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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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城塞都市グレーデン 1

「高い所は苦手?」

 出立前、そう小夜子に問われてノエルは返答に詰まった。

 ポート町にはそうそう高所はない。出身地の城塞都市も平地にあった。「よくわからん」と答えたノエルに小夜子はニッコリ微笑んだ。

「うおおおおっ・・・!!」

 現在ノエルは地上から20メートル程上空を物凄い速さで移動していた。小夜子に後ろから羽交い絞めにされながら。

「大丈夫、大丈夫!魔法で落っこちない様にしっかり固定しているから。結界も張っているしちゃんと呼吸も出来るでしょ?ノエルが高所恐怖症じゃなくて良かったわ」

「ッッ・・・!!!」

 ノエルは最早声を上げることもできない。

 小夜子の質問の意図を、咄嗟に読み切れなかったノエルの判断ミスだった。

ノエルの眼下では、空が白み始めてきたことにより見え始めた地形が物凄い速さで後方に流れていく。恐怖でしかない。

 ノエルの心の叫びは小夜子に全く届かず、城塞都市グレーデンへの高速飛行は続いている。

「あっ、あれがヒクイドリ?」

 小夜子の声に、ノエルは気合で地上に目を凝らす。

 小夜子とノエルの前方で、薄暗闇の中蠢いている黒い影がある。ヒクイドリだった。

ゲッ、ゲッと低いくぐもった鳴き声を上げながら、ヒクイドリの群れはその数を増やしている。近くに地表への出口があるのかもしれない。

 黒く蠢く影を小夜子とノエルが飛び越すと、まるで2人に続く様に1匹、また1匹とヒクイドリが平原を駆け出し始める。するとその後を追い、ヒクイドリの群れ全体が動き出した。緩やかなスタートから、群れは徐々に走るスピードを上げていく。

 小夜子は後方を走る1羽のヒクイドリを鑑定に掛ける。


『ヒクイドリ 弱点:氷 肉が美味』


 これは絶対に肉をゲットしなければ。腕のいい料理人に是非唐揚げを作らせたい。

小夜子のやる気にスイッチが入る。

群れは全体で4、50羽ほどもいただろうか。小さくても2メートル以上。大きい個体は4、5メートルは超えていた。群れの3分の1ほどは大型個体だった。

 ヒクイドリの群れを追い越し、更に飛行を続けると前方に長大な城壁が見えてきた。

「サヨコ!グレーデンだ!」

 小夜子とノエルは夜明け前にグレーデンに辿り着いた。

 しかし、ヒクイドリの暴走は始まってしまっている。あと10分もせずに群れはグレーデンの城壁に激突するだろう。

 石造りの城壁は堅牢そうだが、5メートル級のヒクイドリが全速力で何羽もぶつかってくれば無事では済まないだろう。

 城壁の門は固く閉ざされて、衛兵2人が門を守っている。その2人の目の前に小夜子は空から急降下して、ノエルを勢いよく地面に降ろした。ノエルは踏ん張りが効かず、衛兵の前に転がる。

「ごめん、ノエル!」

「何奴だ!!」

「何処から現れた!!」

 突然目の前に小夜子とノエルが現れ、衛兵達は大きく取り乱し武器を構える。

 しかし無駄なやり取りをしている暇は一切無い。

「ポート町冒険者ギルドより伝達!!」

 ノエルは空気が震える程の大声を上げる。衛兵2人はハッと地面に転がったままのノエルに注目した。

「4時の方向にヒクイドリの群れを確認!こちらに向かっている!その数50!至急上層部へ報告されたし!!」

「っ・・!承知した!」

 緊急時の段取りを叩き込まれている衛兵達は、ノエルの簡潔な報告に弾かれたように動き始めた。一人は門上の警鐘を激しく鳴らし始める。もう一人は城壁の向こうへ駆けていく。

「防衛軍の布陣は間に合うかな?」

 小夜子は地面に座り込んでいるノエルに手を貸し立たせる。

「無理だろうな」

 ノエルはグレーデンから南東の方角を見据える。

 ヒクイドリの姿はまだ見えないが、微かにこちらまで地響きが伝わってくる。あとわずかで先頭の個体を目視出来るだろう。

「それじゃあ私、大きい奴を抑えるわ。小さい取りこぼし位は防衛軍の活躍に期待しても良いわよね?」

「頼む」

 ノエルの言葉に小夜子はからりと笑う。

「頼まれたわ!」

 小夜子は門前にノエルを残し、上空に飛び上がった。

 小夜子の目線の先、城塞から200メートルもあるかどうか。ヒクイドリは視認出来るまでに近づいていた。大小入り乱れて、ヒクイドリは真っ直ぐにグレーデンに向かっている。

「氷・・・。足元から急速冷凍すればいいかな・・・」

空中に舞い上がった小夜子は再び地上に戻る。片膝をついて、両掌を地面につける。そして両手から勢いよく前方に向けて氷魔法を放った。地面に白い氷が走り、氷はその面積を勢いよく広げていく。小夜子の眼前の景色は凄まじい勢いで白い氷に塗り替えられていく。その白い世界にヒクイドリの先頭集団が突っ込んできた。2メートル前後の小さい個体は、白い氷に足を付けた直後に全身が凍り付いて動かなくなる。5メートルを超す大型個体も、小夜子に辿り着く遥か手前で全身が氷漬けになってその歩みを止めた。

「取りこぼすも何もないぜ・・・」

 呆れたように呟くノエルの横で、急ぎ城壁まで駆けつけた防衛軍の者達が呆然としていた。

 城壁の外、街道をそれた南東方面には緑の平原から一変して銀世界が広がっていた。その白い世界の中で、まるで彫刻のように真っ白い大小様々なヒクイドリ達が氷漬けとなって動きを止めている。小夜子の放った氷魔法は範囲も威力も大きすぎて、ヒクイドリの群れを丸呑みしてしまった。

 ヒクイドリも城壁に駆け付けた人間達も動きを止めている中、小夜子はフワフワ飛びながら城門まで戻ってきた。ノエルの他に漆黒の軍服に身を包んだ男達が城壁の外に立ち並んでいた。その全員が無言で小夜子を見つめてくる。

 軍の男達は固まったまま言葉を発しないので、小夜子は相手にせずノエルに話しかける。

「ねえノエル、あのヒクイドリ、全部私がもらっていいのよね」

「・・・もちろんだ。討伐した魔獣は冒険者の物だからな」

「やった!じゃあ、ちょっと片付けてくるわね!」

 小夜子は喜び勇んでヒクイドリの氷漬けの森へ文字通り飛んで戻り、収納ボックスに片っ端からヒクイドリを仕舞い始めた。

「すまない、君」

 何となく、城壁に整列した男達全員で小夜子が飛び回る様子を眺めていたのだが、ノエルに声を掛ける者がいた。

「ポートギルドの職員だと聞いたが・・・。あの冒険者と一緒に話を聞かせてもらいたい」

年の頃は20代半ばといった所か。涼やかな目元の見目麗しい男がノエルの隣に立っていた。その男の軍服の肩章には星が2つ輝いていた。

「かしこまりました」

 ノエルは大人しく頭を下げる。

 防衛軍将校を前に、田舎町のギルド職員が歯向かえる訳も無い。

 ノエルとホクホク顔で城壁まで戻ってきた小夜子は、城塞都市防衛軍に同行を求められ城塞都市へ足を踏み入れたのだった。


 2人が連れていかれた先は、都市中心部にある防衛軍本部の一室だった。石造りの武骨な建物の一室、質素な椅子とテーブルのみ置かれた部屋には小夜子達と、ノエルに声を掛けてきた男、その部下の4人が席についている。

 最初に上司から口を開いた。

「まずはヒクイドリへの対応について、感謝する」

「どういたしまして」

 上司らしき男に小夜子が軽く返すと、隣の部下の眉間にグッと皺が寄った。上司の男は、後は話を部下に任せるようで、腕を組みながら無表情で小夜子とノエルを見やる。

「所属と氏名を名乗れ」

「ポート町ギルド職員、ノエル・グリーンウッドです」

「・・・中川小夜子。冒険者よ」

 ノエルが丁寧に対応しているので、小夜子もとりあえずはノエルの顔を立てて目の前の男達に名乗る。

「何故ヒクイドリの群れの発見に至った」

「・・・昨日、ラガン平原の地割れの底でコモドドラゴンの巣を発見しました。その地割れの底でコモドドラゴンと敵対していたヒクイドリが、今回地表に出てきたようで」

「その巣はどうした」

「殲滅したわ」

 小夜子の言葉に部下の男は更にグッと眉間の皺を深くする。その不愉快そうに顔を歪める男を小夜子は冷めた目で見ている。

 一応感謝の言葉は貰ったが、なぜこのような尋問を受ける形になっているのだ。

「お前の冒険者ランクは」

「Cランクよ」

「ふざけるな!」

 部下の男が突然怒鳴った。

「Cランク冒険者があれほどの氷魔法を使える訳がない!お前は何者だ!何の目的でグレーデンに来た!」

 部下の男の言葉に、ノエルと小夜子は男の眉間の皺の理由に思い当たった。小夜子の人並外れた能力を目の当たりにした軍部が、小夜子を警戒するのは当然の流れだった。

「別にここには何の目的も無いわよ。知り合いがグレーデンにいるから、ちょっと助けに来ただけ」

「その知り合いとは?」

 上司の男が小夜子に問いかける。

 小夜子は男に対して挑戦的な笑みを浮かべた。

「何を疑われてるんだか知らないけど、私と違ってノエルは身元がしっかりしているわよ。真面目なギルド職員だから信用してちょうだい。ノエル、ここでお別れしましょう」

 ヒクイドリの暴走からグレーデンを助ける所までは想定内だが、こんな面倒臭い男共の相手をする予定も義理も責任も小夜子にはない。

「待て、サヨコ」

 転移で逃げようとした小夜子は、ノエルに腕を掴まれ舌打ちをする。

「ポートギルド所属、ノエル・グリーンウッドが真実を述べると宣誓します。サヨコは常識外れの能力を持っているが、決して悪い人間じゃない。あの力を持ちながらサヨコがCランクなのは、冒険者登録自体が1週間程前にされたばかりだったからです。Fランクからスタートするには実力からあまりに乖離しすぎているため、ポートギルドの判断でCランクスタートになりました。この件はポートギルドマスターのジェフ・クルーセンが保証します。コモドドラゴンとオオアナコンダの巣をサヨコが1人で殲滅したのは事実であり、証言できる冒険者もいる。それから、一つ上申いたします。俺達はヒクイドリの巣の確認はしていない。コモドドラゴンは地下洞窟で異常繁殖していた。早急にヒクイドリに係るラガン平原の調査をした方がいいでしょう」

 ノエルの発言を聞き終わり、上司の男がノエルと小夜子2人に笑みを見せた。

「サヨコ、グレーデンの危機を救ってくれた恩人に対しての非礼を謝罪しよう。それからノエル、有益な進言に感謝する」

 上司の言を受けて、部下の男もこれまでの態度を改め小夜子達に軽く頭を下げた。

 一触即発の危機を回避し、ノエルは内心で安堵のため息をつく。

「ラガン平原の調査は速やかに行う事にしよう。モーガン、指揮を取れ」

「はっ」

 指示を受けた部下は席を立ち、すぐさま退室した。

「時間を取らせてすまなかった。2人はしばらくグレーデンに居るのだろうか」

「そうね。せっかく来たし」

「俺はポートに戻ります。ギルマスに報告もありますので」

「そうか。私はアレン・ウィンスロットだ。ノエル、改めてポートギルドには礼をさせてもらう。サヨコ、しばらくグレーデンに滞在するならまた是非会おう。礼もさせてくれ」

「ご丁寧にありがとうございます」

「・・・・機会があれば」

 快諾には程遠い小夜子の返事に、気を悪くするでもなく男は笑みを深めた。

 話が終わり、小夜子とノエルは防衛軍から身柄を無事に解放された。



 小夜子とノエルは防衛軍本部を後にし、グレーデンの冒険者ギルドに向かっている。ノエルの知り合いがいるという事で、小夜子を紹介してくれる事になったのだった。

「胡散臭い男だったわね」

「お前と一緒にいると寿命が縮まるぜ・・・」

 小夜子の索敵スキルでは、部下の男のアイコンは黄色から緑へと変化したのに対し、アレン・ウィンスロットのアイコン色は態度に反して黄色のままだったのだ。

 人を見る目のない小夜子は、もし索敵スキルが無ければアレンの事を気の良い軍人だと思い信頼してしまった事だろう。

「あんな腹黒男とはもう会いたくないわ」

「はは、あの方はグレーデン防衛軍の軍団長様だぜ。心配しなくても俺ら庶民が会う機会はもう無いさ」

 ガルダン王国軍中将アレン・ウィンスロットと言えば、史上最年少で中将となったガルダン王国では知らない者は居ない有名人だった。更にこれまた史上最年少で南東部要所である、グレーデンの防衛軍軍団長になり、確かな実力にその見目麗しさも相まって国内の女性人気は非常に高い。

 しかしガルダン王国の女性の殆どが目を輝かせるだろうアレン・ウィンスロットの話題に、小夜子は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「私の経験則から言うと、顔がいい男は大抵性格が悪いのよ。ノエル、あんたは良い男だわ」

「それ褒めてねえな」

 そんな他愛も無い話をしながら、グレーデン冒険者ギルドに2人は到着した。

 グレーデンの冒険者ギルドは石造りの3階建ての立派な物だった。ノエルが受付で話をすると、すぐに2人は2階の一室に通される。グレーデンギルドマスターの部屋には、にこやかに笑いながらノエルに両手を広げる大男が待っていた。

「ノエル!久しぶりじゃないか」

 男は親しげにノエルとハグし、ハグだけで飽き足らず嬉しそうにノエルの背中をバンバン叩く。ノエルも十分ガタイが良いのだが、大男はノエルより更に頭一つ分も大きかった。

「グレゴリー、変わりないようだな。今日は紹介したい奴がいるんだ。Cランク冒険者でサヨコだ。サヨコ、こちらはグレーデンのギルマスでグレゴリーだ。俺が冒険者時代には一緒にパーティを組んでいたんだ」

「小夜子よ。よろしく」

 小夜子を見てグレゴリーは零れんばかりに目を見開いた。

「ノエル・・・!お前、とうとう嫁が出来たか」

「「違う」」

 小夜子とノエルが口を揃えるのに、グレゴリーは悲し気に眉尻を下げた。

「ノエル、お前はもう幾つだよ。早く可愛い嫁をつかまえて俺を安心させてくれよ」

「お前は俺の親父かよ。サヨコ、いいから座れ」

 陽気な大男に構わずノエルは部屋のテーブルセットに腰を降ろす。小夜子とグレゴリーも席に着いてからノエルが口を開いた。

「グレゴリー、今日訪ねたのはな、サヨコについて説明をしておこうと思ったんだ」

「おう」

「サヨコは一応Cランク冒険者だが、ポートギルドでは適性ランクを決めかねた」

「うん?」

「本人が隠すつもりがないから、騒ぎになる前に言っておくからな。まず最大容量が不明の空間魔法を使える。冒険者20人分の食料、野営道具を収納した上に更に倒した5メートル級の魔獣を何匹も余裕で収納できる。今朝、防衛軍の目の前でヒクイドリ50羽を討伐して、それも全て仕舞い込んでいる。大型魔獣をギルドに売って欲しいならサヨコと交渉しろ」

「は・・・?」

 グレゴリーのつぶらな瞳が大きく見開かれた。

「サヨコはポート町にいる間に1人でコモドドラゴンの巣の殲滅をして、今朝グレーデンの手前でヒクイドリの群れを1人で討伐した。しかし、一週間ほど前に冒険者登録してから達成した任務はポートギルドの調査任務だけだ。これで規定に則ってCランクのままにしておけば余計なトラブルが起きると思わないか」

「う、ううむ。にわかには信じられんが」

「それから、何もない空間からあらゆる物を作り出す能力がある。道具も食料も自由自在だ。少なくとも俺はそんな魔術もスキルもこれまでに聞いたことがないな。それから高度な治癒魔法が使える。俺の足の裂傷も右腕の古傷も一瞬で治してしまった。そして、転移魔法も使える。一度行った場所になら飛べるのか?」

「そうね。行ったことない場所はイメージが湧かないから、多分転移は無理ね」

「・・・・・」

 グレゴリーは黙り込んでしまった。

「まあ、見てもらった方が早いか。サヨコ、さっきのヒクイドリをギルドに少し売ってもらえるか?」

「いいわよ」

 実際に能力を見せるという2人はとても嘘をついているようには見えず、グレゴリーは2人の後を取り合えず追った。

 元々グレーデンで冒険者として活動していたノエルは、勝手知ったるとばかりに小夜子とグレゴリーを引き連れてギルドの裏手の訓練場を突っ切り、大物の魔獣を引き受ける別棟の大規模な解体倉庫までやって来た。平屋木造の大型倉庫となっており、内部では大きな作業台が6台並んでいる。その内の3台は埋まっており何かの魔獣が解体されていた。

 ノエルは解体倉庫に入っていき、一人の男に声を掛けた。

「ビル、大物頼めるか?」

「ノエルじゃないか。久しぶりだな」

 ノエルと男は親し気に話をし始める。

 ビルと呼ばれた男は大判の黒いエプロンを纏っている。ポート町のエディと同じく、解体作業専門の職員のようだった。

「サヨコ、こっちにこい」

 ノエルに呼ばれて、小夜子とグレゴリーは倉庫内の作業台の一つに向かう。

「ここに出せばいい?」

 指定はヒクイドリ。ノエルが頷くので、小夜子は作業台の上に氷漬けのヒクイドリを一匹収納ボックスから取り出して乗せた。5メートル級のヒクイドリは台の上に胴体だけが乗り、首と2本の足は台の外にはみ出している。

「で、でかいな」

 解体職員のビルが予想の上を行く大物に驚いている。グレゴリーも似たようなものだった。

「なんでこんなにデカいんだ。ヒクイドリなんて、せいぜい2メートル位の物だろ」

「コモドドラゴンも5メートル級がゴロゴロいた」

「ねえ、ノエル。コモドドラゴンって、普通どれくらいのサイズなの?」

「デカくても3メートルに届くかだな」

 嫌な考えに至り小夜子は黙る。

 自分の不運が異常個体の発生に関わっていたとしたら。

 今のところは小夜子の想像でしかなく、事実を確かめる術はない。

 小夜子の存在がこの世界にいったいどのような影響を及ぼすのか、あの幼女ですら計りかねているのが現状だった。

「このサイズが10羽以上。通常サイズは40羽もいたか?」

「それ位だったかしら?必要なだけ出すわよ」

「いや、十分だ」

 グレゴリーは慌てて小夜子を制止する。目の前のヒクイドリ1羽分の収納量でも、一般商隊からは重宝がられるレベルだ。空間魔法の収納量がとんでもない事は重々分かった。

 小夜子は氷漬けのヒクイドリの解体をそのまま頼んだ。受け取りは3日後ギルド窓口でという事になった。

「じゃ、もういいかしら」

「サヨコ、悪いようにはしない。もう少し待て」

 小夜子が飽き始めてきたことを敏感に察知して、ノエルはすかさず小夜子の腕を掴む。

ここからが本題なのだ。

 ノエルは小夜子を逃がさず、グレゴリーと再びギルドマスターの部屋に戻った。

「グレゴリー、そういう訳でサヨコのランクをBに上げてくれ」

 ノエルに無茶ぶりをされたグレゴリーは文字通り頭を抱えている。

「ううむ。空間魔法に関しては分かった。だがなあ。Bランクに見合う戦闘力をギルドでは確認できていない。防衛軍とは組織が違うからな」

「ノエル。私は別に今のランクで構わないけど」

 グレゴリーが小夜子の事で苦悩しているが、自分が頼んだ事でもないので小夜子は他人事だった。

「あのなあ、サヨコ。ソロでやっていく気なら、お前はランクを上げた方がいい」

 そこでノエルが冒険者の活動について説明を始めた。

 ガルダン王国の冒険者は男性冒険者であればソロも珍しくは無いが、女性冒険者はランクを問わず大抵パーティの一員になっている。

 Cランクは冒険者であれば冒険者活動の基礎知識があり、戦闘もそれなりにこなせる普通のレベルとみなされる。ありふれたCランクのままで小夜子がソロ活動を続けるのは悪目立ちするだろう。

 更に小夜子の容姿が問題だった。体が大きいわけでも、筋肉が発達している訳でもない。普通の若い女性にしか見えないのだ。すらりとした肢体に、漆黒の艶やかな髪。シミ一つない色白の肌を持ち、顔立ちは小作りで端正だった。

 今は肌と体のラインを隠しているが、ポート町に到着した夜に小夜子を巡り騒ぎが起こった事は記憶に新しい。小夜子が1人でいれば、行儀が良いと言えない冒険者の男共はちょっかいをかけたくもなるだろう。

 その辺の男共が小夜子に対してふざけた事が出来ない位の、分かりやすいランクでの牽制が必要だった。

「お前、腹が立ったら相手所構わずぶん殴るだろ?」

「ぶん殴るわね」

 どうだとばかりにノエルがグレゴリーに目線をやる。

「うううーむ」

 グレゴリーは未だ逡巡している。

「それかサヨコ、誰かとパーティを組むか?」

「ごめんだわ。面倒臭い。私はやらなきゃならない事もあるし」

「よし、分かった!依頼ランクは問わん。グレーデンの冒険者と臨時パーティを組んで、塩漬けの依頼を1件クリアしてくれ!それでBランク昇格とする」

 とうとうグレゴリーが破格の条件で折れた。

 しかし小夜子はランク昇格の必要性をあまり感じていないのか、少し不満そうな顔をしている。

「サヨコ、お前ランクアップを面倒だと思ってるだろ」

「正直そうね」

 否定をしないサヨコにノエルは苦笑する。

「まあ、お前ほどの実力があれば権力に従う必要もなく、何かあれば国外に逃げる事も出来るだろう。でもそうしたら、問題を起こした場所には二度と戻れないぞ?俺はまたいつかお前と飲みたいし、ポート町の連中だってまたお前に会いたいだろうさ。お前が続けられる限りでいいんだ。大手を振って、正しく冒険者であってくれよ」

「・・・・わかったわよ」

 小夜子の頭にオーレイのトーリとレイン、爺婆達、ポート町の親父達や子供達の顔がよぎる。ノエルの真っ直ぐな願いを前に、とうとう小夜子も折れたのだった。

 グレゴリーと小夜子の顔合わせが終わった所で、再会を約束しノエルと小夜子は別れる事となった。

「いいかサヨコ、気に食わない奴がいても手当たり次第に相手を殴るなよ。グレーデンを出禁になるぞ」

「わかったわ」

「1人で飲む時は、眠り込む前に部屋に帰れよ。深酒は絶対にするな」

「わかった」

「俺の兄貴が防衛軍の第二小隊長をしている。お前の話をしておくから、何か困った事があれば頼ってくれ」

「ありがとう」

「防衛軍とは喧嘩するなよ。俺の兄貴以外とは不用意に接触しないようにな」

「わかったってば!」

 親が子供に小言を言い続けるような2人の掛け合いを見て、グレゴリーも2人が男女の仲では無いと理解した。弟分のノエルの穏やかな幸せを願うグレゴリーとしては、まあこれはこれで良かったと内心胸を撫でおろす。

 ノエルは小夜子の送迎の申し出を丁重に断り、グレーデンギルドを後にした。



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