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クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー  作者: ろみ


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【閑話】真夏のカスタードベリーパイ 前編

小夜子がローラのお母さんのカスタードベリーパイを食べていない事が心残りでした。

あと、私的アレクシス補完計画です。



 ヴァンデール帝国に今年も夏がやって来た。

 マキア山脈を一望できる山間集落群でも夏を迎えていたが、平地の人里に比べれば山間の夏は非常に涼しく、朝晩は日によって酷く冷え込む時もある。けれども朝夕の寒暖差のお陰で実る山の恵みもある。

 山間の集落がある山々では各種ベリーが収穫の時期を迎え、出稼ぎで留守にしている男達の代わりに冬まで家を守る女子供達は、冬越えの足しにするべく山の恵みの収穫に日々勤しんでいた。


 ある夏の日の午後。

 午前中からベリー摘みに励んだローラは、母親と一緒に昼食を取り、さて午前中に篭一杯に摘んだベリーをどう使おうかと2人で相談していた所だった。

 力強く家のドアのノッカーが鳴り、その対応に母親が立ち上がった。ご近所さんがやって来たのだろうと、ローラはベリーを摘まみ食いなどしていたのだが、母親が驚きの声を上げたので玄関口を振り返った。

 そして訊ねてきた人物の顔を見て、ローラは驚きのあまり声もなくその場に固まってしまった。

 ローラの母親が体を脇にずらすと、その人は部屋の中に居るローラを見つけ、以前と全く変わらない笑顔を見せた。

「ローラ?久しぶり!大きくなったわねえ!」

 その人は驚くほどに5年前と何も変わっていなかった。美しい黒髪を下ろし髪にして、飾らない黒い上下の服に身を包み、ローラに嬉しそうな笑顔を見せている。

 ローラはその人の事を思い返さない日は無かった。

 その人の活躍は数カ月遅れで手に入る新聞で見る事が出来た。ローラとローラの父と伯父の命と、集落を救ってくれた聖女のように優しい魔法使いは、帝国の王都でも大活躍し、最後にはハイデン教が認める使徒様にまでなってしまったのだ。

 使徒様はヴァンデール帝国の皇弟陛下と結婚され、皇女殿下もお生まれになったと新聞の記事で見た。

 もうローラが到底会う事も叶わないだろう雲の上の人となってしまったが、新聞で時々見られるその人の記事はローラの胸を一杯にしてくれた。

 帝国どころか世界にとっての尊き身となったその人は、ローラがまだ小さかった頃、この集落でローラ達と夢のような楽しい時間を一緒に過ごしてくれたのだ。

 その思い出はローラの生涯の宝物で、これ以上増える事はなくとも思い返す度にローラをの胸を一生温めてくれる筈だった。

 その、もう会えないだろうと思っていた人が、ローラのすぐ目の前にまでやって来た。

 ローラは目も口も限界まで見開いて、未だ言葉一つ発する事が出来なかった。

「あれ?ローラ、どうしたの?ひょっとして、私の事忘れちゃった?」

「わ、わ・・・」

「ん?」

「忘れる訳ないよサヨコさん!!」

 ローラは目の前の小夜子に思い切り抱き着いた。小夜子は笑いながらローラの背中にギュッと両手を回してくれた。

 小夜子はローラが抱きしめるとローラの腕の中にすっぽりと納まってしまった。その小夜子の小ささにローラは驚く。

「ほんとに、大きくなって。ローラが元気そうで嬉しいわ」

「サ、サヨコさん。まさか、会いに来てくれるなんて・・・!う、ううー!」

 小夜子に抱き着きながら泣き出すローラの涙を、小夜子は笑いながらハンカチで押さえてくれる。そのハンカチはとても良い香りがした。

 ある日突然に、小夜子がローラの住む山間の集落を訪ねて来てくれたのだった。



 小夜子がその辺境の山間集落にやって来たのは5年ぶりの事だった。

 山間の集落は単身帝国に乗り込んだ小夜子が最初に訪れた人里で、そこに住まう人々の大らかさ、温かさは小夜子のへの帝国の印象を良い物にしてくれた。

 それから小夜子は山の麓のマルキア町でライアンと出会い、帝国の方々で一生の付き合いとなる出会いを重ねていった。

 帝国での旅路の良いスタートを切れたのは、この山間の集落のお陰だと小夜子は思っている。世界から聖ハイデンの使徒と認識され、それからもすったもんだがあり、数年かけて激動の日々が少し落ち着いたこの頃。少し心に余裕も出来たのか、折に触れこの集落の事を小夜子は思い出す様になっていた。

 そして思い立って今日、小夜子は山間の集落を訪ねてみたのだった。


 涙が落ち着いたローラの手を引いて、小夜子は家の外へと連れ出す。

「あの時のローラは、私のお腹くらいまでの身長しかなくて、元気いっぱいで可愛かったわ。今は私よりも大きくなって、もう立派なお姉さんね。お別れの時に、また来てねってローラが何回も言ってくれたでしょ。元気にしてるかなって、ずっと思ってたのよ」

「あ、ありがとう。サヨコさん」

 そんな子供が取り付けた口約束を、律儀にも小夜子は守って今日、ローラを訪ねて来てくれたのだ。

「それに、夏はベリーが沢山採れるって言ってたじゃない。だから是非、って、あら」

 小夜子とローラが家の外に出てみると、集落の広場には小夜子の夫のアレクシスが娘のアレクサンドラを抱き、中央に姿勢よく立っていた。

 そしてその前には集落の女性達が緊張した面持ちで並び、子供達も訳も分からない様子ながら集められている。

 そして小夜子の姿を目にするや、集落の女性達が地面に膝を付こうとする。

「ちょっと待って!使徒への礼も挨拶も要らないから!」

 しかしそれを先制して小夜子が制止した。腰を落としかけた女性達が一斉に動きを止める。

「はい、直って直って。みんな普通にして頂戴。それから私の夫のアレクと娘のアリーにも礼は要らないわよ。みんな、突然押し掛けてごめんね。今日は冒険者の小夜子が夫と娘を連れて遊びに来たと思ってくれないかしら。私の事は前みたいに小夜子って呼んでね」

「そんな・・・、そのような御無礼を」

 夏の集落を守る、デニスの妻が戸惑いながら発言する。

「みな、驚かせて済まなかった。美しい夏の山で、ベリー摘みを是非娘にさせてやりたいと思ったのだ。山間の集落に来たのは私も初めてだ。ここは緑豊かな美しい集落だな。一夏を女子供だけで過ごすと聞いた。何か困り事は無いか?」

「は、はい。お陰様で、とくに困っている事はありません。皆元気に恙なく過ごしております」

 口端に笑みを浮かべたアレクシスが柔らかく問うと、集落の女性達の緊張が少し和らいだ。

 小夜子が補強した山道は、今現在も少しの崩落も無く、集落の住民の生活を支えている。山道が強固なものになったので、麓の町のマルキアから山間の集落まで月に一度の日用品を満載した、荷台を引いたバイク便が行き来するようになったのは大きな変化だった。

 このバイク便のお陰で集落の女性達は麓の町まで買い物に行く回数も格段に減り、更に安全に集落で過ごす事が出来るようになった。

「そうか。それは何よりだ。今日の私はサヨコと娘の付き添いだ。だから私の事は居ないものと思ってくれていい」

 アレクシスが抱いていた娘のアリーをそっとしたに下ろした。

 両親から漆黒の髪と黒曜石の瞳を受け継いだ公女は、本日はふんわりとスカート部分が膨らんだ紺色のワンピースを着て、その上に真っ白なエプロンを付けている。ベリーをたくさん摘んでお土産にすると意気込むアリーのために、サーシャが可愛らしいフリルのついたエプロンを付けてやったのだが、ベリー摘みを楽しむアリーのエプロンがどういった惨状になるのかは小夜子もアレクシスも覚悟している所だ。

 集落の女性達の前に降ろされたアリーは、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見回している。

 豊かな黒髪と煌めく黒曜石の瞳を持つ美しい公女は、絶妙に両親の良い所を引き継いでいた。将来の美貌を約束されたかのように幼いながらも整った顔立ちをした公女は、ひとしきり周囲を見回してから父親を見上げた。

「とうさま。ベリーは?」

 その公女の稚い様子に、集落の女性達から思わずフフフと笑いが零れる。

「私の娘のアリーは野菜や果物の収獲が大好きなの。夏にはベリーを入れてパイを焼くって言っていたじゃない?だから山のベリー摘みから娘にも体験させてあげたいなって思ったの。そしてあわよくば、ローラのお母さんのベリー入りのカスタードパイが食べられたらなって思って今日はお邪魔したの」

 小夜子の物言いに、集落の女性達からとうとう笑い声が上がった。

「サヨコちゃん、ほんとに変わっていないわねえ!」

「ほんとうに。私達の手料理を気持ちいい位に食べてくれたものねえ」

 女性達は小夜子を囲み、口々に話しかけ、小夜子との再会を喜んだ。

「公爵様。私共は辺境の田舎者ですので、礼儀が足りませんがお許しくださいませ」

「構わぬ。お前達の生活の場にこちらが邪魔するのだ。だから、いつも通りに過ごしてほしい」

 アレクシスは一歩下がり、女性達に囲まれる小夜子をしばし眺めていた。今日のアレクシスは、濃紺のベストにスラックス、そして白いシャツを合わせている。仕事だろうが、休息日だろうが、アレクシスの装いは常に変わらずカッチリしている。アリーはアレクシスのスラックスをギュッと握り、アレクシスの足にピッタリくっ付いている。アリーは口数も普段以上に少なく、少々緊張している様子だった。

「公爵様、公女様」

 すると、集落の女性の1人がおずおずとアレクシスに小振りの籠を1つ差し出した。

「使い込んだものですみませんが、これをどうぞお使いください」

 女性はアリーにも1つ籠を差し出す。

「公女様、失礼いたしますね」

 もう一人の女性がカラフルに編まれた幅広い組みひもを籠に括ると、その紐をするするとアリーの腰に回して括りつけた。

「森でベリーを摘んだら、この籠に入れて下さいな。ラズベリーとブルーベリー、今山の中では採り切れない位にベリーがありますよ」

 アリーは自分の腰に籠を付けてもらい、目を輝かせた。

「おっ。アリー、似合っているじゃない。格好良いわよ」

 そこに話が一段落した小夜子がローラと一緒にやって来た。

「サヨコちゃん、こんな汚い籠で悪いんだけど」

「そんな事無い、ありがとう!後で返すからね!」

 恐縮しきりの女性達に、小夜子はカラリと笑って返す。

「ローラ、私の娘のアリーよ。今3歳なの」

「おっきいね・・・・」

 今年の冬には4歳になるアリーは、小夜子の腰にピッタリと抱き着いているが、その背丈は集落の同じ年頃の子供達より頭半分くらいは大きい。

「ローラだって私からしたら大きいけど。まあ帝国の人達は殆どが私よりも大きいものね」

 アリーの大きさに驚いているローラは、13歳にして小夜子の身長をとっくに追い越していた。スチュアート家のエリザベスも13歳で小夜子よりも大きかったので、これで帝国では標準なのかもしれない。

 そして標準身長のローラが驚いているという事は、アリーは3歳にしてよっぽど大きいのかもしれない。

「サーシャはアリーを見て、私の子供の頃を思い出すと良く言っているな」

「あはは、やっぱりアリーはアレクにそっくりなんだわ」

 小夜子とアレクシスは笑いながら、自分達の間に挟まっているアリーを見下ろしている。

 現ヨーク公爵と小夜子の間で、両親にピッタリと体をくっ付けながら、アリー公女は自分に取り付けられた籠を見下ろして目をキラキラと輝かせている。


 ローラは、目の前の光景がまだ信じられないでいた。

 時々新聞で見ていた帝国の黒い至宝たる皇弟殿下と、その皇弟殿下と婚姻した聖ハイデンの使徒となった小夜子、そしてその2人から生まれた黒い至宝を受け継いだ皇女殿下の3人が、これからローラと一緒に山に分け入りベリー摘みをするというのだ。

 今現在は臣籍に下りヨーク公爵となっているが、殿下方が皇族である事に変わりは無い。

 まるで雲の上でも歩いているかのように足元がフワフワしているローラの背中を、ローラの母親がパンパンと叩く。

「ローラ、大丈夫?気持ちは分かるけど、しっかりなさい。公爵様とアリー公女様をしっかりご案内するのよ」

「う、うん」

 母親に発破をかけられ、ベリー摘みに向かう前は浅い呼吸をふうふうと繰り返していたローラだったが、いざ小夜子達とベリー摘みを始めてみれば緊張している余裕などあっという間に無くなった。

 山道を少し分け入り、ベリーの群生地に小夜子達をまず案内したローラだったが、ブルーベリーの茂みを目にした途端、アリーは茂みに向かって頭から飛び込んだ。

「公女様?!」

 ローラが悲鳴を上げるが、すぐさまアレクシスがブルーベリーの茂みに体をめり込ませたアリーを引き抜いた。

「・・・うん、アリー。何故茂みに飛び込んだ」

「やわらかそうだったから」

 幸いアリーの顔にはひっかき傷も無く、豊かな黒髪に葉っぱが数枚絡まっている程度で済んだ。

「あのね、アリー。ブルーベリーはオーレイでもこの山でも、どこでも同じなの。オーレイでもブルーベリーの茂みに飛び込んで顔に怪我をしたわね」

「アリー、いくら柔らかそうに見えても茂みに飛び込んではいけない」

「わかった」

 公爵一家が冷静にアリー公女に言い聞かせているが、公女の突然の危険行為にローラの心臓はバクバクと高鳴っている。

 多少は自分もお転婆だったと自覚しているローラだが、何が潜んでいるか分からない茂みに飛び込もうなんて思った事はローラは一度も無かった。

「見ての通り、アリーはお転婆でしょう?アリーはローラに似てるなって思って」

 ローラの気持ちを知ってか知らずか、小夜子は屈託なくローラに笑いかけてくる。

 両親から注意を受け、アリーは手の届くブルーベリーをプチプチと摘み始めた。

 アリーの行動に驚いたローラだったが、気を取り直して案内役を遂行しようとする。

「公女様、ラズベリーがこの辺では採れます・・・っ?!」

 振り向いたローラは一瞬アリーの姿を見失ったが、小夜子がおもむろにローラの隣に屈みこみ、ラズベリー茂みの根元に潜り込もうとしていたアリー公女の腰を掴んでスポンと引っこ抜いた。

「アリー、茂みには飛び込んでも潜っても駄目よ。目の前にラズベリーが見えているじゃない。普通に採って頂戴」

「はーい」

「ネズミでもいたのか」

「くろいむし」

 黒い虫など、森の中至る所に居る・・・。

「サヨコさん。アリー様、私より全然元気だよ・・・」

「あはは、私はローラの印象の方が強烈なのよね。私、5年前に、ローラの元気の良さに本当に驚いたのよ。子供って、こんなにパワーに満ち溢れてるんだって。私はローラが自分を囮にして大マスを20匹以上釣った時の事が忘れられないわ」

「ほう、それは凄い。山の子供の逞しさは頼もしいな」

 アレクシスは本気で感心しているのだが、公爵に自分の子供の頃の無鉄砲なエピソードがバラされてしまい、ローラは頬がカーッと熱くなった。

「サヨコさん、もう言わないで」

 恥ずかしそうにしているローラを見て、小夜子は目を瞠ってからその目を細める。

「ごめんごめん、もう言わないわ。本当にローラはお姉さんになったのねえ。うちのアリーもローラみたいに落ち着いてくれたらいいんだけどね。そのアリーはせっかくここまで連れて来たけど、何だか全然ベリー摘みをしていないわね」

「そうだな」

 言いながらアレクシスは木登りに挑もうとしていたアリーをひょいと抱き上げて拘束した。

「うーん。オーレイの野菜の収獲みたいに夢中になってくれるかと思ったんだけど」

「オーレイの野菜は大きく、特別に収穫の達成感があるのかもしれないな。ここで何かしら発散できれば、夜は大人しく寝てくれるかと思ったが。毎日オーレイの畑に押し掛けるわけにもいかんしな」

「今は夏野菜の収穫の最盛期だものねえ」

 あちこちに気を取られて、今にも走り出しそうなアリー公女を2人で取り押さえながら、公爵夫妻は元気が良すぎる公女をどうやって疲れさせるか相談をしている。

 その様子は小さな子供を抱える集落の母親達と何ら変わりが無かった。

 集落の母親達は春から秋まで夫が不在の中、助け合って子育てをする。その中でいかにして日中に子供を疲れさせて、夜早くに寝かしつけるかという話は、母親同士で盛り上がる話題の1つなのだ。

 ローラはよく集落の小さな子供達を引き連れて山に分け入り、山の実りを収穫する。子供達をそれぞれの家に送り届ける時は、子供達の収獲物よりも子供達がクタクタになって帰ってきた事に母親達は喜ぶのだ。

 集落の子供達の中でも一番大きくなったローラは、いまや集落の母親達に頼りにされる立派な子守り役なのだった。

「うふふ」

「どうしたの、ローラ」

「サヨコさん、久しぶりにマス釣りしようか!」

 子育てに奮闘する公爵夫妻を是非手助けしなければと、山間集落一番の子守上手のローラは決意と共に奮い立ったのだった。



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