木曜会5
木曜会 5
次の週 私は高野爺さんに連れられて木曜会の集まりに行くことになりました 隣町の駅から住宅街をしばらく歩くと一軒の古びた平屋の家に辿り着きました 『この家が 仁平先生のご自宅ですわ 先生に君の話は通してあるから心配せんでもよろしい ただし 失礼のないようにしないといけませんな なにぶん一流の人ばかりの集まりですからな という事で行きますかな』高野爺さんはそう言うと玄関を入って行きました
家の中は質素で落ち着いた佇まいです かなり古い建物ですが どことなく趣きのある雰囲気でした すでに何人かの人が狭い六畳ほどの座敷に詰めておりました 高野爺さんは既に集まっている人達にペコペコと頭を下げて挨拶をしていたかと思うと私の耳元に顔を近づけて『上座の真ん中に座っているのが仁平先生ですわ』と耳打ちしました その仁平先生は白髪で痩せすぎている老人でしたが その癖 目だけはギラギラしていております
『それと 先生の左隣に座っているのが佐山さん 仁平先生のご機嫌取りですがな 元は小学校の教頭だったそうです これがなかなかのタヌキなんですわ』たしかに小太りで落ち着きがなく ふんぞり返っています
『右隣の人はですな 平野女史ですわ 中学の国語の先生を定年退職した後 文学賞大賞を二回も取ったツワモノですわ どうです 独身だそうですが なかなかの良い女でしょが?』高野爺さんはそう言いながら肘で軽く突くものですから 同調を求められた流れで『はぁ 綺麗な方ですね』と私は答えました
『そろそろ皆さんお集まりのようですので木曜会をはじめたいと思います』と佐山のタヌキが切り出しました それを受けて一同拍手がおこりました まずは一言仁平先生より挨拶があるようです
『本日もお集まりいただきましてありがとうございます 今日は皆さんになんの話をしたものか 朝から考えておりましたところ 鶯が鳴きました 今年初の鶯の鳴き声を聞いて はたと思う事がありました 何故に鶯は鳴くのか?
鶯はどのような訳で鳴くのか?何故に鳴くのか?誰か ご存知の方はおいでですかな』
そう言ってまわりを見回しましたが皆さん無言で隣の人と顔を見合わせてております
『高野さん どうですかな?わかりますかな?』
高野爺さんは突然の指名に驚いて目をパチクリしております
『……なんともうしましょうか それはですな つまり 鶯は季節物でありますが故に 何故に鳴くかと申しまするにはですな……それは諸説ありまして えっ…えっ』としどろもどろになってしまう始末です
『まぁ よろしい 皆さんには ちと 難しい問いでした この問いは皆さんの次回まで宿題といたしましょう よろしいですか?
それと 本日は新しいお顔がお見えのようですが……』と言って仁平先生は私を見ました
それを受けて高野爺さんがシャシャリ出ました『この青年はですな まぁ 私の教え子と言いますか 普段から指導してるのでありまするが どうしてもこの会に参加したいと言っておりまして……えぇ…』
『貴方はどんな作家が好みですか』
仁平先生は高野爺さんの言葉を遮って私に話はじめました 私は間をあけずに
『村上春樹です』と答えた刹那 仁平先生が
『ふっ……』と鼻で笑いました それを合図にまわりの人達も落胆の小さな笑いが広がりました
『佐山君 どう思うかね?』
仁平先生が聞くと佐山のタヌキはふんぞり返ったままで 『まぁ 昨今の若者ですから所詮そのレベルでしょうね 仕方ないですよ しかしね 個人的に言うならですが あくまでも個人的にですよ 木曜会でその名前は出して欲しくなかったですな〜』
まわりから笑いが起りました
『平野女史はどう思います?』
佐山のタヌキは戯けた風にふりました
『私 心外ですわ だったそうじゃありません
村上春樹だなんて 女子供の読み物ですわよ
それにわたくし あの作家の顔がモーレツに嫌いですのよ やだわ あの口ったらないわ 不愉快だわ 』平野女史は顔を赤くして興奮してハンカチを握りしめておりました
『まぁ…そんなにムキにならなくても 時に貴方は村上春樹のどの辺りに惹かれますな?』仁平先生は冷静に私に尋ねましたが
なんともうしましょうか この場で私が発言できる空気は見つからないとでもいいましょうか ですが沈黙は埋まらず 私は口を開きました……
続く…