なんとかやってるポート町 4
南方面の探索チームがコモドドラゴンの巣を発見した。
報告を受けて小夜子とノエルは現地に向かった。
伝令役の冒険者と現地に到着すると、探索チームは横一列に草原に立ち、何かを覗き込むようにしている。
「どうなってる?」
ノエルが冒険者達に声を掛けると、場所を空けてノエルに一点を差し示した。小夜子もノエルの横に割り込み、男達が見ている下方を覗き込む。
そこには草原を割くように、巨大な地面の割れ目があった。割れ目の深さは10メートルほど。割れ目の底には細く川が流れており、地割れの底のそこかしこに這いずり蠢く影がある。
「随分増えてるな・・・。普通なら山間の水場が奴らの住処なんだが」
渋い声でノエルが呟く。
地面の割れ目の底で蠢くコモドドラゴンは、小夜子が街道で倒した物に比べると大きさはおよそ半分。もっと小さい個体もウロウロとしている。その小さい個体を、それよりも大きいコモドドラゴンが捕食している様子もあった。
「水場があるだけで増えるものか?」
「いや、でかい食い物があるんだ」
ノエルの疑問に冒険者の一人が答える。光が薄っすらと届く地割れの底、黒々とした長大な影にコモドドラゴン達が群がっていた。それは巨大な蛇だった。
「オオアナコンダか?」
「デカいわね」
小夜子は地割れの底に横たわる、優に10メートルは超えるだろう大蛇を見下ろす。体長も長いが太さも相当なものだ。その大蛇はピクリとも動かず、大小さまざまなコモドドラゴンがその体に取り付いている。蛇はその大蛇だけではなく、2、3メートルほどのコモドドラゴンと同じ大きさの蛇がお互いに噛みつきのたうち回っている。コモドドラゴンの他に、この割れ目の底でオオアナコンダも繁殖し、互いを捕食し合っているようだった。
「なんにせよ、異常事態だな」
「ノエル、どうする?私、片付けちゃおうか?」
調査隊の冒険者達は採取活動がメインのDランクの者が殆どである。眼下に蠢く魔獣達をどうにか出来るのは、小夜子と体の故障が全快したノエルくらいだろう。
「崖下の魔獣達は異常繁殖をしている。山間の魔獣達とは生態系も別だ。討伐して構わないと思う。頼めるか?」
「細かい作業苦手なのよね。肉とか素材の確保はあんまり考えなくてもいい?」
「任せる」
「わかった」
言うなり小夜子は地面の割れ目に身を躍らせた。ぶっつけ本番で風魔法を使いながら飛行を試してみる。そして速度を見誤り、小夜子は地割れの側面に思い切り突っ込んだ。
「サヨコッ!!」
ノエルが慌てて地割れの底を覗き込む。
小夜子はノエル達が立つ反対側面の岩肌を広範囲で崩落させ、半分ほどのコモドドラゴンを生き埋めにしてしまった。崩落が止まり、岩肌に埋まっている小夜子の姿が現れた。
「おい!大丈夫か!!」
心配そうにこちらを見ているノエルを含む冒険者達に小夜子はヒラリと手を振ると、もう一度宙に体を躍らせて今度は地割れの底に突っ込んでいった。再びドゴンと鈍い音が地割れの底から響く。コモドドラゴンが隙間なくひしめき合っていた地割れの底に小夜子は降り立っていた。小夜子を中心に円状にぽっかり空間が空いている。地割れの壁面には爆発四散したようにコモドドラゴンの体の各部位が大量にへばり付いている。
魔獣達の悪夢、小夜子の無双が始まった。
「うわあ・・・」
思わず冒険者の一人が声を漏らす。ノエルを含む親父達5人は、地割れの上からその凄惨な様子を覗き込んでいる。
細長く溝状に伸びた割れ目の底で、小夜子は自分を中心にして溝に沿って風の刃を放った。
小夜子が降り立った地割れの底から1メートルほどの高さで、真横一文字に風の刃は障害物を上下に切り分けながら走っていく。地割れの底は、長さ50メートル程もあるだろうか。様々な障害物を切り裂きながら徐々に推進力を失い、両端に届く手前に風の刃は消滅する。
風の刃が通った後には、4本脚を切断されたコモドドラゴン、二枚に降ろされた大蛇など屍累々が転がっている。その屍累々に埋もれて、討ち漏らした小型のトカゲやら蛇がもがいている。
小夜子は大きな原型を留めている魔獣を収納ボックスに仕舞いながら、まだ息のある魔獣達を目につく都度火の玉を放ち燃やしていく。
肉が取れそうな大きな部位をあらかた収納してしまうと、小夜子は一度ノエル達の元に戻った。
風魔法を発展させた飛行魔法は急激に上達し、小夜子はトンと軽やかにノエル達の隣に降り立った。
ノエルはともかく、小夜子の戦闘能力を目の当たりにした親父達はそろってビクンと体を揺らした。
小夜子は最後の仕上げとばかりに、地割れの底にある夥しい数の魔獣の死骸に高火力の火魔法を放つ。地割れの底から肉が焼ける匂いが爆発的に立ち上った。ノエルを含む親父達は、無言で小夜子の魔獣達への仕打ちを見つめていた。
「肉はギルドに売ろうか?」
「・・・後で相談させてもらう」
異常繁殖の魔獣達を一掃し、ノエルを含む冒険者達の気が緩んだその時。
雲一つない青空に突き刺さるように、下から上に向かって赤く色づけされた狼煙が鋭く打ち上がった。同時にピイイイと鋭い笛の音も聞こえてくる。
「緊急弾だ!」
調査に取り掛かる前、調査チームにはそれぞれ緊急弾と呼子笛が渡されていた。青の緊急弾は応援要請。赤の緊急弾は即時町まで撤退。赤色は調査チームでは対応できない脅威に相対した場合の狼煙だった。
「サヨコ、冒険者達を連れて今すぐ町に戻ってくれ」
「ノエルはどうするの」
小夜子の問いにノエルは答えない。
「カッコつけてんじゃないわよ、ノエル。危機に瀕しているかもしれない冒険者を助けに行く気?」
「サヨコ、出来るだけ多くの冒険者を連れて町まで戻ってくれ。頼む」
ノエルは現在冒険者ではなくただのギルド職員だ。通常であれば冒険者を引き連れて1人でも多くの命を救う仕事を自分に課しただろう。
だが今回は、脅威の戦闘力を持つ小夜子が同行している。
「ノエル、私に頼みなさいよ。冒険者達を助けに行けって。私はあんたの100倍は強いわよ」
「そうだな。だからお前には、まだ無事な冒険者達を町まで連れ帰って欲しい。お前ならこの先何が起こっても冒険者達の命を守りきれるだろう?犠牲は最小限にしたい」
こうしている今も、刻一刻と時間は過ぎていく。
「あああ、もう!わかった!おっさん全員かき集めて速攻町に置いてくるわ。ノエル、私が戻るまで持ち堪えなさいよ」
「やるだけやってみるさ」
ノエルが常と変わらない様子で軽く笑って見せるのを見た後、小夜子はその場にいた冒険者4人の腕を抱え込みポート町の入口へ一瞬で転移した。
「っ・・?!」
「うおっ!!」
「おええ・・・!!」
「ぐふ・・!」
小夜子は転移魔法で冒険者4人をポート町の入口に運んだ。冒険者達は4人の内2人が転移酔いで吐いている。それに構わず、小夜子はすぐさまラガン平原の調査基地に戻る。空中で360度辺りを見渡していると、街道を目指して平原に散っていた冒険者達が走ってくるのが見える。小夜子は手近な集まりに向かい、親父達の手や服を引っ掴んでは転移魔法で運ぶ。
「これで8人」
「「ぐっ・・おええ」」
「12人」
「「げええー!」」
「16人!」
冒険者達は半数以上が転移酔いの為に、街道で盛大に吐き戻している。
「そこのおっさん、酔ってる人達頼むわね」
「あ、ああ」
比較的元気な冒険者に後は任せ、小夜子は再びラガン平原の調査基地に転移した。
索敵魔法には、小夜子に敵意を向けるアイコンは引っかからない。しかし、6つの黄色いアイコンが西方面で円形に展開している。小夜子はそちらに向かってフルスピードで飛んだ。
黄色いアイコンの場所に辿り着くと、4、5メートル級のコモドドラゴン6匹がノエルを含めた冒険者達を取り囲んでいる。
立っているのはノエルと、Cランクの男1人で、3人の冒険者は負傷をしたのか立ち上がれずに2人に庇われている。その周囲には2体のコモドドラゴンがこと切れて倒れていた。
小夜子はトンと一番大きい個体の頭部に降り立ち、しゃがむと同時にコモドドラゴンの脳天に向けて火魔法を放った。密度の高いレーザーのような炎はコモドドラゴンの脳天から顎下に突き抜けて、地面に突き刺さる。脳を破壊されたコモドドラゴンはその場に崩れ落ち動かなくなった。
小夜子に気付いた両隣のコモドドラゴンが大口を開けて小夜子に噛みつこうと同時に動いた。その大口を狙って高出力の火魔法をぶつけると、上顎から脳天に向かって火魔法が突き抜けて空に飛んでいく。両隣の2匹も折り重なるようにして倒れた。
「あと3匹」
中央に固まる冒険者達を飛び越えて、反対側の3匹並ぶコモドドラゴンの真ん中の個体の頭部に小夜子は踵落としを食らわす。小夜子の踵を食らったコモドドラゴンの頭部は半分程に体積を減らして潰れ、力を失った巨体は地面に頽れた。
両隣の2匹には先ほどと同じように小夜子に向けて大口を開けた瞬間に、密度が高い高火力の火球を頭部に打ち込む。3匹のコモドドラゴンはぶつかり合う様にして小夜子の眼前で倒れ込んだ。
「・・・すげえ」
背後で呟かれた声に小夜子が振り返ると、小夜子に以前ぶっ飛ばされたCランク冒険者が呆然として小夜子を見つめていた。
その冒険者の後ろには、怪我をして立ち上がれない者達がいた。小夜子はとっとと治癒魔法をノエルも含めて全員に掛ける。瞬時に怪我が治った者達は、一様に驚いているが小夜子は放っておく。
ノエルも多少の怪我はあったようだが、五体満足で生き残っていた。ノエルが冒険者達を助けに戻った判断については、ギルド職員としては間違っていたのかもしれないが、結果オーライだ。
「死人が出なくて何よりだったわ」
「ああ、俺一人ではどうにもならなかったな」
「そんなことねえよ!」
小夜子とノエルの会話に熱く割り込んできた者が居た。
自分はCランクだと豪語していた、小夜子にぶっ飛ばされなかった方の男だ。
「ノエルさん、凄かったよ。俺、ノエルさんが来てくれなかったらオオトカゲに食われてた」
そう言って、恐怖がぶり返したのか目元の涙を拭う若い冒険者の肩を、ノエルは無言でポンポンと叩いてやる。もう1人のCランク冒険者も神妙な顔をして、自分の仲間とノエルの様子を見ている。
2人とも、何とも可愛らしくなってしまったものだ。
しかし、事態はまだ収束していなかった。
「ノエル、友好を深めている所悪いけど、後ろに何かいるわよ」
ノエルと若い男の背後に、体高3メートルを超すコモドドラゴンが突然に地面から生えるように現れた。
「わああー!!」
腰砕けになるCランク冒険者と入れ替わるようにしてノエルはコモドドラゴンの懐に入り込むと、下から上に大剣で切り上げた。コモドドラゴンの振り上げていた右前足は吹き飛び、首からはおびただしい血が噴き出す。首が半分以上切断され、首が落下するのに引きずられてコモドドラゴンは倒れた。
「やるじゃない!」
呑気に口笛を吹く小夜子を、ノエルはジロリと睨みつける。
「お前は余裕だろうが、俺は必死なんだからな・・・。普通ならこのコモドドラゴンは、Bランク数人に討伐依頼するサイズだぜ」
ハアと、ため息一つつきながら、ノエルは剣の汚れを払い落とす。
そのコモドドラゴンを一人で仕留めたノエルに、Cランクの男達が憧憬の視線を送っているのだが、当の本人はその視線に気付いてはいない。
「しかし、今どこから湧いたんだ?」
ノエルは倒したコモドドラゴンの背後に回り込む。そして、舌打ちした。
「サヨコ!頼む!」
「頼まれたわ」
ノエルの隣に立ち、小夜子はノエルが見つめる先を確認する。
どこまでも続く平らかな草原に、ぽっかりと幅5メートルほどの亀裂が走っていた。その亀裂の中の暗闇に、光る2つの目が見えた。ノエルが倒したコモドドラゴンを押しのける様にして、その亀裂から別の個体が顔を出した。
その瞬間に小夜子は高火力・高密度の炎弾をコモドドラゴンの頭部を狙って放つ。新たに出現したコモドドラゴンは頭部を失い、亀裂に落ちながら姿を消した。落下した個体は後続の個体の上に落ちる。ギュウ、グウと、亀裂に詰まっているコモドドラゴンのくぐもった鳴き声が聞こえてくる。
「何匹いる?」
「あと4匹くらいかな。ちょっと掃除してくるわ。あんた達、危ないからウロチョロしないでノエルの側に居なさいよ」
小夜子の言葉に冒険者達は全員従順に頷く。
小夜子の索敵スキルでは、周囲の平原には注意すべきアイコン表示は無いので、ノエルと冒険者達は地表で待っていてもらう。
今回の事で索敵スキルは地中へ効果範囲が及ばない事が分かった。
小夜子1人なら不測の事態でもパッシブスキルがある為ノーダメージで対処できるが、今回のように同行者がいる場合は今後注意が必要かもしれない。
小夜子が亀裂を覗き込むと、頭部を失った個体の下に4匹が地上に出ようと押し合いへし合いしている状態だった。
いい加減面倒になった小夜子は、亀裂を覗き込んだ状態のままコモドドラゴン達に向けて風刃を放つ。死骸も含めた5体のコモドドラゴンが真っ二つになって亀裂の底に落ちていった。
その後を追いかける様に小夜子も亀裂の底に飛び降りる。
亀裂の底は傾斜になっており、傾斜の横穴がずっと奥に続いていた。ちょっと先まで確認してみると、その横穴は先ほど小夜子が惨殺の限りを尽くした深い地割れへと続いていた。この傾斜のついた横穴に入り込むには5メートルほどの段差があり、大きく育った個体がこの横穴を通り地表に出てきていたようだ。
小夜子は切断されたコモドドラゴンを回収しながら地表に戻った。
「ノエル、この亀裂、さっきの地割れに続いてたわ。でももう生きている個体はいない」
「そうか。本当に、助かった」
ノエルを含め、冒険者達が小夜子に深く頭を下げる。
「気にしないで。私の仕事よ」
小夜子は調査隊に同行していたが、調査に加わらず基地に待機し、有事に柔軟に対応する役目だった。
ジェフが想定していた有事を遥かに上回る事態だったが、小夜子は冒険者全員を取りこぼすことなく帰還させる事を自分の仕事と定めていた。なので、神妙に小夜子に頭を下げる冒険者達の前で、小夜子は大した事ではないと飄々としている。
「さて、調査は終了という事でいいのかしら?」
「そうだな。基地を片付けて帰るとするか」
そうと決まればさっさと帰りたい。小夜子はノエルの取り分も含めて倒したコモドドラゴン全てをサクサクと収納ボックスに仕舞い、冒険者4人とノエルをまとめて調査基地に転移させた。
そして全員が転移酔いで嘔吐したため、帰りはバギーに台車を牽引させて帰る事となった。




