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異世界に行く前の綿密な打ち合わせ 1

 小夜子は激怒した。

 これからという時に。

やっとのことで、顔だけは良いが人格に問題しかないモラハラクズ男と同棲を解消出来たという、その喜ばしい門出の日に。

小夜子は、歩道に突っ込んできた軽自動車にはねられて、36歳の短い生涯を終えた。

 そしていまだ小夜子の怒りは冷めやらぬ。

 目の前の女神だと名乗る、シンプルな白のワンピースを纏った黒髪おかっぱ幼女を半泣きで委縮させるほどに。

「本当に、すみませんでしたあー」

 真っ白で上も下も、右も左も認識できない空間の中に、その幼女と小夜子だけが存在していた。

 幼女は腕を組んで仁王立ちしている小夜子の目の前で土下座をしている。

 その絵面だけをみれば、幼女を恫喝する人格に問題しかない女という構図だが、被害者は小夜子の方だった。

「チャッキーをうっかり逃がしちゃったんですぅー」

 チャッキーというのはこの女神を名乗る幼女の、ネズミ型の使役獣なのだという。話によればチャッキーが逃げ出した先が、小夜子に突っ込んできた軽自動車の車内だったそうだ。突然車内にネズミが現れれば、そりゃあハンドル操作も間違えるだろう。使役獣と言う割に、全く主の管理がなっていないではないか。事故は完全にネズミの飼い主の責任だ。

「それで?どう責任をとってくれんの?」

「ふえーん」

 泣きたいのはこっちだが。

「私はね、顔だけのクズ男を部屋から追い出して、気分良く部屋飲みしようと近所のコンビニに行く途中だったの。今夜は浴びるほど飲んで、明日はあの男の荷物を全部捨ててやろうと思ってたの。これからは誰に気兼ねすることも無い、楽しいばっかりの新しい生活が始まると思ってた!これ、どう落とし前付けてくれんの?!!」

「ふえーん、こちらをとりあえずどうぞー」

 幼女がスッと、銀色に光る500mlのスーパーでドライな缶ビールを3本小夜子の足元に押し出してきた。これは、小夜子が毎月の給料日に飲む事を楽しみにしている大好きな銘柄だった。本当は毎日飲みたかったが、クズ男の生活費が小夜子の財布を圧迫し、発泡酒で我慢を重ねていたのだ。

小夜子は土下座する幼女の前にどっかりと胡坐をかき、座り込んだ。勢いよくプルタブを引き起こし、ビール缶を思い切り煽る。小夜子はゴッゴッゴッと喉が鳴る程の勢いで500ml缶を半分ほど飲み干した。

「・・・ッカーッ!!」

「じゃ、成仏しましょうか」

「ふざけんな」

「ふえーん」

 小夜子は気付いた。

窺うようにこちらを見上げた幼女の目元が全く濡れていない事に。

「あんた、ウソ泣きやめなさいよ」

「・・・・はあー。こっちだって、わざとじゃないんですよねぇ・・っいだだだだ!アイアンクローやめてくださいい!!」

 見た目を裏切って性格が非常に良さそうな幼女の顔面を、片手で小夜子は締め上げてやった。

「あんたみたいな後輩、会社にいたわ。適当に私の小言をやり過ごせばいいって態度が、私の後輩とそっくりで余計に腹立つわ」

「ほんと、やめ、やめてください。この空間、私の制御下じゃないから、私の体、簡単に木っ端みじんになります。荒ぶる御霊よ、成仏したまえー」

「誰が成仏するか!無理に成仏させようもんなら、私の持ちうる全ての力で怨霊と化してやるわ!あんたを未来永劫呪ってやる!!それが嫌なら本気出して、損害賠償しなさいよ!!」

「あだだだだ!!わかったから殺さないでえええ!!」

 幼女がガチで泣き出したので、良い頃合いで小夜子は幼女の顔面を開放してやった。

「ひどい・・・、鬼畜・・・。本気で泣いている幼女を更に痛めつけるなんて、鬼の所業・・・」

「態度を改めないと、もう一回やる。それじゃあ、損害賠償の内容を詰めていこうか?」

 小夜子は二本目のビールの口を景気よく開けた。

「わかりましたぁー。悔いや未練、やりたかったこと、何かご希望がありますか?」

 不慮の事故で、しかも女神だか知らないが、他人の不注意で死んでしまったのだ。悔いだらけに決まっているだろうが。

「私はね、もう人の言いなりになったり、理不尽に耐え忍んだり、不当に搾取されるのにはうんざりなの。頑張った対価は頑張った本人が正当に受け取るべきだわ。自分を大切にして自分の思うままに生きたい。周りがどう思おうが、知ったこっちゃないわ!!」

 顔が良いだけのクズ男に洗脳され、昼夜のダブルワークで無理を重ね、その給料の殆どをクズ男に言われるがままに渡していた。クズ男に毎日自己を否定され、自分に自信が全くなくなった。職場でも自信のない態度から侮られ、良いように使われ、後輩からも馬鹿にされた。小夜子は精神を完全に病んでいた。周囲と戦う気力も体力も無く、小夜子はどんどん追い詰められていった。

 そんな小夜子に転機が訪れた。とうとう体が限界を迎え、職場で倒れた小夜子は即強制入院となったのだ。職場からもクズ男からも隔絶された1週間で、体が健康を取り戻すにつれ小夜子は正気に戻った。

 退院してからの小夜子の行動は早かった。退院したその日のうちに、小夜子はありとあらゆる罵声を浴びせながらクズ男を部屋から追い出した。常軌を逸した怒れる小夜子の様子に、クズ男は心底おびえていた。いつも偉そうに人を見下していた男が、本気でビビる様をみて小夜子の留飲も下がる。100年の恋も冷めるとはこういう事を言うのかと、慌てて逃げ出していく男の背中を小夜子は何の感慨も無く見送った。そして小夜子は意気揚々とコンビニへと繰り出した。そして車に撥ねられて冒頭に戻る。

「ほんと、何してくれてんの?」

「思い出し怒りやめてくださいぃー」

「悪いと思うんなら、私を生き返らせなさいよ」

「それはー・・・、できま・・すん」

「なんて?」

「あだだだだ!!すみません!生命エネルギーは下位から高位に逆流させられません!元の世界に生き返らせるの無理ですううー!!」

 小夜子は舌打ちと共に幼女を打ち捨てた。

「ううう、酷い。なんて乱暴な・・・」

「私の人生の続きの補填を!責任を持ってやれ!元の世界が無理なら、他に代替案を出せ!」

「代替・・・。リセットして新しい魂になって生まれ変わりましょう!」

「それを成仏すると言うんだろうが」

「じゃあ・・・別の世界で生き直しますか?」

「おお。良く聞く話じゃないの」

 小夜子はネットの無料小説が大好きだった。無料なのに面白い話が星の数ほどある。こんなに素晴らしい物が他にあろうか。ネット小説の世界に浸っていると現実逃避が出来た。小夜子の大切な息抜きの一つだった。まあ現実逃避のリフレッシュのお陰で、クズ男との関係も長引いたともいえる。

「じゃあチート能力を山ほど貰わないとね。どんな世界なのか教えて頂戴」

「なんつー強よ・・いえ、えーと、おすすめの世界があります!出来たてほやほや、生物は単細胞種辺りが海洋に現れたかなーってくらいの原始の世界です!」

「本気で言ってんの・・・?そんなジュラ紀の3歩手前位の世界、嫌に決まってるだろうが!!」

「痛い痛いぃ!!ででではもう一つ!文明度は地球で言えば中世から近代への過渡期という所です。各国はほぼ王制で、剣と魔法で国同士で戦争したり、魔獣と戦ったりする世界です。冒険者とか傭兵もいます。地球を参考に世界を構築中なので、動植物や道具の名前は共通です!」

「それそれ、そういうのよ。あんた、いいモノ持ってるじゃない。最初から言いなさいよ」

「へ、へへへ。恐れ入ります」

 顔面を解放された幼女は素早く小夜子から距離を取る。目の前で正座をしたまま揉み手をする幼女を眺めながら、小夜子は3本目のビールを開けた。

「では、私の希望を言うわ。まず、病気をしない丈夫な体。これは外せないわ。医療レベルは現代に到底及ばないでしょ。それと無限容量の収納ボックス。これは異世界で外せないでしょ。魔法は全攻撃属性のマスターランクは当然、守護、光、鑑定、転移も出来る様にして。全ての魔法を私が脳内に思い描くままに自由自在に使える様にして。あと万物創造。無から欲しい物をなんでも作り出せるスキルも付けて。あと私のステータスを確認できるようにして。それからパッシブで索敵、状態異常無効、物理攻撃無効、魔法攻撃無効、熱ダメージ無効、氷ダメージ無効つけて。あ、状態異常無効は酩酊除いてね。酒に酔えないなんて、生きる楽しみの半分が無くなるようなもんだわ。後は、単純に物理攻撃力も欲しいわ。もちろん素早さも上げて。身体能力はその辺の魔獣ならワンパンで殺せるくらいでよろしく。災害級の魔物なら頑張れば倒せる位でいいかな」

「・・・人知を超える能力ですよ。世界を征服するつもりですか?」

「そんなめんどくさい事しないわよ。私は誰の指図も受けずに、自分の力で生きていきたいだけ。王にも歯向かえる力は必要でしょ」

「本当に、世界征服はしません?」

「興味ないって言ったでしょ。私はただ、人並みの幸せを求めているだけよ。わかったらさっさと能力をよこしなさい」

「人並みの定義・・・。はい、わかりました・・・。えい!」

 掛け声だけは見た目にふさわしく、幼女は可愛らしい気合を入れて小夜子に手をかざした。すると幼女はするすると5センチほど身長が縮んだ。

「はっ・・、はあ、はあ。能力が付与された筈です。心の中でステータスと唱えてみて下さい」

 小夜子はさらに小さくなった幼女に言われるがまま、ステータスと心の中で唱える。すると脳内に四角い蛍光緑のフレームが現れて、その中に文字が浮かんでくる。


中川小夜子(18)人間

HP ∞

MP ∞

耐久力 S

素早さ S

運 E

4属性魔法 S

氷魔法 S

雷魔法 S

光魔法 S

転移 S

鑑定 S

守護魔法 S

索敵(常時)

魔法攻撃無効

物理攻撃無効

状態異常無効(酩酊除外)

熱ダメージ無効

氷ダメージ無効

収納ボックス ∞

スキル 万物創造

スキル 剛腕


「ちょっと、私の年齢、どうなったの?」

 要望通りの能力が身についたようだが、名前の横にある数字に小夜子は引っかかった。さらに言えば、一つだけランクが相当に低い運も気になる。この運の低さが男運に直結していたのだろうか。運だけが低いって、全てが台無しなような気がする。

「あのー・・・。ご要望の力を身に付けるには、ある程度の若さと柔軟さが必要で」

「ふーん・・・」

 暗に若くないと言われた小夜子は、顔面に滝のような汗をかく幼女を見つめ続ける。

「まあ、いいわ。若返って困る事もないし」

「ですよね!ほら、元々お美しいのに、瑞々しさも加わって輝かんばかりの美貌ですよ!」

 幼女が媚びへつらいながら小夜子に全身鏡を向けて来る。

「おおー」

 くたびれ切ってやせ細っていた小夜子だったが、鏡の中の自分は張りのある肌と艶のあるストレートの黒髪を取り戻し、位置の上がったバストとヒップは自分の体でも見惚れてしまうほどだった。服装が擦り切れたジーンズとよれたパーカーでもそれなりに見える。

「若返りはお願いしてないけど、嬉しいわ。ありがとう」

「ご満足いただけて何よりですー」

「あとついでに、衣装と持ち物も異世界の物で揃えて頂戴」

「女性の一人旅は冒険者くらいしかしません。冒険者スタイルでいいですか?」

「それでいいわ」

「はーい、喜んで―」

 調子のいい返事をしながら幼女は小夜子に手をかざす。

 色気もへったくれもなかった死亡直後の小夜子の服装は、次の瞬間、黒いショートブーツにタイトな黒革パンツ、上半身はターコイズブルーの革製三角ビキニ、その上に羽織る白いシャツの胸元はボタンが閉まらず大きくはだけている、という格好に変わっていた。

「あだだだ!!」

「どこのおっさんの願望なんだよ」

「標準的な女性冒険者の格好ですよ!!あちらは露出が高めなので、この格好が自然ですよ!!」

 もう一度小夜子は幼女を床に転がした。

「うっ、ううう。本当なんですって」

「まあいいわ。現地で好みの服を探すから。あと当面の生活費を頂戴」

「うっうっうっ、抜かりないですね」

 小夜子は幼女から、しっかり初期活動資金もせしめた。総額100万ゴールド。

ちなみにこれから行く世界の通貨価値は1円が1ゴールド。100ゴールドで大きいパンが1つ買える。非常に分かりやすくていい。数の数え方も10進法で分かりやすい。1日が24時間、7日で1週間、5週間で1カ月となり、とても馴染みがある生活スタイルになりそうだった。

「ではそろそろ新しい世界に送りますね」

「ちょっと待って」

 小夜子は自分に手をかざそうとした幼女を捕獲して小脇に抱えた。

「わかってるわね?原始の世界じゃなくて、人間が文化的な生活をしている世界の方だからね。一度一緒にその世界まで行こうじゃないの」

「・・・うふふふ。わかってますよー」

 途中から妙にお返事が良くなった幼女を、小夜子は警戒していた。この幼女はどうも信用ならない。そもそもウソ泣きをされた時点で信用できるわけがない。

「さあ、新しい世界に送って頂戴」

「喜んで―」

 エレベーターが下降するような浮遊感に小夜子は覚えた。暫くして下方から重力を感じて、気持ちの悪さに目をつぶった。そしてもう一度目を開けた時には、小夜子は鬱蒼とした森の中の、崖上に立っていた。

「こちらがあなたが新しい人生を送る世界です。ほら、民家の屋根が見えますか?この山の麓に小さな村があります。その先に進めばもう少し大きな町もあります。お約束の通り、人の文明が栄える世界ですよ」

 言われてみれば、遠く離れた木々の間にぽつぽつと屋根らしきものが見えた。

「そのようね」

「さて、新しい一歩を踏み出す前にあなたにお願いがあるのです。この腕輪を付けてもらえませんか?あなたの生命エネルギーはこの世界では強大すぎるので、周囲への影響を押さえるために必要です」

「これを付けないとどうなるの?」

「あなたに近づいた生き物全てが、あなたのエネルギーに耐え切れず爆発四散します」

 幼女が疑わしい小夜子は一応腕輪に鑑定をかけたが、鑑定結果は「女神の腕輪」としか出ない。

「普通の生活を送るためには必要ですよ?」

「・・・わかったわ」

 小夜子は疑いつつも幼女が差し出す鉄製の細身の腕輪を身に付けた。

「・・・・くっくっくっ・・・あーはははは!!馬鹿め!騙されたな!」

 幼女は小夜子が腕輪を着けるやいなや、小夜子の腕から勢いよく抜け出した。崖の上で幼女と小夜子は対峙する。

「どういうこと?」

「それは封魔の腕輪だ!もうお前は一切の魔法を使えない!女神を蔑み辱めたお前の蛮行は万死に値する!死ね!!!」

 幼女は小夜子を渾身の力で突き飛ばす。幼女とは思えぬ力強さで後ろに押し出された小夜子の体は、宙に浮いた。

「恐れ知らずの傲慢な人間よ!後悔しながらもう一度死ね!あーはははは!」

 小夜子の体は崖下の森へと落ちていく。小夜子は落下しながら、高笑いと共に空の裂け目に吸い込まれていく幼女を見つめていた。


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