木曜会8
木曜会 8
待ち合わせ場所の図書館に着くとすでに高野爺さんはロビーに座って待っていました
『わざわざお忙しいところすみません』
『いや なんでもありませんよ そういえばさっきね平野女史と会いましたよ 二階のフロアーで』
平野女史と聞いて私は先日の透けた派手なブラジャーを思い出しました
『なんでもね あんたに話があるそうなんだわ 昼に隣の喫茶店で待ってるそうですわ』
私に話と言われても私は平野女史とはまだ 木曜会で見かけただけで会話もした事がないのです
『もちろん高野さんもご一緒にですよね』
私がそう聞くと高野爺さんは照れくさそうに
『実はね 例の出版の打ち合わせが午後からありましてね 午後は分刻みですわ 先週も東京からわざわざ担当者が来ましてね 先生 先生って大変な騒ぎですわ まぁ 作家ともなるといろいろ苦労もあるもんですな』
私はなんだか少し不安になってきました
『平野女史の話ってなんでしょうね?』
そう聞くと高野爺さんは話の腰を折られたようで不機嫌に
『知りませんよ そんなもん 多分 この間のなんとか春樹の事であんたに説教するつもりなんじゃないんですか? さっきもあんたの事いろいろ聞かれましたよ まぁ 少し我慢していればすぐ終わりますから で? 私に聞きたい事っていうのはなんですかな?』
そう促されてわたしも本題を思い出し 声を潜めて聞いてみました
『実は 仁平先生の事なんですが あの方はどのような方なのですか?』
高野爺さんは一旦 まわりを見回し 私の耳に顔を近づけて言いました
『あくまでも聞いた話ですがね あの仁平先生っていう人は若い頃 何度も芥川賞の候補になったぐらいの御人だそうですよ それがある日 突然 筆を折ったそうですわ 理由はわかりませんがね 独身を貫いてあの家に一人暮らししてますわ 身の回りの世話は この間の松本っていう木偶の坊がやってるみたいですがな あの松本という男もあまり喋らないから普段の先生の生活も謎ですな 』
『その松本さんはどうしてそんな事をしているんでしょうね』
『まぁ モノ好きで暇なだけでしょう 他に使い物にならん木偶の坊ですからね 仁平先生の言いなりですわ 良く考えたらあれも可哀想な男ですよ』
高野爺さんの情報は話半分で聞いたとしても仁平先生は霧に包まれた存在なのでした
そこで私は木曜会の話を聞いてみることにしました
『この間 下野文学賞は木曜会で決まると言っていたのはどういう事なんですか?』
高野爺さんはニヤッと笑って
『あれね あれは噂だよ 噂 一時期 木曜会に参加している人ばかりが受賞したもんだからね 誰かが僻んでそんな噂ながしたんだわな
裏で取引してるんじゃないかってね』
そう言いながら高野爺さんは時計をチラチラ見はじめました
『あの 悪いんだけど 出版社の人と待ち合わせがあるんでこの辺でいいかなぁ まぁ 待たせておいてもいいんだけどね なんせ 先生
先生ってうるさいもんだからさ じゃ また
次回の木曜会で 』
高野爺さんはそう言いながら言って腰を上げました
『あの それと木曜会に友人が二人参加したいと言ってるんですが話してもらえませんか』
高野爺さんは手で了解と言いながら図書館を出て行きました 時計を見ると12時10分前です 昼に隣の喫茶店で平野女史が待っている事を思い出し 私は憂鬱な足取りで図書館を出たのでした
続く……