なんとかやってるポート町 5
ラガン平原の調査は4日で終わった。
小夜子達は夕暮れ前にポート町に戻る事が出来た。
後日依頼達成の報酬は支払われる事となり、冒険者達は解散となった。
少し時間は早いが、森の小鳥亭で親父連中たちと打ち上げでもしようかと小夜子は思っていたのだが、ノエルに呼び止められた。小夜子はノエルの案内でギルドマスターの部屋に通された。
部屋の一画の応接セットの席を勧められ、ソファに座る小夜子の前にはお茶と茶菓子なども置かれる。初日と違い随分待遇が良い。しかし小夜子の前にノエルと並んで座るジェフの眉間には、対面初日と同じく深い皺が刻まれていた。この表情が通常運転なのだろうなと、小夜子もようやく理解した。
「疲れている所悪いな。遠慮せず食べてくれ」
「どうも」
ジェフが何のつもりで小夜子を呼んだのか分からないが、気にせず小夜子はお茶と茶菓子をいただく事にする。
「今回の件、君がいなければどれほどの被害が出た事か。ポート町を救ってくれた事、感謝する」
「別に依頼された仕事をしただけよ。話ってそれだけ?」
ギルドマスターからの感謝の言葉を、小夜子は焼き菓子を口に運びながら流す。その泰然とした態度に、ジェフは眉間の皺をそのままに口角を上げるという器用な笑みを見せる。
「今回の事で私はつくづく思い知った。私には平時の町の運営ならともかく、緊急時の指揮は取れない。今回は幸運にも戦力が高い冒険者に助けられて事なきを得た。しかし、次に何かあれば町の住民を私では守り切れるかどうか・・・。私は小さな支所とはいえ、ギルドマスターの器ではない。ノエル、君こそがこの町のギルドマスターにふさわしいと思う。君にギルドマスターの任を譲り、併せて私は町長の任からも降ろさせてもらおうと思う」
「ちょっと待て、ジェフ!俺は元冒険者でしかないぞ。ギルドも町も仕切るなんて無理だ」
「大丈夫だ。こんな無能の私でも務まったんだ。君なら私よりもっとうまくやれるだろう」
「いや、ジェフの代わりなんて無理だ!これまで長い間、問題なくこの町を治めてこれただろう?!」
「それは幸いにも、今まで予期せぬ事態が起こらなかったからだ。サヨコ、君もノエルが適任だと思うだろう?君からもノエルに言ってくれ」
おっさん二人がお互いを褒め合ってヤイヤイ騒いでいる様を、小夜子は焼き菓子を食べながら眺めていた。この話に自分は必要か?と思い始めた頃、ジェフに話を振られたので小夜子は遠慮なく答える事にする。
「ノエルがこの町を治めるなんて無理よ」
「そうだろう!」
「ジェフが緊急時にギルドを仕切るのは難しいでしょうね」
「その通りだ」
「だから、2人で役割を分けたらいいじゃない」
「「うん?」」
小夜子の言葉におっさん二人が首を傾げた。
「一人が必ず二役やらなきゃいけない訳?ノエルがギルマスで、ジェフが町長をやったらいいじゃないの。適任だわ」
ノエルは今回の調査で町の冒険者達を掌握したと言ってもいいだろう。天狗になっていたCランク二人の鼻っ柱も良い感じにへし折れて、ノエルを逆に慕う様になっている。体の故障も治った。冒険者としての実力は、コモドドラゴンを一人で仕留めるほどならば未だAランクにも届くのではないか。実力も兼ね備えたギルドマスターに冒険者達がついて行かない訳がない。
一方ジェフは平時の町政を、町を衰退させることも無く運営してきた堅実さがある。小夜子はポート町を見て回ったが、産業というものも、名産品という物も特に無く、ギルドの冒険者の生活を回す事のみでほぼ町の経済を支えていることに驚いた。冒険者の為の食料、宿屋、食堂、武器屋、防具屋、道具屋、各種の店が小さな町に不足なく揃っている。この小さな町の中で1次産業から3次産業までの従事者がバランス良く棲み分けしていて、小さな経済を上手く回している。冒険者達の採取物はギルドが販路を確立していて、近隣の都市にまとめて供給している。そして冒険者が手にした金が再び町に落とされていく。十分に素晴らしい手腕だと思う。
「適材適所。上手くやんなさいよ、おっさん達」
以上の理由を小夜子が2人に話してやると、ノエルとジェフはそれぞれ考え込み始めた。
「まあ、考えるのは明日にしてよ。ジェフ、これから町の中央広場を貸してくれない?」
「サヨコ、いったい何をする気だ」
「夏は外でバーベキューしながらビールを飲むって決まりがあるのよ!」
笑顔全開の小夜子に一抹の不安を覚えながらも、ノエルとジェフは小夜子の采配に従い駆けずり回る事になった。
ポート町の中央広場には冒険者達の他に町の住民達も大勢集まっていた。
小夜子が作った20台の大型バーベキューコンロ全てで、高級肉であるコモドドラゴンの肉が焼かれている。調査に出向く前にエディに預けていた4匹分を小夜子は気前よく今夜の打ち上げに提供した。
新たに手に入れたオオアナコンダの肉は町に帰ってすぐにエディに預けており、血抜きも済み広場の一画でエディによる解体ショーが行われている。滅多に見られない大型魔獣の解体の妙技に、大人も子供も目を輝かせて喜んでいる。
バーベキューコンロには冒険者の他に、森の小鳥亭のロッドや広場に面して店を構える食堂や宿屋の店主、おかみさん達が張り付き肉をどんどん焼いてくれている。食堂や各家庭から、様々な料理の差し入れも続々と届いている。急遽広場に並べた長テーブルの全てが料理で埋め尽くされた。
小夜子が出した30ℓのビアサーバー5つには町の男共が群がって、木のジョッキを既に呷っている。広場には至る所に篝火が焚かれ、このお祭り騒ぎに町の子供達も浮かれて広場中を走り回っている。子供達とアルコールが飲めない女性達にも果実水や甘味が用意された。
皆が笑顔で、思い思いに食べて飲んでいる。なんともいい夜だ。
「よし!もう一回乾杯するか!ジェフ、音頭よろしく!」
宴会の準備に疲れ切って油断していたジェフだったが、小夜子の丸投げにもすぐにそつなく音頭を取り始める。
「んっ、んん・・!本日、ラガン平原の調査チームが全員無事に帰還した。そして、冒険者達の奮迅により、魔獣の脅威を見事退ける事に成功した。この喜ばしい日に、ポート町の平和に、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
そこかしこでジョッキが打ち鳴らされる。何杯目か分からない乾杯を交わして、老若男女入り乱れた宴は続く。
「「「お姉ちゃーん!」」」
小夜子に一直線に駆けてくる子供冒険者達に、小夜子はジョッキを掲げて挨拶する。
「お姉ちゃん、いっぱい魔獣やっつけたの?!」
「このリンゴ飴すごく美味しい!」
「アナコンダ初めて食べたー」
我先にと口を開く子供達の頭を、小夜子は笑いながら撫でていく。
「キース、私だけじゃなく、ノエルも凄かったわよ。他の冒険者達もしっかり自分の仕事をしたわ。チェルシー、向こうにイチゴ飴もあったわよ。チャド、コモドドラゴンの肉のタレはロッド特製の3種類あるらしいわよ」
「ノエルさーん!」
「イチゴ飴まだあるー?!」
「ロッドさんお肉ちょうだいー」
子供達は瞬く間に小夜子の前から居なくなってしまった。
「子供好きなのだな」
ジェフは意外そうな顔をしている。
「子供って可愛いわね。今まで接する機会も無くて、知らなかったわ」
小夜子自身も、自分がこの世界で行き会う子供達へ湧き上がる保護欲を不思議に思う。自分が新たに手にした力が心に変化を与えたのだろうか。
絶対的な力を手に入れた小夜子を虐げる者はこの世界に居ない。その自信から心に余裕が生まれた。心身の余裕は、周囲へ手を差し伸べる心の余裕となった。前の世界で救いのない苦しさを知っているから、自分の手が届く範囲で困っている者は助けてやりたいと思う。そして相手を自分の力で救えたなら、単純に嬉しい。
小夜子は隣に立つジェフと黙々と酒を飲む。
静かな酒はどうも内省的になっていけない。
「ねえジェフ。この町ではギルド以外の産業は考えないの?」
「君はまた。酒抜きでしたい話だが・・・。小さく纏まっているからこそ取れる均衡がある。変化はリスクだと私は考える」
「堅実ねぇ。まあ、だからこの町を守ってこられたのよね」
話を聞けば、この町はオーレイの鉱山が稼働していた時代に、その鉱山へ人と物が動く中間にある宿場町として栄えていたのだそうだ。鉱山の閉鎖の直後はポート町の規模も縮小したが、すぐに宿場町メインの経済から今のギルドメインの仕組みにシフトし、今に至っている。
町の住人達は食べるには困らない。小夜子が暮らしていた豊かな世界とは比べられないし、不安なく食べていけるだけで素晴らしい事だと思う。でもここまで衣食住に不安なく住民達が暮らせているなら、もう少し生きる上での楽しみがあってもいいのではないか。
キースは純粋に冒険者に憧れている。けれど、チャドは冒険者ではなく、本当は料理人になりたい。チェルシーは宿か食堂か自分の店を持って、客をもてなす仕事をしたい。けれども子供達は職業選択の余りない現実を前に、幼くして夢を諦めようとしている。
「別に今のやり方を変えろって訳じゃないのよ。今の町の仕組みの上にもう一つ、お金が町に入ってくる付加価値を付けたら?上手くいったらラッキー。失敗してもこれまで通りよ」
「君の考えは、私のような凡人には想像もつかないな」
「例えばよ。花の町とか、花の街道とかどう?人が集まってきたら、食堂や宿でお金を落としてもらうのよ」
そう言うなり、小夜子は目の前にある森の小鳥亭の周りを色取り取りの花だらけにしてしまった。土魔法と万物創造の合わせ技が上手くいった。なんとも可愛らしい店の佇まいになり、町のご婦人方からは華やいだ歓声が上がる。
「花を嫌いな人って居ないものね」
「君も花が好きなのか?」
「私は花に全く興味はないわね」
「ふっ、ふふふ」
そう言い切る小夜子に、ジェフは笑いが込み上げてくる。冒険者の枠に収まらない様々な能力を有し、そのうえ統治の才まであるというのか。
小夜子はジョッキを煽りながら、目につく建物を次々と花塗れにしていく。屋根の上、窓という窓にプランターを勝手に取り付けて花を溢れさせる。人や馬車の通り道、踏み固められた地面以外の、少しでも草が茂る場所の全てに。ポート町の中央広場に花が溢れかえっていく。
「あなたは魔法使いなのかしら?」
酔いがいよいよ回って半眼になっている小夜子の顔を、ふくふくとした中年女性が覗き込んできた。
「あー、妻のジョアンナだ。ジョアンナ、こちらは冒険者のサヨコ」
「冒険者なのね。よろしくね」
ジェフの妻だというジョアンナは、子供のような好奇心に満ちた瞳で小夜子を見つめてくる。差し出されたジョアンナのふっくらした手を小夜子は握る。その手は滑らかで柔らかく、ジェフに守られた穏やかな暮らしを感じさせた。
小夜子が白い花で花冠を作り出し、ジョアンナの頭に乗せてやれば、ジョアンナは少女のように喜んだ。その姿はジョアンナの年齢に釣り合わず、余りにも無垢だった。
「ジョアンナ。この町は、良い所ね」
「そうなの。私、ここがとっても好き」
ジョアンナは花冠を頭に乗せたまま、町の少女に手を引かれて小夜子の前から去っていく。連れていかれた先で、ジョアンナは少女の母親に食事の世話をされ始める。肉と料理を取り分けて、冒険者もジョアンナに手渡してやっている。幼い少女までが、ジョアンナを構い世話を焼こうとする。この町の住民の情の深さを象徴するような風景だった。
「奥さんと、奥さんの生活を守ってきたのね。格好良いじゃない、ジェフ」
ジェフは照れているのか、眉間の皺をそのままに口をへの字に曲げる。更に不機嫌そうな顔になるのだが、町の住民達はジェフの様子に頓着せず気さくに声を掛けていく。
「花だけじゃ、さみしいかしら?」
小夜子は広場の中央にぽっかり空いているスペースに、湧き水を出現させる。その湧水の上に細い石管を置き、湧き水を上に押し上げる。そして三段の受け皿を重ねた噴水を作り上げた。三段の受け皿を経由して、円形の簾のように流れ落ちる水は広く浅い水場に溜まるようにする。排水は近くの湧き水の排水に合流させた。水場の周りにはぐるりと石造りベンチを巡らせる。
「浅い水場は小さい子供達が暑い日に安全に水遊びが出来るわ。水場の周りのベンチで休めば、大人達も涼めるわよ」
ポート町の土地は頑丈な岩盤に支えられており、その岩盤の下を豊かな水脈が通っている。町にはそこかしこに湧き水が湧いており、住民の生活を支えている。しかし、豊かな水脈があるからと言って、町中に噴水を作ろうとはならない。高位貴族なら庭園に噴水を構える事もあるかもしれないが、庶民には観賞用の設備など縁遠いものだ。
小夜子は以前の世界のちょっとした公園をイメージしていたのだが、噴水自体を町民達は生まれて初めて見た。
篝火に照らされて色鮮やかな花が咲き誇り、中央の噴水が篝火に照らされた七色の花の色をキラキラと美しく反射する。かなり酔っぱらっている小夜子と男達を除き、素面の町民たちは幻想的な広場の景色に心を奪われていた。
「これは、なんとも美しい・・・・。この篝火に照らされた広場の美しさは、遠くから足を運んででも見る価値があると思う」
「あとね、花は、冬咲かないわよね」
ジェフに話しながら、小夜子は広場に面しながらも休業している古びた宿屋数件を次々と修繕する。元々あった宿屋の修繕については、篝火が焚かれた夜空の下では気付く者は誰もいなかった。明日になれば新築同然となった宿屋の事が騒ぎになるかもしれない。
「だから冬から春にかけては冒険者希望の子供達をポート町で預かって、ラガン平原で基礎を習得させればいいわ。今回はオオトカゲ騒動があったけど、子供や年配の冒険者が一年を通して安全に狩りや採集をできる場所なんてなかなか無いんじゃない?指導役はこの町で燻っているDランクのおっさん達にやってもらえばいい。自分の食い扶持を稼ぐだけの日々に比べたら、絶対に豊かで楽しい人生になるわ。人が集まると、宿も食堂も足りないわね。花を見に人が集まれば、色んな屋台や土産物屋も流行るかもしれない。町の子供達も冒険者以外の好きな仕事を選べるわ」
「・・・・君の目を通してこの町を見てみたいものだ。ラガン平原の価値など、考えたことも無かったな」
「そう?所でジェフ」
「どうした」
「私、もう、限界・・・。寝るわ」
小夜子は隣に座っていたジェフの膝を枕にして目を閉じた。突然小夜子に膝枕をする羽目になったジェフは、全身を硬直させた。ジェフが助けを求めて辺りを見回すと、一人の冒険者がジェフの窮状に気付いてくれた。
「わはは、姉ちゃん寝ちまったなあ」
小夜子が案外酒に弱く、酔いが一定を越えると寝落ちする事は、森の小鳥亭に集う冒険者達には知れ渡っている事だった。
「ギルマス、ノエルを呼んで来るんでちょっと待っててください」
「た、頼む」
そして、小夜子が寝落ちするとお目付け役のノエルが呼び出されるのもいつもの流れだった。
小夜子はジョアンナが頭を撫で繰り回そうが、子供達が頬を突こうが一向に目を覚まさず、ノエルに担ぎ上げられてすら目を覚ますことなく町の宴を退場したのだった。
何の特徴も無い平凡な辺境の町、ポート町。
その町がいつからか、近隣の街々で話題に上がるようになった。
まず城塞都市グレーデンからその町に向かうと、街道の両脇に広がる草原が段々と花の絨毯に変わっていく。その花の絨毯は街道脇の濃い紫から始まり、街道を離れるにつれて赤、桃色、黄色、黄緑と素晴らしい色の濃淡が広がっていく。その花の絨毯はポート町に辿り着くまで数キロにも及ぶ。
その見事な色彩を堪能しながらポート町に辿り着くと、町全体に咲き乱れる花々に人々は再び圧倒される。花を纏った様相の宿が立ち並ぶ中央広場には見事な噴水があり、まるで貴族の庭園にでも訪れたかのような非日常を人々に感じさせた。
夜の篝火が焚かれた広場の幽玄の美しさは、町に訪れた人々にとって忘れ得ぬ光景となった。
そのポート町の花々の美しさは、幼い冒険者達によって保たれている。
秋口を過ぎると近隣のギルドの依頼で、冒険者に成りたての子供達がポート町に続々と集まってくる。
来客が一段落した閑散期のポート町では、幼い冒険者達を冬の間受け入れ、町のベテラン冒険者達がラガン平原において狩りや採集の基礎を指導する。3カ月ほどの訓練で基礎を身に付けた駆け出し冒険者達は、一冬のお返しにと町中の花々の手入れをし、自分のホームグラウンドに帰りながら街道沿いにも花を植えていく。街道沿いの花の絨毯は今でも少しずつ広がっている。
ポート町は一般庶民の中で観光という文化が芽吹くきっかけとなり、冒険者の間では「始まりの町」として知られるようになっていった。
真っ白い空間で、幼女が微笑みを湛えて小夜子を見つめていた。
「何よ、その顔」
『小さな事からコツコツと。万里の道も一歩から。私達は運命を等しくするもの同士。これからも堅実に、一緒に頑張っていきましょうね』
「・・・・・」
その通りではあるのだが、幼女がなんとも嫌なことを言う。とっとと小夜子は自分のすべき仕事を全てクリアし、一日でも早く幼女と袂を分かちたいと願っている。
泣き喚いている幼女は鬱陶しいが、今日のように穏やかな笑みを浮かべている幼女はやたら不気味だ。小夜子と幼女の出会いは最悪だっただけに、未だに小夜子は幼女を警戒せずにはいられない。
『女神の加護も微増ですね。ポート町はあなたのお陰で救われました』
「そうなら、よかったけど・・・」
小夜子の女神の加護は現在「極小」の後ろに小さな+が7個ついた。言わずもがな運もピッタリ連動している。今の所は小さい石像1つに付き+が1つといった所だろうか。
『あなたが一掃したコモドドラゴンとオオアナコンダは、地中の洞窟の中でもう一種類の魔獣と三つ巴の関係にあったのです。今回あなたに発見されずに敵対勢力が居なくなったヒクイドリの群れは、明日には地中からラガン平原に這い登ってきます。でも安心してください。ヒクイドリの群れはポート町を素通りします。ポート町を過ぎて、ヒクイドリの群れは城塞都市グレーデンの防衛軍と衝突をします』
「そんな事だろうと思ったわ!!!」
小夜子は自分の体の下でビクンと震える振動を感じて目覚めた。
「び、びっくりした。寝ながら怒鳴るなよ・・・」
小夜子の体の下でドカドカと心臓の鼓動を速めているのはノエルだった。
ちなみに2人は色っぽい関係になっている訳ではない。寝ぼけた小夜子の固め技から抜け出せずにノエルが小夜子の部屋で夜を過ごすのは、これで二度目だった。小夜子の固め技はノエルを絶妙に押さえ、その動きを封じ、痛みは無いが抜け出せないという状況を小夜子の無意識下で作り出す恐るべき技だった。
「・・・おはよう、ノエル」
「おう。お前寝ながら技かけてくるの、ほんとにやめてくれ」
小夜子は自分の体の下で、目の下に隈を作っている男を眺める。
「ノエル・・・。神のお告げがあったって言ったら、信じる?」
「ああ?」
「今日、城塞都市にヒクイドリの群れが押し寄せる。コモドドラゴンとオオアナコンダ、ヒクイドリは地中でお互いに牽制し合っていたの。敵も食料もなくなって、ヒクイドリは地中の洞窟から地上に出てくる。群れの規模は不明。城塞都市はヒクイドリの群れを防ぎきれる?」
「・・・・本当なのか」
「一緒にお兄さんを助けに行く?」
ノエルの兄が城塞都市にいると聞いてしまった以上、知らないふりをする事は小夜子の性に合わない。自分に出来る事があるならば、手を尽くしたいと思う。
「私が1人で行くよりも、ノエルが一緒の方が軍に話を通しやすいかと思って。私、その城塞都市に行った事もないし」
「わかった。行こう」
「信じるの?」
「お前が常識外れなのは今更だ。こういう事もあるのかもな。もし何も起こらなかったら、それはそれでいいさ」
小夜子は窓の外を見る。まだ夜は明けていない。
どれほどの猶予があるかも分からない。すぐに出発すべきだった。
「ノエル。あなた、いい男ね!」
「そりゃどうも」
ノエルは小夜子の言葉を軽く流す。
もし自分があと10歳若かったら・・・。いや、無いな。
一体どれほどの男なら小夜子の相手が務まるというのか。
嵐のようにポート町にやって来た小夜子の苛烈さ、眩しさに、自分を含めたポート町の男達は目が眩むばかりで、その隣に並び立つなど想像する事も出来ないのだ。
夜勤のギルド職員にジェフへの言付けを頼み、朝日も昇らぬうちから小夜子とノエルは城塞都市グレーデンへと急ぎ出立した。
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