木曜会12
木曜会 12
『少し よろしいでしょうかな?』
仁平先生がそう言うと その場が水を打ったように静まりました
『貴方は非常に明瞭で 頭の良いお人だとお見受けいたします これから私の言いたい事をきっと理解して頂けると思うのですがな 時に 一を聞いて十を知る という事をご存知かな?』
『もちろん 知っているつもりですが それがどうかしましたか?』
中野さんは半ば不貞腐れたように返事をしました それに対して仁平先生は穏やかな表情で言いました
『それならよろしい 一つお聞きしたいが 貴方は最近 外食をされましたかな?』
意味不明の質問に中野さんは
『しましたが それが何か ?』
『 その時 何を食べました?』
仁平先生の鋭い眼差しが中野さんを見据えています
『昨日の昼に 駅前の蕎麦屋でカレーを食べましたが 』
『そうですか その時 貴方は何故カレーを食べたのです?』
そう聞かれて中野さんは呆れたように 軽い溜息をついて言いました
『なんでカレーを食べたかなんて 理由なんかありませよ 食べたかったから食べただけですよ』
仁平先生は薄っすらと笑いながら
『 貴方以外の人もカレーを食べでいましたか?』
『 食べてませんね 蕎麦屋ですからね 多分
カレーを食べていたのは私だけでした』
仁平先生は少し間を置いて聞きました
『他の人もカレーを食べないなんて 随分
腹が立ったでしょうね』
『 何を馬鹿な事を 腹なんてたちませんよ
食いたい物は人それぞれですよ 何を食べようがその人の勝手だ』
『ならば 蕎麦屋でカレーを食べている貴方に
他の人達は随分目くじらを立てて非難した事でしょうな』
中野さんは、それ聞くと はたと仁平先生の目を見ました
『 好みもそれぞれ 人の好みをとやかく言うのも野暮 人から好みを押し付けられるのも迷惑 貴方はご自分の好みを他人が嫌いな事に腹が立って仕方がない
違いますかな……』
それを聞いた中野さんは 一言も反論することも出来ず うな垂れてしまいました
議論して論破 の末に撃破されたのは中野さんの方でした
『 この話はもういいでしょう』
そう言って仁平先生は中野さんと靖子さんの方を見てニコリとしました
『ところで 前回 皆さんに宿題にしておいたお話 鶯は 何故鳴くのか わかりましたかな?』
仁平先生は一同を見回すと平野女史が手を上げて得意げに答えました
『 わたくし いろいろ調べてまいりましたわ
案外 答えはシンプルでした 鶯が鳴く理由は
つまり 求愛と縄張りの為にですわね』
仁平先生は感心したように頷いて平野女史に問いました
『なるほど それでは貴方の短いスカートも
求愛の為にという事ですね』
平野女史は一瞬私を見ましたが 顔を真っ赤にして短いスカート丈を手で必死に伸ばしました 一同からドッと笑いが起こりました
『いくら仁平先生でも 失礼ですわ セクハラですわ わたくし そんなつもりじゃありませんわ ただ 履きたいから履いているだけです』
平野女史が恥ずかしそうに反論すると仁平先生は言いました
『その通りです そもそも理由なんてないのです 鶯も同じだと思いませんか 鳴きたいのです 鳴きたくて仕方がないから鳴くのです 先程のお話と同じ カレーが食べたかったから食べるのと同じです 皆さんが創作している小説や詩 なども 何故 皆さんは書くのでしょうか
中には賞を狙って書く方もいるでしょう でも そんなのは意味のない 空虚なものだと私は思います 』
議論で論破の末 撃破された中野さんが仁平先生をじっと見つめていました その目は感動で潤んでいるように私には見えたのですが……
続く………