【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ⑤-3
「よっし、行くぞ!!」
気合いの掛け声と共に小夜子は出来たばかりの国境門よりコルネリア大公国に向けて街道造りを始めた。
コルネリア大公国とオーレイの間にある鬱蒼とした大森林を真っ直ぐに突っ切るのだ。
街道の幅は余裕を持って10mは取る。馬車でも車でも、何なら将来的にトラックの往来も想定している。ゆったりすれ違える幅を持たせて、小夜子は樹木を風刃で伐採し、すぐさま収納ボックスに木々を仕舞いながら、土魔法で木の根を掘り起こし、土を掘り起こし、木の根と石なども回収しながら、その後は草の一本も生えてこない程にカチカチに地面を固めていく。アスファルト舗装の際にアスファルトを圧縮するイメージである。小夜子は街道の距離をどんどんと伸ばしていく。
小夜子のスピードは秒速10メートル程。普通に風魔法で飛行する速度と殆ど変わりがなかった。イーサンは小夜子の後に続き、突然開けた街道に迷い出てくる魔獣を瞬殺しては空間魔法に収納していった。
一応鉄門が建ち塞がっているが、拓けた街道を真っ直ぐ進めばオーレイに辿り着いてしまうのだ。
大型のイノシシや鹿などを討伐しながらイーサンは小夜子を追いかけていく。
一度休憩を取り、再び進み続けて6時間も過ぎた頃。小夜子とイーサンはコルネリアの白亜の国境南東門にとうとう到達した。
コルネリアのフランクに多分今日中に着くと連絡を入れていたのだが、コルネリア国境南東門にはなんと現大司教ローランドと大公一家が小夜子達を待っていた。大公一家の他には教会本部に所属する聖職者達も大勢南東門に詰め掛けている。教会本部が空になったのではと思う程に聖職者達が集まっていた。
直接連絡を入れた当のフランクは教会に遠慮をしたのか、今日は国境門には顔を出さないという事だった。
「ローランド、久しぶり!予告通り街道を通させてもらったわよ」
「サヨコ様、お待ちしておりました。使徒様の庭への道が我がコルネリアへと開通した事、非常に喜ばしく思います」
「使徒の庭?」
「はい。一度お連れ頂いただけですが、あのオーレイの美しさ、豊かさ、人々の大らかさ、どれをとっても素晴らしい。思い返す度に胸が一杯になる心地です。まさに天から使われし愛し子の庭です」
「・・・ただの辺境集落だけど」
ローランドの小夜子へ対する使徒フィルターは会う度に分厚くなっていく。とにかく小夜子が関わる物全てを褒め称えるのだ。まあ小夜子に実害がある訳でもなく、ローランドと大公家が満足するなら好きなだけ小夜子を褒め称えればいいと、小夜子は気にしないよう努めている。
「ホテルはまだ内装が整ってないからね。引っ越せるのはもう少し先になるってレオナルドには言っておいてね」
「かしこまりました。ああ、使徒の庭に住まう事が許された父が羨ましい。私も一日も早く大司教の座を息子に譲り、オーレイで使徒様のお側に侍りたいものです」
正確にはレオナルドはオーレイの集落ではなく開発区のホテルでライアンと暮らす事になる。しかしローランドは開発区も集落も一括りにして、オーレイを使徒の庭として憧憬の念を抱いているようだった。
「ローランド何を言ってるの。聖ハイデンに祈りを捧げるのが聖職者の本分でしょ。オーレイで暮らしたいから大司教の座を投げ出すなんて本末転倒じゃないの」
「サヨコの言う通りであるね。ローランド大司教は、あと20年は役目を果たして徳を積まれるとよろしい。なので私がオーレイに行こうとしようかな。私は使徒の庭に住まうに十分なほど徳は積んでいるよ」
ローランドの隣には良い笑顔を見せている相変わらず立派な白髭のパズルカが立っている。
パズルカはアリーの洗礼を終えて、今度は小夜子を追いかけるようにコルネリアに戻ってきたのだ。神の啓示はコルネリアへの帰路の途中で目撃し、それから使徒による浜辺の大暴れも楽しく観戦した。大津波を防いだ小夜子の防波堤を見たかったと、新聞記事を見ては悔しがっているパズルカは、小夜子が今後も巻き起こすであろう騒ぎ、もとい使徒の奇跡を特等席で眺め続けたいと願っている。そしてそう願っているコルネリアの聖職者はローランドを筆頭に大勢いるのだった。
「うーん、そうねえ。考えておくわ」
パズルカを受け入れるのはダメでは無いのだが、移住の許可をするとこれを皮切りに教会関係者の収拾がつかなくなりそうな気がする。小夜子が言葉を濁していると、そこに可愛らしい声が上がった。
「サヨコ様!」
大人達の会話が一段落したとみて、ミシェルが小夜子達の前に駆け寄ってきた。
「ミシェル、久しぶり。大きくなったわね!」
「はい!」
ミシェルとはプロポーズをされて以来の再会となる。
天使のような容貌は変わらず、1年ぶりに会うミシェルは随分と身長が伸びていた。小夜子の胸元位の標準よりも小柄だったミシェルは、小夜子の肩を越すほどまでに背丈が伸びている。
「こんなに大きくなって、びっくりしたわ。あっという間に私を追い越しちゃいそうねえ」
「はい。サヨコ様の伴侶に相応しい、格好良い大人になる為にしっかり食べて鍛えて、学んでおります」
そう言ってミシェルは輝かんばかりの笑顔を見せる。昨年までの丸みを帯びた頬は少しシャープになり、確かにカッコよさも増している。これは同年代の女子達はミシェルを放っておかないだろう。だが、ミシェルの小夜子への想いは1年前と依然変わりは無いようだった。
「サヨコ様、オーレイに教会はありますか?私は司祭補助の出向先は是非オーレイにしたいのです」
「「!!」」
ミシェルの発言に国境門に詰め掛けていた聖職者達がどよめいた。
詳しく聞けば、幼年神学校を15歳で卒業した後は、更に上の神学校へ進学する道と各地方支部へ司祭補助として派遣される道の2つの進路があるのだという。ミシェルが司祭補助の道を選ぶとしても、あと6年もかかる話になるのだが。
「集落に教会なんてないわよ。イーサン、ポート町にはあったっけ?」
「小さな教会はあるけど、司祭は常駐していないね。春と秋の決まった時期にグレーデンから司祭がやって来て、婚姻式や洗礼式とか葬儀もかな、住民達の冠婚葬祭をまとめてやる感じ」
「サ、サヨコ様」
「ん?」
ローランドが思い詰めた表情で小夜子に切り出す。
「・・・オーレイに・・・、教会を作らせていただけないでしょうか」
辺りはシンと静まり返っている。
「・・・・・」
ローランドを筆頭に緊張の面持ちの聖職者達を前に、小夜子とイーサンは顔を見合わせる。
「イーサン、どう思う?オーレイに教会はあった方が良いかしら」
「うーん・・・」
小夜子に話を振られて、イーサンはしばし考える。
聖職者達は出来ればオーレイの集落に教会を作りたいのだろう。
聖職者達の懇願するような幾つもの目がイーサンを見てくる。小夜子が愛するオーレイに教会が立ち、その教会に常駐する栄誉を手に入れられたら、これ以上の聖職者としての喜びは無い。どの聖職者の目も、口よりも雄弁にイーサンにそう語り掛けてくる。
「ホテルの隣に教会を立てたら?人が増えたらやっぱり必要だろうからね」
「そうね!なんならレオナルドに教会の仕事を振っても良いわよね」
イーサンと小夜子の会話に半数の聖職者が嘆きの悲鳴と共に地面に崩れ落ちた。小夜子が愛し慈しむ小さな集落への協会設置が許されなかった事へのあからさまな落胆である。
なお使徒の前で感情を高ぶらせて膝を付いた聖職者達は、即座に使徒の前から強制退場となった。
小夜子の姿を一目でもと集まっていた大勢の聖職者の内の半数が、他の聖職者に追い立てられるように国境門を後にした。
「使徒様の前で己の願望に心乱すなどなんたる未熟。大変失礼いたしました」
「あはは、ごめんね。教会を立てるならやっぱり開発区にするわ。集落の方は今の規模でのんびり生活したいの」
「謝って頂く事など何もございません。開発区に教会を立てる事をお許し頂き、有難き幸せにございます。全ては使徒様の御心のままに」
ローランドと大公家、残された聖職者達は小夜子達に揃って頭を下げた。
オーレイの住民達は小夜子を使徒としてではなく、冒険者の小夜子として変わらずに接してくれている。そのオーレイに教会が立てば、折に触れて小夜子が使徒であることを住民達は思い知らされるだろう。
それでも住民達が必要とするならと、小夜子は教会を受け入れる気があったのだが、イーサンは開発区に教会を立てる事を提案した。言わずとも小夜子の心を汲んでくれた事が、小夜子は嬉しかった。
「ふふ」
笑顔で手を繋いできた小夜子にイーサンも笑顔を返す。
「使徒様が心穏やかに過ごされる事が、神に仕える我々の一番の喜びにございます」
相変わらず仲睦まじい使徒と聖配の様子に、ローランド以下聖職者達も大公家も、皆笑顔になるのだった。
「教会の件はライアンに相談しておくわね。ホテルの準備が出来たら連絡するから!ミシェル、ポート町か開発区の教会で良かったら是非来てね」
「はい。派遣士に選ばれるように頑張ります!」
仲睦まじく腕を組んだ小夜子とイーサンは、話が一段落すると国境門から姿を消した。
「・・・・オーレイ開発区への赴任を希望します!」
「わ、私も!」
「レオナルド様は予定の通りにご隠居下さればよろしいのです。して、オーレイ新教区の司教はどなたがされるのですか!」
「私はポート町への赴任を希望します!」
小夜子達が姿を消すと同時に、大聖堂まで戻る事すら待てないと、聖職者達のガルダン王国オーレイ地方への赴任を巡る争いが勃発する。
「私はレオナルド様の随員になるとしようかな。ローランド大司教、後は任せるね」
「パズルカ枢機卿。あなたの任はまだ解かれておりませんよ」
そして高位聖職者達の争いも勃発する。
小夜子はもはや生神の様にコルネリア教区では敬われる存在であり、聖職者の誰しもが少しでも小夜子の近くで務めに就きたいと願っている。しかしそこに、まるで聖職者達に冷水を浴びせるような一言が発せられる。
「欲に塗れた利己的な争いを、神は見ておられますよ」
大公妃の冷静な指摘にローランドも、他の聖職者達もぎくりと背筋を伸ばした。
大司教である前に、大公であり子等の父であり、何より妃の夫であるローランドは少し己を顧みて落ち着くべきでは無いか。
大公妃は他の聖職者達より大分冷静であった。
「使徒様にお会いできて良かったわ。さあ私達は先に帰りましょうね」
「はい、母上」
大公妃に促され、大公妃とその子供達は醜い欲望に塗れた大人達を置き去りに帰路についたのだった。
さて、とうとうオーレイからコルネリアまで大街道が開通した。曲線なく一直線に通された街道は、馬車であれば2日でコルネリアに到着するかという見立てだ。車やバギーであれば一日でオーレイからコルネリアに行けるかもしれない。
これまでコルネリアに行くには、以前バギー強奪を図ったエルマー男爵の領地から山道に入り、マキア山脈の麓を迂回しながら1週間以上野営を続けるという過酷な旅程を辿る必要があった。それに比べれば、ガルダン王国辺境東部からコルネリア大公国までの道のりは劇的に近くなったと言える。
この事によりコルネリア大公国の貴人達はもちろんの事、将来的にはコルネリア大公国に滞在している諸外国の要人達もオーレイへの訪問を希望するようになるかもしれない。
しかし、オーレイの国境門の内部は未だ準備が整っていない。
小夜子は勇み足の教会の聖職者達へはもちろん、諸外国の事もしっかりと抑える様にとレオナルドに厳命している。
レオナルドは開発特区への移住が小夜子から許されている余裕からか、小夜子の言いつけには良い返事で応え、間違ってもフライングでオーレイに突撃する者が出ないようにしっかりと大公国内の動向を押さえている。
とにもかくにも、大街道は通った。
オーレイ国境門の内側もホテルと各施設の稼働に向けて、更に準備が進められている。
開発特区のホテルには小夜子やイーサンが帝国から運び入れる物資等が、軍務政務合同施設にはグレーデンからの設備備品等が次々と運び込まれていった。




