【閑話】オーレイ村 温泉郷への道 ⑤-2
さて、いよいよホテルを作る段となったのだが、ライアンが設計依頼した建築士がアレクシスと一緒に帝都からやって来る事になった。
イーサンが転移で人員を運んでくれたのだが、アレクシスがやって来たのは単に見物したいからだ。
コンテナハウス経由で自由にオーレイに来られるようになったアレクシスは、ふらりとオーレイを訪れるようになった。小夜子を尋ねてくる時もあれば、小夜子の知らない内にアリーを抱きながら集落を悠々と散歩をしている時もある。ここ最近はかなり気ままにオーレイに訪れるようになったアレクシスは、今日も少しだけホテル工事着手の様子を見たら仕事に戻るのだという。
帝都の高名な建築士だというコールマンは、帝国民にしては小柄な老紳士で、麻のジャケットにズボンを袖まくり裾まくりするという涼し気な装いでやって来た。真夏のオーレイにこげ茶のスラックスにワイシャツ、ベストをカッチリ身に付けてやって来たアレクシスと対照的に非常にカジュアルだが、その気崩し方も洒落ている。コールマンはパナマ帽を胸に当て、小夜子に深く一礼をした。
「使徒サヨコ様、お初にお目にかかります。私はデイビス・コールマンと申します。帝都では長年建築に携わる仕事をしてきましたが、私の最後の仕事を使徒様からいただけるとは光栄にございます。此度の大任、精一杯務めさせていただきます」
「小夜子よ。頼りにしてるわ。よろしくね!」
片や小夜子は気さくにコールマンに握手を求める。ライアンとアレクシスのお墨付きなのだ。小夜子がコールマンを信用しない理由がない。コールマンは感激して恭しく両手で小夜子の手を握った。
「帝都の高級ホテルの殆どを手掛けたコールマンの最後の作品になるというのだ。これは見逃せないと思ってな」
そう言って片手にアリーを抱えてアレクシスはやって来た。帝国内の開発事業にも関わっていただけあって、アレクシスは建築物の建造全般に興味があるらしい。今は帝国軍部からは完全に退いているので、国防整備部門にのみ籍があるのだという。それも非常勤扱いなので以前よりも自宅にいる時間が長く、アリーとの時間も十分に取れている。
「マッマ!」
2歳目前となったアリーは片言のおしゃべりが始まっている。体も大きめだが声も大きい。アレクシスの耳元で元気な声を上げて、アレクシスが堪らず顔を顰めている。アリーが産まれてからアレクシスも随分表情が豊かになったものだ。小夜子は笑いながらアレクシスからアリーを受け取る。
「アリー元気ね。良い子にしてた?」
「ンーン!」
どちらともとれる返事をしながらアリーは小夜子にしがみ付く。
その小夜子の隣にソフィアを抱っこしたイーサンが立つ。アリーとソフィアは小さすぎてまだ一緒には遊べないが、後5年もすればよい遊び相手になるだろう。今はお互いに感心を示さずにそれぞれが小夜子とイーサンに抱かれている。
小夜子達の他に、ダグラスやバーリー、ライアンと言った見物人が見守る中、コールマンは早速自分の仕事を始めた。コールマンは測量技師を5人連れて来ており、ホテル予定地に設計図通りに印を打って行く。
ホテルの照明は全て畜光石を使用する予定だ。ガスボンベをコルネリアから運び、厨房はガスコンロとガスオーブンを設置する事にした。風呂は全室温泉を引く。そして温水パイプを全館に巡らせて、冬季の暖房にする。
小夜子がこの世界で建築物を造る際には、将来の修繕を想定してなるべくこの世界の資材で造るというポリシーが一応ある。オーレイの集落の住宅や宿は木造建築、温泉の浴槽は石造りにしている。
なので出来れば、ホテル内部の設備もこの世界にある物を使いたい。いつか故障した時、この世界に代替品が無いと困るだろうからだ。
しかしこの大きさのホテルを稼働させると考えると、従業員達もまだまだ少ないので今回は前世家電のチートを使わせてもらう。小夜子の魔力に紐づけられているので、正確には前世の電化製品を模した魔道具となる。
まずホテルの厨房には当然業務用冷蔵庫、冷凍庫、大型食洗器を入れる。そして、ホテルのリネン類の洗濯とプレス処理を考えると、大きなリネン庫、ランドリールーム、プレスルームが必須だ。
ホテルに隣接させる従業員寮にもランドリールームとプレスルーム、食堂にもホテルと同等の厨房機器を入れていく。ホテルの従業員達は貴人対応のプロなので、その従業員達の生活を支えるスタッフも当然別に必要となる。従業員寮で働く料理人、清掃員、制服の管理などするクリーニング係、寮の従業員達を統括する管理人も探さなければならない。この辺りは後でジェフとノエルに相談しようと思う。オーレイに働きに来てくれるなら喜んで住む場所も用意する。
こう考えるとどんどん必要な従業員数が膨らんでいく。
ホテルの全容としては鉄筋コンクリートの5階建てを予定しており、4階と5階は高位貴族が泊まる想定で、以下は3階と4階に客室を20室ずつ、1階にはカフェとレストラン、屋内大浴場を作る。ライアン御所望の屋外の露天風呂と温水プールはもう少し従業員が充実して、ホテルの稼働も本格的になってからだ。
5階はほぼライアンとレオナルド、その従者達の貸し切りになるだろうと使用人部屋と主の部屋の区別をつけて設計をしている。スチュアート家とコルネリア大公家が一度にホテルにやって来たら、4階と5階に使用人達も含めて収まる想定にはしている。
チートついでに最上階で生活をするライアンとレオナルドの為に、エレベーターは当然つける。小夜子が生きている間にガルダン王国で電気の普及、電化製品、エレベーター等機械の普及が間に合う事を期待したい所だ。スチュアート商会にはエレベーターと言った設備、洗濯機、冷蔵庫と言った前世の家電製品を早くこの世界で再現してもらいたい。将来的に機能に遜色が無くなれば、順次この世界の機械と入れ替えていってもらえばいいだろう。
設計図通りに印を打った後は、地下に下水管を張り巡らせて基礎を固める。それから小夜子は設計図通りに鉄筋を配置、それから上部に伸ばしてはコンクリで壁を作っていく。それは地面からみるみるとホテルが生えてくるかのような、何度見ても驚かされる小夜子の万物創造のスキルだった。小夜子が作るのは鉄筋とコンクリートの打ちっぱなしまで。断熱材を入れたり、室内の装飾、そして外装を整えていくのはホテルのトータルコーディネートをしていくコールマンの仕事だ。
しかし、小夜子とイーサンは資材や職人を運んだり、家具や厨房機器を運んだり、作り出したりと運搬等の仕事がホテルの完成まで延々と続く。小夜子は全館に畜光石を取り付けていく作業もある。内装に関しては、とにかく完成に向けて1つずつ仕事を積み上げていくだけだ。
測量技師達の仕事が素晴らしく、点を打ち、設計図通りに鉄筋を生やしてコンクリートで壁を作る作業は3日ほどで終了した。オーレイに突如5階建ての高層建築が出現したのだ。
しかしオーレイの住民達は、突如集合住宅が出来たり、突如温泉宿が出来たりと、突然建築物がオーレイに増えるのには慣れっこだった。今度は大きいな、位の住民達の感想だったのだが、温泉宿の利用客達は大いに驚いた。5階建ての建物など、この辺にはまずない。たった3日で大きな建物が出来てしまったと、その驚きの情報はポート町を駆け巡った。
ポート町の住民達も小夜子の仕業だとすぐに分かったし驚く者は居なかったが、観光客達は驚いた。その噂には背びれ尾びれが付き、オーレイに1晩で巨大な謎の建築物が出来上がったと、噂はポート町の外へと広がっていった。
そんな事になっているとはついぞ知らないオーレイの小夜子達は、コールマンにホテルの内装を任せて、次はオーレイ軍の施設に取り掛かっていた。
まずは森の恵みの多い集落周りは避け、ホテルから少し離れた広葉樹林帯を500メートル四方に渡り木を全て引っこ抜き、大岩などを除去し、整地した。そして、鉄筋コンクリートの二階建て軍本部を、こちらは小夜子が設計図も無しに適当に作った。
そしてそのすぐ隣に軍団員の寮を作るが、一応軍の本部にもシャワールーム、仮眠室、事務所、応接室、食堂、厨房、各部屋にトイレ、最上階には団長室といった様に、思いつくままに設備を作っていく。
下水道は集落と同じ仕組みの物をホテルと軍施設が共有する事にして、浄化槽は集落の10倍の物を作っておく。これは人口の増加にある程度耐えうるように想定しての事だ。
ショーンは集落の浄化槽の管理のみで手一杯なので、新しい浄化槽を含めた軍施設の管理人には王都から連れて来た者達5名ほどになってもらう。
働き手が15人増えたと思ったが新しい施設に人員を振り分けていくとやはりまだまだ足りない。ポート町かグレーデンにまで求人を出さないといけないかもしれない。
軍の本部と軍団寮の屋上には巨大な貯水タンクを置く。ここに雨水を貯めたり、水魔法で水を貯め、ろ過装置を通して施設内の水道の蛇口から水が出るようにする。直接飲料水には出来ないが、調理に使ったり沸かして飲む分には問題ない。
一応軍施設には上下水道が付く形になった。これはホテル内の水道も同じ方式を取る。しかし小夜子のチートで設置した業務用洗濯機や食洗器等はホテルと同様にこの上水道とは繋がっていない。
ちなみに軍の施設にも燃料費削減のために惜しみなく畜光石を使う。
そして少し考えてから、小夜子は軍本部と全く同じ作り、同じ規模の二階建て鉄筋コンクリート建築を作り、軍本部と繋げてしまった。中央に食堂や仮眠室、シャワールーム等の共有スペースを2倍ほどの大きさに拡充して据え、建物を集約する。
軍務と政務の機能を1つの建物に纏める事にしたのだ。
これで警備の面でも不安は無くなるし、施設内で働く人員も共有できる。人手不足のオーレイでは1施設ごとに人員を置く余裕は無いのだった。団員寮も1.5倍ほどに広げ、一応政務部門で働く者も入寮が出来るように室数を増やしておく。
軍の訓練場は、とりあえずはだだっ広い広場が出来ただけだ。そのうちに少しずつ充実させていく予定だ。
これで一応、ダグラスとバーリーの職場のハード面は準備できた。建物内の家具備品などは小夜子が作ったり、王都に発注を掛けたり色々だが、細かな備品を揃えるのにも多くの買い出しが必要だろう。必要な物は手配するので、後は自分達で内部を整えていってもらう。
ホテルと軍務政務施設には公用車として、バギーを2台ずつ用意した。荷台付きと荷台無しの物、各1台ずつだ。小夜子とイーサンは転移で集落と開発区を行き来できるが、ダグラスや軍人達、バーリーが集落と施設を行き来できるようにである。ホテルは小夜子かイーサンが絶えず出入りしているので、今はもっぱら軍人達がバギー4台を使い運転練習を訓練場で楽しそうにしている。
そしていよいよ国境門である。
何もなくても小夜子は物を生み出す事は出来るが、素材があればなお効率よく早く作る事ができる。
小夜子はオーレイ鉱山跡地の岩や土を綺麗に収納し、埋もれていた畜光石も全て採取する。
剥き出しになった源泉はしっかりと屋根をつけ、安全に管理できるように鉄柵でぐるりと覆い、源泉の観測所用の小屋もさっくりと作る。今は人手不足で人員は置けないが、更に人口が増えればオーレイ地方を支える温泉の管理はとても重要な仕事になって来るだろう。
源泉の管理人は、いずれ元気な爺か婆にでも任せたい所だ。
オーレイ鉱山跡地も整備して、国境門用の資材もそこそこ手に入った。
小夜子はさっそくホテルと軍務政務合同施設の前に立ちはだかるように、国境門を地上から空へと生やし始める。小夜子を中心に左右と上部へと黒々とした石壁が伸びていく。国境門は詰所と一体化している形にする。国境門の内部から階段で上部へ上がれるようにし、門の上には見張りの兵士が立てるように通路を通す。今は見張りの兵士も置けない状況なので、ここまでとする。人員が充足すれば、兵が常駐する想定で、防衛のための機能をもっと充実させていこうと思う。
国境門は出来たが、その巨大な鉄門は今はピッタリと閉じられたままだ。
ほぼ完成となった国境門を見て、見物人達は驚いていた。
「オーレイの鉄鉱石か?鉱山は全て取りつくされたと聞いていたが」
「なんと。石造りどころか、非常に強固な鉄の国境壁が出来上がってしまった・・・」
小夜子が崩れたオーレイ鉱山を原料に作った国境門は、黒光りする物々しい異形の門となってしまった。
「これ、雨に濡れたら滑るわねえ」
それはまずいと、小夜子は外階段の1段ずつに黄色のゴム製のコーナーガードをくっ付けた。外階段には転落防止のためにしっかりと手すりも付ける。暗色の鉄鉱石の階段に黄色いゴムの滑り止めが目にも鮮やかだった。
「国境門は実用重視よ。見た目に関してはごちゃごちゃ言わないでよね!」
もの言いたげな周囲に牽制しながら、小夜子はさらに安全対策を施していく。
小夜子は見回りの兵士が雨雪で滑って転ばぬように、城門上部の通路にも全面にゴムマットを敷いた。色は破れなどがすぐにわかるようにこちらも目に眩しい黄色だった。
そして小夜子は国境門にも燃料費削減のため照明となる畜光石をふんだんに埋め込んでいった。黒光りする国境門は夜には畜光石でピカピカとライトアップされ、その異形をよけに際立たせることになった。
「王都であれほど高額で畜光石が取引されているのが嘘のようだ」
「このオーレイではこれまでの価値観が全て覆されていくな」
バーリーとダグラスが呆然と小夜子の国境門建築の一部始終を見ている隣では、イーサンとアレクシスがそれぞれの娘を抱きながら妻の雄姿を見物している。
ちなみにイーサンは一応オーレイの領主なのだが、ここまでの大開発に対して何も意見を挙げていない。
一応小夜子はイーサンに、オーレイの開発に対して何か希望はあるか事前にお伺いを立てた。しかしイーサンは小夜子の望みが自分の望みだと笑顔で言い、後はソフィアの頭部に鼻を埋めて動かなくなった。ソフィアの頭部は天日干しされた布団のような何とも良い香りがするのだ。
イーサンはオーレイの開発自体には興味が無いようだった。
しかし裏を返せば、オーレイがどれほどの規模になろうが領主として責任を負うと言っているのだ。のほほんとした雰囲気が通常運転のイーサンだが、自分の持つ能力と人脈にしっかり裏付けされての発言だった。
そもそも富にも名誉にも関心のないイーサンがオーレイ領主になったのは小夜子の為だった。イーサンの行動規範は小夜子の為、小夜子が喜ぶ為が殆どを占める。そのためオーレイの開発内容に関しては小夜子と皆が喜ぶならそれでよし、と興味の外なのである。
領主の希望は特になし、その都度必要な対応はするという事だったので、小夜子とライアン、ダグラスとバーリーは制限なし遠慮なしに思い切り開発を進めている。
「まさに神の御業といった所か。サヨコなら世界の何処にでも思うままに国を作れるだろう。私のような凡人は国家予算の範囲でしか物事を考えられないからな」
凡人は国家予算に関わる事すら出来ないのだが、小夜子のお陰でアレクシスもイーサンも自分が常人の枠からはみ出ている事を自覚できていない。
小夜子は費用の一切を気にせず思いのまま、巨大建築物すらも作り出してしまう。この未開の地のオーレイに小夜子は自由に主要施設を配置し、交通の便を考え自由に道路を敷き、将来の都市をデザインしていく。
「今まさに国を造ってるよねえ。聖典の一節に加えても良い位の奇跡の御業だよ。そしてこれから、その奇跡の御業を待ちわびているコルネリア大公国に向かって、大街道を一気に通していくからね」
使徒の前で大地に体を投げ打つのを厭わない聖職者達が待ち構えているコルネリアに、これから小夜子が力任せに大街道を通すのだ。騒ぎにならない訳がない。
ホテル建設は小夜子の手を離れ、軍務政務合同施設も取り合えず出来た。国境門も出来た。
そしていよいよオーレイからコルネリアへと大街道を通す段となった。




