Day4
いよいよ折り返しです
先の見えない暗闇の中、なぜかそこだけは神聖に輝いて見える一本の桜の木の下に少年は座っていた。
少年は少しも動かなかった。まるで銅像のように。死体のように。人形のように。
雨は止んだが天気は未だ悪くふとしたことからまた降り始そうな空模様であった。
ただ、そんなことは彼にとってどうでもよいっといった具合である。彼の周りの世界も、少年自身の姿も……
「……いるんだ」
彼女は桜の木に近づきながら少し驚いたような口調で呟いた。
「……来るんだ」
彼もまた少し驚いているようでその言葉には抑揚があった。
彼女はしばらく桜の木から少し離れた場所で立ち止まっていたが、ゆっくりとその足を動かして彼の隣に、桜の木にもたれるように位置とる。
「……」
彼女は珍しく静かであった。ぼんやりと目の前を舞い落ちる桜の花びらを眺めているようであった。
今の彼女がいつもと違うことに彼はもちろん気づいているだろう。何か気をかけた言葉の一つを普通は発するだろう。しかし
「……」
彼は平常の彼であった。故に彼から何かを話さなかった。
いつの間にか月が真上に上ろうとしていた。彼も彼女もまだ桜の木の下にいる。何か会話が熱中したわけでもない。そんな約束をしたわけでもない。ただ、一言もしゃべらずにじっとしていた。
しかし、我慢するにも限界がある。そして、とうとう彼女が動いた。彼女はゆっくりと木のそばにもたれかかるのを止めると、軽く伸びをした後、彼を一瞥だけして歩き始めた。昨日の雨でぬかるんだ地面は彼女の足に合わせてグチャグチャと鳴く。
やがて彼女の姿は見えなくなり、その足音も聞こえなくなりかけたとき
「……なんで来た?」
と彼は見えない何かに向かって話しかけた。しばらくの沈黙の後
「……勘違いしないでくれる。私はただ桜を見に来たんだよ。あんたなんて死ぬほどどうでもいい」
闇の中から声が聞こえた。けれども、その声の主がどんな表情で話しているかは分からなかった。その答えに彼は淡々と反論するのであった。
「……もし、それが本当ならわざわざこんなところに来なくていい。他に良い場所たくさんある」
「……」
つかの間訪れる静寂。彼女はさらに怒り、どたどたと足音を鳴らして戻ってくるだろうか。それとも彼に愛想をつかし、黙って去ってしまうのだろうか。
結果はそのどちらも違った。闇の中から返事が返ってきたのである。
「生意気ね!」
はっきりと彼女はそう言った後、少し音量を落として
「でもその方がいい。無反応はつまらないからね」
「……」
彼は黙ったまま何も言わなかった。せっかく彼女の機嫌が直りかけているにもかかわらず、ここで彼は沈黙を選んだ。
しかし、それは別段問題なかったようである。彼女はとくに彼の返事を待つような間を空けずに彼女は言った。
「明日も行く」
その声が聞こえた後、また蛙が鳴いているような気味の悪い音がかすかに聞こえた。
やがてその音も聞こえなくなると、桜の木の下で彼がじっと座ったままため息をついた音が聞こえた。
そのため息は安堵によるものか呆れによるものなのか。
彼の顔は隠れているため判断できなかった。




