肉食小夜子の旅の終わり 5
女神ティティエとの決着が付き、成り行き上聖ハイデンの使徒となり、さらに各国で騒ぎの後始末を付けてから半年が過ぎた。
小夜子は現在、イーサンとオーレイでコンテナハウス暮らしをしている。
帝国に帰れなくなった、やむなき事情があるのだ。
転移はもちろん、魔力もあまり使わないようにとオリビアから注意を受けていた小夜子だった。しかし今日は様子を見ながらという許可をもらい、オリビアとイーサンが見守る中、小夜子はコンテナハウスの中で久しぶりの魔力の行使を行っている。
「どんな感じ?」
「うーん、イメージはあるんだけど。理論上実現可能かなんて知らないし、空想上の便利道具だからね」
小夜子はコンテナハウスの寝室の壁に無意味に取り付けられたドアに向かってウンウン唸っている。
「ん、出来た!気がする!」
こんな道具はあまりにも何でもあり過ぎるだろうと、1回目は半信半疑の作成だったためか、結果は失敗した。しかし今回は行ける気がする。
「これでどうだ!」
小夜子は思い切り寝室に取りつけたドアを開けた。
結果は、ドアの向こうにはアリーを抱いたサーシャが目と口を真ん丸にして立っていた。
「成功だわ!」
「ほんとだ!サヨコは本当に何でもありだね」
小夜子はドアを通り抜け、アリーの寝室へと入った。
「サーシャ、久しぶり!」
「サ、サヨコ様。このドアは一体」
「オーレイのコンテナハウスとどうにか繋げたわ!成功して良かった」
「マッ!アーー!」
サーシャに抱かれていたアリーは小夜子を見つけると、大声を上げて泣き出した。小夜子に抱っこをせがみ両手を懸命に伸ばしてくる。小夜子はサーシャから愛しい娘を受け取った。
「ああ、アリー。しばらく帰れなくてごめんね。会いたかったわ」
「アッ、アッ、アアー!」
アリーは渾身の力で小夜子にしがみ付く。1歳を超えたアリーは10キロを軽く超えており、その重さがズシリと小夜子に圧し掛かる。
「サヨコ様、椅子をお使いくださいませ」
小夜子達に続いてアリーの寝室に入ってきたオリビアは小夜子に椅子を勧め、小夜子はアリーを抱きながら椅子に腰を降ろした。
「アリーはちょっと見ない内にどんどん大きくなるね」
「ウ“ー!ウアーッ!」
声に反応してイーサンを見つけたアリーは、顔をクシャクシャにしてイーサンにも手を伸ばす。どうしてしばらく顔を見せなかったのかと、まるで抗議しているかのようだ。
イーサンは小夜子からアリーを受け取った。イーサンの首にがっしりと両腕を回し、アリーはイーサンにも渾身の力でしがみ付いてくる。1歳児にしては驚くべき力強さだった。
「あはは、暫く会いに来れなくてごめんね」
イーサンがアリーに怒られていると、アリーの寝室のドアが開いた。サーシャから呼ばれたアレクシスが急ぎやって来たのだった。
「アレク」
「サヨコ!」
アレクシスと小夜子は3カ月ぶりの抱擁を交わす。
ここ3カ月ほどオーレイから動けなくなっていた小夜子だったが、本日小夜子が作り出した魔道具で無事に帝都のヨーク邸に顔を出す事が出来たのだった。
ちなみにこの魔道具は小夜子の前世において、世界的に有名な青いネコ型ロボットがお腹のポケットから出す便利なドアである。魔道具と一応呼ぶが小夜子以外には作れないし、コンテナハウスと同様に小夜子の魔力に紐づけされた小夜子が存在する限り使用可能な物だろう。小夜子のイメージとしては、転移は点から点への移動で、この便利ドアは空間を歪めて点と点をゼロ距離に接触させるイメージである。
「やっとこっちに来られたわ。アリーを任せっきりでごめん。アレクにも会いたかった」
「なに、お前の身体の方が大事だ。しかしサヨコに会えたのは嬉しいが、魔法を使って大丈夫なのか」
「うん今のところ平気。アレク、これを見て」
アレクに抱きしめられながら小夜子はアリーの寝室の中に突如現れたドアを示す。
ドアの向こうはアレクシスにも見覚えがある空間が広がっている。
「・・・コンテナハウスに見えるが」
「オーレイにあるコンテナハウスよ。オーレイと帝都を繋げたの。だって、娘達には私がどっちに居てもいつでも私に会いに来て欲しいもの」
「これは素晴らしい。アリーも寂しい思いをせずに済むな」
「アレクも遠慮しないでオーレイに遊びに来てよ。いいわよね?イーサン」
「もちろん。俺も遠慮なくアリーに会わせてもらってるし。小夜子はまたオーレイで出産するから、アレクシスもこまめに小夜子の様子を見に来たら?」
小夜子の提案に、イーサンも鷹揚に答える。
「感謝する、イーサン。私の娘でもあるからな。会える日を楽しみにしているぞ」
アレクシスは柔らかい表情で、小夜子のまだ膨らみの目立たない腹部にそっと手を置いた。
ガルダン王国とも和解をし、2拠点を股に掛けながら小夜子がオーレイの開発にも取り組もうしていた矢先の事だった。
小夜子は突如体調不良に見舞われた。状態異常のパッシブスキルは無効となり、小夜子は眩暈や吐き気、食欲不振に襲われた。
ひょっとしてと、小夜子は自分に鑑定魔法をかけた。
すると自分の身体に新たな命が宿っている事が分かったのだった。
アリーの時にはつわりが一切なかったので、今回の強烈なつわりに小夜子はオーレイで行動不能になってしまった。
「本来体の痛みや感じる不調は、生きる上で必要な信号なのですよ。今回の御子様はしばらくサヨコ様に安静にして頂きたいのですわ」
「そっかあ・・・」
おっとり笑いながらオリビアはグロッキー状態の小夜子に説明した。
小夜子の第2子はバトラー家の家名を抱く女の子だった。
イーサンはもちろんの事、王都のバトラー家も喜びに沸いた。
今回もオーレイで出産する事に決まり、オリビアはまた産前産後のサポートをしてくれる事になった。更にサポートメンバーとしては臨月を迎えたらバトラー家から侍女と乳母が派遣される事になっている。もちろんイーサンも全面的に小夜子のサポートを行う。ジェーンまでもオーレイに来ると言っているらしいが、オーレイに滞在してもらうかどうかはイーサンの判断に任せる事にした。
妊娠中の転移は禁止とオリビアからのお達しが今回もあった。
しかし、娘のアリーと半年以上会えなくなるなど、耐えられない。アレクシスとも心の準備も無い想定外の別離で、いくら通信機で顔が見られるとはいえやはりアレクシスにも会いたい。
そのような想いから、つわりが落ち着いてから小夜子は新たな空間魔法を編み出したのだった。
空間を繋げたので、小夜子とイーサンが居なくてもアリーもアレクシスも自由にオーレイに来ることが出来るのだ。アリーの寝室とオーレイのコンテナハウス内の小夜子の寝室が繋がれたので無制限に人が出入りできる部屋ではないのだが、入れる者であれば双方誰でも自由に通行できるので、防犯面についてはアレクシスとイーサンに色々取り決めしてもらう事にする。
「まあ、お懐かしゅうございますねえ」
サーシャがドア越しにコンテナハウスを覗き込んでいる。思い返せばサーシャとの付き合いはこのコンテナハウスから始まったのだ。それからサーシャはずっと小夜子達の生活を支えてくれている。
「サーシャ。アリーがぐずる時はこっちに連れてきてくれてもいいからね」
「それは助かりますわ」
サーシャと世話役の使用人がホッとした表情を見せた。アレクシスも出勤してしまうと、最近は父母恋しさにアリーがぐずる事が多かったのだそうだ。
恋しがってくれた事を嬉しく思うが、長らく寂しい思いをさせてしまったので、これからは出産までアリーとの時間も大事にしていきたいと思う。
「イーサン」
アレクシスに抱きしめられながら、小夜子はイーサンにも手を伸ばす。
イーサンは近づいて来てアリーをアレクシスに手渡す。
アリーは小夜子とアレク、イーサンに取り囲まれ、目をクルリと回すと嬉しそうにニコリと笑った。
「アリーは素晴らしい力を授かって生まれて来たわ。そして、次の娘も多分、世界中から望まれるような才能を持って生まれてくると思う」
小夜子はアレクシスとイーサンに両手を伸ばす。それに応えてアレクシスとイーサンはアリーの頭越しに小夜子の頬や額に口付けを落とした。
「みんなで娘達を守って育てていきましょうね。まだまだ大勢産むつもりだけど、息子にも是非会いたいわね。楽しみだわ。大切に育てて、いずれは自分の力でしっかり生きて行けるように、子供達にたくさんの事を教えていきましょうね」
「そうだな」
「宝物が増えていくのが楽しみだね」
アレクシスとイーサンはアリーにも頭や頬に口付けを落とす。小夜子とイーサン、アレクシスが一度に揃った事でアリーは非常にご機嫌だった。
娘の笑顔につられて笑っている夫達を見て、小夜子はしみじみと幸せを嚙みしめていた。
新しく授かった命、イーサンの娘なのだが、特筆すべき点があった。
スキル欄の最下部に神からの祝福が既に2つも付いていたのだ。
1つは聖イヴァンの祝福でこちらは想定内だ。
そして問題のもう1つなのだが、創造神の祝福と表記されていた。
女神ティティエの表記ではなく創造神だ。
これが今後、娘にどのような影響を及ぼすのかは全くの未知数だった。
小夜子は神々と対話をした際、女神ティティエの信仰心の欠片を飲み込んでしまった事を思い出した。聖ハイデンが言うには支障は無いという事だったが、飲み込んだ欠片が祝福となったのかどうかは定かではない。
しかし小夜子の感覚を信じるなら、飲み込んでしまった信仰心の欠片も、イーサンの娘に付いた謎スキル、創造神の祝福も多分悪い物ではない。ティティエに対峙していた時のような嫌悪感は一切感じないのだ。
まあ生まれてみない事には何とも言えないのだが、何か障りがあるならば小夜子と2人の父親達で必ず子供達を守り抜いてみせる。
「急がなくて良いから、しっかり育って準備が出来たら出ておいで。みんなで待っているからね」
「ウゥ!」
タイミングよくアリーが声を上げ、アリーを取り囲んでいた大人達は笑い声をあげた。
思いもよらぬ不運から小夜子は新たな世界に足を踏み入れた。
それから出会いと別れを繰り返しての小夜子の旅は、大いなる人生の糧を得てここにやっと終わりを迎えた。
しかし神々の加護と祝福を授かった小夜子の人生は、ますます実り豊かにこれからも続いていく。
小夜子と愛する夫達、そして小夜子の子供達が織りなす驚きと喜びに満ちた日々を、天上の神々は飽きる事無くこれからも見守り続ける事だろう。
聖ハイデン教の聖典に謳われる通り、神は地上の全てを見ているのだから。
クズ男もいい男も千切っては投げる肉食小夜子の異世界デビュー 完
これにて本編は完結となります。
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。
ブクマ、評価、いいねを頂き嬉しかったです。
あと閑話が数話で、完全完結となります。




