最弱のベテラン踏破者ノック
風格のあるムキムキの男がダンジョン攻略に限界を感じ、お酒の力を借りて普段表に出さない愚痴をこぼす。
「あーくそ、やっぱ祝福の選択間違えたかな。きついな」
するとたまたま相席になった他の探索者がなにを今さらと返す。
「お前タイマンビルドの祝福に偏りすぎなんよ」
「次から広範囲攻撃系の強化にしようかな。」
「そこから1つ2つ上げてもデコピンが右ストレートに進化する程度だろ?今さらビルド変えても次に進めなくて引退待った無しだぞ?」
ここはダンジョン教会、協会ではなく教会であっている。そこに併設されてる酒場兼情報交換の社交場だ。
ダンジョン探索者は求道者であり、神の試練を越えるごとに自身が望んだ方向性の絶大なる祝福の力が与えられる。
とはいえ神から与えられる祝福の力とその方向性はかなり大雑把な形で与えられる為、最初から分かりやすく強大な力を望むことはタブーとされている。
例えば認識できる怪物を一掃できる祝福を望んでしまえばどこぞの紅魔族よろしく、本人が認識できる範囲の怪物は一撃で沈めることができる。その代わり、その一撃で精神力がごっそりともってかれて、激しい疲労感に襲われる。それに耐えられなければ危険なダンジョン内で気絶してしまうのだ。
それでもそれはまだ最悪ではなくて、威力次第では自分の放った祝福の反動にすら耐えられずであっけなく御臨終してしまう。
そうでなくてもごっそり体力を持ってかれて満身創痍な状態では、近くに認識してなかった怪物が潜んでたら即お陀仏である。
なんでこんなひどい事故が起きるかと言えば人と神では概念が多少ずれており、分かりやすく言えば神がおおざっぱだからである。
なので大概は最初から最強を望むのではなく、使い勝手が良いように踏破するごとに成長させるか何かしらデメリットをつけることを条件にカスタマイズできる祝福を選択する。
彼の場合は可能な限り一度に相対する敵を少なくする立ち位置をとり続けることで対集団戦闘用の祝福成長を捨てて罠と耐久と強擊の組み合わせで今まで苦労せずにきてしまったという感じだ。
そんな社交場での彼の愚痴等をBGMにしつつ受付窓口のティアラはとある異質のダンジョン探索者の事を考えていた。
窓口の受付側には応対する探索者の祝福の成長具合と踏破回数を閲覧できるシステムウインドウが設置されていてほとんどの探索者の祝福を把握しているが1人だけ誓約付きの収納を除いて一度も祝福を強化せずに踏破を続ける異質な男がいるのだ。
先ほどのタイマン愚痴男のように踏破回数に応じて成長させたビルドで強くなり続けるのが普通なのだが異質な男だけは祝福を育てずに踏破し続けるのだ。
たった1つの祝福が強大でごり押しで踏破するわけでもなく、常にぼろぼろになって踏破して帰ってくるのだ。戦闘用の祝福どころか危険を察知する祝福や罠を察知する祝福すら取らない。
祝福を強化しないということは踏破するごとに試練だけがパワーアップするのでさしずめ敵や罠や環境ということは不利な条件だけパワーアップし続けるのだ。端的に言えばレベル1の村人がレベル1の縛りプレーのまま魔王討伐を目指すようにどんどん奥地を目指すようなものだ
受付側は彼が踏破してるのを知ってるが情報交換の酒場に居る者達はそんな事実なんて知らず、常にぼろぼろになって帰ってくるのでいつしか『最弱の男』という2つ名で呼ばれている。
個人情報なので伏せられているがダンジョン教会側からは神の祝福の強化に頼らず厳しくなり続ける神の試練に挑み続ける縛りプレイに『敬虔な信徒』の2つ名で呼ばれている。
その異質な男のノックであるが彼は全く『敬虔な信徒』ではなくむしろかなり不敬な者であるのだが誰もそんな事は知らない。
ノックは好きで祝福を強化せずに踏破を積み重ねてる訳ではない。
ダンジョンの神なんてクソ喰らえと常に思っている。
全ての始まりはノックを襲った不幸な悲劇が始まりだった。
ノックは普通の家の出身だった。もともとダンジョンなんてものには興味なく、そこそこの仕事をして、ほどほどに良い相手を見つけてまあまあ幸せな家庭を築ければ良いと思うような野心0の男だった。
そんな彼に一目惚れしたのは裕福な家のご令嬢のアイラだった。彼女の猛アピールは周囲の嫉妬を招き平和な学園生活は入学後ほんの数日で終わってしまった。
野心が無い彼にとっては彼女の猛アピールは正直迷惑でしかなかったが嫉妬に燃えるダサイ野郎達から逃げ回ったり、アイラから逃げ隠れるのに必死で自然と戦闘以外の身体能力や技能が磨かれた。
そんな生活を続けていたがアイラはある日から突然ノックを追いかけ回すのを辞めた為、平和な生活が帰ってきたと喜んでいたが、1ヶ月後には外堀りが完全に埋められていた。
そして最終的には薬を使われて既成事実まで作らされてしまってたのでノックは腹を括ってアイラの家に挨拶に行った。
そこで猛反対されたことに理不尽さを感じたが責任は取らないといけないと学園を辞め、アイラを養えるように肉体労働を始めた。
その現場にアイラの実家から暗殺者が派遣され足場が崩れるように工作され、ノックは意識不明の重体となった。
そんなノックが目覚めたのは1週間後、目を覚ますと目の前に泣き腫らしながらすごい形相で睨み付けてくるアイラの両親がアイラがしたことを教えてきた。
アイラはダンジョンを踏破し、自身の健康状態を犠牲にしてノックの復活を願ったのだ。
ノックがよほど重症だったのかアイラが背負った代償はかなり重かった。
ノックには時間が無い。
何故ならアイラの背負った病の数が多すぎるから。余命1週間の病を祝福を犠牲に治しても次の病の余命が1週間後更に次の病の余命がまた1週間後という状態が幾重にも重なっているのだ。
ノックの祝福は収納のたった1つ。誓約はアイラを救う為にしか使えないことと、以後の自身の祝福は増やせないことを条件に思いのままに収納を使う能力である。
つまり、ダンジョンの外で無制限にダンジョン攻略に使う物は入れられるが、一般人の身体能力のままダンジョンに挑み続けるというとてつもないデメリットの大きい祝福なのだ。
ノックがこの祝福を選んだのには訳がある。
アイラの治療が仮に30段階必要だと仮定する場合
ノックの強化と治療を交互に行った場合
ダンジョン強化60に対してノック強化30
強力な収納1でごり押した場合
ダンジョン強化31
ノックの祝福じたいを強化してもどっちみち治療で祝福強化に対してダンジョン強化の差が開いてく為ジリ貧になるうえにダンジョン強化ウェーブが上がる程怪物の性質や罠や環境変化の情報が無くなっていく。
そして縛りがあるため癖の強い誓約だがアイラを助ける為という条件下(建前)なら抜け道があるのだ。
アイラの病が完治後、収納は使えなくなると思われがちだがアイラを救うという曖昧な状態なら使えるのだ。アイラを救う為のダンジョン活動でノックが食べる食事を出すのが可能なのだ。同じように罠を無効化する道具も取り出せるし、怪物を封殺するアイテムも取り出せる。
じゃあダンジョンの外では?
アイラを救う為にはノック自身も食事をしなければいけないからノックの食事も出せる。
ただし、アイラを救うのにこじつけられないことはできない。アイラを救う為にダンジョンの情報を引き出す為に必要な賄賂として教会受付にお菓子とかの差し入れをすることは可能だが仲の良いだけの友達に収納から食事を出すことはできない。そんな感じだ。
アイラを救う活動資金の為にダンジョンで怪物が消滅した時に出る結晶を収納して窓口で収納から出すのもオッケー。
まあ要するに自分の為に使うならほぼ制限なく使える。
アイラを救う活動にダイレクトに関係する事項もオッケー
間接的でも理由をこじつけられる範囲ならオッケー
これぞチートです。
誓約が、誓約になってないけどこれを入れるかどうかで収納の祝福の性能が段違いなのでこの抜け道に気づかなかったら、もっと時間に追われた生活をしてた。
本当は神を騙すような罰当たりなことはしたくなかったのだが、アイラと周りに絶望を与え続けるあんなクソみたいな祝福を試練として与えてきたのはあのクソ神の方だ。
だから俺はあのクソ神が望むようなエンターテイメント性のあるぎりぎりの攻防なんてしてやらない。
収納を駆使して、意表をついて、弱いまま攻略やる




