城塞都市グレーデン 2
ノエルと別れて小夜子とグレゴリーはグレーデンギルドの1階にやって来た。
ギルド1階には軽く飲食が出来る店舗部分と、窓口が3つ、大きな掲示板があり、窓口と掲示板前には広くスペースが取られている。
グレゴリーと一緒に現れた小夜子に、1階に居合わせた冒険者達から注目が集まる。
冒険者達の視線をものともせず、小夜子とグレゴリーは掲示板に向かった。掲示板の前には数人の冒険者達が集まっていた。
グレゴリーは掲示板の左端に貼られている茶色く変色した依頼票を2枚剥がす。
「塩漬け依頼でお前が受けられるランクはこの2件だな」
グレゴリーから渡された依頼票はBランクとCランクの物だった。
Bランクの依頼はグレーデンより南方の沼地での討伐で、対象はイリエワニ。沼地には主のような大型のワニが長年住みついているらしく、その沼地を干拓したい地域住民からの依頼だ。緊急性は低く、依頼料も低いため人気が無く放置されている。
Cランクの依頼はグレーデンより北方の岩山での討伐で、対象はポイズンラットという小型の魔獣。この討伐は殲滅ではなくて間引きの依頼となっている。この岩山には隣国へ続く山道があり、山道保全のためのギルドへの奉仕クエストの意味合いもある。討伐達成数はポイズンラット100匹。弱毒とはいえ毎年何人かポイズンラットの犠牲になる旅人や冒険者がおり、群れを相手取る事になるためCランク任務となっている。
「Bランクの依頼ならBランク以上の冒険者と組む必要がある。丁度いい奴らがいるな。おい!『燃えさかる魂』!」
グレゴリーが声を掛けると、小夜子を注視していた4人組が近づいて来た。
冒険者のパーティ名は大人でもこんな感じなのかと、小夜子は口元に力を入れる。大真面目に名付けているのだろうから、間違っても笑ってはいけないのだ。
小夜子とグレゴリーの前にやって来たのは、男3人、女1人の4人編成パーティだった。
「お前ら、予定は空いているか?もし空いていたら、合同任務を頼みたいんだが。こちらはサヨコ。ポート町から来たCランク冒険者だ」
グレゴリーが差し出した茶色く変色した依頼票を、リーダーなのか赤髪の男が受け取り内容を確かめる。
「ギルマスの頼みなら、聞きたいのはやまやまなんだが・・・」
言葉を濁す赤髪の男から、同じパーティの女性冒険者が依頼票を取り上げる。
「ごめんなさいねぇ。私達、忙しくってぇ」
女性冒険者が依頼票にさっと目を走らせてから小夜子を見る。謝っている割には女の表情は半笑いで、小夜子を上から下まで眺めてから鼻で笑う。
「女でソロ?誰からもパーティに誘ってもらえなかったの?可哀想ねぇ。まあその内、女なら何でもいいって男に会えるかもしれないわ。頑張ってね」
女は赤髪の男に胸を押し付けるようにして、腕を組む。女は豊満な体に赤いマイクロビキニを装着し、ショートパンツに編み上げブーツを履いている。あの幼女の言っていた事はあながち間違っていなかった。
ちなみに小夜子はポート町で好みの服が手に入らず、自分の服を自作した。
この国の季節は現在夏ではあるが、湿度は低く過ごしやすい。耐えがたいほどの熱さではないので小夜子の服装は、UVカットの黒い長袖パーカーと黒いハーフパンツ、黒レギンス、黒いサファリハットとトレッキングシューズといった格好となっている。体の線は膝から下しか出ないし、帽子が目元までを隠している。全身がほぼ黒一色なので華やかさの欠片もないのだが、目の前の女はどうやらそんな小夜子を貶めてマウントを取りたいようだった。
そんな女に小夜子も鼻で笑い返す。小馬鹿にされて手を出さなかったのは、小夜子にしては驚くべき自制心だった。
「グレゴリー、Cランクの依頼にするわ。組む相手は見繕ってちょうだい。私がCランクだから、相手はDランク以下でもいいんでしょ?こういう下品で性格が悪い女はやめてね。素直で可愛い子達なら喜んで面倒を見るわよ」
言うなり小夜子は女の手から依頼票を奪い返す。
「ちょっと、誰が下品だって?」
「グレゴリー、食事が良くって寝具が清潔な高級宿を紹介して。あと、組む相手が決まるまでの間に市内の案内を頼みたいわ。冒険者に依頼を出したいんだけど」
「おいおい、人使いが荒いこったな。俺は一応ギルドマスターなんだぜ?後はギルド職員に頼んでくれ」
女冒険者がいきり立ったが、小夜子は構わずにグレゴリーとさっさと受付に向かう。自分よりも格下だと見做した小夜子に相手をされず、女冒険者の頭に更に血が上る。
「無視すんじゃないわよ!」
小夜子に掴みかかろうと手を伸ばし、振り返った小夜子と目が合った女はビクリと身を竦ませた。
「私に手を上げるなら容赦しない」
「っ・・・!!」
女だけでなく、パーティメンバーの男達の体も固まった。どうにか小夜子を屈服させようと躍起になりかけていた女は、小夜子に見据えられた瞬間に水を浴びたように全身から汗が噴き出した。
「自分の女の躾はしっかりしときなさいよ。次は無いわ」
女の次に小夜子に見据えられた赤髪の男は、ガクガクと必死に頭を縦に振る。他、2人の男は、動いたら殺されるとばかりに微動だにせず小夜子の前で固まっている。
「お前ら、時間取らせたな。もう行っていいぞ」
グレゴリーの声がきっかけで、呪縛が解かれたようにBランク冒険者達は呼吸が出来るようになる。
「サヨコ、所構わず威圧すんな」
「殴らなかっただけ褒めて欲しいわね」
すっかり冒険者達への興味を失い、小夜子は振り返りもせずグレゴリーとその場を離れていく。
女冒険者は何が起こったのかも分からずに、用事を済ませた小夜子がギルドを後にするまでその場を動けないでいた。少しだけ女よりも勘の良かった赤髪の男は、凶悪な魔獣の尻尾をからくも踏まずに済んだのだと気付き、遅まきながら頬を伝う冷や汗を腕で拭った。
小夜子はギルド内での用事を全て済ませ、市内見物をしながら紹介してもらったホテルに向かっている。
城塞都市グレーデンは、この世界で小夜子が初めて見る都会だった。城壁で囲まれたコンパクトな都市ではあるがギュッと集められた建物は、ほとんどが石造りの3階建て以上。主要な行政機関や店が立ち並んでいる大通りは、石畳の広い道路が整備されていて、行きかう人々も身ぎれいで裕福そうだった。
その整った大通りで、周囲とは一風変わった建物が小夜子の目にとまった。灰色の石造りの建物が立ち並ぶ中で、赤レンガ造りの建物は小夜子の目を引いた。市民たちは入れ替わり立ち替わりその建物に入っていく。
小夜子が入り口から建物の中を覗いてみると、中は大広間になっており最奥に祭壇が設えている。整然と祭壇前に並べられた長椅子に座り、前方の祭壇に祈りを捧げる者、祭壇前に跪き祈りを捧げる者様々だった。
「ようこそ聖教会へ」
小夜子が覗き込んだ入り口の扉の陰に男が立っていて、小夜子に気付き愛想良く挨拶をしてくる。
「教会だったのね」
「ハイデン教は万人に門戸を開いております。あなたもどうぞ聖ハイデンに祈りを」
聖職者なのか、真っ白い長衣に身を包んだ男が小夜子を中へ招く。
急ぐ用事も無いので小夜子は招かれるままに教会に足を踏み入れた。
教会の中は天上が高く、上部に大きな窓がある造りで、正面奥の祭壇に明るく日差しが降り注いでいる。祭壇中央には崇拝対象であろう石像が祀られている。それは豊かな長髪の男性の彫像だった。
祭壇の周囲を眺めてみたが、おかっぱ女神像は見当たらない。
「ねえ、ティティエっていう女神を知っている?」
「それは・・・随分と古い信仰ですね」
小夜子を招いた聖職者は、小夜子の質問に嫌な顔をせずに教えてくれた。
「まだ国も生まれていない太古からの土着信仰だったかと思いますよ。この世は女神ティティエから産み落とされたという教えを元に女神を祀り感謝を捧げるという信仰は、まだ地方には残っていると思います」
「ハイデン教がこの国の国教になるのかしら」
「この国というよりも、世界で最も多くの信徒を有するのがハイデン教であり、聖教会です。聖協会は各国各地にあります」
「そうなのね。教えてくれてありがとう」
「いいえ。あなたにも聖ハイデンのお導きがありますように」
小夜子は聖職者にニッコリ微笑みその場を後にする。祈りを捧げる事は強制されなかった。他の信仰の話も拒むことがない、大らかな宗派なのだなと小夜子は思った。
小夜子は紹介されたホテルへと足を進めながら、今さっき目にした教会について考える。
神話や物語で、神が支配権を巡り争う話はよくあるが、この世界でティティエはもうとっくにハイデンに負けているではないか。そして都市圏に行けば行くほど、ハイデン教の勢力が増せば増すほど、女神の石像を見つけにくくなるのではないかと、小夜子は不吉な考えに至った。
この都市でのおかっぱ女神像探しに不安を覚えつつも、ギルドで紹介されたホテルへと小夜子は辿り着いた。
ギルドマスターの紹介という事で無碍にされる事は無かったが、小夜子はカウンターで料金の前払いを要求された。
周囲を見回せば、仕立ての良い服に身を包んだ紳士淑女ばかりがいる。冒険者に対しては仕方がない対応かと、小夜子は1週間分の宿泊料を払う。1泊5万、1週間で35万ゴールドとなった。
ギルドもなかなかのホテルを紹介してくれたものだ。小夜子が1カ月も居続ければ金は底を着く。いい暮らしをしたいなら稼がねばならない。
部屋の使い心地は家電製品が無いクラシカルなホテルといった所で、上下水道も通っており水回りの設備も清潔。ルームサービスで運ばせた食事も素晴らしく、サービス料は宿泊料に含まれている。暮らせるならここで暮らしたいとまで思えるホテルだった。
今日は夜も明けぬうちから活動をし続けて、やっと色々な事が一段落ついた。ベッドに身を投げ出した小夜子は、急速に睡魔に襲われる。
高級寝具に包まれて、小夜子は心地の良い眠りに落ちていった。
『ハイデンに祈ったりしたら、浮気ですからね!』
「気持ち悪い事言わないでくれる?」
いつもの白い空間。
夢の中におかっぱ幼女が現れた。
座り込んでいる小夜子の前で、おかっぱ幼女は仁王立ちで腕組をしてプリプリ怒っている。
『ハイデン教は多少都市圏では幅を利かせているかもしれませんが、地方にはまだまだ私の支持層は厚く残っていますから!』
「爺婆とか、子供とかね」
「ギイイイ!!」
小夜子に反論できない幼女が歯を食いしばって悔しがっている。
「あのさ。手っ取り早くあんたの石像の場所を教えてくれたらいいじゃない。行き当たりばったりじゃ効率が悪すぎるわ」
『ふ、ふふ・・・、どこに祀られてるか、忘れちゃったんですよねー・・・』
「はあ・・・。さすがは忘れ去られた太古の土着信仰だわ」
『とにかく!ちょっと地球にかまけて目を離している隙にこれですよ。全く新興の神々は油断も隙もあったもんじゃありません』
「ふーん、こっちの世界にかまけてて、逆に地球の管理は大丈夫なの」
『・・・・地球には、私はもう干渉できませんから・・・。おのれ・・・顕現してたかが数千年の青二才共がいい気になりおって・・・』
幼女が憤懣やるかたないと両手を戦慄かせながら、小夜子の前を行ったり来たりしている。何やら幼女から禍々しい気配が立ち上って見えるのは気のせいか。幼女の皮を被った女神ではなく、邪神か何かだと言われた方がしっくりくる。
「そういえばチャッキーだっけ?見つかったの?」
『あの・・・、裏切り者の、鼠畜生・・・。彼奴が私の神力の大半を奪っていったお陰で、私は地球に留まれず下位世界に弾き飛ばされたのですよ!彼奴は大黒天とかいう羽振りのいい神に餌をちらつかされて、私の神力を手土産に主の鞍替えをしやがったのですよ!!』
「大黒様かあ。それはまたメジャー所に行ったわね」
『くっ・・・。そもそも地球には神が多すぎるのですよ!特に日本!八百万の神とか正気の沙汰じゃない!』
万物に神が宿るという考えは、小夜子は嫌いではない。小夜子はこう見えて一つの物を大切に使うタイプだ。道端の石にまで神様が宿る世界線、面白いではないか。だが幼女が面倒くさいので、反論せずに黙っていることにする。
女神ティティエは異世界の神なのだと思っていたが、元々は地球の神だったとは。少なくとも小夜子はティティエの名前を聞いたことは無い。しかし、現在のホームグランドであろうこの世界でも知名度が新興のハイデン教に及ばない様子だ。
小夜子は聖教会の聖ハイデンの石像を思い出す。聖ハイデンは頼もしそうな堂々たる美丈夫だった。出来る事なら小夜子もハイデンに鞍替えしたいくらいだ。
『あなたはもう私の使徒と言っても過言ではありません。あなただけが頼りなんですから、くれぐれもよその神に目移りしないでくださいね!』
「ええー、なんか重いんだけど・・・」
小夜子は快適なホテルの一室で、なんとも重苦しい目覚めを迎えた。
こちらの世界に来たらすぐに縁が切れると思っていた幼女との付き合いは、なおも続いていくようだった。
粘着質になってきた幼女に小夜子はげんなりする。縁を切れるものなら切りたいが、加護の増加と運のランクアップのために、穏やかな生活の為に、小夜子は石像修復を続けなければならない。
ギルドに依頼していた市内の案内は、ベテランの気の良い男性冒険者が引き受けてくれて恙なく終わった。
昨日の今日で石像発見は半ば諦めていたのだが、案内人は城塞都市出身で市内の事をくまなく知っていた。古い橋の下、廃墟の中庭など、合計3体の石像を見つける事が出来て無事に修復も済んだ。しかし大きい女神像の発見、修復までには至らなかった。
ポート町で大きい女神像を探すつもりがそれどころでは無くなってしまったので、石像修復の進捗は芳しくない。
ホテルに戻りステータスを確認すると、小さい+が10個並んでおりランクアップは成らなかった。この世界で10進法がまかり通っているなら、+10個獲得後はランクアップするべきなのではないか。ランクアップはあの幼女の匙加減とかならば、死ぬほど腹が立つ。
早いところ面倒ごとを片付けて気楽に異世界生活を楽しみたいものだと、つくづく小夜子は思った。




