悪のかけら集め
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃんは、何かしらのコレクションに力を入れたりしてないかい?
ものを集めるって、どうしてこうも心を惹きつけるんだろうね。誰かが集めているなら、それに負けじと思うし、自分一人だったとしても、穴がある部分をなんとしても埋めようと考えるだろう。
独占欲というか、完璧主義というか。目に見える形で自分の運と努力の成果がかいま見えるからこそ、そこに自分の価値と満足を感じられる。自分が「すごいやつだ」と味わえれば自信にもなる。
集めることに関する自負。そいつは褒められることばかりじゃなく、本当に危ないものを含んでいるケースもあるかもしれない。
私も以前に、友達がらみで妙な経験をしてね。そのときの話、聞いてみないか?
その子はよく、外で走り回る子だった。
運動するときはもちろん、登下校にせよ、どこかへ移動するにせよ、全力疾走だ。
みんなが自転車をこぐときにも、頑なに徒歩。それでもって、えっちらおっちらペダルを回して動く自転車に、手足を大きく振りつつ、ついていくものだから、ターミネーターのあだ名がつけられるのに時間はかからなかった。
彼は確かに群を抜いた、スタミナを持っていたよ。
自転車勢が、足にだるさを覚えかねない10キロ近い道のりも、息を弾ませながらではあるが、目立つ減速もなく追従してきたことは驚嘆に値する。
めいめいが休憩するかたわら、彼は近くをうろつき回っていた。
はじめは、クールダウンの一環かと思ったよ。でも、ときどき足を止めてはまた歩き出し、また止まってはとんとんとつま先で土を叩いたり、あぐらをかいて足のあちこちをにらんだり……はために、その挙動は不審だったよ。
どこかケガでもしたのか、と心配した私は彼の元へ寄っていく。
見ると彼は、靴や身体についた砂利の粒のようなものを、落としているところだった。
「ような」というのは、それらの粒があまりに色とりどりな光を放っていたからだ。そこらの川べりに横たわっている小石たちとは、また違う。
彼はそれをいったんは地面に転がしたあと、ポケットから小さなポチ袋を取り出して、中へ拾い集めていく。
なんともおかしな行動に、私がわけを尋ねてみると、これは「悪のかけら」を集めているのだと、彼は話してくれた。
私たちは、こうして場所を移動するだけで悪行を犯していると、彼は語る。
地面にいる石たち、そこに住まう生き物たち、彼らを無数に踏みつぶして命を奪ってしまっている。それらはやがて集まって、大きな悪事、凶事のきっかけとなってしまうのだと。
そのあがないとどこかでやらないといけない。自分がやっているのは、そのあがないなのだと。
――あー、あるある。なまじ知識がついてくると、なんでもかんでも極端に考えたくなるやつ。
自分の身体には100兆個くらいの微生物が存在していると聞いて、気持ち悪さを覚えてしまうパターンだ。
いかに身体に害がないと説明されても、自分の好き嫌いや想像力が手伝ってしまうと、それを寄せ付ける気はしなくなってしまう。
今回の彼のケースもそれだろうと思ったさ。
「悪のかけら」うんぬんも、細々とした世界の実態を知ってしまったがためのナイーブさが、彼を突き動かしてしまっているがための、表現だと感じた。
しかし、思い込みでは腑に落ちない点もある。
彼の足には足裏に至るまでこびりつく、あのカラフルな石粒の件だ。自分の言い分を通すための自演にしては手が込んでいるし、いまひとつ正体がつかめない。
「……なあ、その悪のかけらとやらって、まじなのか?」
仮にも、興味のある素振りをしてしまったのが、運の尽きといえよう。
彼は目を輝かせると、「なら一緒に、善行積もうよ」とのたまうや、悪のかけらを集めていたものとは、違うポチ袋を別のポケットから取り出すや、中身をこちらへぶちまけてきたんだ。
容赦ない不意打ちに、身をかわすひまなどなかった。
苔を思わせる、緑色をした可視の胞子らしきものが、私に向かってばらまかれる。もともとの微細さのためか、身体についたかと思った時には、もう目で確かめられなくなっていたよ。
溶け込んだのか、染みついたのか? いずれにせよ、自己中きわまる所業に私も抗議したんだけど、彼はまったく意に介したことがないかのような笑顔。
「悪のかけらを吸着する限り、君の身の回りで不幸なことは起こらないよ。全部、君に集中するんだから。でも、そのぶん気合を入れてそいつらを落としていかないと全部、君に集まっていくよ」
「てめ、それもはや呪いかなにか……」
唐突に、両足へ走るしびれ。
見ると、もう友達の足にまとわりついたのと同じ、色とりどりな粒たちがこびりついてきているではないか。
はっきりとした区切りをもって足全体に張り付くそれらは、当時の私にとっては、丁寧にひびを入れられたゆで卵の表面のごとき模様。
あわててそれらをはたき落とすも、彼はそれらのかけらも「駄目だよ〜、ちゃんと回収しなきゃ」と、せっせとあのポチ袋の中へ放り込んでいく。
「はがしたかけらはほうっておくと、元の場所へ戻っちゃうんだ。こうして隔離しておかないと、もとのもくあみ? てやつ?
なあに、一回限りなら数日も経てばおさまるって。まずはお試しってことで」
――ぜってえにやらねえ。ついでにお前とも数か月くらい絶交してえ。
そう思いつつ、私は数日間を悪のかけら集めに気を配ることになる。
これまでの彼がそうだったように、かけらは足に集まりやすいようだった。足裏にまず集まるから、足裏のむずがゆさで、すぐに集まってきたと分かる。
でも人前だったりして、容易に足裏をかけないときもあって、放置もままあった。
そうなると、どんどんかけらは足をせり上がり、しびれを放ってくるんだ。さらに時間を置くとはっきりとした痛みに代わり、じょじょに耐えられない強さとなってくる。
血さえもにじんでくるのだから、ただごとじゃないと思ったよ。
それでも、私はかけらの存在を信じたくなかった。
悪を集めて、そのあがないをしていれば、不幸なことは起こらないなどとは。
だから、このかけら集めの効果が切れた直後に、親戚の一家が大事故に遭って大変な思いをしたことだって、このかけらを集めなかったためだなんて、信じない。