城塞都市グレーデン 3
そんな粘着幼女に食傷気味になっていた小夜子だったが、ランクアップを賭けた任務に出発する日がやって来た。
一緒に任務に向かう冒険者達と小夜子はギルドの1階で落ち合った。
「俺達はDランクパーティの「疾風の一撃」だ。よろしく頼む!」
「小夜子よ。ランクはC。よろしくね」
疾風の一撃は13歳の少年2人と14歳の少女1人の3人編成パーティだった。元気に挨拶をしてくれた少年がリーダーだという。3人とも瞳はキラキラと輝き、やる気に満ちている。
「土地勘は俺達の方があるから、目的地まで案内するぜ!」
「わかったわ。移動手段はあるから、とりあえずグレーデンを出ましょう」
そういう訳で、小夜子と疾風の一撃のメンバーはグレーデンの北門を抜けて、北方へ向かう街道に出た。
そして街道脇の馬車止めでバギーと台車を一瞬で出した小夜子の前で、3人はポカンと口を開けている。ついでに北門の衛兵達もポカンと口を開けていた。
「さ、男子は後ろで良いわね。女の子は前に乗って」
「あ、ありがとう」
おっかなびっくり3人は台車とバギーに乗り込んでくる。
馬車よりも速度の速いバギーに慣れるまで同乗者が固まるのは最早お約束だった。
「今回は任務に同行してくれてありがとう。助かるわ」
「こっちこそ助かるよー。奉仕クエストを受ければ私達もランクアップに一歩近付くし、サヨコが一緒に行ってくれるなら心強いよ!」
小夜子の隣に座る疾風の一撃の紅一点、ジェシカは栗色のくせっ毛を肩の上で切り揃えた可愛らしい少女だ。タレ目の優しい顔立ちをしていて、ニコニコしているのを見るだけで和む。リーダーの少年はケインといい、役割は前衛。もう一人の寡黙な少年はリカルドといい、恵まれた体格を活かして盾役をしている。ジェシカは補助魔法と火魔法の初歩が使えるという事だった。なかなかバランスが良いパーティだと思う。何より3人がとても仲が良い。ほんわかしていそうなジェシカが、よく見ると男子2人を絶妙にフォローしていて精神的支柱になっている感じだ。
雑談を交わしながら小夜子と3人は北方の岩山に向かう。
馬車だと一日。徒歩だと3日はかかるという場所に、小夜子達は夕方には到着した。
岩山の登り口、街道脇には広いスペースが設けられている。岩山に入る前に野営をするスペースだという事だった。夏の野営であれば特にテントも張らずに地面に横になるのが一般的で、疾風の一撃の3人もそのつもりでいた。
だが、空気を読まない小夜子は街道脇にドンとコンテナハウスを出す。
「私はジェシカとここに泊まるから。ケインとリカルドにも何か出してあげようか?」
バギーで十分ド肝を抜かれていた3人は、再び大きく口を開けてコンテナハウスの前で固まった。
「なっ・・・、何かって、何?」
「こんなのとか」
小夜子はコンテナハウスの隣で、大型テントを作り始める。小夜子はテントが展開されている状態をイメージしてロッジ型テントを作り上げた。窓部分はメッシュになっていて通気性も良い。テントの中にはエアーマットレスを二つ設置した。男子はこれで十分だろう。
「すっ、すげえ!家みたいだ!」
「中は土足厳禁。靴を脱ぐのよ」
言いながら小夜子は男子2人に清浄魔法を勝手にかける。興奮している男子達は気付きもせずにテントに夢中になっている。
「汚したら掃除してね。任務中は自由に使っていいから」
男子と一緒にジェシカも頬を紅潮させながらテントの中を見たり、マットレスに座ってみたりしている。
「じゃあここを基地にして狩りをしていきましょう。取り合えず今日は食事をして休んで、明日の早朝から活動開始よ」
「じゃあ、夜警の当番決めしようぜ」
野営地の準備も済んで、野営に付き物の夜警当番の相談をケインはしようとしたのだが、小夜子は軽く右手を上げて、守護結界を基地中心に50メートル四方に展開する。
キンと微かな金属音が鳴り、空はうっすら緑色になっている。何が起こったのかよくわからないが、突然の空気の変化に3人は息を呑んだ。
「今結界を張ったから、寝ずの番は必要ないわ。大型魔獣が体当たりしてきてもビクともしないから、朝までゆっくり休みましょう」
「そ、そっか・・・」
「ごめん、私達やってもらってばっかりで・・・」
「いいのよ。それより、明日のネズミ捕りはご指導よろしく。私、小さい魔獣とは縁が無かったから上手くできるか自信が無いの」
「・・・・・」
普通、冒険者は小さな魔獣の狩りから始め、コツコツと経験を積み重ねていくものではないのか。丁度今の自分達のように。
3人は無言で視線を交わし合う。
小夜子についての驚きや疑問について仲間内で話したくて仕方が無かったが、まさか当人の前で話すわけにもいかない。
Cランクは確かに自分達よりも高位のランクではあるが、世間一般のCランク冒険者が小夜子と同じ事が出来るかというと、出来ないだろう事は3人にもわかる。
いっそ小夜子はSランク冒険者なのだとか言われれば、小夜子の能力の全てが「高ランクすごい」ですんなりと納得が出来た。何故小夜子程の冒険者が未だにCランクで、自分達と一緒にネズミ捕りなんかを・・・。
「食事は任せてね。簡単にバーベキューでいいかな。各自で自分が食べる分を焼こう」
言葉少なくなった3人に構わず、小夜子はテントの近くにバーベキューコンロを一台出し、キャンプ用のテーブルセットも近くに置く。作業台の上には焼くばかりの食材、取り皿、飲み物、タレなどをどんどん出していく。
「あっ、あとは私達がやるよ!」
「俺達焼くから!サヨコは座ってて!!」
ジェシカの言葉に男子達も慌てて動き始める。
「そう?じゃあ後はお任せして、飲んじゃおっかなー」
人に世話をされるのが大好きな小夜子は、満面の笑みでキャンピングチェアにどっかりと腰を下ろし、定番の缶ビールを開ける。
「はー、おいしい。人から焼いてもらった肉、最高」
「良かった~、どんどん食べて!」
「あなた達も好きな物食べなさいね。そこの丸パンを焼いて肉を挟んでみなさい。すごく美味しいから」
小夜子が簡単にハンバーガーを作り味見させてみると、3人は夢中になって自分の分も焼き始める。美味しい食事に夢中になる子供達を眺めながら飲む酒も良いものだと、小夜子は子供達を肴にビールを呷る。
夕焼けが夕闇に変わり始める頃には全員が満足して食事は終わり、男子2人はテントで、小夜子とジェシカはコンテナハウスで休むことにした。コンテナハウスの内部にジェシカが興奮し、寝付くのに少し時間がかかったのもご愛敬。小夜子と3人は移動の疲れを残すことなく十分に睡眠をとった。
そして翌朝、簡単に朝食を済ませて小夜子達は岩山に向かった。
ポイズンラットは岩山全体に生息しており、春から秋の間で繁殖状況に応じて駆除をするのだそうだ。今年の繁殖具合は例年通りとの事だった。
「効果的な狩りの仕方とかあるの?」
「餌でおびき寄せて狩るのがいつものやり方だ。岩場の隙間とか逃げられたらなかなか捕まえられない。ポイズンラットは甘芋とか雑穀が好きなんだ。でも雑食だから、餌がないと自分よりも大きい動物を襲ったりもする。特に春の繁殖が終わった後の夏が危ない。一斉に襲い掛かって少しずつ齧りながら、獲物を毒で動けなくするんだぜ」
旅人や冒険者が毎年犠牲になるという話は、想像すると身の毛がよだつ。生きながら鼠の餌食になるのだろう。
ケインが言うには、繁殖期が終わって子供が育ち切る前の夏が駆除の勝負だという。
「親が居なくなれば子供は自然に死ぬから」
駆除をどれだけしても鼠が完全に居なくなることはないので、可哀想と思ってはいけない。
すばしこいのがジェシカとケイン。ネズミ取りの勝手が分からない小夜子と、小回りの利かないのがリカルド。構成バランスを考えてケインと小夜子、ジェシカとリカルドがペアになり岩山のネズミ取りがスタートした。
「餌を撒いておいて、ポイズンラットが来たらナイフを投げて倒す」
「地道ねぇ」
「時間はかかるけど、確実なんだ」
ハッキリ言えば、時間がかかるから人気が無い依頼なのだろう。依頼達成までに拘束時間が長いわりに依頼料はさほど高くない。ギルドの評価が高くなる奉仕クエストの価値を付けないと冒険者が引き受けないのも納得だった。
ケインが罠の雑穀を街道脇にパラパラ撒く。そして小夜子とケインは岩陰に隠れてポイズンラットが寄ってくるのを待つ。
体感時間にして30分ほどして、やっとネズミが一匹雑穀を食べにやって来た。夢中になって食べ始めた所にケインがナイフを投げて、ネズミを一匹仕留める。
「ちょっと待って」
気の短い小夜子が音を上げてケインを制止した。
この方法でいったい何日かかるのか。達成ノルマは100匹だ。1日中狩りをして、二手に分かれて頑張った所で30匹狩れるかどうか。4日以上もこのネズミ取りが続く。
「ポイズンラットって雑食って言ったわね。魔獣の肉とかは好き?」
「匂いが強い肉とか内臓は好きかもしれないけど、試したことないなぁ」
物は試しと、小夜子は街道脇に首を失ったコモドドラゴンを1体出す。
突然出現した大型魔獣にケインはギョッとして飛び上がったが、頭部が無く絶命していることに気付き胸を撫でおろした。
小夜子がコモドドラゴンの腹部に風魔法で切れ込みを入れると、膨らんだ腹から内臓が溢れ出てくる。収納魔法は時間が止まるようなので、腐ってはいないが匂いはきつかった。
溢れ出た内臓だけを残して、コモドドラゴンをもう一度小夜子は収納ボックスに仕舞う。
なかなかに強烈な匂いを放つ内臓を前に、小夜子とケインが待機していると岩場の隙間から続々とポイズンラットが現れてコモドドラゴンの内臓に飛びついた。
「おお!」
「やったわね。もう少し誘き寄せたら一網打尽にするわ」
ポイズンラットの数がもう増えないとなった頃に、小夜子は雷魔法を内臓にとりつくネズミ全体に放った。ネズミ達の動きが止まった。
「ケイン、討伐証明部位ってどこだっけ」
「しっぽだ」
ポイズンラットは感電して動けなくなっている。小夜子とケインはポイズンラットのしっぽを全て切り取り、後は小夜子が火魔法で内臓ごとポイズンラットを燃やし尽くした。岩山はわずかに草が生えるばかりで燃える物もないので火事の心配もない。
ポイズンラットの討伐数は全部で32匹になった。
「すげえ!よし!ジェシカ達の所にも行こう!」
この辺のポイズンラットはあらかた狩ってしまっただろうという事で、場所を変える事にする。
ジェシカ達と合流した小夜子とケインは、先程の段取りで場所を変えては狩りを繰り返し、討伐初日で80匹を超すポイズンラット仕留めた。
翌日の早朝には更に30匹以上のポイズンラットを仕留めて、その日の夕方には小夜子達4人はグレーデンに帰還したのだった。
「・・・早すぎないか」
「ただいま、グレゴリー」
「ギルマス、任務達成しました!」
ギルマス声掛かりの特別任務だったこともあり、任務終了報告を受けてギルドの1階までグレゴリーも降りてきた。
出発したのが3日前。馬車で現地に行ったとしても、ポイズンラットを100匹討伐するには最低でも4、5日はかかるだろう。そして帰りは馬車もなく徒歩になる。1週間以上拘束されるはずの任務だったが、小夜子達は3日で帰ってきてしまったのだ。
「確かに、討伐数100匹以上の確認ができました」
ギルド職員がグレゴリーに報告する。
窓口脇のカウンターは小さな魔獣の素材や討伐証明部位の確認がされており、ケイン達がカウンターに出した麻袋にはポイズンラットの尻尾が125本入っていた。
「よし、約束だからな。サヨコはBランクに昇格。疾風の一撃はもう1件Dランク任務をクリアしたら、全員をCランクへ俺が推薦しよう」
「やったあ!」
疾風の一撃の3人は手を取り合って喜ぶ。
喜びのあまりテンションも上がり、ケインの口が普段よりもなめらかになる。
しっかり者のジェシカが止める間もなかった。
冒険者個人の能力について、ケインは不特定多数の前でうっかり口を滑らせてしまった。
「ギルマス!サヨコは凄いぜ!魔法がとんでもないんだ!Sランクじゃないのがおかしいくらいだ!!」
時刻は日が沈む頃。
ギルドに併設された飲食スペースは任務が終了した冒険者達で賑わっていた。グレゴリーが顔を出したことで、冒険者達は小夜子と子供達を注目していた。
ギルド1階は静寂に包まれた後、爆発したように幾つもの大きな笑い声が響いた。
「おいおい最高だな!Sランク冒険者御一行は、見事ネズミ100匹を討伐成されたそうだぜ!!」
「時間がかかるばかりで実入りの少ないネズミ退治は、俺ならアホ臭くてやってられねえけどな!さすがはSランク冒険者様だぜ!」
男達が面白おかしく囃し立てる声に、ケインの顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「あの女必死ねえ。誰にも相手にされなくて子供に付きあってもらったのかしら?恥ずかしくって、私はそんな真似出来ないわぁ」
笑い声をあげる男の一人にしなだれかかる女は、数日前にギルドで会ったBランクパーティに居た女だ。今日は以前の男達とは別の連中とつるんでいる。
大人達の笑い声は収まらず、うつむいたケインの目からはとうとう涙が零れ落ちる。守るようにジェシカとリカルドがケインに身を寄せた。
「・・・グレーデンの冒険者って、みんなこんななの?」
「今日はそのようだな」
小夜子の質問に表情を変えずグレゴリーは答える。
ポート町とは大違いだ。
あの町は冒険者も住民も、町ぐるみで子供や弱い者を守ろうとする懐の深さがあった。
小夜子はしつこく大笑いをしている男達に向かって歩いていく。
ケインを最初に笑い、揶揄った男のテーブルまで歩いていくと小夜子は思い切りそのテーブルを叩いた。テーブルに乗っていた料理や飲み物が跳ね上がり、テーブルに着いていた男達に降りかかる。
「何しやがる!!」
料理と飲み物を頭からかぶった男達が一斉に立ち上がった。
「あんた達、Sランク冒険者様をよくも笑ってくれたわねぇ」
ドロドロに汚れた男達を前に、小夜子はニヤリと口角を上げる。
「ケインが言った事は本当よ。私は強い。お前らみたいな雑魚、一瞬で捻り潰してやるわよ?」
「言ったなてめぇ・・・」
「ギルマス立ち合いの元、勝負よ!訓練場で訓練名目なら構わないでしょ、グレゴリー?」
小夜子と男達の一触即発の空気の中、グレゴリーは片手で顔を覆っている。
「私が勝ったら、ケインに土下座して謝ってもらうわよ」
「はっ!小生意気な女が!思いっきり痛めつけてから冒険者を続けられない体にしてやるからなぁ!」
「ぎゃはは!そん時は俺らも混ぜてくれよ!」
小夜子と男のやり取りを面白がる騒ぎに、男共の下卑た笑い声も混じる。
「時間は明日の正午。ギャラリーは多い方がいいでしょ。グレゴリー、適当に人を集めておいてね」
グレゴリーが制止をしないという事は、ギルドマスターの了承を得たという事だ。
「俺は女に賭けるぜ!」
「万が一にもねえだろ。俺はベルガーに賭ける」
「賭けにならねえよ!」
対峙する小夜子と男達の周りで、他の冒険者達がゲラゲラと笑い続けている。
「逃げるんじゃないわよ」
「お前がなぁ!」
睨みつけてくる男達を鼻で笑うと、小夜子は踵を返す。
グレゴリーの隣では、疾風の一撃の3人が一塊になって不安そうに小夜子を見ていた。
「サヨコ、ごめん!俺のせいで・・・」
「サヨコ、無茶だよ。お願いだからギルマスもとめて」
小夜子は3人組にニッコリと微笑み、グレゴリーには冷めた一瞥を送る。
「ここは随分荒れてるわね。管理が甘いんじゃないの?」
「まあ、人が多けりゃ色々な奴がいるさ。基本、冒険者は自己責任だ。行いは全部自分に返るもんだろ」
「それも一理あるけどね」
グレゴリーなりの考えあっての放任という事か。
「グレゴリー。立ち合いを断らないって事は、思いっきりやっても良いのよね」
「・・・ほどほどにな」
名目はあくまでも訓練だ。ギルドマスターの許可も下りた。
ケインと小夜子を笑いものにしたのだ。あの男共にはそれ相応に痛い目に遭ってもらおうではないか。
しょぼくれてしまったケインの肩を、小夜子は軽くたたく。
「明日の正午にもう一度ギルドに集合よ。意地の悪い大人共には思い知らせてやるから、私に全て任せなさい」
朗らかに笑いかけてくる小夜子を、3人は心配せずにはいられない。
心配する相手が違うぞと、ギルド内でグレゴリーだけが明日の結果を正しく予測していた。




