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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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城塞都市グレーデン 4

 その後ホテルに戻った小夜子は一晩ゆっくりと休み、翌日いつも通りの万全なコンディションでギルドの訓練場に向かった。

 ギャラリーが多い方が良いと言ったのは小夜子だが、それにしても多すぎるだろうと会場となった訓練場をぐるりと見回す。踏み固められただけの広場を、騒ぎを聞きつけた冒険者達が取り囲んでいる。中庭に面した建物の窓からも大勢の人間が広場を眺めていた。大人達に交じって疾風の一撃の3人も見に来てくれている。

 そして、思わぬ人物もギャラリーに交じっていた。

「グレゴリー」

 グレゴリーを手招きし、小夜子は訓練場の中央まで呼び出す。

「何あれ。なんで防衛軍のお偉いさんが冒険者ギルドなんかに来てるのよ」

 小夜子の視線の先では、グレーデンにやって来た初日に出会ったアレン・ウィンスロットが、麗しい微笑みを浮かべながら小夜子に手を振っていた。将軍閣下は供の軍人2名を両脇に侍らせて、楽しそうに見物人に混じっている。

「まあ、ギルドにも軍の子飼いが紛れ込んでいるからな。そこから情報は軍に筒抜けだ。特に痛い腹もねえし放っておいてるんだ」

「ほんとに管理がなってないわね!」

 大雑把な小夜子から見ても、グレゴリーは管理者として杜撰すぎると感じる。グレゴリーの下の職員たちも苦労しているだろうと小夜子はグレゴリーの適当さに呆れた。

 とにかく、何が目的で高位貴族がギルドにやって来たのかは知らないが、小夜子のやることには変わりはない。


「逃げなかった事は褒めてやるぜ」

「こっちのセリフだわ。ヒイヒイ泣かせてやるから覚悟しなさい」

 正午を少し回った所で、小夜子の相手が訓練場に現れた。

 ギャラリーが騒ぎ立てる中、グレゴリーの合図で小夜子と冒険者の男の戦いが始まった。

「おいおい、丸腰で戦う気か?それとも怪我する前に降参するか?」

「最初に攻撃させてあげるわ。かかってきなさい」

 小夜子は男に向けてクイクイと指を動かして見せる。

「・・・ギルマスの許可が出てるからな。腕の一本位もらってもいいよなぁ!」

 男が渾身の力で得物を振り降ろす。大きい体に見合った男の長剣はもちろん真剣だった。

 小夜子は庇う素振りすら見せずに、男の前に立ったままでいる。周囲には小夜子が恐怖に立ちすくんだように見えたかもしれない。

 ガキイィン!!

 金属同士がぶつかるような、硬質な音が訓練場に響き渡った。

 しかし予想外の手ごたえに、ビリビリと震える長剣を取り落とさないよう男は両手で柄を握りなおした。

「なっ・・・!」

 男は絶句した。

手入れされた男の真剣は、女の細腕など一刀で切断し、その胴体にまでも到達するはずだった。

 だが、男が渾身の力で振り下ろした長剣は、だらりと降ろされた小夜子の左腕の上で止まっている。小夜子の衣服のみが真剣の下でハラリと切れ目を覗かせた。衣服の下、小夜子の白い肌には傷1つ付いていない。

 小夜子は男に長剣を叩きつけられてなお、その体勢を崩さずにのんびりと佇んでいる。

 男は目の前の光景が理解できない。思考が止まりながらも、再度小夜子に向けて渾身の力で剣を振り下ろす。再び硬質な音が訓練場に響き渡るが、結果は真剣を叩きつけた箇所の、小夜子の服の袖部分にもう一つ切れ目が増えただけで終わった。

「終わり?」

「・・・・」

「じゃあ、今度はこちらから行くわね?」

 小夜子は自分の左腕に押し付けられている真剣を軽く掴み、力を入れる。パキンといやに軽い音を立てて、男の長剣は小夜子の手の中で粉々に砕けた。

「あんたは剣が得意なのよね?じゃあ、私も得意な事を披露しようかしら。魔法はギャラリーを巻き込みそうだから・・・拳で行くわ」

 小夜子の笑顔の禍々しさを前に、男は小夜子を切りつけた態勢のまま動けない。

「ひっ・・・!」

 今、怯えを含んだ高い声を出したのは誰だ。

 ドクドクと心音が頭の中でうるさい。みっともないほどに呼吸を荒げているのは誰だ。

 怯えているのは自分だと自覚した瞬間、男は自分に迫る小夜子の拳をどうにか躱した。男にとってこれ以上は無い、最上の回避だった。

 やけにゆっくり見えた小夜子の拳が顔の横を通り過ぎた後、男の頬がカッと熱を持つ。反射的に頬を手で抑えると、ぬるりと手が肌の上を滑った。男が掌をみれば、べっとりと血で濡れていた。

「ひっ、ひいいいぃ!!」

 男は腰砕けになり、訓練場に尻もちをついた。

「当たってもいないのに、もうヒイヒイ言うの?せっかくだから、一発お見舞いさせてよ」

 男の脳裏に、まるで薄氷のように小夜子の手の中で粉々になった自分の剣の末路が過ぎった。

 お見舞いされたが最後、自分の冒険者人生は終わる。

 男は遅まきながら、自分が昨日笑い物にした相手の正体を悟った。

男は若い娘の形をした、得体の知れない何かの逆鱗に触れてしまったのだ。

 小夜子は目の前で尻もちをつく男の頭頂に狙いを定め、片足をゆっくりと上げていく。 

「避けろ!」

 その時、ギャラリーから鋭い声が上がった。

 その声のお陰で、男は無様に転がりながらも小夜子の振り降ろされた踵を避ける事が出来た。

 ドン!と訓練場を揺るがす振動と音が辺りに響く。

 小夜子の踵落としが男の横に落ちた。訓練場の硬い地面に小夜子の足が踝までめり込んでいる。

 小夜子を中心に放射状にひび割れた地面の上で、男は体を丸めてガクガクと震えている。

 避けろと声を上げた相手を小夜子が見やると、将軍閣下は笑みを崩さずにいるが、両脇の軍人2人の顔は青ざめている。ギャラリーの冒険者達は半分以上が男の怯え様に首を傾げているが、一部の者達は顔色を無くしていた。

 冒険者も軍人も強くなればなるほど相手の力量を測る事が出来る。青ざめているのは、小夜子が普通ではない事が分かってしまった者達だった。

 ただ、相手の力量を測る事も出来ない者達も一定数いた。

 小夜子の見た目は年若い娘でしかなく、今の所明確に小夜子の攻撃が男に決まった訳ではない。自分の見たいようにしか物を見ず、聞きたいようにしか話を聞かない者は、得てして状況を正しく認識が出来ない。

「みっともねえな、ベルガー!俺がやってやるぜ!」

 自分の得物を手に、男と小夜子の間に乱入してきた冒険者が居た。

 ベルガーと呼ばれた男は、剣で小夜子の腕を狙った。しかし後から乱入してきた男は、躊躇いもせずに剣を小夜子の首に思い切り振り下ろした。

 ガキン!と短い金属音が鳴る。

 最初の男よりは軽い打撃だったが、小夜子の目が据わる。

「・・・あんた、私の首を狙ったわね」

 首の上で止まっている男の剣を掴み、小夜子は軽く手首を捻る。

 長剣は容易く根元から折れ、乱入してきた男の手には柄だけが残った。

「これは訓練試合だって、昨日この男の隣で聞いてた筈よね。それを無視して人を殺そうとするなら、逆に殺されても仕方が無いわよね?」

 微かに微笑みながら自分に話しかけてくる小夜子を前に、乱入した男の思考が停止する。

 なぜこの女は死んでいない?男の思い描いていた結果と現実は違った。目の前の女は首を切り落とされて、とっくに地面に崩れ落ちているはずだった。

 パン!と男の耳の中で大きな破裂音が鳴る。そこからは男の記憶はない。

 小夜子に平手を食らった男は、鼻血をまき散らしながら真横にギャラリーまで吹っ飛んでいった。男はそのままギャラリーに居た冒険者達に激突し、男達数人がもんどりうって地面に倒れ込んだ。ギャラリーの男達のダメージも大きく、地面に倒れたまま数人の男達は呻いている。

 呻く男達をしばらく眺めてから、小夜子は足元で未だに丸まっている男に視線を移す。

「邪魔が入ったわね。じゃあ、続きをしましょうか」

「やっ・・・、やめ、やめっ・・・」

 男は歯の根もかみ合わず、碌に言葉も出てこない。

「そこまで!!勝者サヨコ!!」

 小夜子が仕切り直そうとしたその時、グレゴリーが判定を下した。

 立派な体躯の男性冒険者2人が、片や恐怖に震えて地面に蹲り、片や一撃で気絶させられて未だ意識を失ったままだ。大の男二人を戦闘不能にし、訓練場の中央に涼しい顔をして佇むのは1人の女性冒険者だった。

 面白い見世物とばかりに集まっていた観客達は、予想外の展開にシンと静まり返っている。

 そんな中、小夜子は周囲の空気お構いなしに目の前で蹲って震える男に声を掛ける。

「私の勝ちね。じゃあ、約束を果たしてもらおうじゃないの。まずはあんたと、そこのあんた!ダサい緑のベストを素肌に着てるあんたよ」

 小夜子に指差された緑のベストの男は、口から心臓を吐き出しそうになった。

ケインと小夜子を昨夜笑っておきながら、他人事のように高みの見物をしていた男達が多数この場所に居る。小夜子はその男達の顔を全員覚えているし、誰一人逃すつもりは無かった。

「今すぐ前に出てきてこの男の隣に跪きなさい。それからその隣男3人、木の陰に今隠れた2人、出てきて。昨日私達を笑った奴等の顔は全員覚えているわ。もしこの場から逃げるなら、草の根かき分けて、地の果てまでも追いかけて探し出してやるわよ」

 小夜子の恐ろしい宣言に、呼び出される前に自ら訓練場の中央に向かう男達が続出した。

 訓練場の中央に跪く男は総勢15名。

 死刑執行を待つ罪人のように、男達の顔は恐怖に引き攣っていた。

「はい、じゃあみんな謝って。私にじゃなくて、ケインによ。ケインは嘘を言っていない。分かった?!」

 小夜子の声に鞭で打たれたかのように男達が体を跳ねさせる。その様を見ていた無関係の冒険者達までビクンと体を震わせていた。

男達はそれから競うように口々にケインに謝り始めた。

「坊主、悪かった!もう笑ったりしねえ!」

「もう絶対に揶揄ったりしない!約束する!」

「すまなかった!今度詫びに飯でも奢らせてくれ!」

 鬼気迫る冒険者達の謝罪は、静まり返った訓練場に良く響いた。

 疾風の一撃の3人は、冒険者達の普段とはあまりにも違う態度に唖然としている。

 謝罪の言葉の雨がしばらく続き、やがて言葉も尽きて再び冒険者達は黙り込んだ。

「・・・だってさ。ケインどうする?」

 冒険者達に謝罪をさせるのは小夜子の中では決定事項だった。だがそれをケインがどう受け止めるかは別の話だ。

 ケインに向かい、跪いた冒険者達が祈るような表情を浮かべている。

 ケインは一度ごくりと唾を飲み込んでから、声を振り絞るように話し始めた。

「ギルドに行くと、いっつも大声で揶揄われたり、笑われたりする。それが、すごい嫌だった。俺達は何もしてないのに、酷い時は小突かれたり、蹴られたりする。子供はみんな大人の冒険者達を怖がってる。もう、そういう乱暴な事はしないで欲しい」

 つっかえながらも、ケインは跪く男達に自分の想いを訴えた。

「・・・あんた達、そんなことしていたの」

 小夜子の声音が更に一段低くなり、跪いていた男達が一斉に顔を下に向ける。

 その時、男達の後頭部を見下ろしていた小夜子に、ギャラリーから小さな呟きが届く。

「そんなもん、普通だろ」

「ばっ・・・、馬鹿!!」

 連れの男が口を滑らせた男を黙らせようとしたが、遅かった。小夜子は言葉を発した男をしっかりと目に捕らえた。

 小夜子は瞬時にその男に詰め寄り、胸倉をつかみ上げた。小夜子は男を掴んだまま片手を頭上に掲げる。男は顔を真っ赤にして小夜子の腕を解こうとするが、小夜子の腕はびくともしない。

「どういう意味?」

「言った、通りだよ!俺達はみんなそうされて、大きくなった・・・!」

 小夜子は持ち上げた男をその場に落とす。

「本当に、どうしようもない奴らね」

 小夜子から解放されて激しく咳き込んでいた男がハッと顔を上げると、小夜子は真顔で男を見下ろしている。

「自分がされたから、子供達も同じ目に遭って当然だと言うの?あんたもぶっ飛ばされたいの?」

「あ・・・、あ・・」

 この時、気楽な観客から狂暴な女冒険者の対戦相手に立ち位置が変わった事に、やっと男は気が付いた。少しなら構わないだろうと、この狂暴極まりない女冒険者に考えなしに野次を飛ばした自分の行いが招いた事だった。

 ドッと男の全身から汗が吹き出し、動悸が激しくなる。小夜子に殴られた男は場外に吹き飛ばされて、未だに意識が戻っていない。同じようにこれから殴られるのかと思えば、男の体の震えは止まらなくなった。

 ふざけた野次を飛ばした男の怯え振りを見て、小夜子はこれ以上構う価値も無いと土下座を続ける男達に目線を戻す。

「あんた達も似たようなものなのかしら?」

 訓練場で膝を付いたままの男達は俯いて動かない。

「あんた達は大人に粗末に扱われて嬉しかったの?感謝したの?そんな訳ないわよね。自分がされて嫌だった事を歯向かえない子供にやり返すなんて、卑怯な胸糞悪い男共ね。自分は弱いって、声高に言っている事に気付きもしない。ケイン、こいつらは弱くて頭の悪い残念な大人達よ。相手にしなくていいわ」

「・・・うん、わかった」

 ケインは素直に頷く。自分とそう年は変わらない筈の小夜子だが、小夜子の言葉には不思議な重みがあった。

 小夜子にボロクソに言われ、男達は言い返すことなどもちろん出来ない。

 そして、男達の中で数人しか気付いていないが、ケインも小夜子も男達を許すとは一言も言わなかった。恐怖に突き動かされて口をついて出た、男達の薄っぺらい謝罪をケインは受け取らなかった。

 今日の事が今後のグレーデンでの冒険者活動にどのような影を落としていくのか、想像力のある一握りの男達は尚更顔を青ざめさせていた。

 同業の冒険者やギルド職員の衆目の中、小夜子の男達への物理的・社会的制裁は終了した。


 緊迫した空気が緩み、そろそろこの騒ぎもお開きかという時。パンパンと拍手を打ち鳴らす音が訓練場に響き渡った。その芝居がかった様子を小夜子は冷めた目で眺める。

「実に素晴らしい。サヨコ、君は強く、気高く、美しく、更に慈愛に満ちているのだね」

「将軍閣下は目が悪いのかしら?ビビり散らして漏らしそうになっている男達が見えないの?」

 気に入らない事は力で解決する自分は、目の前のろくでもない男達とそう違いは無いと小夜子はしっかり自覚している。男達と違うのは暴力の矛先が弱者に向かない所だけだ。

「ポート町でも活躍したそうだね。そして君は女子供、年寄りにはとても親切だ。しかし男達には手厳しい。何か嫌な事でもあったのかい?」

「いやらしい男ね。何が目的で人を嗅ぎまわっているの?」

「個人的には君と仲良くなりたいだけなんだが・・・。国としては、君の強さを把握しておきたい所だね。是非私とも、手合わせ願えるかな」

 願う口ぶりだが、明らかに命令だった。

 アレン・ウィンスロットは部下から長剣を受け取り、真っ直ぐ小夜子に向かって歩いてくる。しなやかに歩を進めながら、スラリと鞘から剣を引き抜く様は優美ですらあった。


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