小夜子とアレンだけが残された。
「サヨコ、君に魔法攻撃をされたら私は瞬殺されるだろう。魔法は無しで頼むよ」
「魔法攻撃もダメ、武器も持たない丸腰の女に、あんたは剣を向けるわけ?」
「君に勝てる気はしないんだ。せめてこれ位のハンデはくれないかい?」
言うなりアレンは小夜子に鋭い斬撃を繰り出した。
小夜子は避けもせず、アレンの斬撃を体で受け止める。
ギイン!と、またも金属を叩くような硬質な音が訓練場に響き渡る。
小夜子が気が付けば、左の肩にアレンの振り下ろした剣が乗っていた。斬撃の余波で小夜子の服は肩口から胸元まで切り裂かれた。
斬撃の衝撃は小夜子の後方に届き、ギルドの建物の一部を崩す。
「女性に対してありえないんだけど!」
胸元を抑えながら小夜子が抗議する。
小夜子の周囲に被害が出たが、小夜子自身にダメージは全く無い。
「狙ったわけじゃない。許してほしい」
どれほどの大型魔獣も一太刀で両断してきたアレンの斬撃が、小夜子にかすり傷一つも付けられない。涼しい顔を保ちながらも、この事実にアレンはこれまでに感じた事のない寒気を覚える。
「攻撃を避けてもくれないなんてね。私の剣は君の脅威足り得ないのかな」
「あんたの攻撃、見えないわ。だから避けられない」
「えっ?」
思わぬ小夜子の言葉にアレンは目を丸くした。
「あんたの攻撃は早すぎて見えない。まあ当たってもどうせダメージは無いから、最初から避ける気が無いだけ」
「え、あの。・・・本当に、見えない?」
「見えなかったわ。魔獣との戦いは特に困った事無かったけど、私、対人の戦闘はダメかもしれない。人の攻撃はみんなこんなに早いものなの?」
「ど、どうかな。自分では強い方だと思っていたのだけど、君を前にしたら自分の中の色々な物が揺らぐ思いだよ。では、次、左側に攻撃を入れる」
アレンの言葉に小夜子は頷く。
緊迫した空気が霧散してしまい何やら妙な雰囲気になってしまったが、アレンは予告通り向かって左側に斬撃を繰り出した。再び高速の剣が小夜子に振り下ろされる。
ガキン!と硬質の音が響き渡る。
小夜子の服の反対側の肩部分が吹き飛び、両肩が露になる。攻撃を止めようとしたのか、小夜子は右腕を上げているが何の抑止にもなっていない。
「やっぱり全然見えなかったわ」
「・・・・・」
アレンは無言で剣を持つ手を降ろす。攻撃は当て放題だが、それが何だというのだ。
小夜子にダメージは与えられない。勝てる目はない。
アレンの目の前で小夜子は破れた自分の服を堂々と魔法で修復していく。
頑丈すぎる体に、大の男を片手で吹き飛ばす膂力。多数の魔獣を瞬時に殲滅する魔法攻撃。数十体の大型魔獣を収納した空間魔法だけでも驚くべきものだった。その上、目の前のこの魔法は一体何だ。
小夜子の常識外の能力の数々にアレンは言葉を無くしている。
「よし!じゃあ、今度はこっちから行くわよ」
「えっ」
もとより小夜子の戦闘力を測るための手合わせで、自分が小夜子を押さえつける事は叶わないと分かった時点でアレンの目的は達成されていた。
しかし完全に戦意喪失しているアレンの前で、あろうことか小夜子は腕をグルグル回して体を解すような素振りを見せている。
「あんた、ノエルより全然強そうだわ。思いっきりやってみるわね」
言うなり小夜子は握った拳を振りかぶり、アレンに殴りかかってきた。
「くっ・・・!!」
アレンの優れた動体視力が小夜子の拳を捉える。辛うじて体を捻り、小夜子の殴打をアレンは躱した。ブオンと、アレンの顔を強風が叩く。アレンはすぐさま小夜子と距離を取った。
「逃げないでよ。人の体がどれくらい丈夫なのか、確認したいわ」
身の毛がよだつ発言をしながら、小夜子がアレンに向かって走り寄る。
またも小夜子が右腕を振りかぶった。
「っ・・・!!」
アレンの剣を見切ることは出来ない小夜子だが、恐ろしいスピードで標的であるアレンに詰め寄り拳を繰り出してくる。アレンが小夜子を上回るのは動体視力のみで、辛くもそのお陰で小夜子の攻撃を見切り、それこそ皮一枚ほどで攻撃をかわしている。
アレンの頭部を狙った小夜子の拳は髪の毛数本を切断したのち、訓練場の外れに生えていた樹木を破砕した。
「ちょこまかとすばしこいわね!」
小夜子の体の下をすり抜けるようにして、アレンは訓練場の中央に向けて走り出す。間髪入れずに小夜子はそれを追う。
走るスピードは小夜子が上だった。
アレンに小夜子が追い付くと、首根っこを引っ掴んで後方に投げ飛ばす。瞬間息がつまり、アレンは成す術もなく宙を舞った。
これが走馬灯というものなのか。アレンは宙を舞いながらある事を思い出していた。
森に分け入る者達が皆そろって恐れる魔獣が居る。
恐るべき膂力を持ち、脚力も強く、いざその魔獣の標的になると、どこまでも追いかけ回される。その魔獣に出会ってしまったら、とにかくすぐさま逃げるのが先決だ。
その魔獣の名はゴリラという。
特にメスに出会った時は、何を置いても標的と見做される前に逃げなければならない。メスのゴリラに出会った場合、体のいずれかを損なったとしても命があれば幸運だと言われる。メスゴリラを前に一瞬でも逃げる判断が遅れれば、命の保証は無いのだ。
自分は判断ミスをしたのか。
野生のメスゴリラを前に、僅かな好奇心と国への忠誠心で判断を間違えた。
アレンは小夜子に投げ飛ばされて、受け身も取れずに背中から地面に落ちた。
地に落ち倒れたまま動かないアレンに、小夜子はゆっくりと歩み寄っていく。
「双方そこまで!!」
小夜子がアレンを引きずり起こそうと手を伸ばした時、訓練場に急ぎ戻ったグレゴリーが手合わせ終了の宣言をした。
「サヨコ・・・」
仰向けに倒れ込んだまま、アレンは小夜子に言った。
「人の体は木材より、脆い」
「・・・それはそうよね」
言われるまでもなく、椅子やテーブルより人の手足は柔らかい。
「でもあんた、強いから。ひょっとしたら頑丈かと思って」
軽い調子で小夜子に言われてアレンは心底ゾッとした。物は試しで殺されてはたまったものではない。
「君から本気の一撃を食らったら、どんな屈強な男も爆発四散するだろう」
「そうかしら」
「そうだ。だから、今後の行動はもっと慎重にしてもらえると、助かる」
「まあ、出来るだけ気を付けるわ」
驚くべき力を持つ小夜子だが、自分の力を理解できていない。そのアンバランスさにアレンは改めて危機感を募らせた。
小夜子の戦闘におけるこの歪さは一体どうなっている。
まるで経験と知識がない子供が、強大な力をあてずっぽうで振るうような危うさだ。
小夜子は定住しない冒険者で、いずれはグレーデンを出ていくだろう。
しかしこのままでは方々で大きな事故を起こしかねない。
国として考えれば、軍の監視下に置き管理をする事が望ましい。だが小夜子が本気で抵抗した場合、軍の手には負えないだろう。国軍の現最高戦力の自分がこの有様なのだ。
「サヨコ!滅茶苦茶じゃねえか!」
「うるさいわね、直せばいいんでしょ!」
ギルドマスターの苦情を受け、小夜子は荒れ果てた訓練場をもとに戻し始めている。
倒された木々を元通りにし、崩れた建物も修復していく。修復された建物は元に戻るどころか、新築のように修繕箇所のみ真新しく生まれ変わっている。
ヒクイドリの群れの暴走を知り、グレーデンには知り合いを助けに来たと小夜子は言っていた。今日の騒ぎも、小夜子がグレーデンで知り合った子供を庇っての事だと、報告は上がっている。
数日前にも女性冒険者がギルドで小夜子に絡む事案があったが、この時小夜子は冒険者を相手にしていない。小夜子が驚異の力を振るう時、それは他者を助ける時だと考えるのは希望的観測過ぎるか。
アレンは部下に助け起こされながら、小夜子への対応の最適解を探り続けていた。
小夜子と男性冒険者との訓練試合の日から数日が過ぎた。
グレーデンギルドの雰囲気は若干変わり、大人達が幼い冒険者に示威行為を働くことは無くなった。何なら大人達がおずおずと子供達に親切を働こうと接触してくるのを、子供達もびくびくしながら相手をするという、これまでにない光景が見られるようになった。
小夜子に対しても恐る恐る冒険者達は接触を試みてくるが、小夜子自身は素気無く流している。
小夜子はすっかり忘れていたが、小夜子にしつこく絡んでいた女冒険者はグレーデンから姿を消していた。元パーティメンバーの男達が小夜子に改めて謝罪に訪れたが、男達が小夜子に絡んだわけでもないので、これも小夜子は素っ気無く受け流す。
それから小夜子と男性冒険者の訓練試合に乱入してきた男については、小夜子からグレゴリーに強く警告した。あれはいずれ人を殺す。被害が冒険者内で収まるとは限らないという小夜子の言葉に、放任主義が過ぎるグレゴリーもさすがに真剣に耳を傾けていた。数日もせずに乱入男もグレーデンギルドから姿を消した。男の行く末は分からないが、乱入男の行いの結果が本人に返ったと言う所なのだろう。
そんなこんながありつつ、ギルドに来る度に冒険者共が小夜子に絡んでくるので、グレーデンもそろそろ潮時かと小夜子が思い始めた頃でもあった。
今日は解体依頼をしていた魔獣の売却代金を受け取りに、小夜子はギルドまでやってきていた。
「締めて、300万ゴールドになります」
小夜子がグレーデンギルドに卸した魔獣は小夜子の所持金をそこそこ増やしてくれた。特にオオアナコンダが高く買い取りされ、二枚おろしの10メートル級が100万ゴールドになった。ヒクイドリも売却したが、5メートル級がだいたい一羽で30万前後。6羽売ったので、多少色を付けてもらったのかもしれない。
「また良いお取引をお願いいたします」
解体窓口の受付嬢が愛想良く微笑むのに、小夜子も笑顔を返す。
しかし、ホテル暮らしはやはり飛ぶように所持金が無くなってしまう。コンテナハウス暮らしは生活費が一切かからないが、以前の生活の反動で家事全般を小夜子は極力したくないのだ。これはクズ男との同棲で、小夜子が奴隷のようにこき使われていた事が尾を引いている。
当面はホテル暮らしを行く先々で続けるためにも、冒険者として狩りをし続けるしかなさそうだ。女神像修復の進み具合によっては、本当に国を跨いでの石像探索が必要となるだろう。自分の拠点を持つのもまだまだ先の話になる。
小夜子がどうすれば旅をしながら楽をして贅沢な暮らしが出来るかという、欲に塗れた算段をしている時、階下に降りてきたグレゴリーが小夜子に声を掛けた。
グレゴリーに連れられて通されたのは、ギルドマスターの部屋ではなくギルドの応接室だった。
「やあ、サヨコ。久しぶりだね」
応接室では今日も麗しい笑顔を湛えたアレン・ウィンスロットが先に席に着いていた。
そしてその隣には、輝くプラチナブロンドを無造作にハーフアップにした、アレンとは違うタイプの凛々しい美形が座っている。艶やかな黒髪のアレンと輝かんばかりプラチナブロンドの男の対比は、世の女性達が大騒ぎするであろう見栄えの良さだった。
プラチナブロンドの男は怪訝そうな顔をする小夜子を楽し気に見返してくる。
グレゴリーの隣の席を勧められ、小夜子は美形二人の対面に座る。
「先日は世話になったね。早速だがサヨコ、私と結婚しよう。乙女の柔肌を見た責任を取らせてもらうよ」
「断る!誤解を招く言い方はやめてくれる?!」
即断即決で返事を返した小夜子を前に、アレンは初めて声を上げて笑った。
「振られてしまったな。君は地位にも金にも私の顔にも興味は無いだろうと思っていたが、私では君の夫にはなれないかい?」
「金には興味ある。でも私の事を好きじゃない男と結婚する気はない」
「心外だな。私は君にとても興味を抱いているのに」
「あんたは貴族らしく政略結婚するのが向いてるわ。他を当たって頂戴」
「これは全く脈がなさそうだ。残念だが、君の事は諦めるとするよ」
口ではそう言いながらもあっさりと、アレンは小夜子へのプロポーズを取り下げた。
小夜子の索敵スキルでは、未だにアレンのアイコンは黄色く点滅しているのだ。小夜子に対して腹に一物ありながら結婚の打診をしてくるような男を、小夜子が信用できるわけが無かった。
「私との結婚を承諾してくれなかった小夜子は、いずれグレーデンを出ていくのだろう?」
「そうね、そろそろ移動しようと思うわ」
「では、君がガルダン王国で活動する条件を提示する。私の隣に座る彼、イーサン・バトラーと行動を共にする事。この条件を拒否するのであれば、即刻国外への退去を命ずる」
結婚してくれと頼んだ口で、アレンは表情も変えず国外退去の話を小夜子にしてきた。
「それは国からの命令なのかしら?」
「そう取ってもらって構わない」
アレンの言葉のニュアンスからすると、国中枢からの指示という訳ではなさそうだ。という事はアレンの独断か。
グレゴリーは口を挟まずにアレンの話を聞いている。
小夜子はアレンの隣に座る男を見る。
男も小夜子の視線に気付き、小夜子に気さくに笑顔を返す。
男の索敵スキルのアイコンは、初めて顔を合わせた時から緑色に点滅している。これは好意を持たれている訳ではなく、単に小夜子に関心が無いという事だろう。
「ねえ、あなた。この国には詳しいの?」
「俺はガルダン王国を拠点に活動する冒険者だからね。全国を道案内できるよ」
「サヨコ、イーサンはSランク冒険者だ。イーサンと一緒に行動すれば、お前が方々で騒ぎを起こす事も格段に減るだろうし、トラブルもあらかた回避できるはずだ。お前にとっても悪い話じゃない」
「失礼ね。人をトラブルメイカーみたいに言わないでくれる?」
小夜子が言い返すもアレンは笑みを崩さず、グレゴリーは無言だった。
グレゴリーもイーサンの同行を小夜子に勧めてくる。
国もギルドも小夜子に紐をつけたいといった所なのだろう。
物は考えようで、無料のガイドを手に入れたと思えばいいか。同行者に我慢ならない時は、その時こそこの国を出ようと小夜子は考えをまとめた。
「いいわよ。この男と一緒に行動してやろうじゃないの」
「そう言ってもらえてよかったよ。我々も、君とは出来れば良い関係を築きたいんだ」
出来ればという言い回しが、この男の食えない所だ。
あくまでも国益が優先。場合によっては小夜子とも敵対やむなしという考えが、この男の根幹だ。間違ってもアレン・ウィンスロットは自分の味方ではないと小夜子は再認識した。
「そうね。私も出来れば、この国とは仲良くしたいわ」
水も滴る色男ぶりを無駄に垂れ流すアレンと、隙あらば喉元に食らい付いてやろうと獰猛な笑みを浮かべた小夜子は、表面上は固い握手を交わしあう。
イーサンはそんな二人を終始面白そうに眺めていた。
小夜子がグレーデンを出立する日がやって来た。
次はグレーデンの西方、王都へ向かう進路を考えている。小夜子の目的はあくまでも石像の修復に伴う加護と運のランクアップなので、道行はのんびりとしたものになるだろう。
小夜子がイーサンを振り回すことになるが、軍かギルドか、もしくは両方からそれなりの報酬は出るのだろうから小夜子も気にしないでおく。
グレーデンの正門には疾風の一撃の3人が見送りに来てくれた。
「サヨコ、もっと一緒に居たかったよー」
癒し系のジェシカがふんわりと小夜子を抱きしめてくれる。小夜子がギルドで大暴れしたにもかかわらず、この3人は態度を変えず小夜子に接してくれる。サヨコもジェシカを優しく抱きしめ返し、ケインとリカルドとは心からの握手を交わす。
「サヨコのおかげでギルドの雰囲気がちょっと変わったんだぜ。ギルドに行くのが怖くなくなったんだ」
「ケイン、それが当たり前になって欲しいわ」
そう身長の変わらないケインの頭を、小夜子は思わず撫でる。
ケインは顔を真っ赤にした。
「でも、もしグレーデンギルドが元通りになってしまったら、ここから東にあるポート町に行ってみて?グレーデンギルドとポートギルドの間には物資を運ぶ定期便が走っているから、それに便乗させてもらいなさい。ポートギルドにはノエルっていう気の良いオジサンがいるから、私の名前を出せば必ず力になってくれるわ。その時はあなた達以外の困っている子供達も一緒に連れて行ってあげて」
ポート町とは違い、グレーデンで幼くして冒険者となる子供達は孤児院出身だったり、家業を継げずに他に就職先を見つけられなかった者が多い。行き場のない子供達は辛い環境でも耐えるしかなく、それを知っている碌でもない大人達が子供を平気で虐げる事がグレーデンギルドではまかり通っていた。
小夜子はしっかり者のジェシカにずっしりと重い麻袋を一つ手渡す。
「サヨコ!何このお金!」
中には金貨が50枚。50万ゴールドが入っていた。疾風の一撃が休みなく1年間働いても、稼げるかどうかといった大金だった。
「これはあなた達に預けるわ。ポート町に行くために使っても良いし、この町に留まって頑張るために使ってもいい。もしお金で解決出来る事があれば、躊躇いなく使いなさい。悪い大人に取られないように、すぐにギルド口座に入れるのよ」
「預けるって言われても、サヨコ・・・」
麻袋を持ったまま困った顔をするジェシカに小夜子は微笑む。
「あなた達はその50万ゴールドを足掛かりに、周囲を助けられる力を身に付けて立派な大人になるのよ。そうしたら今度は大人になったあなた達が、困っている子供達を助けてあげるの。預けたお金は、あなた達の次の世代に色んな形で返してくれたらいいわ」
「・・・そっか、分かった」
小夜子の考えを正しく理解し、3人は真剣に頷いた。
「どう?私はカッコいい立派な大人でしょう?」
「サヨコ!美人だし、カッコいいよー!だいすきー!」
胸を張る小夜子にジェシカが再び抱き着き、今度はケインとリカルドも親愛のハグを小夜子と交わした。
「この辺に寄った時には連絡するわ。みんな元気でね!」
「サヨコ!またね!必ずまた会おうねー!」
「元気でなー!」
3人に見送られながら、バギーに乗り込んだ小夜子とイーサンはグレーデンを後にした。
「君は聞いている話と随分違うなあ。聖女もかくやという情の深さじゃないか」
バギーの助手席でそう話すイーサンを小夜子は鼻で笑う。
「誰に何を聞いたか知らないけど、後ろ暗い所がある大人には私が恐ろしく見えるんじゃないの?素直な子供達には私の優しさが伝わるのね。あんなに可愛い子供達を虐げるなんて、グレーデンギルドの大人達にはバチが当たればいいのよ」
「怖いなあ」
「あら、やましい事が無ければ怖がることも無いじゃない?」
ギロリと横目で小夜子に睨まれて、イーサンは肩をすくめる。
「冒険者は自己責任、大いに結構だわ。でも放任主義も過ぎれば無責任でしかない。責任を果たさないギルドマスターにも、いずれ自分の行いの結果が返ってくるでしょうね」
「えっ。ギルマスまで痛い目に遭うの?」
「自業自得。因果応報。ギルマスへの制裁は多分子供達がするわ」
「怖い怖い。他人事だけどゾッとするね」
抜けるような青空の下、小夜子とイーサンの旅は始まった。
人はそう簡単に変わらない。
長年子供を大事に扱わなかった冒険者達も、それに無関心を貫いたギルド側も、小夜子が居なくなれば恐怖も喉元を過ぎてすぐ元の状態に戻るだろう。
けれど、その時子供達がまた大人しく理不尽の中で耐え忍ぶとは限らない。
小夜子がグレーデンを発って、しばらくしてからグレーデンギルドから子供達の姿が消えた。それから数年に渡りグレーデンギルドには幼い新人冒険者は居着かず、年老いた冒険者達が次々引退していくとグレーデンギルドの冒険者不足は深刻なものとなっていった。
ギルドに出された依頼は満足に消化されず、防衛軍と合同の魔獣討伐にも実力が見合う冒険者の派遣が出来ない有様だった。ここまでになってようやくギルドマスターは事態の重さに気付いた。グレーデンのギルドマスターは恥も外聞もかなぐり捨てて、知り合いの居るポートギルドに泣きついた。
それからすぐさまグレーデンギルドは隣町のポートギルドと連携を取り、遅まきながら後進育成に力を入れ始めた。
ポートギルドには素晴らしい冒険者育成制度があり、近隣の冒険者ギルドとは既に提携を図り、デビューした冒険者を一冬の間預かるという訓練制度が上手く回っていた。
その訓練制度にグレーデンギルドも出資し、グレーデンで活動予定の新人冒険者数人をギルドが費用を負担してポート町に送り出した。
そして新人冒険者達は春を迎えるとグレーデンに帰ってきた。
笑顔でグレーデンギルドに帰還の報告に訪れた幼い冒険者達の姿を見て、ギルド職員達の胸には熱く込み上げる物があった。
大切に手をかければ、冒険者達は応えてくれるのだ。
ポートギルドの新人育成制度の利用はグレーデンギルドの転機となった。
人材は宝であると身をもって知ったグレーデンギルドは、中堅冒険者の育成制度を立ち上げた。ピークアウトし、引退してから次の仕事に困っている冒険者を指導役として雇い、ポート町近郊よりも強力な魔獣が生息するグレーデン近郊で中位ランク冒険者の討伐訓練を定期的に行う事にしたのだ。冒険者の出身地に関わらず訓練の費用は全てギルドが負担した。訓練を終えた冒険者達の多くは、恩を返す様にグレーデンギルドで活躍してくれるようになった。
その後グレーデンギルドは、国内だけでなく近隣の国にまで、優良冒険者を輩出するギルドとしてその名を轟かせるようになっていく。




